テレビは65回目のリトルリーグ・ワールドシリーズを伝えていた。
ワールドシリーズは、アメリカ国内の8地域の各優勝リーグと国際8地域の優勝リーグを合わせた16リーグの戦いからなる。戦いは、先ず国内2ブロック、国際2ブロックに分かれ、各ブロック4リーグによるリーグ戦が行われる。その後、各ブロックの上位2リーグがトーナメントを行い国内ブロックと国際ブロックの優勝リーグが決定する。
ワールドシリーズは、リトルリーグ発祥の地であるペンシルベニア州のウィリアムスポートで行われ、戦いは8月の中旬から始まり決勝戦は8月下旬、国内ブロックと国際ブロックの勝者同士の対決が最終戦となっている。
テレビでリポーターが今年のワールドシリーズについて熱く語っている。
そして解説者が、二人の注目選手について喋りだした。
そのテレビは場末のドライブインレストランの片隅で点滅していた。
カウンターでは男が酔いつぶれて突っ伏している。
その内側では白髪混じりの髭をたくわえたオーナー兼店長らしき初老の男がグラスを拭いている。店長は、テーブルに椅子を上げながら店じまいをしているウェトレスに「帰っていい」の合図を送る。
ティナは店を出る。埃っぽい乾いた空気が彼女をなぞっていく。
場所はメキシコ国境に近い州道沿い。何もなく、ただ砂漠が広がっている。
彼女はついていなかった。5年前、息子と別れた後、彼女は方々の街を転がった。
歌を唄うことも忘れていた。
砂漠の夜は寒い。
空には数え切れないほどの星が瞬いていた。
ティナはそれを見上げ、肩を落としゆっくり息を吐いた。
◇
「SASEBO」のユニホームは「JAPAN」に変わった。
リョウタロウのユニホームは「NORTHWEST」になった。
両リーグは各ブロックで1位になり「NORTHWEST」は国内リーグのトーナメント戦で見事優勝を果たした。「JAPAN」も同様に国際リーグのトーナメントで優勝したのだった。
メディアはこぞって両リーグのエースを取り上げていた。
「JAPAN」の袖に腕を通したアメリカ国籍のマイク。
「NORTHWEST」に身を包んだ日本国籍のリョウタロウ。
しかも、彼らは悲劇のヒーローだった。
両リーグの快進撃がメディアに油を注いでいた。
◇
優勝決定戦の前夜、ティナの店は繁盛していた。
しかし、テレビは点いていなかった。先日、店内で起きた客同士の喧嘩騒ぎでテレビは壊されていた。
巨漢のトラック運転手が店長に向かって大声を張り上げている。
「テレビもねぇのかよ、この店にはっ!」
店長は呆れるばかりだった。
カウンターにはビジネスマンらしき男が一人。バーボンで口を湿らせている。
「野球は好きかい?」
男は値踏みするような口調でティナに語りかけた。
「ええ、息子が野球をやっていたわ」
男は得意げに続けた。
「今年のリトルリーグのワールドシリーズは面白いと思うんだが・・・」
男は懐からモトローラのケイタイを取り出すと、ESPNのデジタル番組を液晶に映してみせた。
ティナは我を疑った。
液晶画面に映し出された少年が、5年前に離れ離れになった息子のマイクだったからだ。
マイクはインタビューに答えていた。
まだ母には会えていないと・・・。
男はティナの驚きを理解できなかった。
しかし、その一瞬の後、男は店の客に向かって叫んでいた。
「誰かテレビを持って来いッ、このウェイトレスがマイクの母親らしいぞッ!」
別の男が脱兎の如く店を飛び出すと、積荷から真新しい日本製の液晶テレビ抱えて戻ってきた。
店とは不釣合いな液晶テレビの大画面にはマイクが映っており、これまでの戦いぶりが紹介されていた。
店内は歓喜に包まれていった。
しかし、ティナにはマイクに会いに行く術が無かった。
そのとき、カウンターの中にいた白ヒゲの店長が客から帽子を奪うと、それ反転させて先ほどまで騒いでいた大柄の男に向かって投げた。その古びてボロボロになったメジャーリーグの帽子は回転しながら飛んでいくと大男の胸に収まった。そして誰彼も無く、その帽子の中に金を投げ込むのだった。
モトローラの男は言った。
「間に合うといいんだが・・・」
◇
その頃、東シナ海上では・・・・、
動かなくなったスミスがタナカの手によって引き上げられようとしていた。
「後編」へ続く
ワールドシリーズは、アメリカ国内の8地域の各優勝リーグと国際8地域の優勝リーグを合わせた16リーグの戦いからなる。戦いは、先ず国内2ブロック、国際2ブロックに分かれ、各ブロック4リーグによるリーグ戦が行われる。その後、各ブロックの上位2リーグがトーナメントを行い国内ブロックと国際ブロックの優勝リーグが決定する。
ワールドシリーズは、リトルリーグ発祥の地であるペンシルベニア州のウィリアムスポートで行われ、戦いは8月の中旬から始まり決勝戦は8月下旬、国内ブロックと国際ブロックの勝者同士の対決が最終戦となっている。
テレビでリポーターが今年のワールドシリーズについて熱く語っている。
そして解説者が、二人の注目選手について喋りだした。
そのテレビは場末のドライブインレストランの片隅で点滅していた。
カウンターでは男が酔いつぶれて突っ伏している。
その内側では白髪混じりの髭をたくわえたオーナー兼店長らしき初老の男がグラスを拭いている。店長は、テーブルに椅子を上げながら店じまいをしているウェトレスに「帰っていい」の合図を送る。
ティナは店を出る。埃っぽい乾いた空気が彼女をなぞっていく。
場所はメキシコ国境に近い州道沿い。何もなく、ただ砂漠が広がっている。
彼女はついていなかった。5年前、息子と別れた後、彼女は方々の街を転がった。
歌を唄うことも忘れていた。
砂漠の夜は寒い。
空には数え切れないほどの星が瞬いていた。
ティナはそれを見上げ、肩を落としゆっくり息を吐いた。
◇
「SASEBO」のユニホームは「JAPAN」に変わった。
リョウタロウのユニホームは「NORTHWEST」になった。
両リーグは各ブロックで1位になり「NORTHWEST」は国内リーグのトーナメント戦で見事優勝を果たした。「JAPAN」も同様に国際リーグのトーナメントで優勝したのだった。
メディアはこぞって両リーグのエースを取り上げていた。
「JAPAN」の袖に腕を通したアメリカ国籍のマイク。
「NORTHWEST」に身を包んだ日本国籍のリョウタロウ。
しかも、彼らは悲劇のヒーローだった。
両リーグの快進撃がメディアに油を注いでいた。
◇
優勝決定戦の前夜、ティナの店は繁盛していた。
しかし、テレビは点いていなかった。先日、店内で起きた客同士の喧嘩騒ぎでテレビは壊されていた。
巨漢のトラック運転手が店長に向かって大声を張り上げている。
「テレビもねぇのかよ、この店にはっ!」
店長は呆れるばかりだった。
カウンターにはビジネスマンらしき男が一人。バーボンで口を湿らせている。
「野球は好きかい?」
男は値踏みするような口調でティナに語りかけた。
「ええ、息子が野球をやっていたわ」
男は得意げに続けた。
「今年のリトルリーグのワールドシリーズは面白いと思うんだが・・・」
男は懐からモトローラのケイタイを取り出すと、ESPNのデジタル番組を液晶に映してみせた。
ティナは我を疑った。
液晶画面に映し出された少年が、5年前に離れ離れになった息子のマイクだったからだ。
マイクはインタビューに答えていた。
まだ母には会えていないと・・・。
男はティナの驚きを理解できなかった。
しかし、その一瞬の後、男は店の客に向かって叫んでいた。
「誰かテレビを持って来いッ、このウェイトレスがマイクの母親らしいぞッ!」
別の男が脱兎の如く店を飛び出すと、積荷から真新しい日本製の液晶テレビ抱えて戻ってきた。
店とは不釣合いな液晶テレビの大画面にはマイクが映っており、これまでの戦いぶりが紹介されていた。
店内は歓喜に包まれていった。
しかし、ティナにはマイクに会いに行く術が無かった。
そのとき、カウンターの中にいた白ヒゲの店長が客から帽子を奪うと、それ反転させて先ほどまで騒いでいた大柄の男に向かって投げた。その古びてボロボロになったメジャーリーグの帽子は回転しながら飛んでいくと大男の胸に収まった。そして誰彼も無く、その帽子の中に金を投げ込むのだった。
モトローラの男は言った。
「間に合うといいんだが・・・」
◇
その頃、東シナ海上では・・・・、
動かなくなったスミスがタナカの手によって引き上げられようとしていた。
「後編」へ続く