1969/04/09に生まれて

1969年4月9日に生まれた人間の記録簿。例えば・・・・

EX-FH20 欲しい!

2009-06-24 18:01:23 | 雑談の記録
最近、なにかと注目されてるハイスピードカメラ。ボクもカシオのEX-FH20について多方面で話題にしてたら、わさもんのメジャーのIMRオヤジに先を越されてしまった。

ボクは何度か家電屋に行ってFH20やF1をいじってその性能は確認済み。いずれ購入はする。そう決意はしてるけど、イマイチ踏み切れない事情というか理由がある。
ハッキシ言って、値段は関係ない。
じゃ、なにか。


なんかの本に書いてあったように思うけど、人間は1/100秒より早いものは見分けがつかないというか認識できないそうだ。陸上などのスピード競技で小数点二桁までしか表示しないのは、見分けられないものを区別したって意味がないから、そういうことになっているとかなっていないとか。

だけど、見分けられるものなら見分けたいと思うのが、人間の心理。
そして、見分けられないものを見分けるるようにするのが、ハイスピードカメラ。

子供のころ、水滴が水面に落ちたときのハイスピードカメラの映像を見たとき、めちゃくちゃ感動して、「ハイスピードカメラ、絶対欲しい!」と強く思ったのを憶えている。

おそらく、FH20を手に入れたらイロイロ撮りまくるに違いない。
そして、リョー坊の野球技術の向上のためにイロイロ利用するに違いない。


だけど・・・と思う。


うまく説明できないけど、ハイスピードカメラを使った練習って、なんだか解答を見ながら問題集を解くような行為に似てるような気がして・・・・・。


ボクは武術家や舞踊家じゃないけど、伝統あるそういったもののカタチって、映像を見て簡単に真似できるものでは無いと思う。野球は武術や舞踊とは違うものだって反論もあるかもしれない。だけど、優れたカタチってのは、やはり体を動かす本人の・・、なんだろう・・・、う~、説明できない。
極端に言えば、人間の動きを読み取って作成されたCGの人間の動きって未だに不自然に感じるんだけど、真似だけっていうのは、そんなのと似ているような気がするのだ。

もちろん、真似を否定してるわけじゃぁないし、真似ることは大事だとわかっているつもり。
だけど、2次元のスロー画像から真似るのはなんだか手抜きのような気がして・・・。

それよりむしろ、ボクらが認識できない1/100以下の世界をイマジネーションを駆使してつなぎ合わせて、動きを、カタチを自分自身で作っていくことのほうが大事なような気がして・・・・、それが遠回りだけど近道のような気がして・・・。


だけど、ハイスピードカメラがスポーツ指導分野で力を発揮するのは間違いなく、大袈裟かもしれないけど、スポーツ界に革命を起こすかもしれないとも思っている。

要は使い方が大事なんだけど、その使い方について方向性を見いだせていないのが、購入に踏み切れない理由なのかもしれない。
コメント
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