関空遠征の翌日、羽田空港の空の日イベントの国際線エプロンに出向きました。
個人的に最大関心の展示はこれ、1960年7月に導入された DC-8 の初号機 DC-8 32 JA8001 FUJI 号の機首部です。
まずは説明書き。
EOS7D
1/1000 F8.0 ISO200
ドアは開いていますがさすがに中には入れてもらえませんでした。
EOS7D
1/1000 F6.3 ISO200
なんか生首みたいで不思議な感じですね。(^^;
EOS7D
1/1000 F8.0 ISO200
DC-8 の特徴の一つであるレドーム下のエアスクープ。他のジェットライナーがエンジンからのブリードエアで抽出する与圧空気をここから取り込んでいました。エンジン故障時に汚れた空気を客室に入れないための工夫だそうです。
EOS7D
1/1000 F8.0 ISO200
この FUJI をはじめとして国内の名勝をシップネームとした DC-8 ですが、1969年7月に導入した DC-8-62 JA8040 がラストとなり、その後1970年代の導入機には付けられませんでした。結局シップネーム付きが 28機、無しが 23機となりました。
EOS7D
1/1000 F8.0 ISO200
ファーストクラスのラウンジには鮮やかな装飾が施されています。
EOS7D
1/60 F5.6 ISO200
FUJI 号導入当時の鶴丸はまだこの場所のみで垂直尾翼は機種名と日の丸の塗装でした。
EOS7D
1/1000 F5.6 ISO200
同時期に導入された 4機の DC-8 フリートでわずか3ヶ月の間にサンフランシスコ、ロサンゼルス、シアトルと太平洋路線のジェット化を実現しました。
FUJI 号は 1974年10月31日にラストフライトを終え、その後は地上訓練機材として使用された後 1987年3月に抹消登録されこのように機体保存されています。
EOS7D
1/1000 F6.3 ISO200
個人的には DC-8 の搭乗経験は JAL の上海(虹橋)ー伊丹に1回、羽田ー福岡、伊丹ー福岡で数回あるだけです。
個人的に最大関心の展示はこれ、1960年7月に導入された DC-8 の初号機 DC-8 32 JA8001 FUJI 号の機首部です。
まずは説明書き。
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1/1000 F8.0 ISO200
ドアは開いていますがさすがに中には入れてもらえませんでした。
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1/1000 F6.3 ISO200
なんか生首みたいで不思議な感じですね。(^^;
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1/1000 F8.0 ISO200
DC-8 の特徴の一つであるレドーム下のエアスクープ。他のジェットライナーがエンジンからのブリードエアで抽出する与圧空気をここから取り込んでいました。エンジン故障時に汚れた空気を客室に入れないための工夫だそうです。
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1/1000 F8.0 ISO200
この FUJI をはじめとして国内の名勝をシップネームとした DC-8 ですが、1969年7月に導入した DC-8-62 JA8040 がラストとなり、その後1970年代の導入機には付けられませんでした。結局シップネーム付きが 28機、無しが 23機となりました。
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1/1000 F8.0 ISO200
ファーストクラスのラウンジには鮮やかな装飾が施されています。
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1/60 F5.6 ISO200
FUJI 号導入当時の鶴丸はまだこの場所のみで垂直尾翼は機種名と日の丸の塗装でした。
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1/1000 F5.6 ISO200
同時期に導入された 4機の DC-8 フリートでわずか3ヶ月の間にサンフランシスコ、ロサンゼルス、シアトルと太平洋路線のジェット化を実現しました。
FUJI 号は 1974年10月31日にラストフライトを終え、その後は地上訓練機材として使用された後 1987年3月に抹消登録されこのように機体保存されています。
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1/1000 F6.3 ISO200
個人的には DC-8 の搭乗経験は JAL の上海(虹橋)ー伊丹に1回、羽田ー福岡、伊丹ー福岡で数回あるだけです。