「3.27 NO NUKES Parade ! ―みんなで止めよう女川原発―」
集会アピール
あれから5年経ちました。あの日、3月11日午後2時46分に、東北地方太平洋沖地震が起き、それによって東京電力福島第一原子力発電所では1号機、 3号機、4号機の水素爆発、2号機の格納容器破損という史上最悪の原発事故が発生して、悪夢のような放射能汚染と放射線被曝が始まりました。原発事故が生み出した放射能は、16万人の人々を福島の地から追い出し、残された町は人が住むのが困難な土地になってしまいました。
あれから5年も経ちました。事故を起こした4基の原発は、日本の科学技術では手の施しようもないまま、いまも大量の放射能を海と空に吐き続けています。いまだに10万人余りの人々は故郷に帰れる望みがありません。故郷の町では、強制的に遺棄させられた家畜やペットが命を失ったばかりではなく、すべての生き物たちが放射能に傷ついています。そして、私たちが何よりも恐れていた甲状腺がんの多発は、宮城県に住む私たちにとっても決して他人ごとではありません。
あれから5年経った今、私たちの子ども、そのまた子ども、そしてずっと未来の子どもたちのことを考えると、心も体も震えるばかりです。それなのに、政府や電力会社は福島を放置したまま、原発の再稼働を始めています。いくつかの裁判では、危険な原発の再稼働を認めない判決が下されました。しかし、私たち多くの国民の願いを聞くこともなく、政府は再稼働への動きを止めようとはしません。
あれから5年、私たちは、宮城県で生きていく私たちと子どもたちのために、女川原発の再稼働に反対し続けています。日本の未来の子どもたち、地球の未来の子どもたちのために、すべての原発を止めるよう求め続けています。
仙台市の、宮城県の皆さん、そしてこれからを生きていくすべての皆さんに訴えます。未来の子どもたちに健康で光り輝くような故郷を残すために、どうか原発廃棄の声を上げ続けている私たちの列に加わってください。
2016年3月27日
「3.27 NO NUKES Parade」参加者一同
(このアピ-ル分は、恥ずかしながら私が起草した。)
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