男だった~ら~一つにかける~
年配の方なら誰でも歌えるのでは・・・・
ご存知『銭形平次』のテレビドラマの主題歌である。歌は「舟木一夫」さんですね。
あれ?確か奥さん私の隣り町な人だったかな? 脱線しました
この『銭形平次捕物控』を書いたのが『野村胡堂』だ。
「あらえびす」って何
「あらえびす」とは、実は野村胡堂は、音楽評論家としても著名でそのペンネームが「あらえびす」なのです。
その野村胡堂と銭形平次に逢いたくて岩手県紫波郡紫波町にある「あらえびす記念館」に向かった。
入り口を入ると銅像が迎えてくれた。 どうぞう~
なんとロビーには銭形平次
野村胡堂は、明治15年生まれ。本名:長一。
明治30年に秀才が集まる、県立盛岡尋常中学に入学。
金田一京助、石川啄木らと交友。この頃家からの仕送りは、殆ど本になっていたとか・・・・
明治37年、旧制第一高等学校に入学、当時の校長は新渡戸稲造(5000円)
明治40年、東京帝国大学法科大学に進学、しかし父の死により卒業目前に中退
明治45年、報知新聞に入社
昭和6年、文藝春秋社「オール読物」に銭形平次捕物控「金色の處女」を執筆、
昭和32年までに383篇を書く。
「あらえびす」のペンネームで音楽評論家としても著名。
「名曲決定盤」等評論10数冊。 昭和38年死去 享年80歳
3-2話へ
年配の方なら誰でも歌えるのでは・・・・
ご存知『銭形平次』のテレビドラマの主題歌である。歌は「舟木一夫」さんですね。
あれ?確か奥さん私の隣り町な人だったかな? 脱線しました
この『銭形平次捕物控』を書いたのが『野村胡堂』だ。
「あらえびす」って何
「あらえびす」とは、実は野村胡堂は、音楽評論家としても著名でそのペンネームが「あらえびす」なのです。
その野村胡堂と銭形平次に逢いたくて岩手県紫波郡紫波町にある「あらえびす記念館」に向かった。
入り口を入ると銅像が迎えてくれた。 どうぞう~
なんとロビーには銭形平次
野村胡堂は、明治15年生まれ。本名:長一。
明治30年に秀才が集まる、県立盛岡尋常中学に入学。
金田一京助、石川啄木らと交友。この頃家からの仕送りは、殆ど本になっていたとか・・・・
明治37年、旧制第一高等学校に入学、当時の校長は新渡戸稲造(5000円)
明治40年、東京帝国大学法科大学に進学、しかし父の死により卒業目前に中退
明治45年、報知新聞に入社
昭和6年、文藝春秋社「オール読物」に銭形平次捕物控「金色の處女」を執筆、
昭和32年までに383篇を書く。
「あらえびす」のペンネームで音楽評論家としても著名。
「名曲決定盤」等評論10数冊。 昭和38年死去 享年80歳
3-2話へ
宮本武蔵の作家、吉川英治先生の手紙、どんなことを書いているのか、覗いてみたい気もします。
さわやかな~笑顔~
歌も 舟木さんいいですね (^^♪
思い出しました (^_-)-☆
野村胡堂 秀才だったんですねぇ
あらえびす は 胡 から来ていますね。
舟木一夫 頼りない歌い方だったとパパが・・・
良いお天気だったので、朝早くからスケッチに行って来ました。
銭形平次さんは知っていましたが、原作者の野村胡堂さんは知りませんでした
(あらえびす記念館)とは変わった名称と
音楽評論家でもあったのですね。
この記事で新渡戸稲造さんの名前が出てきたので?
盛岡は秀才がおおいですね
銭形平次さんから奥が深いですね。
ひとり利口になりました
岩手は、総理大臣を多く出してますよね、新渡戸さんの記念館は花巻にあります。先日宮沢賢治もと思いましたが、次回にしました。
●かにちゃんへ
私も気になってたのですが、確かテレビでは、途中で入れ替わった記憶が…メモしてくるの忘れました。明日か明後日ハッキリさせます。
●桃源児さんへ
宮本武蔵の作家かぁ~気づかなんだ~ 流石ですね。自分の無知さがわかります。
●い~さんへ
やはり舟木さんの人気も視聴率に影響したのでしょうかねぇ?
●あ~さんへ
あらえびすを知ってたのですか?
流石東京にいると違いますね。
僕はヱビスビールしか知らないですよ。