第五話 石積み
(昭和15年夏)
「わしらでも、役にたてるんかいの。」
さなの下の家の爺さんが、頬かむりをして杖をついています。
田植えを終えた村の者達は、20班まで増員されておりました。
中には、女、年寄り、かたわ者までも含まれていました。
「順番に並んでつかあさい。入る組を言うけえの。ええかいの。」
村役場の人が、集まった老若男女を、それぞれ配属する班に忙しげに
振り分けています。
伊藤は、一瞬でその人の能力を見抜き、誰一人遊ばせることなく
使うのです。かたわ者には縄を編ませ、石を運ぶ竹篭を作らせました。
年寄りには曲がり道や狭い場所に立たせ行きかう第八車と馬の交通整理をさせています。
女は炊き出しの他、男達の補助要員として使っています。
「きゃあ。助べじゃねえ。」
女が混ざることで、どの持ち場も笑いが絶えません。
伊藤は、不思議な力を発揮しています。働く誰からも文句不平が
出ないのです。
島の人々は、伊藤が指示を出すのを待つような節さえありました。
桟橋拡張工事の後、光男達は、沢伝いの道つくりに精を出して
いました。隙間を埋めるように次から次に草が伸びていきます。
大人の背の高さほど伸びた青いススキを刈り、木々を倒し手際よく
運び出されていきます。光男たちが長年築いてきた段々畑を作る工法の
驚くほどの手際よさと正確さを見て、伊藤は光男に相談を持ちかけて
いました。
「その石積みの工法で山道を作ってくれませんか。」
「曲がりのところは、土が流れんように木を敷かにゃいけんの。」
と光男は、まんざらでもない顔で答えます。
伊藤は、山道を段々畑と同じように階段状に作ろうとしたのでした。
段々畑が、測量図どおりに曲がりくねりながら、整然と階段状に
並べられていきます。段々畑には、緩い勾配がつけられていました。
光男は石を見て選び、石の癖を活かし次から次に乗せていきます。
積み上げる時に、石の強さの方向を見極め、弱い部分に補助の石を
合わせます。打ち下ろすハンマーの力加減で、石をわずかに削り、
石通しの当たり加減を調整します。
手際よく積み上げられた表面の石の裏には、栗石がつかれて
隙間を埋めていき、土が満遍なく表面の石を支えるようにします。
この辺りの島で、永年に渡って引き継がれてきた石積みの工法です。
よっしゃ
その効果はすぐに現れました。9月に西日本で100人以上の死者を出した
台風がやってきても、急ごしらえで未完成の段々畑の土砂は、
豪雨によって流れ出すことがなかったのです。
雨は、昔からある沢に集まり、滝のように流れて行きました。
伊藤と光男は、段々畑の道を毎日のように見に行きました。
「この段々畑の道は、びくともしなかった。光男さん見事です。」
と伊藤は、寡黙な光男を、興奮気味にたたえるのでした。
(つづく)
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