トンツウ時代の想い出
◆寄稿 平山 新平
トンツウ時代、それは1世紀近くも前にさかのぼる。
私がモールス符号の存在を知ったのは、小学校を終えた頃、従兄弟が仙台逓信講習所を出て、地元の特定郵便局に勤めていたので、郵便局には関心があった。「郵便」「電気通信」の2事業を逓信省が所管していた時代である。
実は、義務教育を終え、病弱の父を助け、一刻も早く給金が取れる身になるため、町内の某事業所で使丁という名で就職していたのを、その後、従兄弟の勧めもあり、トンツウのできる郵便局に転職した経緯があった。はじめ為替、貯金など一般事務だったが、どうしてもトンツウへの関心が強かった。少年の目には、電鍵を握る姿が、魅力的だった。来客の途絶えたころ、相手局(中継局)からの応答が遅いとき、お手伝いのつもりの「喚呼」(コールサイン)送信に始まり、電鍵操作も多少できるようになっていった。
こんなこともあった。配属間もない隣局出身のY君が、たまたま電信席についていたが、相手局との机上論争中、来合わせた局長がそっと近づき「いい加減にしなさい」との注意にも気づかない。論争の内容は、筒抜けのはず。Y君は分からなかったが、局長は昔、青森の講習所出身という経歴を持っているはず。今でこそ、老舗の旦那様然だった元局長に、尊敬!
軍隊生活(海軍・電信兵)は、当初順調だった。早期卒業した海兵団から続いた通信学校は「合調音」式だった(末尾参照)。半ば既修者並み?だったので、符号の暗記は案外楽。
しかし、おとぎ話の「ウサギとカメ」の寓話同様、報いは覿面(てきめん)、同年兵との開きがなくなり、慌てた苦い経験がある。基本のモールス符号の記憶方法は、多少覚えていたのがじゃまな程.。順調な記憶といささか気を許していたのが運のつき、同年兵たちが、連日の猛訓練でめきめき上達するのに対し、追いつけず苦労した。
さらにこんなこともあった。
電信兵として、「命」と引き換えの軍隊でも艦船勤務で過ごしたが、世間でいう娑婆(しゃば)と同じトンツウができたことは、不幸中?の幸いだと思っている。南方、クエゼリン、サイパンなど玉砕を脱出、パラオからマニラ周辺をさまよっていた頃、比島の、ある島影の老残ともいえる艇を、密かに沈めようと入港を試みたが、岬の哨戒所から発火信号らしき点滅があるも、信号長が不在。信号はモールスで「タレ?」(誰何)を繰り返しているかに見えた。とっさに応答、大いに面目を施したことだった。
復員・復職後、時の趨勢にもよるが、電気通信事業の発達・発展は、トンツウ時代に生を受けた者には、文字どおり瞠目、言葉もない。とくにパソコンの世界等は、トンツウ時代の者にはついて行けそうにもない。
ここで「合調音」式というのは、モールス符号の記憶法のことです。
モールス符号の覚え方には、大きく2つの方法があります。1つは、私たちが電気通信学園入学時に習った方法で、「単語カード式」とでもいえるものです。これは、外国語を単語カードで暗記するのと同じ方法で、カードの表に文字、裏に符号を書き、何度も両面を見ながら、声をだして符合を唱え覚える方法です。意味のない呪文を唱えて覚えるようなもので、よほどの覚悟がなければ挫折するかもしれません。
2つ目の方法は、ここに書かれた「合調音式」といわれる方法で、旧陸海軍の通信隊で採用された方法といわれるものです。
この方法は、モールス符号の音のリズムに合う言葉を当てはめ、連想して覚える語呂合わせ法ともいえる方法です。歴史上の年代を暗記するとき、明治維新(1868年)を「威張ろうや」と覚える方法に似ています。
モールス符合のイ(・-)は、イトー(伊藤)と語呂合わせで覚えます。符合を意味のある関する言葉で覚えるので、初心者には、覚えやすく、優れた方法だと思います。ただ、通信をするとき、イ(・ー)と反射的に符合が頭に浮かばず、つい友人の伊藤さんの顔が浮かんだりするような欠点があるかもしれません。しかし、音調音式で符号を覚えた同僚を知っていますが、彼は全国電信競技会の予選に出場するほどの高速通信技能者でした。
どちらの方法も、符号を覚えるまでの違いはありますが、現場で通信を継続するうちに、融通無碍な脳は反射的に符号を認識するようになってゆくと考えます。
*陸軍式モールス符号合調音一覧表(例)
カナ モールス符号 合調音 合調音語
イ ・― イトー 伊藤
ロ ・―・― ロジョーホコー 路上歩行
ハ ―・・・ ハーモニカ ハーモニカ
◆寄稿者紹介
平山 新平 大正11年生れ 岩手県
出典 NTT全国OB会・東北電友会・会報第76号(平27・1月号)
[付記] 本寄稿については、元おおふなと電友会事務局長の岩城恭冶さんにお願いし、ご高齢の平山さんからブログ掲載のご承諾を得ていただきました。また、本文掲載誌の会報発行元・東北電友会にも照会するなどし、ご協力をいただきました。有難うございました。
平山さんには、先の大戦と東日本大震災を乗越えられた稀有の生命をお大切に日々お元気でお過ごし下さいますよう祈念いたします。
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