御存知、継続高校チームが試合観戦時に使用している高所作業用車輌です。劇場版に続いて最終章にも登場したため、ガルパン車輌のなかでもかなり存在感が大きくなってきているようです。しかし、未だにその元ネタに関しては不明のことが多いようで、相変わらず謎の車輌として扱われているようです。
なにしろ、公式資料類においても表記がまちまちです。「市電の架線整備車」(劇場版コンプリートブック)、「ポルトルカ」(改訂版エンサイクロペディア)、「タワーワゴン車」(モデルグラフィックス2018年2月号)というように一定していません。公式サイドにおける認識もバラバラであることがうかがえます。
資料によれば、モデルは1930年から1944年までにフィンランドで使用された市電架線整備用の作業車であるようです。しかし、その詳細および車体の出自については、いまだにファンの間でも「調査中」であるようです。
そんな状況ですから、私自身もこの謎の車輌についてはあまり興味が湧かず、謎の車輌と噂されるのも、単にアニメのオリジナルだからであろう、と単純に受け止めていたにとどまりました。
ところが、前月の模型サークルの定期会合にて、先輩N氏にいきなり「ガルパンのフィンランド軍に、なんかけったいなトラックがあるらしいねえ」と聞かれました。継続高校チームのことを「ガルパンのフィンランド軍」と表現するところは、いかにもガチのミリタリーマニアらしい直截さですが、「けったいなトラック」についても模型仲間同士での会話に出ていたのを耳にはさんだという程度で、画像すら見た事が無いそうです。アニメのガルパンについても余り詳しくない様子は、相変わらずのようでした。
そこで、上掲の画像をノートPC画面に掲示しましたところ、「ホンマにけったいなトラックやな・・・」と、感心とも呆れとも受け取れる呟きを漏らしていました。
しかし、そこは模型サークルきってのミリタリートラックマニアでもあるN氏です。ガルパンに登場してきた各チームのトラックに関して詳しい情報を示して下さった経緯は、すでに「プラウダ高校チームのBM-13「カチューシャ」は戦後型」、「未だに特定出来ないガルパン車輌、の車種判明」、「サンダース大学付属高校チームのトラック」等の諸記事にて述べた通りです。早速、じっと画面を注視しながら考え込み、次の瞬間に私の方に笑顔を向けてきました。
「これはよくみるとけったいでもない。むしろマニアックというか、古めかしいチョイスやねえ・・・。フィンランドは戦前からこんなのを使ってたわけか・・・」
「トラックの種類とか、分かるんですか?」
「うん、フィンランドで1930年にもう使われてるわけやろ。これは多分、アメリカのリパブリック社の1920年型トラックを輸入したものかもしれん」
「1920年・・・、ですか・・・」
「うん、時代背景から説明しておこうか・・・。ええとな、例えば日本においてはだな、大正の始め頃に、日野自動車の前身の東京瓦斯電工がな、陸軍の要請で軍用貨物車の開発を始めたんだが、その際に参考資料としてリパブリック社の1920年型トラックを輸入してるんや。それを基にして1.5トンのトラックを作ってTGE-A型と名付けたのよ」
「TGE・・・A・・・型」
「うん、TGEは東京瓦斯電工の略や。その最初の型やからAなんやろな」
「はあ・・・」
「で、その際に参考としたリパブリック社のトラックは1920年型やから、日本でも旧型であるとの認識があってな、それで陸軍と商工省が次の軍用自動車の開発を促進するわけ。これに手を挙げたのが、日産自動車の前身であるダット自動車製造で、これに石川島製造所が加わる。もちろん東京瓦斯電工も参加してて、この共同開発でTEX40とか45とかのトラックを出したのやな。この流れで陸軍の主力トラックとなるスミダ94式が開発されるんだが、そういう日本の開発状況を世界の列強が黙って見守ってるわけは無いのやな」
「まあ、技術競争の時代ですもんね・・・」
「そう。アメリカのフォード社が対抗心をもやしてAA型トラックを開発したんだが、これは当時のトヨダがコピーしていた筈。乗用車も作っとった。フォードは既に日本でも1920年代からノックダウン生産しとったからな。そのフォードのAA型トラックは、基本的にはリパブリック社の1920年型の設計を継承したものやという。だから、新興のソ連がウチでも軍用車を開発するぞ、という時にフォードのAA型トラックを参考にしてるんやが、外見上はあんまりリパブリック社のと変わらん。ソ連のAA型トラックのコピー版がGAZ-AAと呼ばれるんや」
「つまり、トラック開発の波が国から国へと波及しているわけですね」
「そう、そういうこと。技術史の観点からみれば、全くもって分かりやすい。まあ、そういう流れで、当時の世界の主要国でほぼ同時期に軍用トラックの開発と生産がスタートしたという形にはなるんやけども、設計の系譜からいうと、殆どのトラックがリパブリック社の1920年型のデザインとかフォード社のAA型の骨子を受け継いでるわけやから、どこの国のトラックもよく似た外見になる」
「なるほど・・・」
「概観すると、リパブリック社の1920年型ってのは、一つのスターティングポイントやったと評価してええのかなと思う。当時のアメリカのトップやったGMとかが作ってたトラックもあるんだが、外見意匠の点から言うとGMのデザインは国際化しとらんのやな。むしろリパブリック社みたいな中堅メーカーの製品が他国にとっては導入しやすかった側面もあるやろな」
「それ、現在の産業においても似たような事が言えますよね。途上国が先進国から技術とかを学ぶ際に、大企業のノウハウは導入しづらい、ということがあるみたいですね」
「ああ、それは言えるかもな。途上国といえば、特にソ連あたりはそういう技術は全部輸入して懸命に国産化を図ってたから、AA型トラックとか、アメリカから導入したものはそのまんまコピーしていたわけ。GAZ-AAって名付けてるが、要するにソ連製のフォードAA型やな」
「つまり、ポルトルカのことですね」
「まあ、そういうことになるかな」
「そういえば継続高校の車輌は資料ではポルトルカとも呼ばれるみたいですよ」
「ふーん、そうなのか。まあ、フィンランド軍は継続戦争でポルトルカも相当鹵獲してるらしいから、それが元ネタなのかもな・・・、いや、待てよ、それは時系列で矛盾するな・・・」
「どうしてですか」
「考えてみたら、GAZ-AAを元にした車輌をフィンランド軍が使用するのは、ソ連と戦闘をまじえる1941年以降なんやな。ポルトルカが元ネタならば、1930年のフィンランドに車輌があるのはおかしい。GAZ-AAをソ連が生産するのは1932年からなのやで」
「ふーん」
「もう一つの可能性は、アメリカのオートカー社が1920年代から生産していた「CA」というトラックや。これはリパブリック社もフォード社も設計を参考にしてるから、外見はあんまり変わらん。ライセンス生産もあったみたいで、リパブリック社製の「CA」もあったらしい。そういうのがかなり欧州に輸出されてたから、フィンランドにも入ってた可能性はあるな」
「リパブリック社の1920年型トラックのほうも欧州に輸出されていたのですか?」
「数の上ではGMやフォードに及ばなかったけどね、企業として利益を求める以上、輸出も当然の選択や」
「じゃあ、色々可能性があるわけですね」
「しかしなあ、これ(上掲の画像)の車輌は、細かい所を見るとなんかソ連のZiS-5に似てるねえ」
「実は、ガルパンファンの皆さんが劇中車の再現製作にZiS-5のキットを使ってるらしいんですよ」
「うん、それは良い選択かもしれん。プラモに限って言うと、1930年代までの軍用トラックでキット化されてるのはZiS-5しか無いからな。それに、当時のトラックはリパブリック社もフォード社もオートカー社もみんなトラックは外見が変わらんし、ソ連のGAZシリーズもそのコピー版やから形は同じや。プラモで作るんならZiS-5しか無いから、あとは改造とかスクラッチになるね」
「そうですね」
「そういえば、ZiS-5はオートカー社の「CA」トラックのコピー版やったな。ZiS-5が生産されるのは確かGAZ-AAの翌年やから1933年か。すると1930年にフィンランドで使われてるこの作業車は、ZiS-5に似てるけどもZiS-5では有り得ない。すると原型の「CA」トラックかな・・・」
「なんだか、ものすごく古くてレアなトラックのように聞こえますが・・・」
「うん、レアや、思いっきりレアやで。情報も希少で写真も設計図も殆ど知られてないのよ。僕も名前しか知らんのやけど、ソ連のZiS-5が完全なコピー版であるので、外見とかはまあ分かるわけやな・・・」
「すると、謎の車輌であるとも言えますかね」
「うん、それは言えるな」
それを聞いて、継続高校チームの「謎の車輌」の本質が見えたような気がしたのでした。同時に、劇中車の再現を試みる場合にはZiS-5のキットを利用するしか選択肢が無い事も再確認出来ました。仮に元ネタが「CA」トラックなのであれば、系譜的には正解であることになります・・・。
ですが、継続高校チームの「謎の車輌」のモデルとなっている1930年の高所作業用車輌というのは、エンジンフードにリパブリック社のロゴが入っています。
なので、N氏が最初に言った、「リパブリック社の1920年型トラックを輸入したもの」である可能性が高いです。1944年まで長く使われていたそうなので、現地でのメンテナンスによって各社のパーツを色々付け替えているのではないかと思います。外見的には、いわば唯一無二の存在であって、同型車というものは無いのだろう、と感じております。
ここまで書いてきて、ふと思ったのですが、例のフィンランドの1930年の高所作業用車輌、パロラ軍事博物館のBT-42みたいに、どこかで記念保存されていないのでしょうか・・・。
beutepanzer.ruと言うロシア人のサイトにドイツ陸軍が東部戦線で鹵獲したソ連軍車両の画像が多数掲載されているので一度探索してみればどうでしょうか?。