一発逆転
昨年の秋に、ある団体の主催する健康ウォークの会に一人で参加した。
会場となったのはJR三角線の網田駅周辺の集落。子どもの頃から通い慣れ、熊本市内の自宅から上天草市の実家までの通勤途中で週に数度は通過した集落であるが、その中を歩く機会は今回を逃せばまず死ぬまで無いだろう。
最寄り駅の新水前寺駅の片道15分も歩き、豊肥本線の上り列車に乗り熊本駅で三角線に乗り換え1時間以上かかった。車だと40分で着く距離だ。小旅行の気分を味わいつつ網田駅に到着。駅前の小さな広場には県内各地から自家用車や貸し切りバスで参加者や主催者側のスタッフが数十人集まっていた。
挨拶と準備体操、ウォーキンに当たっての注意があり出発。
国道から一歩入れば初めて通る道の見たことのない風景が待っていた。小さな味噌工場。秋祭りをしている村の神社。家々の庭や畑。さらにいつもの散歩と違うのは大勢で列を作って歩いていること。そしてもう一つ。「ウォーキングは散歩と違うスポーツです」と、いうウォーキング協会の方のお話の通りに、歩行速度が驚く程速いこと。
展望所で休憩となり飲み物や地元の名産のみかんをいただき、数時間後に無事出発地点の網田駅に戻ってきた。そこまでは「参加して良かった」という幸せな思いでいっぱいだった。
帰りの切符を買おうとした時、おしりのポケットに入れているはずの財布がないことに気がつき青くなる。すべてのポケットやリュックの中を何度捜してもやはり財布がない。間違いなく何処かで落としたのだ。
帰りの列車賃も無いので、まず主催者のスタッフの知り合いに事情を話して千円借りた。これで家には帰る着くことは出来る。
現金はもともと必要な交通費分位しか入れてなかった。でも大きな問題は財布に免許証とクレジットカードが入っていること。いろいろ面倒な連絡や手続きが待っているし、不必要なお金もかかる。家人の不機嫌な顔が浮かんでくる。実は免許証、クレジットカード入りの財布を落としたのは二度目なのだ。
熊本行きの上り列車を待ちながら気分がどんどん沈んでいく。新水前寺駅でチケットを買った以後は財布の存在を確認していない。駅のホーム。豊肥本線か三角線の列車内。ウォーキングの途中。いつ財布を落としたのだろうか。
到着した上り列車は今朝熊本駅から乗ってきた同じ車両、キハ31の同じ車番号だった。車内に財布が落ちている可能性は少ないが一縷の期待を持って車内に乗り込む。ガラガラの車内だが行きに座った席には若い男性が座っていて、私はとりあえずその席から数席前の席に座る。はっきりは確認出来ないが床に財布は落ちてない様子。やはり熊本駅に通いたらダメ元で駅員に問い合わせるしかない。そう思ってますます気分が下降する中、今朝の席に座っていた男性が途中駅で降りた。あきらめきれない気持ちでその席に移動し、もう一度床やシートの隙間を捜すがやはり財布は落ちていない。
最近、若い頃には考えられない凡ミスが多い。以前財布を落としたこともそうだし(その時の財布は少し後に寝室のタンスの隙間に落ちているのを家人が見つけた)、なんでもない書類の書き間違えや、買い物に行っても一品買い忘れたり。情けないがそれが歳をとるってことの一つの現実。
列車が熊本駅に近づき、駅でのやりとりや家人への報告を考えながらふと座席と車体の隙間が視線に入ったときに何かが目についた。実はキハ31の座席は初代新幹線0系の座席のお古だ。当時は花形の超特急の座席だが、今では固くリクライニングも無い質素なシートだ。その背もたれを倒すとシートの方向転換が出来る仕組みの金具の隙間にすっぽりと私の皮の財布が挟まっていた。見ただけではわからない位に機械の一部のようにぴったりとはまっていて、乗客の目や乗務員忘れ物チェックからもれたのだろう。
一発逆転だあ(何も勝った訳ではないが‥‥)。
昨年の秋に、ある団体の主催する健康ウォークの会に一人で参加した。
会場となったのはJR三角線の網田駅周辺の集落。子どもの頃から通い慣れ、熊本市内の自宅から上天草市の実家までの通勤途中で週に数度は通過した集落であるが、その中を歩く機会は今回を逃せばまず死ぬまで無いだろう。
最寄り駅の新水前寺駅の片道15分も歩き、豊肥本線の上り列車に乗り熊本駅で三角線に乗り換え1時間以上かかった。車だと40分で着く距離だ。小旅行の気分を味わいつつ網田駅に到着。駅前の小さな広場には県内各地から自家用車や貸し切りバスで参加者や主催者側のスタッフが数十人集まっていた。
挨拶と準備体操、ウォーキンに当たっての注意があり出発。
国道から一歩入れば初めて通る道の見たことのない風景が待っていた。小さな味噌工場。秋祭りをしている村の神社。家々の庭や畑。さらにいつもの散歩と違うのは大勢で列を作って歩いていること。そしてもう一つ。「ウォーキングは散歩と違うスポーツです」と、いうウォーキング協会の方のお話の通りに、歩行速度が驚く程速いこと。
展望所で休憩となり飲み物や地元の名産のみかんをいただき、数時間後に無事出発地点の網田駅に戻ってきた。そこまでは「参加して良かった」という幸せな思いでいっぱいだった。
帰りの切符を買おうとした時、おしりのポケットに入れているはずの財布がないことに気がつき青くなる。すべてのポケットやリュックの中を何度捜してもやはり財布がない。間違いなく何処かで落としたのだ。
帰りの列車賃も無いので、まず主催者のスタッフの知り合いに事情を話して千円借りた。これで家には帰る着くことは出来る。
現金はもともと必要な交通費分位しか入れてなかった。でも大きな問題は財布に免許証とクレジットカードが入っていること。いろいろ面倒な連絡や手続きが待っているし、不必要なお金もかかる。家人の不機嫌な顔が浮かんでくる。実は免許証、クレジットカード入りの財布を落としたのは二度目なのだ。
熊本行きの上り列車を待ちながら気分がどんどん沈んでいく。新水前寺駅でチケットを買った以後は財布の存在を確認していない。駅のホーム。豊肥本線か三角線の列車内。ウォーキングの途中。いつ財布を落としたのだろうか。
到着した上り列車は今朝熊本駅から乗ってきた同じ車両、キハ31の同じ車番号だった。車内に財布が落ちている可能性は少ないが一縷の期待を持って車内に乗り込む。ガラガラの車内だが行きに座った席には若い男性が座っていて、私はとりあえずその席から数席前の席に座る。はっきりは確認出来ないが床に財布は落ちてない様子。やはり熊本駅に通いたらダメ元で駅員に問い合わせるしかない。そう思ってますます気分が下降する中、今朝の席に座っていた男性が途中駅で降りた。あきらめきれない気持ちでその席に移動し、もう一度床やシートの隙間を捜すがやはり財布は落ちていない。
最近、若い頃には考えられない凡ミスが多い。以前財布を落としたこともそうだし(その時の財布は少し後に寝室のタンスの隙間に落ちているのを家人が見つけた)、なんでもない書類の書き間違えや、買い物に行っても一品買い忘れたり。情けないがそれが歳をとるってことの一つの現実。
列車が熊本駅に近づき、駅でのやりとりや家人への報告を考えながらふと座席と車体の隙間が視線に入ったときに何かが目についた。実はキハ31の座席は初代新幹線0系の座席のお古だ。当時は花形の超特急の座席だが、今では固くリクライニングも無い質素なシートだ。その背もたれを倒すとシートの方向転換が出来る仕組みの金具の隙間にすっぽりと私の皮の財布が挟まっていた。見ただけではわからない位に機械の一部のようにぴったりとはまっていて、乗客の目や乗務員忘れ物チェックからもれたのだろう。
一発逆転だあ(何も勝った訳ではないが‥‥)。