for today 科学に目を向けよう

短文


我是三四六岁 
(旅の相棒募っています 乙女)

プラハで見たユダヤ教寺院 と周囲  見学

2019年08月21日 16時55分10秒 | 旅行


壁面に記された犠牲者
各地に繋がるルートを記している?

癒し対策だろうか、美術指導が子供たちにあり、展示されていた。写真に収める勇気はなかった。テレジンには行きません。
10歳はひとくくりの年齢のようだった。ブダペストで遇ったサラさんを思い出し、勇気ある賢い決断だと今更ながら感じている。

ホロコーストの起きた街?
赤十字の車で偽装して運んだそうな・・・
寺院に張り付いた狭い墓地にそびえる。墓碑は寸分隙間なく狭い敷地に置かれている。



周囲
ユダヤ教寺院の内部
教徒による葬式を行うために選出された、当時の方法が記されていた。

寺院

お洒落なプラハの周囲





 夏休みの課題 トランプの人物調べ  ☘

2019年08月19日 15時32分11秒 | 日常の発見
かなり前に入手しているのに、一度も使ったこともないトランプ。一枚一枚に活躍した著名人が書かれているに違いないが、はっきりとその功績がわからず、そのままにしていたので、調べることにした。

☘A 沖祖之  中国南北朝の時代の天文学者・数学者・大明暦編纂・円周率πを正確に求める・指南車の改良開発・惑星として命名される。
☘2 張衡  (78-139)河南省の生まれ。政治家としても活躍他。多彩な能力天文学・数学・地理学・製図・文人としての足跡。風向計・地動儀・水時計・水力天球儀等を作る
☘3華陀  (7-208)三国志演義や後漢書にも登場。ドラマの中では、関羽の傷を手当てするのに登場した。麻酔を発明し、屠蘇や健康体操なども考案しているそうだ。華陀膏というのも思い出し、私でも説明しやすい。
8月19日 了
☘4蔡倫 (?-121)SIの中で知った人。漢の時代、木簡に書かれた文書を紙に書けるように製紙方法を開拓開発した。宦官だったのを初めて知る。
☘5諸葛亮(181-234)三国志演義の中に登場するスーパースター的存在。とにかくドラマでは楽しませてくれる。中国語読みだと、全く別人のように聞こえるのも、面白い。中国人に話すときは、知っている日本読みでは、全く通じない。そういえば、シェムリアップで彼の話を旅行者とした。「そうねえ、ハードワークをしなければよかったのにねえ」とは、映画で知った彼の末路を思い出して、感想を伝えたわねえ。彼の奥さんとの話は、漫画で創作されているようです。
☘6畢升(?-1051)北宋の発明家。活版印刷に至る前に粘土に活字を焼いて印刷にしたようだ。
☘7 沈括(1031-1095)当時の家では母親の存在の影響が大きかったようで、沈に多くを指導し、育て上げたようだ。博識者。1063年、28歳で科挙に合格し、素晴らしい成績で、宮廷の財務管理を任され、後には外交や軍の統括にも就いている。中央官庁では、税・治水等。財務に就いた影響か、計測・測量・通貨発行・戦略としての土地及び戦地への食と運搬事情など、計る。現状と実効率を考えたように思える。その他、気象・地政学・天文他業績あり。英仏の東洋学の学者が讃えるように、非常に現代的な視点を持っていた人のようだ。「夢渓筆談 」には科学技術の随筆が多くあり、隠居時に書き納めた。
8月20日 ここまで了
☘8李時珍(1518-1593)明の時代の人。祖父は地元の医師で、父親も執筆を残した地元の医師で、息子の李時珍に科挙を薦めたが、通過できず、医師に転向。(☘7の沈括の能力がここでもわかります。)李時珍は、38歳の時に皇室の息子の病気を治したことから父が望んだような地位に就いたが、1年後には辞めている。27年に及ぶ薬学の研究をし、本草綱目を記す。薬草、地域の治療法、医書の研鑚をもとに収めたようだ。図らずも引き続く作業が災いしてか、体のバランスを崩したらしい。のめり込む性分には、横やりが必要だったかもしれません。
☘9宋慶星(1587-)明代の科学思想家。早くに詩作やら旅が好きだったようだ。万物には変化があり、変化の原因は内部運動に因るとする。17世紀の科学思想の考えをもっていた。地域では認められたが、さらに大きな試験に挑むが、何度か失敗。45歳の頃に実践科学技術に取り組み、農工業・産業技術を科学的に収集調査し、百科全書「天工開物」を残している。封建主義を批判。
☘10鄭和(1371-1435)雲南省に生まれたイスラム人で、明の雲南攻略の時に10歳でとらえられ、宦官として後の永楽帝に献上される。初めて航海を命じられたのが34歳で、蘇州から27000余りの乗組員を率いてベトナム→ジャワ→セイロン→カルカッタをめぐり、朝貢を敷いた。38歳・40歳・44歳・46歳・50歳・61歳に航海に挑む。 1435年没。一度の航海は2,3年はかかり、大変な大航海の人生だと言える。自国以外の珍しい物を持ち運んだのは、誇らしかったに違いない。(キリンは甲板に開けた穴から首を出して運ばれたそうです。)
☘J 松贅干布(617-650)古代チベットを統一した王。インドに官吏を派遣し、チベット語を確立する礎とした。周辺国の文化を吸収し、仏教・養蚕・酒造・印刷技術などを取り入れた。亡くなった時には唐からの弔問があった。
☘Q関漢卿( -1320)戯曲家で、生涯に63の作品を残し、「竇娥冤」(冤罪を帰せられた寡婦の悲劇)「救風塵」(喜劇)「望江亭」他大衆に理解される言葉で現わす。
☘K呉承恩(1500-1582)江蘇省で、父親は教師。暮らしは豊かではなかったが、幼少から文才に恵まれ、役人にはなったがすぐに辞める。流麗かつ想像力にあふれ、ユーモアがあり、売文で暮らし、「西遊記」の作者とされる。
8月21日 ここまで了

サラは「私、この場にいたのです。」

2019年08月16日 14時51分23秒 | 旅行
と、アッテナ
6月26日 交通利用(※1)に慣れて、ヨーロッパでも最大というユダヤ教のシナゴーグに出かけた。
中欧の旅では、プラハにいても、クラクフにいても、ユダヤ人のホロコーストをつぶさに浴びた旅になった。



ブダペストにあるユダヤ教寺院の展示物を見学してから外に回り、中庭を眺めながらパネルの写真を見ていた。
(スピルマン君が赤ちゃんだったころ、お母さんが拵えた数々。お母さんは1944年までスピルマン君を大切にしていました。)


「私、ここにいたのです」とすぐそばにいた年長の女性が私に話しかけ、首からチェーンを手繰り寄せてペンダントを持ち上げて見せた。(過去にもユダヤ人のこうした仕草をアムステルダムで経験したことがあった。)フランスから来たという婦人は、83歳だそうだ。私も彼女に釣られて、胸に下げていた体内笛といっしょについていた奇跡のマリアのペンダントを見せて、「これ、フランスで買いました」と言った。
私が見ていたパネルは、過去の庭で殺戮が行われた写真だった。
「6歳と〇か月の時」と告げ、当時、フランスに逃げたそうだ。
どんな状況かなどとは、聞く心境にはなくて、記念だからと彼女を写真に写した。
きっと、身のすくむような当時が、走馬灯のように走り、写真を見て思わず声に漏らしたのだろう。
サラさん、生き延びて良かった。まだ貴女には貴重な時間が繋がっています。
※ 1 ブダペストの地下鉄は世界で初めて電気運転を実現  「ハプスブルグ帝国」岩崎 著 

猛暑対策 衣服版

2019年08月03日 19時57分24秒 | 日常の発見
ジーンズや洋服にスリットを入れるのは、たいてい見かける。
膝辺りに入れたり、腿の脇に入れたのも見た。それも暑さ対策になるけれど、
七夕かざりのように互い違いに脇線に上手にスリットを横に入れても涼しいと思う。
Tシャツは重宝するけれど、穴をあけている人は?
水玉みたいに小さいのを散らばらせれば、まだ汗取りにもなるし、かなり涼しいと思うけれど、まだみたこともない。
女性の服には背中を別布で涼しく当て、デザイン変化させているのも見ていて楽しい。
でも、Tシャツに穴をあけると、プリントの絵は分断されてしまうだろうし、文字も別のことばになってしまうかもしれないわねえ。
と、今日はミニ扇風機やらイヤホン型扇風機を見た。新製品がぞくぞく登場して、来るオリンピックが楽しみだ。
  網タイツも涼しいわよ~

夏風邪でマスクをしている人もいるけれど、冷えピタみたいのがあれば、マスクの下で密かにつかいたいものですう。

これ、消費者対応です!

2019年08月03日 17時34分07秒 | 日常の発見
今日、出先の場所に行くのに、予定の時間より早めに到着したので、デパチカで少ない量の口汚しを探していた。
久しぶりなので、暑中見舞いに一緒に食べようと考えていたのだった。グラム売りで、ちょうど100円分で購入できるか聞いてみたところ、電卓で計算してくれた。計算機をたたく音は手早く、消費税込みで計算したのだろう。
お菓子が一袋に入り、購入した。
私の目的を告げたところ、「暑いですからね」と、「それで十分です」という私の声に応えてくれた。
わがままな手前にも応えてくれた販売をしてくれて、ありがたい。