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周りからは1人に見える。でも、私の直ぐ隣に居るのは、別の私。不思議な事は、何も無い。けれど、姉妹は考える、隣の貴方は誰なのか?そして、今此れを考えているのは誰なのか?
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第171回(2024年上半期)芥川賞を受賞した小説「サンショウウオの四十九日」を読了。著者・朝比奈秋氏は現役の医師だが、今回の芥川賞受賞により、今村夏子さん以来6人目、男性作家としては初の純文学新人賞三冠作家となった。
「サンショウウオの四十九日」は、“異形の人達”が登場する。主人公の濱岸杏(はまぎし あん)と瞬(しゅん)の“姉妹”は、御互いの肉体が結合している双生児、即ち「結合双生児」。結合双生児と言えば、「胴体が全部くっ付いているが、首は2本で頭は2つという『アビゲイル&ブリタニー・ヘンゼル姉妹』。」や「腹部がくっ付いていて、其れ其れの上半身を持っている『ヴェトちゃんドクちゃん』。」が有名だけれど、杏と瞬の場合は「全てがくっ付いている。」という状態。違う“半顔”が真っ二つになって、少しずれてくっ付いているものの、頭も胸も腹も全てがくっ付いて生まれたので、傍から見ると“1人の人間”に見える。明らかに歪な見た目から、彼女達を取り上げた医師はDNAや染色体の異常を疑い、色々検査したものの、先天性の障害と結論付ける迄には到らず、長期に亘る経過観察を行う事にしたという経緯が在る。そして、彼女達が5歳になって漸く、結合双生児で在る事が判明。
又、彼女達の父親で在る若彦(わかひこ)は、彼の兄(杏&瞬からすれば伯父)・勝彦(かつひこ)の「胎児内胎児」だった。「一卵性双生児の片方の発育が極端に悪く、もう片方の体内に寄生する様に発育した者。」を胎児内胎児と呼ぶそうだが、赤ん坊として生まれた勝彦の体内に、胎児内胎児として若彦が存在していただけでは無く、更に勝彦の左脇腹には「嚢胞」と呼ばれる小さな袋が在り、其処には「背骨や指の骨、眼球、髪の毛、歯等、“もう1人”のパーツ。」が入っていた(漫画「ブラック・ジャック」に登場するピノコを思い起こさせる。)というのだから、無事に生まれていたら彼等は“三つ子”という事になったのだろう。
彼等は或る意味、“一心同体”と言って良い関係なのだろう。でも、勿論、其れ其れが全く別の存在で在り、又、其れ其れの意識を持っている。とは言え、一心同体で在るが故に、そうでは無い人達とは大きく異なった半生を過ごして来たで在ろう事は、容易に想像が付く。
総合双生児と言っても、見た目から“明らかに”双生児と判るケースでは無く、杏&瞬の様に「表面的には1人の人間にしか見えない。」というケースだと、作品内でも記されている様に、「其の出生届や死亡届等の受け容れを、他者に認めて貰う。」のは嘸や大変な事だろう。そして、1人の人間にしか見えないのだから、「其れ其れが“自我”を、“同時に”打ち出す。」というのは無理だろうし、其の点でも「自分が彼女達の立場だったら、どう生きて行けば良いのだろう?」と悩んでしまう。
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そして、雷に打たれる確率は約100万分の1。一つの卵子を共有する一卵性双生児が生まれるのは300の出生につき1組、つまり確率約0.3パーセント。結合双生児になると20万出生につき1組で、腰部や胸部の結合がほとんど。頭部結合となると確率が一段と低くなり、約250万分の1。頭部も胸部も腰部も結合した私たちはさらに低確率になる。確率の問題なのだから、母が妊娠中に雷に何回か打たれて、その衝撃で私たちが生まれたようなものだ。双子が病気ではないように、結合双生児も病気のようには思えない。生まれながら二人の距離がほんの少し近すぎただけだ。そもそも父と伯父の関係もそうだ。胎児内胎児だって50万出生に1組。人口が何十億人もいることを考えれば、たびたび結合双生児も胎児内胎児も生まれてくる。
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著者が現役の医師で在る事から、“医学面の記述”は非常にリアルだし、説得力が在る。だからこそ、先が気になってどんどん読み進めてしまったのだけれど、残念な事に「全体の5分の4辺りから、何を表現したいのか良く判らない感じ。」になったので、読後感は今一つというのが正直な所。
総合評価は、星3つとする。