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「元気ですか?浮上したら、漁火が綺麗だったので送ります。」。彼からの2ヶ月振りのメールは、何時も通りに素っ気無い内容だった。
中峯聡子(なかみね さとこ)が合コンで出会い、そして付き合う様になった冬原春臣(ふゆはら はるおみ)は自衛隊の潜水艦乗り。聡子が「クジラ」と表現した潜水艦に、彼が何時乗り込むのか、又、何時帰還するのかは、秘密事項として教えて貰えない。
そんな“クジラの彼”との恋愛には、何時も7つの海が横たわり、聡子は春臣からの連絡を待ち続ける事しか出来なかった。
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“恋愛小説の女王”とも呼ばれる有川浩さんが、自家薬籠中の物と言っても良い「自衛隊」を題材に、6つの短編小説で構成した「クジラの彼」。
自衛隊に所属する人間が身の回りに居れば別だろうが、一般的には「自衛隊員」と言えば、「災害時に救援に当たってくれる、非常に頼もしい人達。」といったイメージは在るものの、具体的に彼等の“素顔”を思い浮かべる事は出来ないと思う。彼等も同じ人間で在り、恋愛だってする。そんな当たり前の事を、改めて認識させてくれる6つのストーリー。
一般人に比べると、自衛隊員の恋愛には“制約”が多いとか。配属先は津々浦々に行き渡り、「今の配属先北海道、其の前は沖縄県。」なんて事も、無い訳では無い。相手が潜水艦乗りだと、長期間連絡が取れない許りか、今何処に居るのかも判らなかったりする。恋人に会いたくて、駐屯地から「脱柵」(脱走の事。)をする者も居るとか。“遠距離恋愛”や“待つだけの身”、「何時でも、自由に会える訳では無い。」等、「自衛隊員も其の恋人も、大変だなあ。」と思う。
そんな多くの制約が在る中、恋を実らせて行く、6つの短編小説のキャラクター達。「妙にベタベタし過ぎず、適度な距離感を持っている。」、「思わず頬が緩んでしまう様な、ホンワカとした関係。」等、有川作品に登場する「恋愛」には、共鳴してしまう点が多い。
特に良かった作品は、「国防レンアイ」と「脱柵エレジー」。男勝りの女性自衛隊員・三池舞子(みいけ まいこ)に対し、長期に亘り、密かに恋心を持ち続けて来た男性自衛隊員・伸下雅史(のぶした まさし)の姿を描いた「国防レンアイ」では、舞子が合コンで知り合った民間人の男性から「筋肉質」で在る事を嘲笑された際、落ち込む彼女を前にして、雅史が男性に言い放った言葉が印象的。
「腹筋割れてて、何がおかしいんだ?こっちゃ、伊達や酔狂で国防遣ってねえんだよ。有事の時に御前等守る為に、毎日鍛えてんだよ。チャラチャラ遣ってて、腹なんか割れるか。」。
物作りをしていると、概して自分本位になってしまい、肝心な“使い手”の立場を忘れてしまう事が在ったりする。そういう意味では、「完成」を意味する「ロールアウト」という作品には、考えさせられる物が在った。
総合評価は、星4つ。
警察官や自衛隊員等は、「組織」としてのイメージは在るものの、概して「個々の顔」という物が見え難い所は在りますよね。でも、個々の人達には彼等形の生活が在り、そして「恋愛」も在る。そんな当たり前の事を、有川作品は認識させてくれています。
唯、懸念が在るとすれば、為政者が“意図的に”そういう“柔らかいイメージ”を、国民を縛る方向に悪用する事。其れだけは、絶対に在ってはいけない。国民の為に頑張ってくれている彼等の為にもです。
誰が何と言おうと、自衛隊が「軍隊」で在るのは事実。国を自衛するのは必要と思っているけれど、其れをどんどん拡大解釈して行き、自衛以外の為、ハッキリ言ってしまえば「国の面子」の為だけに、自衛隊員達の命を失わせる様な事は許せない。「集団的自衛権は必要!」と主張している政治家の殆どは、事が起きれば“安全地帯”に逃げ込む事でしょうし。