「数字を具体的に挙げ、相手を納得させる。」、「抜群の記憶力を元に、一度会った人と再会した際には、『〇〇さん』と名前で呼び掛けるので、相手は『自分なんかの事を覚えていてくれたのか。』と感動する。」、「良くも悪くも行動力が在る。」、「厳しい事をビシッと口にした後、ニカッと笑って冗談を言う。」等々、田中角栄元首相は実に魅力的な人物だった。自分がリアル・タイムで見て来た中では、好きな首相の1人だ。
「厳しい事をビシッと口にした後、ニカッと笑って冗談を言う。」というのは、小池百合子都知事が意識して真似している様に感じる。彼女も演説が上手いけれど、角さんと比べたら未だ未だ。卓抜した話術力に加え、何と言っても人間的な魅力が、聴衆をグッと惹き付けていたのだと思う。
そんな父親を間近で見て育って来た娘・田中眞紀子元文部科学大臣が、父と自分に付いて書いたのが「父と私」だ。父親譲りの演説の上手さを有し乍ら、人間的な魅力では父の足元にも及ばなかった彼女。どんな内容なのか興味が在り、読んでみる事にした。
「本を良く読んでいて、政治家にならなかったら、作家になりたいと思っていた。」、「どんなに大笑いをしても、決して笑い声を出す事は無かった。」、「生前から、自分の胸像や立像、顕彰碑、叙勲の類いには拒否反応が強く、地元で立像を建立する話が出た際には、烈火の如く怒った。」等々、角さんに関する意外な逸話が並んでいる。胸像等に付いては、以下の発言も。
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「くだらん!まったく、くだらん!自分は生きている間に一生懸命仕事をする。それで充分だ!人の評価は時とともに変化する。後の世に名を残したいと考えること自体がつまらんことだ!」。
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「1日も長く首相の座に留まる事や、祖父が果たせなかった改憲を行う事で、歴史に名を刻みたいだけ。」としか思えない、何処ぞの幼稚な首相とは大きな違いだ。
特に印象に残ったのは、「インターネットなんか影も形も無かった1972年に、自著『日本列島改造論』の中で“情報ネットワーク”の重要さを指摘していた。」等々、角さんの“先を行き過ぎた思考”で在る。功罪相半ばするという意味でも、織田信長に近い感じがする。
「自宅を良く訪れていた佐藤栄作元首相の夫人・寛子さんが、栄作氏の票固めや資金提供を角さんに依頼していた。」、「眞紀子さんは、土井たか子さんから可愛がって貰っていた。」、「小泉純一郎元首相の裏の顔。」等、興味深い裏話が紹介されていたが、「金大中事件が発生した直後、田中邸に『金』と名乗る謎の男から電話が掛かって来て、其の男に対し角さんが深刻な顔で話をし、押し殺した様な声で『命、命だけは絶対に駄目だぞ!』と呻く様に話した。」、「ロッキード事件が発覚した後、田中邸をリチャード・ニクソン元大統領が秘密裏に訪問。(マスコミには此の事実、何故か漏れなかったと言う。ロッキード事件に付いて、何か話した可能性が在ったのではないか。」という2点は、特に興味深かった。眞紀子さんは此の2点に関し、「どういう話をしたのか?」と父に尋ねたそうだが、答えてはくれなかったと言う。角さんの死を以て、真相は闇の中となってしまった訳だ。