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過去の断片が、“まあさん”を苦しめている。其れ迄、理性で抑え付けていた物が溢れ出して来ているのだ。彼女の心の痞えを取り除いて上げたい。
持田アイ(もちだ あい)と須田富士子(すだ ふじこ)は、20年来の友人・都筑益恵(つづき ますえ)を “最後の旅" に連れ出す事にした。其れは、益恵が嘗て暮らした土地を巡る旅。大津、松山、五島列島・・・満州からの引き揚げ者だった益恵は、如何にして敗戦の苛酷さから生き延び、今日の平穏を得たのか。彼女が隠し続けて来た秘密とは?
旅の果て、益恵が此れ迄見せた事の無い感情を露にした時、老女達の運命は急転する。
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宇佐見まことさんの小説「羊は安らかに草を食み」は、「認知症を罹患した友人の女性が過去に暮らした土地を、共に旅する2人の女性の姿を描いた作品。」だ。86歳の益恵、80歳のアイ、そして77歳の富士子は20数年前、或るカルチャー・センターの俳句教室で知り合って以降、親友として付き合って来た。“人生の最後がそう遠くは無い彼女達”の歩んで来た日々が、旅をする中で明らかとなって行く。
藤原ていさんのノンフィクション「流れる星は生きている」は、実に衝撃的な内容だった。敗戦後の1945年、夫を一時残して、子供連れで満州より引き揚げた際の体験を、赤裸々に描いた作品で、「死という存在に直面し続けて来た、余りにも苛酷な“逃亡”の日々。」に愕然としてしまったのだ。以降、満州からの引き揚げ者達の体験談を読む機会が少なからず在ったが、何れも 筆舌に尽くし難い苛酷さが在った。
「羊は安らかに草を食み」では、“現在”と“敗戦直前&直後”が交互に描かれている。敗戦直前、満州に住んでいた益恵は、家族6人で敵から逃れ、日本への帰国を目指すのだが、両親と弟1人は死に、もう1人の弟は人攫いに遭い、そして1人の妹は置き去りにせざるを得なくなり、たった1人で生きて行く事になる。僅か10歳程の子供が過ごした日々は、余りに悲惨。戦争という異常な状況に在るとはいえ、“人としての真っ当な心を失った人々の言動”には心がささくれ立ってしまうし、だからこそ“そんな状況でも優しさを忘れない少数の人々の言動”には、ほっとさせられたりもする。
長く生きていれば、誰しも“人には言いたくない過去”という物が在るだろう。益恵達3人も同様で、親しく付き合って来た中でも全く見えなかった過去を、彼女達は旅の中で知る事となる。高齢者の少なからずが抱えているで在ろう問題も扱われており、とても複雑な思いに。
“或る人物”に関する秘密が重要な鍵になっているのだが、此の点に関しては早い段階で察しが付いた。だから、事実が明らかになった際、驚きは無かった。又、「“或る人物”を、“或る人物”が、“或る飛び道具”で殺害し様と試みる。」場面が出て来るが、「“素人”が、そんな上手く扱えるかなあ?」という疑問が残った。読み応えの在る作品なだけに、或る人物に関する秘密が明らかとなった辺りで、話を纏めた方が良かった気がする。
上記の“蛇足と思える部分”が無ければ、もっと高い評価が付けられた。総合評価は、星4つとしたい。