
絵のタイトルは、「このままここで」です。
そうしたいのはやまやまです。
腹も減ってきたし、小便もしたい。
だから、また来ようね。
今日のタイトルは、「ブランク」です。
ブランク(Blank)とは、
無記入、余白、空白。
仕事などから一時離れている時期。空白期。
(広辞苑より)
「高齢者、おひとり様」の記事を読んだ。
会社人間だった男が、定年退職後ほどなくして、妻を亡くす。
さらに、これからは生涯独身の男性高齢者が続く。
おひとり様は、自意識が強く社会に入って行けない、故に孤独となる。
一方、女性はたくましい。
あるグループの中に気に入らない人が混じっていても、気の合う仲間と小グループを作り、
その人の悪口を言い合いながら、社会に溶け込み仲良く暮らしていける。
戦後、核家族化が進み、小さなマイホームを中心に家族が暮らしてきた。
現在のサポート体制(介護、地域での見守り)には、家族の同意が不可欠である。
認知症になっても、家族は施設に預けようとしない。恥ずかしいのである。
周りが勧めても、家族の同意がなければ、ことは進まない。
私は、直に「高齢者、おひとり様」になる覚悟をしている。
遠くに暮らす家族に頼ることもできない。
子供たちが生まれ育った家を出ていくのは普通だが、再婚を機に私が家を出た。
妻と終の棲家探しの途中である。
「ブランク」という言葉が、頭をよぎった。
かつては、一人暮らしだった。かみさんと一緒になり家族が順に増えていった。
分業のように、家をかみさんに任せ、私は稼いだ。普通のことである。
子供を通して、地域活動にも教育関係の場で、ボランティアをしてきた。
子供が抜けると、その場は無くなった。残ったのは、かみさんと二人の世界である。
ここまでも、普通のことである。
独身の時は、狭いアパートに暮らしながら、友人関係も幅広かった。
隣りに住むおばさんに、夕飯のおすそ分けもいただいたし、先輩にもごちそうになった。
家族を持っても、家族ぐるみで遊ぶことも多かった。
転職、転勤で多くの家族と、出会いと別れを経験した。
続いている付き合いもない。賀状のやりとりも途絶えていった。
どうしてそうなったのかを考える。
生活するために、多くのブランクを作ってしまったように思う。
この地で、ブランクを埋めるような暮らしを続けている。
田舎で、カフェをやるということは、地域や自然と深く付き合うことになる。
地域や自然との関係がない、SNS頼りで華やかな広域の展開はありえないと早くに覚った。
多くの人にとって、ブランクは思い出であり、経験である。
だが、「高齢者、おひとり様」は未知の世界。
問題は、もうそのブランクに染みさえ落とすことができないことである。
ブランクの間に、いろんな汚れを纏い、滓となって、仮面の世界を生きてきた。
私達は、仮面(肩書、役割)舞踏会では、今でも生き生きと踊ることができる。
しかし、いったん仮面を脱ぐとどうだ。菜に塩状態である。
それが、男。
ここで提案。
かつて勤めていた会社に、老後食事を作れない母と二人で暮らす女性がいた。
一日は、一週間分の料理を作り、一食分ずつ小分け冷凍して、チンして食べられるようにした。
残り一日分は、自分のために何かをした。
これは、名案と思った。
食材を買い、一食分ずつ作るのは至難の業です。
スーパーで売ってる食材は家族向けのものが多い。例え、一本の茄子が売られていても一人には多い。
足りない、余るがいつものことになり、多くの残滓を捨てることになる。
捨てるのが面倒くさくなり、そして作らなくなり、コンビニやスーパーで出来合い物を買う。
調味料の加減は、万人向けで少々濃い味となっている。これも長くは続かない。
私は、ごみが出ればすぐに捨てる。細かくても捨てる。落ちてればすぐに拾いゴミ箱へ入れる。
「あとで」は、とうに卒業した。飲み屋のおかみが、「あとで」という。あった試しがない。
洗濯物も洗い物も毎日し、食後必ずやる。
片づけモノをしてから食事を作るのは、時間が盗まれた気がするからである。
高齢者に限らず、捨てられないものが溜まっていく。
一年間、目にしていないものは、数年後も触ることはない。捨ててしまえ。
高齢になってからの友達作りは、容易ではない。
何にも考えない。履歴も必要ない。
ただただ、出来ないことに挑戦し続ければよい。
考えて見れば、出来ないことばかりです。できることは、ほんの少しです。
少しに固執できないはずです。それをやろうとするから、無理がある。
講師を読んで、何かの講義をする。そんなのやめて、自分が学んで講師を引き受ける。
どうして、その講義が必要なのか知ってるのは自分だからです。
そして、早くに好きなことを始めた方がよい。
定年後になってなんて、できっこないし、気分は違う方向に向かっています。
やりたかったことは続かない。昔に戻れないからです。
やってみて、できることとできないことが分かる。
どうしてもできない、ピンポイントを友人にお願いする。全部じゃ引かれます。
ヘルプは早く。そして浅く、短く。
自分は、いろんなことができないのだと知ることです。
できないことを続けるうちに、少しだけできるようになる。
テレビを消して、妻の話に耳を傾ける。
飲み席では、隣の席が埋まらない。高齢になるにつれ、そうなりがちです。
そんならと、席に固執せず動けばよい。話に来た人の盃を断る人はいない。
言ってみれば、待たずに動く。
ああ、難儀な「高齢おひとり様」です。
じょうびたき 悪戦苦闘 癒される
2020年11月5日