
我カフェの料理番長です。
タイトルは、「ひたすら喜ぶ顔が見たいから」です。
ああ、今日もサービスし過ぎました。
今日のタイトルは、「分ける」です。
美味しいものを家族で分け合って食べる。
我が家では、末っ子がいつも、「一人何個」と決めていました。
お姉ちゃんたちに、先に越されないように防御線を張った。
職場でいただき物を分ける。
いつも決まって、姉御肌が新人に指示して行われていました。
儀式のように厳(おごそ)かに、平等に配布されました。クッキーの一個まで。
地域おこしの達人が言われていました。「巻き込むではない、分けるのよ」と。
自分が住むマンションの祭りを挙行した。マンションの住民の有志が盛り上げてくれた。
今度は、町全体の祭りを企画した。マンションの有志の内、賛同してくれた方はわずかだった。
新たに、ボランティアを募り、なんとかできた。
ヒマラヤ登山で、ごみが散乱しているのを見て、日本人登山客が嘆いた。
ノーノー、富士山回りがもっとひどいよ。外国人登山客が言った。
彼は、富士山回りのゴミの掘り起こしをしようと提案した。
マンションの祭り、町の祭りを手伝ってくれた人たちに呼びかけたが、誰からも色よい返事はなかった。
考えられることとして、企画者は「巻き込む」では続かないと気づいた。
新たに、「分ける」ことを提唱した。
こんな楽しいこと、一人でやりたいが、皆さんいかがです。
企画に応じて、興味がある人が変遷する。
思いついたことを分ける。横浜の方だった。
住民を巻き込んで、市役所を巻き込んで、都会の人を巻き込んでと続く。
巻き込むは、「やらされ感」が芽生えてくる。ここで、想いはとん挫する。
この景色、この空気、人々の一生懸命をインスタグラムで伝えたい。
皆さんが、やっている。
この景色を作る人は、誰とは知らぬが楽しみにしている人に、「分けたい」と念ずる。
人々が、一生懸命になるのは理由がある。
私が好きなこの村を存続させたい。かなわぬことだけど、一人でも頑張るか。
頑張る人を応援する人が出てくる。
雪の日も届けてくれる郵便やさんであったり、近くに来たから寄ったよと保健婦さん、
昔やんちゃで、いろいろ面倒を起こしたが、村全体で支えていただいた人などである。
さて、分けるもの。
何処の家でも、一番良いものを分けます。B級品は、自分の家で食べます。
何故でしょう。
もらってくれる人に喜んでもらいたいから。これは、世界共通の願いです。
分けるは、清々しい。
無償のものに、一級品を提供する。
ブログを書く人も同様でしょう。俺はこんなに凄いんだと言う人はいない。
こんなの見つけたよ、思いついたよ。私は嬉しかった、哀しかった。
どうですかと謙虚です。
私は、毎日耕作放棄地の篠竹を伐り続けた。
お金をいただきながら(地域おこし協力隊として)、こんな楽しいことを続けていられる。
ずーっと一人でやっていたかった。こんなに、あるんだもの一年や二年では終わらない。
ばれちゃった。なんだか楽しそうだな。俺にも手伝わせろという人が出てきた。
では、手伝わせてやるかとお願いした。
「分ける」構造や仕組みを作るのが、企画者です。
参加する人は、役目をいただき終わったら、「今度は何を手伝いましょう」と自ら名乗り出る。
これが、祭りの基本です。やって当然、やらせていただいて嬉しい。来年もと続きます。
プロジェクトマネージャーは、手柄を独り占めにしない。
だから、人が変わっても仕事が変わっても、「あの人なら」とついてくる。
逆の人がいます。人の手柄を横取りする人のことです。
巻き込んで知らぬ顔をする人のことです。
手柄盗り どろんを決める きつねどん
(ごめんね、きつねさん。あなたも一生懸命でした)
2020年11月6日