小田島久恵のクラシック鑑賞日記 

クラシックのコンサート、リサイタル、オペラ等の鑑賞日記です

東響×ノット ブーレーズ、ロバン、ベートーヴェン

2019-05-19 09:07:27 | クラシック音楽
週末の在京オケのコンサート・ラッシュ凄まじい中、東響ノットのオペラシティシリーズを聴く。ステージにはぎっしりとゴング類の打楽器が並び、さながら「楽器マルシェ」の趣。最初の曲であるブーレーズ「メモリアル…爆発的-固定的…オリジナル」は、大装備(!)を背景にフルート・ソロを含めた9人の奏者が並び、静寂の中の水のさざめきのような音楽を奏でた。フルート奏者の相澤政宏さんの奏でる音が、想像上の東洋の鳥の姿を連想させる。武満さんの「庭」の美学を思う瞬間もあり、幻の東洋庭園がふわりと眼前に現れたようにも思われた。ノットはブーレーズが創設したアンサンブル・アンテルコンタンポランの音楽監督を2000年から2005年まで務めており、この日の前半はブーレーズへのオマージュだった。
 二曲目のヤン・ロバン(1974~)の『クォーク~チェロと大編成オーケストラのための』には驚かされた。オペラシティの舞台ぎゅうぎゅうに乗った東響のプレイヤーが世にも変わったノイズの嵐を25分間奏で続けた。ほぼすべての楽器が特殊奏法で、チェリストのエリック=マリア・クテュリエは、弦楽器を打楽器のように奏で、ドアが軋むような音を出したり、不気味なノコギリ音、水がぽたぽたいうようなぶつ切りの音を出す。オケは嵐の前に立ち込める暗雲にも似た重々しい気配でこれを包み込み、管楽器はサイレンのように唸り、弦楽器はシャワシャワという虫の大移動のような擦過音を奏でた。それらの総体が不思議とオーガニックなラインを描き、音楽とオーケストラの隠された姿を明らかにした。
 曲の間中、前日に聴いたばかりの日フィルとラザレフのメトネルのピアノ協奏曲を思い出していた。この日のオケは覇気に溢れていて、その生き生きとした躍動感は音程のある音と、音程以外の音から構成されているように思えたのだ。勢い、といってしまうとあまりに大雑把だが、風の圧力に関係する要素で、音色の「滲み」のような、あるいは音の生命をなしている「気」のようなもの。これが途切れず大きな起伏をもって持続されていくと、演奏全体に体幹のようなものが出来る。プリンターのカラーインクが何色か欠けると、変わった印象の図像が印刷されることがあるが、『クォーク』はオーケストラの中で日常的に起こっている何かを、放射線撮影した曲に感じられたのだ。ラスト近くの音は、ジャングの中にいるような心地だった。オケの音がライオンの咆哮に聞こえたり、象のいびきに聴こえたりした。チェロは巨大な動物の足元をちょろちょろ逃げ回る小動物たちか。知的でクールな現代音楽というより、ある種の野獣主義というか、アヴァンギャルドな生命讃歌を聴いているような感覚があった。

後半のベト7は、恐らくこの「野生の呼吸感」が、ミュート等で抑圧された音程を取り戻すことによって爆発するのではないか…と予想していたら、それ以上のことが起こった。上品で雅やかなオケだと思っていた東響が、こんなワイルドで立体的なベートーヴェンを鳴らす日がくるとは思わなかった。全員が熱狂的に、理性的に自分の楽器を解き放ち、檻から放たれた豹のように獰猛な生命力を横溢させたのだ。『クォーク』がフォービズム的でありながら、一音の誤りも許さない至芸であったことがベト7で改めて実感された。人間の想像力の凄さ、冒険心の凄さ、克己と忍耐の素晴らしさに驚く。ドラマと切迫感と開放感がどの楽章からも溢れていたが、それは説明不要なまでにベートーヴェンの性格そのもので、神話の生き物であるケンタウロス~ベートーヴェンのゾディアックサインである射手座のシンボルなのだが~を思い出させた。下半身は四つ足で、上半身は人間。この上なく理知的で哲学的な頭脳で標的に向かって矢を放つが、それを支えているのは獣性であり、本能であり欲望なのだ。
ノットの指揮者としての天才性を改めて思った。ブルックナーを暗譜で振るだけでない、今までの積み重ねてとは全く別のことをやって「ほら、出来たでしょ!」とオケを驚かせてみせる。ギャンブラーでもありトリックスターでもある新しいノットの顔だった。このベートーヴェンは聴き手からすると一足飛びどころか数段飛び、次元上昇のような演奏で、何がどうなっているのか分からないほど熱狂させらる時間だった(冷静に欠点を見つけて聴いていた人もいたかも知れないが…)。
ノットの後ろ姿から、どんな表情なのかを想像していたら、やはり今までのどの演奏会より凄い笑顔で顔色も真っ赤になっていた。コンマスと何度も何度も握手。リハーサル以上のことが起こったのだろう。聴衆も興奮醒めず、指揮者をカーテンコールで呼び出す。ノットも長い時間、スマイルで歓声に応えていた。



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