平和への希い


 
  積極的平和主義とは、世界のすべての国が、日本
  の平和憲法を掲げる努力をすることです。

平和の希い436 沖縄の米軍基地が無くなったら、どうなるのだろう? 

2016-05-26 10:06:37 | 日記
平和の希い436 戦後71年
 沖縄の米軍基地が無くなったら、どうなるのだろう?  16.5.26.

米軍属の男が、女性の遺体遺棄した事件。
沖縄翁長知事が、日米地位協定の改定を安倍総理に訴えたが、「運用の見直しで」と
つれない返事。


東京新聞によると、1972年5月~2016年4月末までに、米軍関係者が起こした
殺人や強盗などの事件は、575件。

事件の都度、県や政は「綱紀粛正」を訴えてきたが、事件は無くならない。
沖縄翁長知事は、「地位協定で独自の法的地位が与えられていることで生じる在日米軍の
『占領意識』を変えない限り、犯罪は無くならない」と。

太平洋戦争の敗戦で、占領された沖縄。1972年5月に沖縄は本土復帰したが、米軍基地は残った。
その時出来た「日米地位協定」。
第二次世界大戦後の東西冷戦など、沖縄の米軍基地は米国の戦略上重要な拠点だった。被占領国日本は
米国の「言いなり」でやむを得なかった。
現在、中国や北朝鮮の不穏な動きはあるけれど、本当に、米国国益にとって、「沖縄の米軍基地」は必要
なのだろうか?トランプ氏は、「不要。引き上げるか、全額日本が負担」。

地位協定改定よりも、基地を無くすことが根本解決の道なのですが。
平和ボケした私には、基地が無くなっても、かつて日本が中国侵略をしたように、中国や北朝鮮が侵略
を仕掛けて来るような時代ではないと思うのですが。
だって、大戦争になったら、日本を守るどころではない、核兵器が飛び交い、人類が滅亡すること必至
なのですから。

ウォーキング中に出会った花々です。
いつまでも、平和な光景が続きますように。


5月26日、「今日は何の日カレンダーより」
ふろの日、東名高速全線開通記念日
▲応仁の乱(1467)▲日米約定(下田条約)が調印(1857)
▲米大統領クーリッジが排日移民法に署名(1924)
▲第1回全日本学生陸上競技大会開催。「位置について、用意」というスタート
 合図もこのころから(1928)▲双葉山横綱に(1937)
▲東名高速道路全線開通(1969)▲日本海中部沖地震。死者104人(1983)
誕生花:オリーブ (Olive)   花言葉:平和

平和の希い435  腹は立て損、喧嘩は仕損

2016-05-25 09:19:51 | 日記
平和の希い435 戦後71年
 腹は立て損、喧嘩は仕損  16.5.25.

夫婦喧嘩も、親子喧嘩も。最近は殺傷事件になったりして、ただ唖然。喧嘩の後味は悪い。

国と国との喧嘩、戦争になると、事件どころではなく、大量の死傷者、それも一般市民を巻き込む
最大最悪の人災になってしまう。
「許せない」から始まる喧嘩・戦争。日中戦争などは、「許せない」状況を作って、如何にも「我に
大義名分あり」と武力行使、悲劇を繰り広げる。
太平洋戦争は、第二次世界大戦は、「日本軍部ファッショは」「ナチスドイツは」何を「許せなかった
のでしょうか?」


腹を立てた国も敗戦で国民が塗炭の苦しみに。勝った国も多くの犠牲ととともに、戦後の秩序維持の
ために、秩序を乱す国に対して「許せない」と、時には「許せない状況」を作り出してでも武力行使
できる大義名分をつくって、戦乱の泥沼に陥り、多くの若者が戦死、限りある経済力は破滅に向かう。


勝っても負けてもろくな結果にならないのです。
『腹は立て損、喧嘩は仕損』 という「ことわざ」を噛みしめてみる必要があると思いました


ウォーキング中に出会った花々です。
いつまでも、平和な光景が続きますように。


5月25日、「今日は何の日カレンダーより」
広辞苑記念日、食堂車の日
▲富士山噴火(864)▲ジャンヌ・ダルク、火あぶりの刑に(1430)
▲日清戦争後、台湾が独立を宣言(1895)
▲私鉄の山陽鉄道に日本初の食堂車(1899)
▲皇居が米機に爆撃されて炎上(1945)▲「広辞苑」初版発行(1955)
▲プロ野球八百長事件で西鉄の3選手が永久追放となる[黒い霧事件](1970)

平和の希い434  タラ・・・、タラ・・・の人間世界

2016-05-24 09:16:31 | 日記
平和の希い434 戦後71年
 タラ・・・、タラ・・・の人間世界  16.5.24.

日本が無謀な戦争に突入しなかっタラ、沖縄戦の悲劇も、広島・長崎の被爆悲劇も、全国各地での
空襲悲劇も、無かった。
広島・長崎の凄惨な原爆投下が無かっタラ、天皇の終戦ご決意も早まったかどうか?
「1億玉砕」を叫ぶ軍部によって、日本人は滅亡させられていた。現在の日本は無いのです。


アメリカでは、退役軍人中心に、「原爆投下によって、終戦になり、米軍の戦死者を食い止めたので、
原爆投下は正しかった」と。

広島・長崎で犠牲になられ、また今なお、後遺症で苦しんでいらっしゃる皆様には申し訳ないこと
ですが、皆様の犠牲が無かっタラ、私の存在もないのです。
一億玉砕を叫ぶ軍部は、私の故郷信州松代の山の中に秘密裏に「最後の大本営」を造っていたのですが、
アメリカは当然察知しており、原爆投下予定地だったのです。
あのまま、戦争が続いていタラ、長野市周辺は広島・長崎同様凄惨な悲劇が展開されていた筈です。
善光寺も跡形無くなっていたでしょう。


サミット後に、オバマ大統領が米大統領として初めて広島を訪問される。
原爆投下の是非を超えて、核兵器がもたらす悲惨な事実を真摯に受け止めて頂き、核兵器廃絶に向かって
一歩でも二歩でも前進させて欲しいと思います。


先日那須旅行の時に出会った花々です。
いつまでも、平和な光景が続きますように。


5月24日、「今日は何の日カレンダーより」
ゴルフ場記念日
▲イギリス人、初めてアメリカへ移住(1607)▲モールス、モールス信号を初発信(1844)
▲12歳以上の男女混浴の禁止(1900)▲日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」オープン(1903)
▲プロ野球で延長28回の珍記録(1942)▲年齢を満で数える法律公布(1949)
▲売春防止法公布(1956)▲太平洋岸にチリ地震津波襲来(1960)
▲婦人解放運動の平塚らいてう没。85歳(1971)

平和への希い433  「核兵器と人類は共存できません」

2016-05-23 09:21:49 | 日記
平和への希い433 戦後71年
 「核兵器と人類は共存できません」  2016.5.23.

広島の凄惨な被爆体験者池田精子さんが、4月11日、広島市平和記念公園で、G7外相会合で
訪れていた米・伊など4カ国の外相夫人を前に、被爆体験を話された時の「重い」お言葉です。


サミット後に、オバマ大統領が米大統領として初めて広島を訪問される。
原爆投下の是非を超えて、核兵器がもたらす悲惨な事実が、人類滅亡に繋がっていることを真摯に
受け止めて、核兵器廃絶に向かって一歩でも二歩でも前進させて欲しいと思います。
そして、人類にとって、最大最悪の人災である戦争や武力紛争をなくすことで、核兵器は不要に
なるとともに、世界平和が実現できるのです。

サミットでは、シリアなど難民受け入れ問題が重大テーマの一つのようです。
対症療法としての「難民受け入れ」論議も大事ですが、難民を増産している「戦争」「武力抗争」の
元を断ち切るための方策を真剣に取り組んで欲しいと思います。

「戦争」「武力抗争」の元を断ち切ることこそが、平和の原点であり、難民を造らない原点です。

先日那須旅行Mの時に出会った花々です。
いつまでも、平和な光景が続きますように。



5月23日、「今日は何の日カレンダーより」
KISSデー、ふみの日(毎月)
▲東大寺大仏の頭が5月10日と11日の地震が原因で転落(855)▲コペルニクス、地動説発表(1543)
▲日本初のキスシーン映画「はたちの青春」封切り(1946)
▲ドイツ連邦共和国が正式に成立(1949)
▲黒沢明監督の「影武者」が第23回カンヌ映画祭でグランプリを獲得(1980) 

平和の希い432 東日本大震災で、応援米海兵隊員被爆悲劇に礼を持って対応を 

2016-05-22 09:18:32 | 日記
平和の希い432 戦後71年
 東日本大震災で、応援米海兵隊員被爆悲劇に礼を持って対応を  2016.5.22.

昨日、小泉元首相が泣いて訴えていたTV放映を見た。
東日本大震災の時に、応援に来た米海兵隊の方々が、福島原発の被爆で重傷を負っているとのこと。
東電も状況把握で混乱していて、海上で応援活動していた米海兵隊の方々のことまで気が回らなかった
ことは仕方なかったかもしれません。
被爆された方々への礼を尽くした対応を国を挙げて行うべきである。
ここで、対応を間違えたら、日本の恥です。

大震災で被災した人々の応援に駆けつけてくれた米海兵隊員のお気持ちに対して、全身全霊でお返しする
礼を知る国であることが、集団的自衛権より平和貢献できると思います。

那須の野生のツツジです。
愛子さまの「おしるし」ゴヨウツツジも楚々と咲いていました。
いつまでも、平和な光景が続きますように。





5月22日、「今日は何の日カレンダーより」
ガールスカウトデー、夫婦の日(毎月)
▲鎌倉幕府が滅亡(新田義貞が稲村ケ崎から鎌倉へ突入し、北条高時は自刄)(1333)
▲ワットが新発明の蒸気機関の特許を取得(1775)▲エジソン、活動写真を公開(1891)
▲大元帥を辞任した孫文が日本へ亡命(1918)
▲ガールスカウト、始まる(1920)