他人と“寸分違わぬ過去”を有する人なんて、まあ存在しないだろう。100人の人間が居れば、100通りの過去が在るのだ。
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或る雪の降る夜に芝居小屋の直ぐ傍で、美しい若衆・伊納菊之助(いのう きくのすけ)による仇討ちが見事に成し遂げられた。父親を殺めた下男を斬り、其の血塗れの首級を高く掲げた快挙は、沢山の人々から賞賛された。2年の後、菊之助の縁者だという1人の侍が、「仇討ちの顚末を知りたい。」と芝居小屋を訪れるが・・・。
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第169回(2023年上半期)直木賞を受賞した小説「木挽町のあだ討ち」(著者:永井紗耶子さん)は、「父を殺めた男を仇討ちした菊之助に付いて、彼の縁者という侍が2年後、仇討ちの顛末を聞いて回る。」というストーリー。仇討ちを果たす直前迄、菊之助は芝居小屋・森田座で世話になっており、又、実際に仇討ちの様子を見ていたという事から、侍は森田座の関係者達に話を聞きに行くのだ。
話を聞いて行く中で、仇討ちの真相が明らかになって行く。「著者が或る関係者を作品に登場させたのは、そういう伏線を敷いていたのか!」という意外性が味わえ、“時代小説の形を借りたミステリー”と言う感じも在る。
冒頭で書いた様に、「100人の人間が居れば、100通りの過去が在る。」訳で、侍が仇討ちの顛末を聞いて回る関係者達にも、其れ其れの異なった過去が在る。周りから蔑まれて来た様な彼等の過去にはグッと引き込まれて行く物が在るし、仇討ちの真相という“謎解きの部分”以外の面白さが。
陰鬱さをも内包する仇討ちを扱っているのに、最後の最後にはハッピーエンドな結末が待ち構えていたのには、「上手いなあ。」と著者の筆力の高さを痛感。「木挽町のあだ討ち」は第36回(2023年)山本周五郎賞“も”受賞しているが、当然と言える内容だ。
総合評価は、星4つとする。