ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

勝利数

2013年06月17日 | スポーツ関連

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王手から5戦目漸と 内海100勝『崖っ縁と思って。』」(6月17日、スポニチ

 

最後も直球だった。9回2死1、3塁、外角低め138kmで山崎を空振り三振に仕留め巨人の内海は左腕を突き上げた。10安打3失点乍ら今季完投王手を掛けてから5試合目の登板で、通算100勝を掴んだ。

 

「ホッとしています。崖っ縁と思って投げた。野手の皆さんに、勝たせて貰いました。」。安堵溜め息漏れた。

 

過去4試合の防御率は7.08で、此処2試合は5回持たずに降板していた。「何処かが悪かったのでしょうが、判らなかった。自棄酒オン・パレードでした。」。苦しみ踠く中で、立ち返ったのは投球の原点此の日は生命線で在る右打者の内角への直球、所謂クロス・ファイアを全力で投げ込んだ。「阿部さんと『もっと使って行こう。』と話をしていた。其れ上手く行った。」。だから、変化球も生きた。

「まさか僕が、100勝出来るとは・・・。」。ドラフト自由枠で入団したが、1年目の2004年は殆ど2軍暮らしでプロの壁にブチ当たっていた。そんな中、同年5月に祖母・晴子さんが81歳で他界。入団前から体調が優れないのは知っており「白星を見せたかった。頑張らないといけないと、強く思った。」。其れが、プロ選手としての心の原点だ。

 

翌2005年4月9日の中日戦(東京ドーム)でプロ初勝利。ウイニング・ボールは、今も京都府内の実家の仏壇に供えられている。其の試合、初回3者凡退に抑え乍ら、ベンチ前で阿部に頭を叩かれた。緊張でサイン・ミスを続けた。其れから8年。2年連続最多勝エースへ成長し、区切りの数字に到達した。

 

澤村菅野に続き、2001年以来12年振りの3試合連続完投で、チームを4連勝に導いた。「此れを通過点として、又100勝、積み重ねたいです。」。未だ31歳。エースの視線は、遥か先へと向けられていた。

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内海投手に関しては、「此処一番という時に勝てない、非常に勝負弱い投手。」と過去に何度も批判して来たが、近年はエースとしてチームを牽引してくれているのが嬉しかった。しかし、過去4試合の登板では、“嘗ての姿”に戻ってしまった感が在り、「どうした内海!」と苛立ち覚えていた。だからこそ、昨日の力投は本当に嬉しい。苦しい事が多かったと思うが、通算100勝は立派。

 

おめでとう!そして、次は通算200勝を目指し、更に高いレヴェルの投手になって欲しい。

 

プロ入りから10年目にして通算100勝を達成した投手が居る一方で、12年目にして漸と初勝利を掴み取った投手も居る。

 

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鴨志田12年目でプロ初勝利 歴代2位遅咲き」(6月17日、スポニチ)

 

オリックスの鴨志田が、プロ12年目で嬉しい初勝利を挙げた。6回2死1、3塁の場面で登板。飯原中飛に仕留めると、チームが其の裏に逆転し、僅か3球で勝利投手となった。

 

「実感が無いんです。嬉しさと恥ずかしさが在りますが、先ずは、家族に報告したい。」とウイニング・ボールを手に笑った。

 

2002年に水戸短大付(現:水戸啓明)からドラフト目で巨人入り。2006年オフとの交換トレードで、長田と共にオリックスに移籍した。ドラフト制以降では、西清孝横浜)がプロ13年目の1997年4月25日の中日戦(横浜)で初勝利を挙げており、12年目での初勝利は、2007年の松本輝楽天)と並ぶ歴代2位の遅咲き勝利。此処は登板機会に恵まれなかったが、鴨志田は「此れを切っ掛けに出来れば。」と奮起していた。 

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年齢では内海投手より1つ年下だが、内海投手が社会人野球経由して来た事も在り、プロ入りは鴨志田投手の方が2年先。鴨志田投手と言えば、高校時代は速球投手で鳴らし、「東の鴨志田、西の寺原。」と呼ばれていたりもした逸材。ジャイアンツに入団し、「将来のエース」と大きな期待を掛けられていた時代も在ったが、残念乍らジャイアンツでは芽が出る事は無かった。ジャイアンツに在籍していた選手の其の後は気になるもので、鴨志田投手の事も気にはなっていた。だから、今回の初勝利は嬉しい。おめでとう!

 

プロの世界は、本当に厳しい。鴨志田投手の場合は初勝利を挙げられたが、1つも勝てない、引退せざるを得なかった投手は珍しく無い。、プロ入りした多くが、其のパターンだろう。

 

球界の父子鷹”として知られる笠原将生投手(ジャイアンツ)は、プロ入り初年度の昨年に初勝利を挙げ、今季は既に2勝を挙げている。父・笠原栄一氏は投手としてオリオンズ及びホークスに7年間在籍したが、遂に初勝利は叶わなかった。父の無念を、息子が晴らした形だ。此れも天晴れ


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2 コメント

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Unknown (透明人間)
2013-06-17 22:15:21
ええですな
好調なチームは明るい話題ばかりで
その点ウチはお先真っ暗ですわ
まぁ山本マサや山崎(別名ヤマヤマコンビ)に頼ってる時点でアウトですわ(来年もヤマヤマコンビは居るんだろうな・・・)
早く0球で勝利投手になる選手が出て来ないかな
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>透明人間様 (giants-55)
2013-06-17 23:30:55
書き込み有難う御座いました。

(ファンの方には申し訳無いのですが)ベイスターズの苦戦は予想していたものの、ドラゴンズとスワローズが此処迄大苦戦するとは、全く予想外でした。「ドラゴンズは地力が在るチームなので、其の内上がって来る。」と思っていますが、もう6月も終わりに向かっているのに、グーンと上昇する気配が見えないのは心配ですね。

「高木監督と井端選手の喧嘩をした。」とか「井端選手がパンツ1枚で素振りをした。」とか、野球とは無関係の話題で騒がれている様では、ファンとしても心外だと御察しします。

同年代の山本投手には、もう一花も二花も咲かせて欲しいのですが、流石に一寸厳しい感じは在りますね。若くて活きの良い選手が登場すれば、チームの雰囲気もガラッと変わるのだろうけれど・・・言っても詮無い事ですが、権藤投手コーチの解任が、大きく響いている様な気がします。
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