掛川の十九首塚の近くに、松ヶ岡というお屋敷があって、紅葉時期の今、連日公開中とのこと。
掛川・松ヶ岡(旧山崎家住宅)庭園の紅葉[掛川市]|アットエス
「知らなかったね」と、オット情報。
グーグル先生にご指南頂きながら、逆川沿いをテクテク。グーグル先生は到着!と言うけども??
少し戻って、懐かしの我が珠算教室前を通り過ぎ(ここのさくらんぼ食べて口が真っ黒)、橋を渡ってすぐ。
ん?ここ子供の頃、来たことある。
立派な門前。道はわかりくいですが、駐車スペースもありです。
入ろうとすると、通用門が開いて出てきたおじさんたちが、「公開は3時までだからもうお終いだよ」っと。残念。
でも「女の人ならねー。中にまだいる中井貴一に頼んでねー」とのこと。
お座敷に座った目線でガラス越しに愛でる紅葉。
そして、中にいた掛川の?中井貴一さんが、渋ることなく案内してくれました。
160年前から移り住んだ、山崎家という大商人のお屋敷で、代々、掛川藩の御用達などで成した財で、新田開拓やインフラ整備、掛川銀行の創設など、地域にも貢献。また明治天皇の行在所として、お屋敷を増築したそうです。
お屋敷の三方は逆川から引き込んだお堀を後に池にし。赤松で囲まれた庭が松が丘の由来だとか。
商人のお屋敷だけあって、内装は質実剛健。襖絵もなくシンプルですが、欄間の意匠は松が岡の松。
廊下の板張りも梁も節もなく真っ直ぐないい木材だということは、素人目にも明らか。
増築廊下のアーチ状の天井、素敵。
ガラスも沼津の御用邸で見たのと同じ水泡の残る昔ガラス。光が屈折して柔らかくなり、景色がノスタルジック。
こんなに広いお屋敷だったとは…。
増築の奥座敷。天井が高く、照明器具もレトロ。床の間は、床柱が抜いてある特殊な技術だそうです。
そして花起き台はもともと、鎧兜を飾るところだったそうです。
銀行家でもあったので、屋敷内にお蔵のような金庫があり。
他にも明治天皇のためのおトイレやお風呂や脱衣和室などなど。
たっぷり1時間ほど案内してもらいました。
山崎家の方々は東京に移り、松が丘は今は掛川市の管理下だそうです。
瓦や漆喰は落ちているところもあり、内装が上質で美しいだけあって、残念です。
文化財保存のための「松が丘プロジェクト」
日本経済の礎を築いた「山﨑覚次郎博士」の生家『松ヶ岡(旧山﨑家住宅)』の修理・保存へご協力を! | ふるさと納税のクラウドファンディングは「ふるさとチョイス」
文化が発達するためには、公的な力以上に、お金も才能も先見の明もある偉大な個人の力が大切なのですね。
水戸の偕楽園との縁のお話も興味深かったです。
玄関の桜の上がり框?式台も、ほんのり赤く光沢があってとても良いものでした。
時間外なのに、丁寧に案内してくれた中井貴一さんにお礼を言って、庭も見せてもらうことにしました。
紅葉の盛りは過ぎていましたが、バランスがいいお庭です。
良いモノというのは、長い時間経っても良いと思えるものなのですね。
ふと、今話題の羽生善治さんの言葉「才能というのは一瞬のきらめきではなく、長く同じものに没頭し続けられること」を思い出しました。
そういう長い時間にヒトは敬意を持つのかもしれませんね。
日頃から月に一度の開放日があるようですが、紅葉の季節は開放しているようなので、ゼヒ来年も訪ねてみたいですね。無料だし。
冬枯れの桜並木越しの掛川城。
今日一日の充実感に浸りながら、ちょっと物悲しい冬の夕陽を背に帰途へ。
9500歩ほど。よい一日になりました。