駄楽器駄日記(ドラム、パーカッション)

ロッキンローラーの打楽器日記

Powder&アキラ(3)

2006年02月13日 | ライブレポ
(前回のコットンでの飛び入りのアキラ。カッチョイイ!)
昨日は日曜日なので、あれもしたいこれもしたいといろいろな希望も持っていたのだが、まずは腹ごしらえだということで買い物に行き料理を始めた。ちびちびとワインなどを飲みながらはじめたのだが、昼過ぎには一人宴会となり、夕方には料理より自分が出来上がってしまった。いつもは「笑点」が始ると同時にビールをプシュっとやり始めるのだが、昨日はもうその時間には自分は終わってしまっていた。完全に酔っ払って夜の9時過ぎには床の中ということで、日記を更新することができなかった。毎日きちっと、更新を守るという自覚が足りない酒飲みロッキンローラーなのである。なははは。
さて、Powder&アキラのライブレポは,誰もが(2)で終わっただろうと思ったのだろうが、竹を割ったように?しつこいhey3は(3)の話題に入るのである。ライブレポはいつの間にかアキラ論へと続くのであった。
まず、アキラというのは漫画の主人公や往年の大スター日活のK林旭氏と区別しなくてはならない。なぜこんなことを言うのかといえば、オレは個人的にただ何となく「アキラ」という名前がTVや映画でのチンピラっぽいイメージが湧くということと、アキラ君を見ていると、彼自身、漫画っぽいイメージがあるからだ。つーか、アキラは漫画そのものと思えてしまう事が沢山あるのだ。
オレはアキラのルックスが好きだ。最高にカッコいいと思うし、憧れる。あのリーゼントに惚れていると言っても言い過ぎないほどである。実にあのリーゼントは羨ましい。オレは自分の髪の量が減ってしまって、今ではあんなヘアスタイルはもう出来ないと思うと、嫉妬心さえ起こるぐらいだ。実にキマッテいる。
あのリーゼントを決めようとする場合には、床屋でのカットは特注にしないと出来ないのだ。両サイドの生え際は刈り上げ、耳の上からは長めにする。そして前髪とトップはかなり長めにカットしなくてはならない。これを指定するには行きつけの床屋でなければ、毎回いちいち説明が面倒くさくってかなわないだろう。もし、オレの髪がもう一度増えたとしたら、アキラとリーゼントを決めて街を歩いてみたいなー。。。く~っ(泣)

アキラは学生だった頃、豊橋のライブハウス、以前の「バークレー」にてバイトをやりつつ、箱バン「THE OLDIES」のヴォーカリストになった。当時、歌はそれほど巧くなかったが存在感が凄かった。今ほど洗練されていなかったが、アクションはカッコよかった。2枚目の線でも十分いけるルックスなのにキャラは3枚目で、そこのアンバランスさがイケてた。
楽屋でのアキラは、ヘヤースタイルを気にして鏡ばかり見ていた。角度を変え、眉毛の薄いのを気にしつつ、顔をしかめたり、微笑んでみたりと忙しげであったが、時間があろうとなかろうと鏡の中に彼の世界はあった。
彼はお喋りでもあり、思いつくとマシンガンのように自分の言いたいことだけ喋って、気が済むとまた鏡の中の世界に戻ったりしていた。アキラに話しかけられて、約3秒後に答えを用意をすると、もう別世界にいたりした。オイオイ投げっぱなしかよ!ということがよくあった。
ファッションセンスもオレは好きだった。「クリームソーダ」のブランドをこよなく愛し、今でも愛用し続けている。今回行き帰りの車の中のお喋りで、今でも豊橋に「クリームソーダ」のお店があることをアキラから教えてもらった。オレ自身、全くその手のファッションから遠ざかってしまっているが、「ちょい悪オヤジ」ブームのさなか、結構中年オヤジからも注目を浴びているのではないか。一度勇気を奮ってお店にオジャマモンになってみようか、などと思うのである。ちょい悪どころか、悪いことは昔ジューブンやってきたけどね。へへへへ。

アキラは金沢から帰る時、大量の衣装を店に残してきたり、人にあげてしまったそうだ。中にはプレミアムが付いて、オークションで数万円になるような貴重な衣装も置いてきてしまったそうだ。今では多少後悔しているようだが、歌を辞める時、そこまでして自分を清算なきゃ諦めきれなかったのだろう。と思うと涙物である。

アキラは車にも当然こだわった。車はファッションとは切っても切れないのだ。そういえば、アキラはロッキンローラーだが、バイクにはそれほどこだわらなかった記憶がある。ライダーではなかったようだ。オレの知っているアキラの車は、豊橋でのアマチュア時代のサニトラ、デボネア、黒のワーゲンぐらいだ。全部乗せてもらったが、こだわりのロッキンロール車ともいえるが、全て言えることはただのポンコツだったという点だ。デボネアは、アメ車っぽくていい味出していた。今乗っているのはセドリックらしいが、現物は知らない。間違いなく「ポンコツ」であろう。
アキラは変わった経歴を持つ。どこまでがOKでNGか分からないので曖昧に書くことにするが、彼は元「こち亀の両津」である。これだけで思い出し笑いが出る。笑える。がはは。「就職が決まった。」と聞いて、どこだ?と聞くと、○○という。菊の紋章である。あはははは。一度、坊主頭に近い短髪にして研修を受けていた。柔道の訓練を受け、初段を取ったんだと思う。剣道だったかな?忘れたが、どちらかだ。その頃ライブはどうしていたんだろう。記憶にないが、坊主頭でロッキンローラーやっていたんだろうか?まさか、と思うが、覚えがない。知っている人がいたら、教えてね。
アキラが○○を辞めた原因はひとつ。リーゼントが出来ないからである。断言してしまったが、そういうことにしておく。そのほうが夢があっていい。その後、アキラはジーンズショップに勤めたり、バークレーの正社員になったりした。そしてケントスのヴォーカリストとして推薦されて即、プロとしてステージに立った。これは珍しいことである。たいてい、ケントスのヴォーカリストは研修生として、苦労して地道にウェイターやアルバイターとして努力をしてヴォーカリストの地位を得るのだ。これは一にも二にも、アキラのキャラクターがいかに魅力的だったか、パフォーマンスが常人と一線を画していたかが知れる事実である。
アキラの偉いところは、自分を知っているところである。自分で「ボクは歌唱力はないですから」という。昔は、確かにさほど巧くはなかったが、凄い才能があった。バンドが不慣れな曲のイントロをキーを間違えて演奏してしまった。するとアキラは、変な顔ひとつせずオリジナルキーで歌いだした。そこでバンドがキーが違っていることに気付いて元に戻ったのである。信じられる?これは絶対音感がある人しか出来ませんっての。それを難なくやってしまうのだから天才としか言いようがないのだ。しかも本人は、キーが間違っていたことに気付いていなかったのである。間違いなくヤツは天才である。オレは、ヤツのファンを辞められない。
コメント (5)
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