故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。
絵のタイトルは、「永観堂」です。
今日のブログに合う絵手紙はこれしかないでしょう。
仏の御心。「ウフフ、オホホ」です。
今日のタイトルは、「悪人、上等」です。
今日は朝からゴルフに出かけます。
よって、昨日書いたブログです。
眠い目をこすりながら、会社に行きました。
すりガラスでできたドア越しに、上司の姿が見えました。
ああ、今日も憂鬱でした。
私は、新妻への想いを込めて小説を書きました。故郷へ恩返しの小説となりました。
小説にはいろんな人物が登場します。私の中では、厚みを増すためでした。
ここで思いついたのが、「悪人、上等」です。
どれだけ悪人なのか、観察するようになりました。
もっとやれと、内心感じるようになりました。
少し、刺激をしたりもしました。
なんだ、その程度かとがっかりすることもありました。
世はこぞって、パワハラ、モラハラの悪人説をはやし立てます。
私の「悪人」はこよなく愛される人物像です。
悪人も人の子です。どこでどう間違ったのか興味津々です。
親が悪かったのか、世間が冷たかったのか。色々、あるでしょう。
でも、悪人です。嫌われ者です。
どう悪いのか、何が嫌われるのか、本人に代わって暴く癖がつきました。
もっと、やれ。
なんだ、そこまでか。
つまらない。
自分に害が及ばぬ限り、観察し放題です。
こんな瓢箪から駒のような発見に喜んだものです。
小説を書こうが、発想の転換になった。
悪人、大好きになったのです。
テレビでやる時代劇。
実に短時間に悪人に仕立て上げ、主水の刃が成敗する理由を分かりやすくしてくれる。
ここまでやるなら、仕方がない。架空の仕事人に任せるしかない。
人々は、密かに大げさに溜飲をさげる。
悪人に共通するのは、唯我独尊であり、裸の王様です。
他人には、スケスケに見える悪癖の数々です。しかし、本人も他人もどうすることもできない。
阿部譲二が書いた小説「塀の中の懲りない面々」は実に爽快でした。
1986年出版、1987年藤竜也主演で映画化されました。
塀の中と外を行ったり来たりする累犯犯罪者の物語です。
左の頬を打たれたら、右の頬を差し出す。
イエスでしたか。こんなことをしようと思ってもできないはずです。
私達は、どこかで許している悪人です。
実際に、税金を使って刑務所を運営し、更生の手助けをしている。
一度張られたレッテルは、生涯付き纏う。その子にも類が及ぶ。
それでも繰り返す。パワハラ、犯罪を犯す悪人です。
やっつけようにもやっつけることができない。
私は、小説の中で愛し続けて更生させる。
ありえないことですが、そうしたい。
生れた限り、何かで人の役に立てることがある。
死の商人と言われたノーベルは、意図せぬ戦争の狂気に使われたダイナマイトで儲けた金を、
後のノーベル賞に使っています。
紙一重の悪人です。善人もきわどいところで、免れています。
いや、きっと行ったり来たりでしょう。
私達の中に巣くう闇です。
「悪人、上等」でした。
もず獲物 貧乏が悪いんか 忘れられ
2020年11月4日
<<あとがき>>
今日は、この記事だけの予定でした。
昨日は定休日で、畑の小豆をおこし、鋤きました。
やめようかなと思いましたが、畝揚げまでできました。
やったね。
もう一つ、記事を載せることにしました。
昭和記念公園の小川に一羽の野鳩がやってきました。
水を一口飲んで、私に気づきました。
タイトル、「あんた誰、私ね」となりました。
今日のタイトルは、「オアシス」です。
オアシス(oasis)とは、
砂漠中で水がわき、樹木の繁茂している沃地(よくち)。
生物群集が形成され、集落や都市が立地し、隊商の休息などに役立つ。
慰安となる場所。いこいの場。
なぜ、オアシスなのか。
不登校の子供たちにとって、不安なことは「この先、自分はどうなるのだろう」かもしれない。
今の自分は、求めていない自分であると、信じたい。
私は、ちょっぴり長く生きました。
家族のため、会社のため、そして自分のためだけに生きてきました。
借金返済は、まだ続いています。自分が死んだら、共に支払い続けている保険で「ちゃら」になる。
それでも、死ぬつもりは毛頭ありません。
答えがない、正解もない暮らしです。
まだまだ、探し続けています。
オアシスがあったら、どんなにか慰められたでしょう。
本当の気持ちが言えたら、どんなによかったでしょう。
私の子供は、4人います。
長女がやり、次女もやり、長男、三女と続けてくれました。
私は、仕事さえしていればよかった。
かみさんが、それぞれの不登校に向き合ってくれました。
親も段々と不登校に慣れてきました。それでも生きているじゃん。
子供たちは、なんか楽しいことを探そうとしていました。
三女は、目指す高校に入りたいと言ってきました。公立高校です。
私は、毎日課題を作り添削しました。数学は、割り算、分数で行き詰っていました。
どうして、それが苦手なのか分かっていました。引き算から始めました。
案外できる子でした。自信が湧いた頃、自宅授業は終わりました。
不登校が、財産になる。
逆説的な言い方ですが、悩みが深いほど強くなれるし、人に優しくなれます。
無理難題が、人を育てます。
だけど、折れないことです。
喉が乾ききっている時に、水をくれる場所がオアシスです。
ほんの一滴の水が、これからも生きていけるに繋がります。
借金返済に困ることは何もない。貸してる側も借り手の破産は困るのです。
稼げる範囲で、払える範囲で返すことになる。生きてる限り、借金を返す。
もし払い終えれば、それからは儲けの人生です。
私のブログのオアシスは、読者数です。
200人近くのこともあれば、50人の日もあります。
忙しい中、50人もの人が毎日読んでくれている。
書いていていいんだよ。慰めていただいています。
有難う。(樹木希林さんは、難が有るから、「ありがたい」と思われた。)
不登校の皆さん、大人も捨てたもんじゃありませんよ。
すべての人が、大なり小なり悩んできました。
今も悩んでいます。先のことは誰にも分からないからです。
あなたのSOSを受け止めてくれる大人がきっといます。
あなたの「難」は財産です。
今は、死ぬほど辛いでしょう。でも、生き抜くことです。
あなたにしかできないことがあります。きっと、あります。
ピンチがチャンスです。
あなたの周りのちっちゃなオアシスで、一滴を飲むことを勧めます。
そんなオアシス知らない。
そうです。困ったときにあきらめないで探すことです。
それが、チャンス。
コジュケイが 私はだーれ 癒された
2020年11月4日