あそこでも ここでも まとって くうろい衣
裸の王様はなんと見よう
むねくそ悪いは鬱モード人
黒電話は捨てるし
洋服もゴミ箱に捨てる
はっと思ったら触れもできない
保身にしても遠ざかる遠ざかる
あそこでも ここでも まとって くうろい衣
裸の王様はなんと見よう
むねくそ悪いは鬱モード人
黒電話は捨てるし
洋服もゴミ箱に捨てる
はっと思ったら触れもできない
保身にしても遠ざかる遠ざかる
このブログには他者との共通項目が上がってこない。以前綴っていたyahooではリーマンショックの話題が夫婦でかなり以前から
会話にあったのさえ、ブログに書いた途端に上がってきた。 あの時は、政府の冊子さえ置かれ、ずいぶん被害があった後だった。
私と同じように、ペンの被害にあった男性すら浮上して連絡さえあったのに、nhkの○一担当者なんか、知らないだろう。それらを今に及んで
放ったのは池上さんの他に誰がいるだろう。TBSが初めから加勢していたのも、会員の栄養士が勤務していた関係だと思っている。何せ
講師がお客さんをお連れしたのだから。そうしない人は、貼り付け御用と、小説家さんのたまうように権威がつきやりしたのに違いない。
当地にやってきた高齢男性会員も、同様に推察していた。そんなこんなも、ブログ環境からは浮かび上がる。日本テレビも
どういう理由かは、関連がわかる。生協もそうだった。こんなにも第誤解を逆手にとって、書き残した由来や背景を知らず、
利用して、外まで飛ばした。結構なメディアだ。
今、通信会社の営業がきっかけで、どちらが環境によりよく対応して利用できるか、判断する方法もなく、困っている。
それも契約が先だそうで、仕組みに不満を感じるばかりだ。情報化社会は見える化が進んでいるのに、肝心の通信パイプの
元が見えないので、どんな反応があがるか、掲げてみた。
どちらかに変更すれば、変化があるだろうけれど、やっぱり元の方がベターな状況だとすれば、契約の縛りによっては、ある期間、
あまり満足しない状況で待たなければならなくなる。何なんでしょう。消費者がいて企業が成り立つのだろうけれど、なんとか、見える可が
測れないのだろうか。
今、たいていの人がテレビはつまらないともらしているのを、製作者側は知った上でお仕事しているのでしょうか。
youtube でドキュメンタリーも見れるし、信ぴょう性は自分に任せればいいし、TEDはとても勉強にもなる。
バフラム王はインドの王妃からお話を聞く。王は、7人の美しいお姫様の為にそれぞれ色の違う7つの宮殿を建てたそうです。
当方所有の絵は、上記と多少異なり、王妃は白い肌だけれど、宮殿に遣える給仕のひとりはインドの人なのか、黒い肌にターバンらしい
物を身につけています。他にも音楽奏者が3人も描かれ、絵の中には王妃とバフラム、給仕の4人がいて、かぶり物は同一ではありません。
所有の図録には同じ話にさまざまなスタイルの絵が盛り込まれています。当時のイランやモンゴルの戦士が描かれたか、戦闘場面はなかなかリアルで、
馬の飾りも詳細に描かれています。歴史創作物を文字と絵で一緒に記録したのでしょう。
日本でこのような場面を描いて保存しただろうかと、感心します。
1548年
山中の泉で水浴し、髪を整えているのは、アルメニアの美しい姫シーリーン。
ササーン朝ペルシャのホルズムドのホスロー王が狩りに来た際、遭遇しそっと垣間見てしまった。
話しは全文解説しません。手持ちの図録掲載物は、ヘラート1442ADと記され、上記とは多少異なります。
これほど長持ちするカップがあるだろうかと、毎日使っている英語の文字と絵がついた陶器に関心している。
こう感じるのには、新しく使い始めたご飯茶わんがすぐにかけてしまったからでもある。それでも色違いの別の茶碗には「幸せさがし」だなんて、高台には書いてある。
カップは、使い初めに持ち手がぽろっととれてしまった。すぐにボンドで接着してから、今に至っても
一日に3度以上は暖かい湯茶やら水を注いで喉をうるおし、25年弱にはなるのだろうか。
ひょっとしたら、暑い湯を注がれ、それでも文句も言わず、洗剤にも見舞われ、たいした器に当たるかもしれない。
内助の功は、私の体とひと時をうるおすこのカップなのかもしれない。 不都合な結果は内助の由来なんていうのも、人ならばあるけれど、カップを主体にして、ドラマには設定できない
発言だろう。
ご夫婦円満思索は、健康・長寿・介護よろしく、結構な未来志向を促すともいえる。
日常では、まったく異なった具合が常日頃起きているようで、創作は、内面への慰労効果もあるだろう。
「草を食べさせておけばいいのよ」と、ウサギの面倒でもして? 「一緒にいると文句から喧嘩になりそうでね」と、実のところ内助は
描かれてこそ美味な餅なのだろうか。まあ、日頃の感謝の無さが高ずるかもしれないし、へりくだった同性同士の勢いある会話とも言えるかもしれない。
良いことなんて会話にあげないのが日常の発奮でもあるだろうし、ひょっとしたら連れ添いや他人の悪口こそ元気づく面もあるのかもしれない。
それにしても、問題は、「内助」という古臭い言葉に起因している!現代、どれほどの人がこの言葉に好感を寄せているだろうか、問うてみたい。
と思えば、お弁当持参で熟年カップルピクニックにも遭遇する時もある。うるわしげだわん。冷やかす気持すら密かに湧いて、楽しい!
さもありなんと、どっこいしょ