for today 科学に目を向けよう

短文


我是三四六岁 
(旅の相棒募っています 乙女)

あああ の続き   #節分

2024年02月04日 16時25分21秒 | 日記
私たちは日常の中からほっとしたものを見つけ出そうとしている。

まさにあああ 自然災害 紛争 事件記事 無力感 コロナ健在
伝えられ やるせなく 開かずの間に一瞬収納する

節分にどんどんと合図のように空に向かって音が飛び出し、神社で
火渡りでも始まるのだろうか、豆もイワシも恵方巻も用意せず、SNSでセツブンソウを知る。

子育て中はこの時とばかりに、ひとにぎりの大豆を(少しばかり惜しみながら)外に向かって大声を発し投げたものだった。が、私は家の中に「福は内」と言って投げ放っただろうか?年齢分だけ食べる、と子供と共有したが、どれほど面白かっただろうか、忘れてしまった。子供にせがまれ友達も同乗した神社の節分帰りのことである。夜になって路を間違え、凍った雪に苦労した時もあった。

飛び散った豆 畳敷で拾いあう親と子 可笑しさ楽しさ 今何処

豆まきの前は畳の塵を払ってから誇らしげに投げたものだった。
炒った大豆は豆茶になったり、甘味噌と絡められたり、砕いて呉汁にもなったりした。家の戸口には目刺しがきちんと刺さっていた。どして?子供にとっては面白い風習。寒風を浴びて厄払いの用となった。おかあさあ~ん!
(自分が体験したことは面白風習として受け継がれ、郷愁遺産になるものだと実感。親に感謝)

さて江戸のさるお宅の台所からは 山椒・梅干・黒豆の入った鉄瓶からは湯茶の湯気が立ち昇っている。


こんな所の豆まき、爽快だろうにねえ!抽選貸し切りで着物着用とすれば、どうしましょう。