子供の頃、「物が壊れたら修理する。壊れる度に修理し、修理出来ない状態になったら、“仕方が無い”ので新しく買う。」というのが、我が家のみならず、世間の“常識”だった。理系の父は一寸した家電製品の故障ならば、工具を使って自分で直していたし、母は破れた洋服に継ぎを当てたり、傷んだセーターの糸を解いては、新しく編み直したりしていたっけ。
然し、時代が移り変わり、「修理するのは面倒だし、新しく買った方が安い。」という事で、使い捨てが当たり前となって行った。「資本主義経済の発展による経営の大規模化で、大量消費時代が到来した。」のだ。貧乏性の自分は、使い捨てにはどうしても抵抗が在り、可能な限り修理する様にはしているけれど、新しく買った方が遥かに安い場合には、修理を断念して新しく買う事にしている。
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「としまえんの主役達、全国各地に再就職『第2の人生』」(5月4日、朝日新聞)
国内の大型レジャー施設の先駆けで、惜しまれ乍ら昨年8月、94年の歴史を閉じた「としまえん」(東京都練馬区)。其の乗り物や遊具達が此の春から、各地の遊園地で「第2の人生」を歩み始めている。
仙台市の八木山ベニーランドには3月、イエローの車体のジェット・コースター「コークスクリュー」が遣って来た。米国製で、2回転宙返りの絶叫マシンだ。
ベニーランドにも1980年に導入された同種機が在ったが、としまえんの方は1990年代前半に更新されており、安全性や利便性に優れる。「廃棄されるのは勿体無い。としまえんのレジェンドも引き継ぎたかった。」(八木充幸園長)と購入を決めた。ベニーランドの初代コークスクリューは、北海道の遊園地に引き取られた。
山形県上山市の「リナワールド」では、木製の巨大立体迷路の一般利用が、4月29日から始まった。としまえん閉園迄約4年間使われていた「トリックメイズ」だ。未だ新しい為、2分割した片方がリナに、もう片方は栃木県の那須高原りんどう湖ファミリー牧場に移され、ファン達の思いを受け継いだ。
リナの立体迷路は、幅12m、奥行き14m、高さ9m程。担当者は「知力も体力も必要。大人でも、てっぺんのゴール迄20分は覚悟して欲しい。」。名前は、公募で決める。
としまえんのグループ会社・西武鉄道によると、横浜市の八景島シーパラダイスにも、3つのアトラクションを譲渡。同園の「顔」だった世界最古級の回転木馬「カルーセルエルドラド」や、1番人気のジェット・コースター「サイクロン」等も、再就職先を検討中と言う。
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15年前、「フジパン・ロボット館」という記事を書いた。今から41年前に「日本万国博覧会(大阪万博、EXPO’70)」が開催されたが、人気のパヴィリオンの1つにフジパンのロボット館というのが在った。手塚治虫氏がプロデュースしたパヴィリオンで、中にはユニークなロボット達が合計41体展示されていたと言う。
「言う」と書いたのは、自分は実際に見に行っていないので。子供の頃から人混みが苦手で、万博と称する物には、一度も足を運んだ事が無いのだ。でも、自分は、彼等の一部と何度か会っている。EXPO’70が終了した後、オープンした許りの愛知青少年公園に、此のロボット館は移設され、当時、愛知県に住んでいた自分は、両親に連れられて何度か訪れたからだ。受付ロボットやロボット・オーケストラ、カメラ・ロボット等、未来世界を夢見させてくれるロボット達(22体)を見るのが、本当に好きだった。
2005年に「愛・地球博」が開催される際、愛知青少年公園は閉園となり、移設されていたロボット館も取り壊されてしまった。でも、愛・地球博に何体かのロボット達が展示されたのは、記事「フジパン・ロボット館」を書いた際に知ったが、今回改めて調べた所、「愛・地球博記念公園内に在る愛知県児童総合センターの『ロボット・シアター』に、フジパン・ロボット館に展示されていたロボット・オーケストラ等の5体が展示され、定期的に動いている。」事が判明。幼き頃、彼等の姿を見るのが好きだった自分なので、本当に嬉しい話。
【愛知県児童総合センター内のロボット達】
最近、矢鱈と見聞する用語「SDGs(持続可能な開発目標)」。持続可能な開発の為に国連が定める国際目標で、17の世界的目標、169の達成基準、232の指標が在る。169の達成基準の1つに「持続可能な生産消費形態を確保する。」という項目が在り、其の中に「2030年迄に、予防、削減、リサイクル及びリユースにより、廃棄物の排出量を大幅に削減する。」と記されている。としまえんの遊具や乗り物達、そしてフジパン・ロボット館のロボット達が場所を変えて“生かされ(活かされ)続けている”のも、此の概念に沿っていると思う。「修理して使えるので在れば、修理して使い続ける。」というのは、とても大事な考え方だし。
関東に土地勘のないもので、「としまえん」は豊島区にあるものと思い込んでいましたが、練馬区にあったんですね。
こうした遊園地の遊具はオーダーメイドの一品物だったり、既製品でも数が少ないので、修理して使う方が安上がりなのでしょう。
身近なものでも昔の製品や道具類は構造が今に比べて単純だったので修理も出来たのでしょうが、パソコンを筆頭に現在の製品は構造が複雑なうえにユニット単位で大量生産が進んでいるので、小さな部品ひとつの故障でも、ユニット単位で交換しなければならず、修理より新製品を買う方が安いという、「逆転現象」になるのでしょうね。
技術革新と大量生産が再生可能な社会を阻害しているとは皮肉なものです。
としまえんには大昔、一度だけ行った事が在るのに、自分も閉園のニュースで「所在地が練馬区。」というのを初めて知りました。名前から矢張り、ずっと豊島区に在ると思い込んでいたので。
構造の複雑さには、考えが思い到りません。でした。確かに昔の家電製品はシンプルって言えばシンプルで、だからこそ素人でも修理が出来た。でも、今は構造の複雑さにより、そうは行かないというのは、確かに在るかも知れませんね。
とは言え、「散らしの裏をメモ書きに使用していたり、ちびた鉛筆の裏側をテープで貼り合わせ、極力迄使い切っていたしていた祖父母の姿。」を見て育った身からすると、「未だ使えるのに勿体無いなあ。」と思ってしまう“使い捨て”が結構多く、複雑な思いが在ります。