第七話 海遊び
山から流れ出る湧き水は、腐葉土の栄養を一杯含んで、
海に流れて豊かな海を作り、魚と貝を育てていました。
夏休みには、子供達は、朝から満潮の海に行きました。
とにかくご飯時以外は、外で遊んでいるのでした。
段々畑から、大人達は、その様子を時々見て安心するのでした。
満潮のときは波止めまで水が満々とあり底が見えません。
悪童達は、褌のまま波止めのてっぺんから飛び込みました。
「ラムネやるけんの。」
ラムネのように泡が一杯でることからそう呼んでいました。
足から飛び込んでも、底に足が着くことはありませんでした。
「みてみて、うちもできるんじゃけえ。」
小さい頃のさなは、波止めから海に降りる石段の途中からパンツ一枚で
飛び込んでいました。そして、大きい子達と同じように飛沫があがるのを
喜んでいました。
「さな、言うたろうがい。つようひっぱたら、ちんぼがとれるんじゃけ。」
と信ちゃんは、さなに真剣に説明しています。
干潮になると持って来た塩をおとりにマテ貝を採るのでした。
潮が満ちてくると川が海に混ざるところで、白魚をすくっていました。
「骨まで透けて見える。」
さなは、美しい白魚が、ざるの中で、ぴちぴち飛び跳ねるのを飽きずに見ていました。
取れた獲物は、光男の酒の肴や味噌汁の具になりました。
ある時は、海の上で長くて太い孟宗竹を高志が引っ張ります。
「なんでもありゃせん。」
小さな子は、鰯のように竹を目指して群れをなして泳ぎます。
高志は、潮が止まるのを見て、竹を沖合いに誘導していきます。
「わっ。水を飲んでしもうた。」
小さい子は、波に洗われながら顔をやっと波の上に出しています。
時々、竹をつかもうとします。
いつしか泳げるように(表紙より)
「やすませてえや。」
とさなは、力を込めて手を伸ばしました。
その度に竹はすーっと逃げていきます。
高志が、様子を見ながら引っ張るのです。その繰り返しをしながら、
定期船の航路をいつしか過ぎて、対岸の津久茂が、大きくなってくる
のでした。やがて渡りきるのでした。距離にして2Km。
「高田があんなに、ちいそう見える。」
さなは、いつしか渡りきった津久茂から自分の住む島を見ていました。
島の子供達は、そうして遊びの中で泳ぎを覚え、上達するのでした。
さなは、県女を受験する光男の許しが出た頃から、夕食のあと伊藤に
勉強を見てもらうようになりました。
そんなときの伊藤は、仕事の時の厳しい表情から一変して優しくなるのでした。
「伊藤さん、今日はここからじゃけえな。」
さなは、妹のようになつきました。そしてよく笑うようになりました。
光男は、寡黙な男で、食事中も酒を飲むだけでしたから、家族はいつも
静かに食べる習慣がついていたのでした。
浴衣を着た伊藤は、ひょろひょろとして頼りないくらいでした。
仕事の時と違うのは、表情だけでなく、よく冗談をいうのでした。
「さなは、木登りと同じで、試験に落ちることはあるまい。」
さなの勉強はますます進むことになりました。姉も勉強の終わり頃を
見計らって来るようになりました。二人の笑い声が、家庭を明るくし、
母さえも、さなの部屋にすいかやトマトを運んで来ては、笑顔になって
帰って行くのでした。
そんな風に女達が笑うのにつられて光男も面白くない冗談を
時々言うようになりました。
「たけこがこけた。」
(つづく)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます