駄楽器駄日記(ドラム、パーカッション)

ロッキンローラーの打楽器日記

夢のチカラ

2006年02月18日 | 駄日記
夕べは珍しく何にもない金曜日だったので、夜、これから何しようかなとワクワクと横になって考えていたらそのまま寝てしまった。なんとも素敵な金曜日だった。ま、早寝早起きは三文の徳なんで、まーいっか。って感じだ。
で、夢の中で一昨日の日記の内容について、更に考えを巡らしていたりした。それは、かなり的を得た夢なんだけれど、オレが夢の中でこう語るのだ。「正のチカラだの負のチカラだの言ったところで、それは受け取る側の問題なんだから、どちらかに決め付けることは出来ないじゃん」と言っていた。例えば、オレ達がかなり攻撃的なパンクバンドで、アナーキーなメッセージをガンガン演奏したとして、観客がそれに同調して大騒ぎを始めたとする。それを不快に思ったり身に危険を感じたとしたら、その人にとっては、負のチカラだろう。だが、音楽として純粋に楽しむお客であれば、正のチカラなのではないか。
冷静な顔をしてオレは言う「だから初めから自己矛盾に満ちた論理なんだよ。」

一方で、正のチカラというものについてオレは冷静に分析していた。「正のチカラと呼べるものがあるならば、それはβ-エンドルフィンのなせるわざであり、負の力というものがあれば、それは過剰に分泌されたドーパミンによるものである。」
オレの頭の中にいるもう一人のオレの言葉なので、その言葉は説得力はあるが、正しいのかどうかは分からない。何しろ夢だ。
快感ホルモンと言われるドーパミン分泌が極端に少ないのを、パーキンソン病と呼び、出過ぎるとパラノイア(偏執症)となったり障害が出る、と聞いたことがある。
β-エンドルフィンについては、ご存知のとおり脳内モルヒネと呼ばれる。自分はマラソンをやっていたので体感していたが、そればかりでなく趣味や好きなことをやっていたり、セックスをしたり、恋をしているだけで脳の中で分泌されているのだそうだ。
もし、セックス中にβ-エンドルフィンが出なければ、辛いものになるだろう。例えばオレが好きでもない絶世の美女に言い寄られ、セックスを強要されてしまう。その気になれないのに無理やりヤラレてしまう。その美女はドーパミン過剰分泌で痴女状態である。凄いパワーで、あの手この手でオレを攻撃する。オレは恐怖におののき、エンドルフィンを分泌できないがあの手この手に体だけは反応してしまい、膨らんでしまう。あとは恐怖と苦痛と恥辱の時間を過ごす。まさしく負のチカラに屈服するオレである。
あ~、嫌な夢だな~。がははは。すまそん。
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正のチカラと負のチカラ

2006年02月16日 | ライブレポ
(WATTSで正のチカラを振り撒いているところ)
昨日は「音楽のチカラ」というテーマで日記を書いた。
今日は、その続編というわけでもなく、いろいろと思い巡らした事を書こうと思う。
昨日の日記のように「ラジオから流れる音楽で元気が出た」という事って、誰でもあると思うけどどうよ?とみんなに聞いてみたいところだが、その場合のチカラというのは、紛れもなく正のチカラだ。
オレ達音楽家というのは、何がやりたいかといえば究極のところ、誰かのチカラになりたいという事だと思う。
オレ達がステージで歌う。それを初見のお客さんが聞いてくれて、何かしらのチカラを得てくれて喜んでくれる。これは最高の勲章である。また、オレ達の知らないところで、CDなりFMなりのメディアを通じて、オレ達の歌を聴いてチカラを得てくれると、いうのは今でも夢である。
この年になると、演奏活動をして金を稼ごうとか、儲けようなどという夢はもう見ない。
人間というのは、誰でもまず最低限の生理的な食欲性欲睡眠欲などがあり、それが満たされると、その次に金銭欲や購買欲など贅沢したい欲が生まれ、次に賢くなりたい勉強したいとか、出世欲など自分自身を認めて貰いたいという欲、最後に世間に対して奉仕欲というのが生まれるそうだ。
いきなり自分で反論するわけではないが、オレは昔から睡眠欲すら満たされなくって、当然金もなければ出世もしていない。だが、音楽を通して奉仕したいという気持ちだけは持ち続けている。若い頃、いろいろと挑戦はしてみたが、世間の役に立ったことは一度もないと思う。手弁当で遠路はるばる演奏しに行っても、はたして喜んでくれたのかなあ~?ということばかりだ。
すごく昔のことだ、オレ達がまだ20歳ぐらいの頃、山奥の公民館に楽器を積んでトコトコ演奏しに行ったことがあった。相手は子供たちだった。勿論ノーギャラだったが、帰りに子供たちに囲まれて、握手攻め、サイン攻めにあった。サインといっても広告の裏に名前を書けということだった。オレ達は真面目に署名してきた。
お土産に松ぼっくりやどんぐりやら手書きのお面だったかを子供たちに貰い、親御さんにミカンだったかリンゴだったかカキだったか、山ほど貰って帰ったことがあった。メンバー帰りは笑顔だった。
子供や地元のおじいちゃんおばあちゃん達の正のチカラに逆に励まされた。

当然、負のチカラもあり、侮れない。このチカラはうっかりすると知らないうちに飲み込まれて、気付かないうちに他人を侵食しようとしていることがある。
オレはアル中ではないと思っている。タバコのようにいつでも止められると思っているが、甘いかもしれない。
以前、アル中で専門の病院に入退院を繰り返している人がいて、仕事上やり取りがあった。その人が酒を飲みたくなると、ものすごいパワーで100円、200円をねだるのだが、分かりきった嘘を延々とつくのだ。そんな縁もゆかりもない人なのに、そのパワーにほとほと参って小銭を渡してしまいそうになる。まさしく負のチカラの恐ろしさだ。
オレは少し前、昔なじみの同級生に嘘をつかれて数万円騙し取られ、逃げられた。
正確に言うと、きれいごとを言っていても嘘は薄々分かっていたし、金は多分戻ってこないとも思った。金に困っているのは事実だったので、相当覚悟して手渡した。そのときのヤツのパワーも凄かった。負のチカラに負けてしまった。
オレは、ある事情で本当に余分な金はなくって、その数万円ですっからかんになってしまい暫く本当に苦労した。それが分かっていても、負のパワーには勝てなかった。
つい封印してたことを思い出してしまった。
音楽で、正のパワーを振り撒こうぜ!
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音楽のチカラ

2006年02月15日 | オールドミュージック
音楽のチカラなどというと、いかにもというベタな題名だが、そのとおりのお話をひとつ。
このところ、いまひとつ気分の盛り上がらないオレである。
先々週、先週とライブがあり、その間はメリハリもあったが、今週は何もなく気分も盛り上がらない。それどころか気分が沈みがちで夢も希望もない。
はは~ん。どうやらオレの精神構造の乱れである躁鬱の繰り返しは、ライブによって調整されているみたいである。ライブ中毒症に罹っておるな。ヤクを、ヤクをくれ~、とオレの体が音の嵐を恋しがっておるのだ。
気分が優れない日は、朝が特に憂鬱である。出勤時はもっとも憂鬱な時間だが、そんなことは言っていられない。遅刻してしまうのでさっさと出かける。いくらイヤでも出勤拒否できるほど我が家は余裕がない。とにかく仕事に行くだけは行って、給料を稼がなくては何も始まらない。
今は車で通勤しており、車の中ではCDかFMを聞いている。CDは、主に自作のオムニバスアルバムを聞く。それは、自分の持っているCDをPCに取り込んだ膨大な曲数の中から、バンドで演奏したい曲や、好きな曲を選んでCDを焼いたものだ。同世代ならきっと喜びそうな曲ばかりを集めたものだ。同様に、セクシーヴォイスの課題曲集をリーダーの春名さんが焼いてくれたCDも聞く。
だが、いかんせん飽きがくる。飽きたら暫くお預けにして、忘れた頃に聞くことになる。そうすると、違った意味で新鮮になり元気が出てくるのだ。
朝はZIP-FMを聞いていることが多い。「モーニングジャック」という番組だが、特に好きなわけではない。たまたまかかっているというだけに過ぎないが、かかる音楽のセンスが好きで聞いている。モーニングジャックだけに、ジャック・ジョンソンなどのブームの火付け役をしたと番組では言っている。
そんな番組で、沈みがちの心に小さな火が灯るような曲がかかった。妙に懐かしい曲に感じたが、5年前のヒットソングだ。矢井田瞳のダリダリー♪である。軽やかでスピーディーな8ビートに、ブインブインうねるロックンベース、外国人か?と思える歌い出しから、きれいな日本語に変わり、ロックなコブシがコロンコロンと回るヤイコのヴォーカル。凄く元気が出る名曲だ。懐かしくて、何だか嬉しくなった。こんなところで癒しに遭遇できるとは思っていなかっただけに、大いに元気をいただいた。
ヤイコはこのセカンドシングル「My Sweet Darlin」で大ブレイクしたが、デビューは2000年である。その年にオレは大阪に数日間出張に行き、ライブハウス巡りをしてJAZZを聞きまくっていたが、その時「ヤイコノココロ」だったか、「ヤイコノキモチ」だっけー?みたいなライブテーマで3DAYライブをやっていた。
思い出した!「ヤイダのダイヤ」だったな確か。全然違うじゃん。でも、は~スッキリ。
それで、オレはすごく興味をそそられたが、チケットはSOLDOUTで見ることはかなわなかったのだ。それでやはりJAZZを聞いたわけなんだけど、デビューしたばかりの頃からヤイコは気になるアーティストだった。近頃は露出度が少ない気がするが、どうしているのだ?ひょっとして結婚でもしたっけ?新曲は出ているのかな?誰かかわりに調べてくれ~。また、あのロックコブシコロンコロンでオレに元気を与えてくれ~!
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暖かい一日

2006年02月14日 | 駄日記
今日は3月中旬のお天気だったそうな。
朝、いつものようにコートを羽織って車に乗り込んだが、全くその必要を感じなかった。
暖かいことはありがたいことでもあるのだが、この時期にこの暖かさというのは、異常気象が頻繁に起こっている昨今、あまり気持ちのいいものではない。
冬は、寒い~っ!と言ってコートの襟を合わせるのが普通で、夏には、暑い暑いと文句を言って、ハンカチ片手に吹き出す汗を拭いつつ過ごすのが普通なのだ。
どう考えてもこれが人間らしく健康に暮らす秘訣なのだ。

今日みたいな生ぬるい空気は、何だか気味が悪い。春の鼻炎シーズンを思い起こして鼻がむずむずしてくる。そうでなくてもオレの周りには、職場も家庭も部活のバンドも風邪引きばかりである。いつもオレの周りで誰かがゲホゲホしてたり、鼻をグズグズさせているので、常に誰かが誰かに風邪をうつしている状態だ。
そんな訳で、ここ2~3日はオレの鼻もグズグズである。風だか花粉だか判断がつかない。決して花粉シーズンではないのだが、やたら鼻炎ぽいのだ。風邪かもしれない。ただ、先週風邪を引いたばかりなので、オレがこんなに頻繁に風邪を引くとは考えられないし、わけが分からない。
今日も昨日も食欲もあるし、普通に寝て普通に起きられる。目がごろごろして喉が痛いので、やはり花粉ぽいのだ。

このところ、昼間の仕事がぱっとしていなくって気分もグズグズである。思い通りにいかないのが仕事ではあるが、トラブルは落ち着かないままで解決しないし、変なノルマに苦労するし、諸々の事件もあって気分優れず。酒量ばかり増えてしまう。何だか愚痴っぽいさえない日記であるが、酒量の多さも悩みの種になってきている。

タバコを吸わなくなってから、オレはすこぶる気分的によろしい。ただし、どう考えても食い過ぎ飲み過ぎである。別にどうってこともないのに、ついつい食べてついつい飲んでしまって、「タバコを止めると太る」という迷信みたいな格言を実践してしまっているなー。
タバコみたいにお酒も止められないものだろうか。
昔、ストイックな生活をしていた時代には酒は飲まなかった。ドラムの個人練習とジョギングと空手と読書と習字の練習が楽しみだった頃があった。いやいや、ホントに。それが楽しかったんです。
今それは出来ないと思うが、酒は止められるような気がする。
ま、いつかその気になったら勝手にやってみるか!
と言ったところで、ティッシュ片手に自分の健康を考えてみる、ミョーに暖かい一日であった。
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Powder&アキラ(3)

2006年02月13日 | ライブレポ
(前回のコットンでの飛び入りのアキラ。カッチョイイ!)
昨日は日曜日なので、あれもしたいこれもしたいといろいろな希望も持っていたのだが、まずは腹ごしらえだということで買い物に行き料理を始めた。ちびちびとワインなどを飲みながらはじめたのだが、昼過ぎには一人宴会となり、夕方には料理より自分が出来上がってしまった。いつもは「笑点」が始ると同時にビールをプシュっとやり始めるのだが、昨日はもうその時間には自分は終わってしまっていた。完全に酔っ払って夜の9時過ぎには床の中ということで、日記を更新することができなかった。毎日きちっと、更新を守るという自覚が足りない酒飲みロッキンローラーなのである。なははは。
さて、Powder&アキラのライブレポは,誰もが(2)で終わっただろうと思ったのだろうが、竹を割ったように?しつこいhey3は(3)の話題に入るのである。ライブレポはいつの間にかアキラ論へと続くのであった。
まず、アキラというのは漫画の主人公や往年の大スター日活のK林旭氏と区別しなくてはならない。なぜこんなことを言うのかといえば、オレは個人的にただ何となく「アキラ」という名前がTVや映画でのチンピラっぽいイメージが湧くということと、アキラ君を見ていると、彼自身、漫画っぽいイメージがあるからだ。つーか、アキラは漫画そのものと思えてしまう事が沢山あるのだ。
オレはアキラのルックスが好きだ。最高にカッコいいと思うし、憧れる。あのリーゼントに惚れていると言っても言い過ぎないほどである。実にあのリーゼントは羨ましい。オレは自分の髪の量が減ってしまって、今ではあんなヘアスタイルはもう出来ないと思うと、嫉妬心さえ起こるぐらいだ。実にキマッテいる。
あのリーゼントを決めようとする場合には、床屋でのカットは特注にしないと出来ないのだ。両サイドの生え際は刈り上げ、耳の上からは長めにする。そして前髪とトップはかなり長めにカットしなくてはならない。これを指定するには行きつけの床屋でなければ、毎回いちいち説明が面倒くさくってかなわないだろう。もし、オレの髪がもう一度増えたとしたら、アキラとリーゼントを決めて街を歩いてみたいなー。。。く~っ(泣)

アキラは学生だった頃、豊橋のライブハウス、以前の「バークレー」にてバイトをやりつつ、箱バン「THE OLDIES」のヴォーカリストになった。当時、歌はそれほど巧くなかったが存在感が凄かった。今ほど洗練されていなかったが、アクションはカッコよかった。2枚目の線でも十分いけるルックスなのにキャラは3枚目で、そこのアンバランスさがイケてた。
楽屋でのアキラは、ヘヤースタイルを気にして鏡ばかり見ていた。角度を変え、眉毛の薄いのを気にしつつ、顔をしかめたり、微笑んでみたりと忙しげであったが、時間があろうとなかろうと鏡の中に彼の世界はあった。
彼はお喋りでもあり、思いつくとマシンガンのように自分の言いたいことだけ喋って、気が済むとまた鏡の中の世界に戻ったりしていた。アキラに話しかけられて、約3秒後に答えを用意をすると、もう別世界にいたりした。オイオイ投げっぱなしかよ!ということがよくあった。
ファッションセンスもオレは好きだった。「クリームソーダ」のブランドをこよなく愛し、今でも愛用し続けている。今回行き帰りの車の中のお喋りで、今でも豊橋に「クリームソーダ」のお店があることをアキラから教えてもらった。オレ自身、全くその手のファッションから遠ざかってしまっているが、「ちょい悪オヤジ」ブームのさなか、結構中年オヤジからも注目を浴びているのではないか。一度勇気を奮ってお店にオジャマモンになってみようか、などと思うのである。ちょい悪どころか、悪いことは昔ジューブンやってきたけどね。へへへへ。

アキラは金沢から帰る時、大量の衣装を店に残してきたり、人にあげてしまったそうだ。中にはプレミアムが付いて、オークションで数万円になるような貴重な衣装も置いてきてしまったそうだ。今では多少後悔しているようだが、歌を辞める時、そこまでして自分を清算なきゃ諦めきれなかったのだろう。と思うと涙物である。

アキラは車にも当然こだわった。車はファッションとは切っても切れないのだ。そういえば、アキラはロッキンローラーだが、バイクにはそれほどこだわらなかった記憶がある。ライダーではなかったようだ。オレの知っているアキラの車は、豊橋でのアマチュア時代のサニトラ、デボネア、黒のワーゲンぐらいだ。全部乗せてもらったが、こだわりのロッキンロール車ともいえるが、全て言えることはただのポンコツだったという点だ。デボネアは、アメ車っぽくていい味出していた。今乗っているのはセドリックらしいが、現物は知らない。間違いなく「ポンコツ」であろう。
アキラは変わった経歴を持つ。どこまでがOKでNGか分からないので曖昧に書くことにするが、彼は元「こち亀の両津」である。これだけで思い出し笑いが出る。笑える。がはは。「就職が決まった。」と聞いて、どこだ?と聞くと、○○という。菊の紋章である。あはははは。一度、坊主頭に近い短髪にして研修を受けていた。柔道の訓練を受け、初段を取ったんだと思う。剣道だったかな?忘れたが、どちらかだ。その頃ライブはどうしていたんだろう。記憶にないが、坊主頭でロッキンローラーやっていたんだろうか?まさか、と思うが、覚えがない。知っている人がいたら、教えてね。
アキラが○○を辞めた原因はひとつ。リーゼントが出来ないからである。断言してしまったが、そういうことにしておく。そのほうが夢があっていい。その後、アキラはジーンズショップに勤めたり、バークレーの正社員になったりした。そしてケントスのヴォーカリストとして推薦されて即、プロとしてステージに立った。これは珍しいことである。たいてい、ケントスのヴォーカリストは研修生として、苦労して地道にウェイターやアルバイターとして努力をしてヴォーカリストの地位を得るのだ。これは一にも二にも、アキラのキャラクターがいかに魅力的だったか、パフォーマンスが常人と一線を画していたかが知れる事実である。
アキラの偉いところは、自分を知っているところである。自分で「ボクは歌唱力はないですから」という。昔は、確かにさほど巧くはなかったが、凄い才能があった。バンドが不慣れな曲のイントロをキーを間違えて演奏してしまった。するとアキラは、変な顔ひとつせずオリジナルキーで歌いだした。そこでバンドがキーが違っていることに気付いて元に戻ったのである。信じられる?これは絶対音感がある人しか出来ませんっての。それを難なくやってしまうのだから天才としか言いようがないのだ。しかも本人は、キーが間違っていたことに気付いていなかったのである。間違いなくヤツは天才である。オレは、ヤツのファンを辞められない。
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Powder&アキラ(2)

2006年02月11日 | ライブレポ
POWDERを可愛がってくださる元浜松ケントスの常連さんや、全国のケントス巡りファンのお客さんも、このMerry Youでアキラのステージを初めて体験された方も多かったと思う。いつもと違って、新鮮なPOWDERを楽しんでいただけたと思うが、オレとしたら新鮮なというより、懐かしいアキラのステージという感じだ。最も、当然のことだが昔の若いアキラと違って、ステージングは格段と上手かったが。
いつものPOWDERは、MCはいっちゃんが仕切るパターンなのだが、今回はアキラの軽快なおしゃべりを聞くほうに回っていて、それを見ていて可笑しかった。
今回、オレはステージを楽しませてもらった気がする。変なプレッシャーがなく、後ろから客観的にアキラのステージングを見ながら演奏していた。さすがにアンコールでテンポ190ぐらいある8ビートで振られたソロには対応不可能だった。Gソロあたりにはオレの右腕の筋肉には乳酸が広がり、棒状態だった。こんな時はいつも思うが、普段の家での個人練習ができていないことが人に知れてしまって恥ずかしい。じゃあ今日から一気に練習再開だ~!といってもそうもいかないのが現実である。アマチュアの弱さだ。

このところオレは、着々とPC関連知識を増やしていて、今回ライブの休憩時間に自前で作成したばかりの名刺を常連さんに見てもらった。なかなか気に入った出来だったが、他人に見てもらうと自分では気付かない点を指摘されたりした。
ところがそれ以前の問題で、「ロッキンローラーがこんな名刺をチマチマと作るのは変だ」という指摘をいただいた。でもさ、もんさ、チマチマやらなきゃ覚えられないじゃんよー、ってことで、また何か新作が出来たら見てちょうよ!またお気に入りの名刺ができたら常連さんに無理にでも手渡しをするので、いらなくっても喜んで受け取るよ~に!。

ステージの合間にアキラがちょくちょくと自宅と電話連絡をしていたが、ご家族の体調が悪かったとのことだ。風邪を引いておられたようだが、昼間には大丈夫という判断をしてライブに参加することにしたそうだが、夜になり具合が悪くなって大変だったようだ。詳しいことは書かないが、いろいろと大変そうで気の毒だったが、そんなことはおくびにも出さずにしっかりと最終ステージまで務めてくれた。
ライブが終わったら、すぐに片付けて挨拶もそこそこに帰った。1分でも早くアキラを自宅に送り届けてあげたかったからだ。
以前、オレが「部活論」で考察したのだが、このような場合には本当に困り悩む。既に現場に入ってしまった場合、簡単に放棄して帰れるものでもないし、帰ったところでどうこうできるものでもない。昼に一旦OKを出した後、夕方に家族の具合が悪くなって、改めてNGに変更するというのも非常に辛いものがある。
こんな時にこうなるのはツイテナイ。と言うほかないのである。本人にしてもご家族にしてもである。アキラは元プロなので、ご家族に理解或いは諦めがあると思うが、我々アマチュア一本槍の身には、理解してもらおうと思っても無理がある。親兄弟親戚は口を揃えて「こんな時に遊び呆けて」というのは、聴いて聞こえないふりをするしかないのだ。
そんなことで、ステージも無事終了し、皆さんも楽しんでもらえて結果オーライのライブであった。
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Powder&アキラ(1)

2006年02月11日 | ライブレポ
2月10日、浜松Merry Youでの定例のPowderライブがいよいよ明日という段階で、ヴォーカルのジュンジがインフルエンザで突然お亡くなりになられて、もとい大事を取って休養することに決まった。年がら年中風邪ばかり引いているジュンジだが、インフルエンザでは仕方がない。というよりもうつされちゃあ堪らないってことで、安らかにお眠りください、である。
ま、それはそれで仕方がないが、困るのは選曲である。ゆーこをメインにして、ジュンジ以外にリードヴォーカルを取れるのは、いっちゃんにターサンにオレだ。な~んだジュンジいらないじゃ~ん、などということもないわけで、やはり困ってしまうのである。選曲案をいっちゃんが考えてくれて、それぞれがフルで持ち歌を回すパターンであった。新鮮といえば新鮮だがチャレンジャーな曲順表だ。まあ、それもよかろう、と思っていたところ朗報が入った。
いつの間にかいっちゃんがアキラに連絡を取り、突然の出演交渉を快く承諾してくれたのだ。いやあ有り難いことだ。Powderとアキラとは以前豊橋では何度か同じステージをやっているが、浜松でステージを行うのは初めてだ。アキラは名古屋で仕事をしているが、時間のやりくりをしてステージに間に合わせてくれるという。オレは豊橋の自宅まで迎えに行き、一緒にメリーユー入りすることにした。
だが、何しろ当日のことで何の練習もしていないのだ。いきなり3ステージをアキラメインでこなすというのは、これまたかなりのチャレンジだ。でも、オレは何の心配もしていなかった。昔、アキラがケントスに就職する前には、毎週毎週一緒にライブをやっていたわけだし、何しろプロで生活してきたヤツだ、問題などはあるわけがない。
浜松までの車中でも、アキラは昔と変わらず笑える話題満載で、笑いが尽きることもなく、緊張感のかけらもなかった。
実際、レパートリーの広さから考えれば、有名どころのポップスやR&Rは殆んどカバーできているので、POWDERがキーやサイズをオリジナルバージョンで演奏すれば無難に対応してしまうのである。まあ、引退して日が経っているので歌詞が一部あやふやなのもあるらしいが、そこはテキトウに誤魔化すことも元プロの技であろう。
ということで曲順表は、始めにジュンジ用に用意していたものを少し入れ替えただけでOKであった。しかも、ターサンもオレも持ち歌を披露する必要もなくなってしまったのだ!残念てか?がははははは。
アキラはここ一年ぐらいまともにライブをやっていないというのだが、カラオケ大会にはゲスト出場したらしい。何と公会堂ホールの大カラオケ発表会のイベントに参加して、リーゼントテカテカでダイアナをうたったらしい。どうやらおふくろさんの義理での出場だったらしいが、その際、出番待ちをしているときに、カラオケ大会ベテランのおばちゃんに「あんた見慣れない顔だけど初めて?」とか、「緊張しない?」とか、「あんた、クセになっちゃうかも知れんよ?」とか言われちゃったらしい。アキラはきっと「はあ、そうっすねー」っていいながらポリポリしたんだろう。想像するだけで笑える。しかも、その後も再び出場したというのだ。1回目がウケたので再びオファーがかかったそうだ。
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旬の牡蠣

2006年02月09日 | グルメ
今、牡蠣が旨い。やはり寒い冬には牡蠣がよく合う。
牡蠣は、生でレモン汁をたらしてツルっと食ってもいいし、鍋、フライ、すまし汁、バター焼きなどどうやっても最高に旨い。新鮮なものは味も甘いし、ビタミンやミネラルなどのうま味と栄養素もたっぷりで「海のミルク」といわれるのもよく分かる。
昔、実家の近くの飲み屋でバイトをしていた頃、店が終わった後、マスターに近くのお好み焼き屋に連れていってもらい、よくお好み焼きのほかに牡蠣のバター焼きを食わせてもらった。そこのおばちゃんは、夜中なのに元気に世間話をしながら牡蠣をジュージューと焼いてくれたものだ。バターの香ばしさと牡蠣の甘さがたまらなく旨かった。結構なお値段だったと思うが、いつもマスターのおごりだったので、オレはちっとも遠慮せずガツガツ食ったことを覚えている。実家は浜名湖畔にあり、その浜名湖は広島ほどではないが牡蠣の産地として有名だ。漁港の舞阪では採った牡蠣をその場でむき身にして売っているが、値段は結構高い。スーパーで値段が安いものは広島や岡山など西日本産なのはなぜだろうか。収穫量の違いか、流通の違いか。
よく牡蠣を食って当ったので今は食えないという人がいるが、本当に当たるの?どんな食い方をしたら当たるの?ぐらいに思う。5~6人前も一気に食ったら当たるかも知れないが、そんなもんいっぺんに食えば何を食っても腹こわすぜー、って感じだ。オレは至って普通の食い方をして当ったことがないので、いつまでも大好きのままだ。
だが、調べてみると、牡蠣には毒素が入りやすいのは確かだそうだ。牡蠣そのものが毒を出すのではなく、身の内臓の占める割合が多くて、海水や泥など水中の毒素を溜めやすい形状をしているためらしい。その毒素というのは小型球形ウイルス(SRSV)と言い、それに汚染された牡蠣を食って腹をこわすということだった。このウィルスは、加熱すれば死滅するので火を通せば当たる可能性は殆どないのだそうだ。カキフライを食って当ったっていう奴、ウソツキ~ぃん!どちらかといえば、当ったんじゃなくて、牡蠣って中身というか養分が濃いので胸焼けしたり、胃が拒絶反応を起こしたっていうことなんじゃないのかなー。

今年も牡蠣のシーズンになり、決して安くはないがスーパーに並ぶ牡蠣を見て、そのバター焼きを思い出してたまらなく食いたくなった。豊橋の有名なスーパーサンヨネでは、かなりでかい牡蠣がたくさん入っていて安い。8~10センチもある大きさの牡蠣のむき身が、20個ぐらい入っていて390円である。しかも、スーパーに並んでいるパック品でなく、魚屋で買うように店頭で袋に分けるのだ。それだけで新鮮な気がするではないか。
そこで注意が必要なのが「生食用」と「加熱用」との違いだ。そのスーパーで袋に分けて小売しているのは加熱用で、生食用は必ずパックに入っている。生食用が新鮮で加熱用が古いと思いがちだが、これは全然違う。規定で「生食用」は海水を含んだパック売りしかできないのだ。その海水自体も紫外線などで滅菌処理がされており、パック詰めされる前に2%以下の塩水で洗うことになっているということだ。しかも、はらわたの老廃物(ウ○コ)と一緒に毒素を吐き出させるために暫く絶食させるのである。
したがって、絶食してフニャフニャに痩せてしまったうえに滅菌水で洗ってシャビシャビなのが生食用。海の栄養分と旨味がピチピチとそのまま牡蠣のはらわたに残っているのが加熱用だ。
勘違いして生食用を買ってカキフライを作って、「何だか今日の牡蠣は小さいし水っぽいわねえ~」なんていうのは調理する前の段階で選び方が間違っていたのが原因なのだ。
どっちが食いたい?と聞かれたら、当然オレは加熱用を生で食いたい。旨さが全然違うのだ。
だが、今回は生では食わなかった。懐かしのバター犬だ!もとい、バター焼きだ。
フライパンにバターをひいて、水で洗わない旨味たっぷりの牡蠣を、ジャーッ!と放り込む。あまり多く入れてしまうと水気が出すぎて「バター焼」のでなく「バター煮」になってしまうので、数は欲張らない。
軽く塩コショウをして、水気が抜けて小さくなりすぎないうちにアツアツのうちにいただいた。至福のひと時である。ワインに合うし、日本酒に合う。ビールに合うし、焼酎の緑茶割に合う。スコッチに合うし、バーボンに合う。コニャックに合うし、ジンに合うし、テキーラに合う。それでそれで・・・・・オレはべろんべろんである。
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雹(ヒョウ)

2006年02月08日 | 駄日記
今やHGのギャグは誰も面白がらない。
「フォー!」の時代は既に終焉を迎え、昨日は「ヒョー!」が突然出現して、我々ヒマ人を驚嘆と物珍しさとちょっとした恐怖に、一瞬ではあるがある意味喜ばせてくれたのである。
写真は、見にくいと思うが、仕事場である8階の事務所ビルの窓に降った雹である。
昨日の午後、仕事をしていて突然、窓に「バラバラ」と異音がしたので驚いて窓を振り返った。
台風の時などは、強風で大粒の雨が窓を叩くとそんな音がするのだが、いきなりバラバラと凄い音がするのでよく見てみて驚いた。
直径5mm以上ある氷の塊が窓を叩いている。
オレは急いで携帯で窓の桟に転がる氷を撮った。仕事中に何やってんだか、本当にヒマ人である。社外向けに申し上げます。まことに遺憾である。へへへ~だぷー。
しかし、これは当たったら痛いだろう。丁度その時、外を歩いていたら、バラバラと頭や顔にこれだけ大きくて冷たい氷が降ってきたら、驚き且つその痛さに慌てるだろう。
オレは嬉しくなってしまった。
ゼヒ、オレもこの氷を、バラバラと体で浴びてみたいと思った。
8階から急いで1階に降りて、実際に体で氷を受けてみたいと思った。
或いは、誰もいない屋上に上がり服を脱ぎ、思う存分雹が自分の体をパチパチと叩く痛みに身をよじって味わってみたい、という妄想まで湧いてきた。
そして、半裸のまま痛みと冷たさに、腰を振り振り快楽の声を上げるのだ。絶叫するのだ。「ヒョ~ッ!!」

妄想したところで、雹は雨に変わり、あっちゅう間に氷はとけてしまった。ただの寒い夕方になった。
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4日目のおでん

2006年02月07日 | グルメ
土曜日の夜のことだが、ものすごくおでんが食いたくなって作った。それはドラム教室の仕事から帰った後、食卓の上に味付け玉子の6個入りパックを見つけ、何となくおでんを想像してしまったからだ。外は寒くて熱燗が恋しくなっていた。かなり体は冷えてヤバイって感じだった。寝不足と疲労で風邪を引きそうな予感があったので、鍋物でも食って温まりたかった。早速冷蔵庫を見ると大根があった。練り物はなかったが、明日にでも買って追加すればいいやと、大根を輪切りにして、きちんと角を取って茹でた。糸蒟蒻があったので何本かを縛って小分けにして入れた。ダシはおでんの素があったのでそれをそのまま使った。味付け玉子は温めるだけでいいので、皮をむいて後で入れた。
とりあえず、土鍋でしばしぐつぐつと煮込んで大根と玉子を食してみた。まだ大根には、だしも沁みておらず旨くなるのはこれからだぞ、という自己主張を感じながらも新鮮な大根独特の風味を味わった。玉子は味付け玉子なので味は沁みていたが感動はなかった。これは失敗だった。こうなると、蒟蒻が食いたい。今回糸蒟蒻を入れてしまったが、オレの趣味ではなく食う気すら起きなかった。やはり板蒟蒻を三角になるように切って、おそ松君に出てくるチビ太が食うおでんの形にしなきゃいかんと思うのだ。
食いだすとイワシ玉も食いたいし、揚げ豆腐が食いたい。ちくわも食いたいし、ゲソや牛スジも。と、きりがなくなる。だが、ないものは仕方がないので諦めて寝た。生煮えの大根ひとつと味付け玉子ひとつで我慢した。
翌日、体調が悪かった。やはり風邪を引いたようだった。
でも、クリーニング屋にも行かなきゃならないし、ついでだからと無理をして買い物に出掛けた。
揚げ物や蒟蒻をたくさん仕入れてきた。それぞれ適当な大きさに切って土鍋に放り込んで煮込んだ。ぐつぐつと弱火で時間をかけて、けっこう豪華なおでんが出来上がった。我が家の夕食には一家で食べきれない量であった。
その頃、自分の体調は最悪になり気分が悪くなってきた。熱が出て食欲がなくなってしまった。ツイテナイー!せっかく作ったのにとお皿に盛ったおでんも、一口食うと気持ちが悪くてもどしそうになった。お皿のおでんは捨てられ、陽の目を見ることはなかった。
そんなオレが作ったおでんは、我が家では人気がなかった。いくら本当に美味しいとしても、誰も欲しがらないのである。かくして、土鍋の大盛りのおでんは、誰にも食べられないまま熱が冷め、食べごろが遠ざかり、放置されることとなった。
土曜日に作り出したおでんは、日曜、月曜と3日目を迎え、しかしまだほとんど手を付けられないまま残っていた。
昨日の夜、多少元気が出たオレは、責任を取って頑張って食った。正直言って味は最高だった。全ての具材に味が沁みていた。だがもう食いたい気持ちが萎えてしまっていた。こんなにも旨いのにオレはもう嫌になってしまったのだった。旨いものが美味しいと感じられなかったらそれはもう食えない。
だが、今日もなお、土鍋のおでんはオレの帰りを待っていてくれた。オレは腐ってもいない食い物を捨てることが出来ないようにできている。子供の頃、両親という貧乏な「お茶の水博士」がオレの食に関する脳回路に「もったいない」という常識をとことんインプットしたためだ。仕方なく、今夜も旬を過ぎたおでんを温めて、匂いをかいで食えることを確認しつつオレは晩飯にした。捨てることなく、たった一人、泣く泣く完食したが、もういらない。当分、こんなに旨いおでんは作らない。
コメント (6)
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