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【データBOXの蜘蛛】
おれたちはいつも、ちいさな爆弾を抱え歩いている。ポケットにはいる秘密の小箱は、いまやおれたちの命綱だ。たまに忘れて外出したりすると、丸裸になったような心細さになるのだから、心底いかれてる。薄っぺらなマシンのなかには、あんたのオフィシャル&プライベートな情報がぎっしり。そいつはいつ破裂するかわからない、致命的な危険物だ。(中略)現代日本人は短い便りを歴史上もっとも膨大に送りつけあってる、暇で孤独恐怖症の人間なのだ。誰かとつながっていなければ、不安でしかたなくなる生きもの。それは大人も子どもも関係ないんだ。もっともその大切なメールの九割は、まるで意味のない空メールと変わらないんだけどな。考えてみれば、おれがガキのころはそんな爆弾、誰ももっていなかった。まあ、それだけのテクノロジーもインフラもなかったからね。携帯電話って、この十年ばかりのうちに生まれたたくさんの新語とよく似てるよな。格差社会とか勝ち組負け組、仮面うつ病とか非正規ワーカー、自己チューとか学級崩壊なんか。どれも悲しくなるくらいこの世界を射貫いていて、人をつなげるよりも人を差別してばらばらにしていく働きしかないのだ。
【PRIDE-プライド】
最悪の経験に傷ついて、自分を呪い、なにもできなくなった人間が、自分の一番深いところから育てる力。それこそがほんもののプライドだって、プライドなどかけらもないおれにもよくわかった。もともと弱いやつがよりどころにする最後の盾がPRIDEなのだ。この盾を甘くみないほうがいい。どんな力にもすり潰されないダイヤモンドのような光。それを心の底にもってるやつが、最後に勝つことになる。人生は結局、金や知識や腕力じゃ決まらないって、実に単純な話。
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石田衣良氏は好きな作家の1人だが、彼の作品で最も好きなのは、定番だけれど「池袋ウエストゲートパーク・シリーズ」。「流麗にして鋭利な比喩を、惜しげ無く鏤める。」というのが石田作品の魅力の1つと言っても良いが、其の魅力を最大限に堪能出来るのが同シリーズと思うので。此の程読了した「PRIDE-プライド 池袋ウエストゲートパークX」は同シリーズの第10弾に当たり(正確に言えば「赤(ルージュ)・黒(ノワール) 池袋ウエストゲートパーク外伝」という作品が“外伝”として以前に刊行されているので、第11弾と言えなくも無いのだが。)、石田氏の言葉を借りると「此の作品を以て、『池袋ウエストゲートパーク・シリーズ』の執筆は暫く休む。」のだとか。非常に残念だ。
池袋西口公園商店街の外れに在る果物屋「真島フルーツ」の一人息子・真島誠(通称:マコト)が、あちこちから持ち込まれる困難な依頼を“原則”無料で解決して行くという同シリーズ。薄給の身乍ら、人の良さと強い正義感から“悪”に立ち向かって行くマコトの姿には、毎回スカッとさせられる。唯、困難な事件に巻き込まれるのは、其の殆どが「社会の底辺で苦しみ、呻いている弱者」で、彼等に触れた記述には心をザックリと抉られる思いがするのも毎回の事だが。
「PRIDE-プライド 池袋ウエストゲートパークX」は「データBOXの蜘蛛」(「携帯電話を紛失した結果、中身のデータ類を“人質”に脅迫を受けるエリート・サラリーマンの話。」)、「鬼子母神ランダウン」(自転車で弟を当て逃げした犯人を捜す、女子大生の姉の話。」)、「北口アイドル・アンダーグラウンド」(地下のライヴ・ハウス等で活動しているマイナーな女性アイドルを巡る、ディープなファンとストーカーの話。)、そして「PRIDE-プライド」(「3年前にレイプされた女性がマコト等と共に、レイプ犯を捜す話。)という4つの短編小説で構成されている。
「データBOXの蜘蛛」から「北口アイドル・アンダーグラウンド」迄の3作品には、石田氏の筆力からすれば凡庸さを感じてしまった。比喩の素晴らしさは相変わらずなのだが、肝心のストーリーに引き込まれる物が無かったので。しかし最後の「PRIDE-プライド」には、グッと引き込まれた。「ホームレスを食い物にする自立支援施設」という、以前にニュースで見聞した題材も織り込まれており、色々考えさせられる事が。
「PRIDE-プライド」の最後は、次の文章で締め括られている。胸に響いたので、最後に紹介したい。
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最後にひと言。あんたがどれほどきついところで生きているのかはわからない。だが、おれは全力でいう。負けるな、明日は必ずやってくる。つぎのステージで、また会おう。
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総合評価は星3.5個。此のシリーズの一日も早い“復活”を、心より祈る。
【データBOXの蜘蛛】
おれたちはいつも、ちいさな爆弾を抱え歩いている。ポケットにはいる秘密の小箱は、いまやおれたちの命綱だ。たまに忘れて外出したりすると、丸裸になったような心細さになるのだから、心底いかれてる。薄っぺらなマシンのなかには、あんたのオフィシャル&プライベートな情報がぎっしり。そいつはいつ破裂するかわからない、致命的な危険物だ。(中略)現代日本人は短い便りを歴史上もっとも膨大に送りつけあってる、暇で孤独恐怖症の人間なのだ。誰かとつながっていなければ、不安でしかたなくなる生きもの。それは大人も子どもも関係ないんだ。もっともその大切なメールの九割は、まるで意味のない空メールと変わらないんだけどな。考えてみれば、おれがガキのころはそんな爆弾、誰ももっていなかった。まあ、それだけのテクノロジーもインフラもなかったからね。携帯電話って、この十年ばかりのうちに生まれたたくさんの新語とよく似てるよな。格差社会とか勝ち組負け組、仮面うつ病とか非正規ワーカー、自己チューとか学級崩壊なんか。どれも悲しくなるくらいこの世界を射貫いていて、人をつなげるよりも人を差別してばらばらにしていく働きしかないのだ。
【PRIDE-プライド】
最悪の経験に傷ついて、自分を呪い、なにもできなくなった人間が、自分の一番深いところから育てる力。それこそがほんもののプライドだって、プライドなどかけらもないおれにもよくわかった。もともと弱いやつがよりどころにする最後の盾がPRIDEなのだ。この盾を甘くみないほうがいい。どんな力にもすり潰されないダイヤモンドのような光。それを心の底にもってるやつが、最後に勝つことになる。人生は結局、金や知識や腕力じゃ決まらないって、実に単純な話。
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石田衣良氏は好きな作家の1人だが、彼の作品で最も好きなのは、定番だけれど「池袋ウエストゲートパーク・シリーズ」。「流麗にして鋭利な比喩を、惜しげ無く鏤める。」というのが石田作品の魅力の1つと言っても良いが、其の魅力を最大限に堪能出来るのが同シリーズと思うので。此の程読了した「PRIDE-プライド 池袋ウエストゲートパークX」は同シリーズの第10弾に当たり(正確に言えば「赤(ルージュ)・黒(ノワール) 池袋ウエストゲートパーク外伝」という作品が“外伝”として以前に刊行されているので、第11弾と言えなくも無いのだが。)、石田氏の言葉を借りると「此の作品を以て、『池袋ウエストゲートパーク・シリーズ』の執筆は暫く休む。」のだとか。非常に残念だ。
池袋西口公園商店街の外れに在る果物屋「真島フルーツ」の一人息子・真島誠(通称:マコト)が、あちこちから持ち込まれる困難な依頼を“原則”無料で解決して行くという同シリーズ。薄給の身乍ら、人の良さと強い正義感から“悪”に立ち向かって行くマコトの姿には、毎回スカッとさせられる。唯、困難な事件に巻き込まれるのは、其の殆どが「社会の底辺で苦しみ、呻いている弱者」で、彼等に触れた記述には心をザックリと抉られる思いがするのも毎回の事だが。
「PRIDE-プライド 池袋ウエストゲートパークX」は「データBOXの蜘蛛」(「携帯電話を紛失した結果、中身のデータ類を“人質”に脅迫を受けるエリート・サラリーマンの話。」)、「鬼子母神ランダウン」(自転車で弟を当て逃げした犯人を捜す、女子大生の姉の話。」)、「北口アイドル・アンダーグラウンド」(地下のライヴ・ハウス等で活動しているマイナーな女性アイドルを巡る、ディープなファンとストーカーの話。)、そして「PRIDE-プライド」(「3年前にレイプされた女性がマコト等と共に、レイプ犯を捜す話。)という4つの短編小説で構成されている。
「データBOXの蜘蛛」から「北口アイドル・アンダーグラウンド」迄の3作品には、石田氏の筆力からすれば凡庸さを感じてしまった。比喩の素晴らしさは相変わらずなのだが、肝心のストーリーに引き込まれる物が無かったので。しかし最後の「PRIDE-プライド」には、グッと引き込まれた。「ホームレスを食い物にする自立支援施設」という、以前にニュースで見聞した題材も織り込まれており、色々考えさせられる事が。
「PRIDE-プライド」の最後は、次の文章で締め括られている。胸に響いたので、最後に紹介したい。
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最後にひと言。あんたがどれほどきついところで生きているのかはわからない。だが、おれは全力でいう。負けるな、明日は必ずやってくる。つぎのステージで、また会おう。
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総合評価は星3.5個。此のシリーズの一日も早い“復活”を、心より祈る。
三浦しをんさんの作品は直木賞を受賞した「まほろ駅前多田便利軒」(http://blog.goo.ne.jp/giants-55/e/587486e0ed67c05ade9cf5ceff18c41f)しか読んだ事が無いのですが、多田と行天という2人のキャラが印象的でしたし、石田作品と似たテーストを感じる作品という印象が在りました。
先達て芥川賞を受賞された西村賢太氏もそうですが、様々な経験を積んで来られたというのは物書きとして凄い財産に成り得ると思っています。書く為の「ストック」が半端じゃないだろうし、人間観察という意味でも色んな人と触れ合って来ただろうから。