今日は、お大師さま春の行の接待当番でした。
私が嫁に来た40数年前は巡拝の方も40人ほど来られていたので、
その日は組内の女性が集まって、煮物やおにぎりを作って接待したものです。
が、今はお参りの方も少なくなり、当番は一人で充分ということになりました。
20人分準備したのですがお参りは10人でした。
こんなに少なかったのは初めてです。
こういう行事も、時代と共にカタチが変わっていくのでしょうね。
今日は、お大師さま春の行の接待当番でした。
私が嫁に来た40数年前は巡拝の方も40人ほど来られていたので、
その日は組内の女性が集まって、煮物やおにぎりを作って接待したものです。
が、今はお参りの方も少なくなり、当番は一人で充分ということになりました。
20人分準備したのですがお参りは10人でした。
こんなに少なかったのは初めてです。
こういう行事も、時代と共にカタチが変わっていくのでしょうね。
夫の叔母が作っている畑です。
叔母はたしか84歳になると思いますが、とっても若々しくて働き者なんです。
私はとても真似出来ません。いつも貰ってばかりです。
で、今年も高菜をたくさん戴いてきました。
2日ほど干して粗漬け、2週間ほどしたら本漬けをします。
今日は裏山の中腹に祀られているお地蔵さまのお掃除をしてきました。
今月から1年間は私が当番なのです。
以前は平気で登っていましたが、今は鹿や猪が出るので一人では怖いです。
娘に応援を頼みました。
20年程前までは、組内の年寄りも子供もここに集まって、
宴会したり相撲を奉納したりと賑わったものですが、
今は何の行事も無くなりました。
そういう時代になりました。
夕方、NHKテレビの『SHOW学校』という番組を観ていたら、
五木ひろしと西川きよしが、笠置シヅ子の『買い物ブギ』をコント風に歌って笑わせていた。
面白いね、この歌。
面白いけど、悲しい。私にはそんな歌。
昭和25年6月、私は4歳。
浪曲師の両親と淡路島を旅している時に、1歳4か月の弟が亡くなりました。
肺炎だったそうですが、母は目も不自由で、幼子を抱えての旅回りはどんなにか難儀なことだったでしょう。
栄養失調もあったかもしれません。
弟の死を私がどう受け止めたかは、実はよく覚えていません。
後年、母に聞いたところによると「これがみつるちゃんだよ」と骨壺を見せたら
ワッと泣き伏したそうで、それから笑わなくなったんだとか。
親子共々重苦しい気分を抱え旅は続きました。
ある日、波止場で船を待ってると、どこからかこの歌が流れてきました。
「おっさんおっさんコレなんぼ♪♪♪」
初めて聴くテンポの良い曲に、私は声を上げて笑いました。
なんて面白い歌なんだろうと、笑った瞬間のことは今でも憶えています。
「みつるが死んでから、あん時あんたが初めて笑ったんよ。救われたねぇ。」
母はそう言ってました。
母が一番辛かったでしょうが。
←我が家の桜
姑の七回忌を終え、今、やっとホッとしています。
久し振りに20人のお客様。泊まって頂いたのが11人。
沢山のお客様を迎えるに当たって一番大変だったのは、掃除。
日頃のオサボリが祟って、すればするほどエンドレス(笑)
次がお布団。お天気のいい日に少しずつ干して準備したけれど、膝には堪えました。
これからの時代は貸布団を利用した方がいいかも知れないね。
いつ使うか分からない布団に、年中押入れを占領されるより快適じゃないかと思った次第。
嬉しいこともありました。
姪を通じてFacebookで繋がっている方が、クラシックショコラというケーキを言づけて下さったのです。
とてもお忙しい方なのに手間を掛けて焼いて下さったようで、有り難いことでした。
もう一人の姪の長女は、中学の部活で来れないからと、パンを焼いてくれました。
これも嬉しかったです。
ケーキもパンもみんな口々に「美味しい美味しい」と頂き、あっという間に無くなりました。
又、鉢盛は魚屋の友人が「任しときない!都合よォ作っちゃーき!」と胸を叩いて格安であつらえてくれ、助かりました。
そんなこんなで前準備は大変だったけれど、当日は皆んなが手伝ってくれたし、昔話も弾んで楽しく過ごしました。
仏さまも喜んでくれたと思います。
そして何より、やっぱり自分ひとりで生きているのではないなぁ~と再確認したご法事でした。 合掌
今日は孫とケーキ屋さんごっこ。
このフェルトのケーキもずっと以前に作っていたものなんです。
ここで役に立つとは思ってなかったヮ。
数日後に法事を控えてるから、婆はホントは大忙しなんだけど、
孫が「あそぼ、あそぼ」と言ってくると、
「もういいや、遊んじゃお!」(笑)
フニャフニャ婆ァでございます。
だって、法事が済んだら孫は又東京に帰ってしまうんですもの。
バタバタと出かける母娘を見送り、ヤレヤレ一段落。
熱いお茶をすすり乍ら朝ドラをのんびり観ていたら電話が鳴った。
孫からである。
「ばーちゃん、体操服忘れた!持ってきて!」
ヒェーッ!又かよ~っ!
婆のリラックスタイムはこの瞬間戦闘モードに切り替わる。
毛玉の目立つスウェットスーツのズボンを急いで穿き替え、上はジャケットを羽織ってごまかし、
ボサボサの白髪頭はニット帽で隠し、体操服の袋を抱えて家を飛び出す!
自分の子供だったら
「もう!朝からタブレットばっかりしよーきやろがッ!しっかりせんね!」
と叱ったに違いないが、孫となると、頼られて役に立つのが嬉しい大甘婆なのでありました。
山は雪。寒い朝です。
さあ、今日の夕食はなんにしようかな?
お昼を片付けながら考える。
寒いから豚汁がいいかな?
昨日は肉じゃがだった。
娘は帰宅するなり、
「ちょうど、肉じゃが食べたいな~と思いながら帰ってきたんよ!なんで分かったん?!」
と、驚いていたが、分かったんじゃなくて、私自身が食べたいから作ったんだ。(笑)
こんなことはしょっちゅうある。
カレーを作ると
「ちょうどカレーが食べたかった!」と帰ってくるし、
ハンバーグだと
「わーい、ハンバーグだあ!」と小躍りしてる。
一緒に生活してれば、食べたいものも同じになるんだろうね~!
娘も孫も食卓に着くと、
「帰って直ぐにご飯食べられるってシアワセ~ ばーちゃん有り難う♪」と喜んでくれる。
婆の料理は昔風だし、レパートリーも少ないけれど、
今日も喜ぶ顔が見たくて、今から下ごしらえ始めます。