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「巨人『第83代4番』中井は無安打で途中交代、中日に完敗」(4月29日、スポニチ)
主力離脱が相次ぐ巨人が、29日の中日戦(東京D)で「1-5」で敗れ、連勝は2で止まった。此の日は主将で在る坂本が登録抹消。「第83代4番」に中井を抜擢する新オーダーで臨んだが、機能しなかった。先発・菅野も5回4失点と崩れた。
相川、亀井、阿部、そして坂本・・・。故障者が相次ぐ中で、原監督の必死のタクトも実らなかった。「4番・一塁」でスタメン出場した中井は、初回2死三塁の先制機に三ゴロ、4回の第2打席は1死無走者から二ゴロ。守備でも1失策と精彩を欠き、6回の守りからベンチに下がった。
菅野も今季最短となる5回で、マウンドを下りた。4回に2点を失った後、5回には投手の山井に中前打を許してピンチを背負い、其処から2失点。其の裏の攻撃時に、代打を送られた。
打線は4点を追う7回無死二、三塁から、村田の二ゴロの間に1点を返したが、反撃は此の1点だけだった。
中日は4回、先頭・平田の右中間二塁打とルナ 四球で無死一、二塁とし、ナニータの左翼線適時二塁打で先制。尚も二、三塁からエルナンデスがセーフティー・スクイズを決めて、此の回2点を奪った。5回には山井の中前打から1死二塁とし、亀澤の中前打をセンター・橋本が後逸する間に、山井が生還。更に2死二塁からルナの右前適時打で、リードを広げた。9回には2死から3連打で加点し、駄目を押した。
先発・山井は6回0/3を5安打1失点で、今季2勝目。チームの連敗は、4でストップした。
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28日の「ジャイアンツvs.ドラゴンズ」戦が終わった直後、ジャイアンツのOB・宮本和知氏が、1回裏のジャイアンツ攻撃時に於ける坂本選手の走塁に関し、「頭脳的なプレーだった。」と激賞していた。2死1&3塁でアンダーソン選手が打席に入り、其の4球目に(1&3塁走者の)坂本&金城両選手が重盗を仕掛けたのだが、「金城選手が先に本塁生還&先制点を得られる様に、坂本選手が“態と”二塁前で走るスピードを緩めた。」と言うのだ。然し、映像を見る限りでは、「足に異常が発生した事で、坂本選手はスピードを落とさざるを得なかった。」としか思えなかったので、「本当に頭脳的なプレーだったの!?」と疑問を持っていたのだが、坂本選手が故障で戦線離脱というニュースを聞き、「矢張りなあ。」と思った次第。
で、昨日の試合だが、ドラゴンズの先発・山井投手は粘っこい投球を見せていたし、ジャイアンツの先発・菅野投手の出来は良く無かったしで、ジャイアンツの完敗は仕方無しという感じだ。
故障者が相次いでいるジャイアンツ。「原監督も、嘸や頭が痛い事だろう。」と同情してしまう。ジャイアンツの四番打者としては第82代の坂本選手が戦線離脱した事で、「誰が四番打者を務めるのだろう?」と思っていたら、中井選手の起用とは全くの予想外だった。
何処のチームでも、“四番打者”は特別な存在。“単なる4番目の打者”
というのでは無い。ジャイアンツの歴代4番打者の顔触れを見ると、ヴィクトル・スタルヒン“投手”等、「彼が四番打者を務めていたの?」と思ってしまう意外な選手も居たりするし、入団時から“将来のクリーンナップ候補”として“英才教育”を施されて来た中井選手だから、四番打者に抜擢された事自体は、「在り。」だと思っている。
でも、四番打者として抜擢した以上、原監督には中井選手を“1試合”は出し続けて欲しかった。四番打者の存在というのはそんなに軽い物では無いし、熟慮に熟慮を重ねた上での抜擢だったと思うので、非常に残念。
ところで、ジャイアンツの四番打者は、中井選手で83代目という事だが、「“10年区切り”で見た場合、1年平均で何人の選手がジャイアンツの四番打者を務めて来たのか?」が気になり、調べてみた。1936年~1939年(4年間)、そして2010年~2015年(6年目の途中)は10年区切りでは無いけれど、結果は以下の通り。
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「ジャイアンツの年代別四番打者の人数」
1936年~1939年:7人(1.75人/年)
1940年~1949年:10人(1人/年)
1950年~1959年:12人(1.2人/年)
1960年~1969年:14人(1.4人/年)
1970年~1979年:9人(0.9人/年)
1980年~1989年:11人(1.1人/年)
1990年~1999年:18人(1.8人/年)
2000年~2009年:9人(0.9人/年)
2010年~2015年:10人(1.67人/年)
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前人未到の記録「V9」は、1965年~1973年に掛けて達成されている。なので、「1960年代及び1970年代は、不動の四番打者が居たので、4番打者を務めた選手の数は最少だろう。」と予想していた。確かに1970年~1979年に関しては、「0.9人/年」と最少だったが、1960年~1969年に関しては「1.4人/年」と意外に多かった。
1990年代は、「1.8人/年」と最多。此れは何となく判るが、
2000年代が「0.9人/年」と、1970年代同様に最少だったのは、此れ又意外。
今季、故障者が相次いでいるジャイアンツだけに、初めて四番打者を務める選手が続出しそう。そうなると、2010年代の6年目が終わった時点で、四番打者を務めた選手の“年平均数”は、過去最多を更新するかもしれない。