北九州八幡から発信
八幡、やはた、やわた、はちまん
田原坂とすいか祭り
“雨は降る降る 人馬は濡れる
越すに越されぬ田原坂”
連休中(5月4日)、田原坂に行ってきました。
田原坂公園では『すいか祭り』が開催されていて、
JR田原坂駅(無人駅)の、この日の利用者数は、
この日を除いた1年分の利用者数より多かったとか。
連休中のウォーキングです。
県道31号線を「田原坂入り口」へと歩きます。
田原坂に入る道に、大きな看板が両脇にありました。
ここから、「一の坂」「二の坂」「三の坂」と登って行きます。
昔は熊本に入るには、この道しかなかったようで、
道幅も狭かったのでは? 赤い幟は、「すいか祭り」用です。
眼を閉じて、風の音に耳を傾ければ、
ここは確かな歴史の道です。
田原坂を登りつめたところが、「田原坂公園」です。
美少年像の前に人だかりが、
人気者『くまモン』でした。
大スターですから、サインのサービスもします。
『第5回すいか祭り in 田原坂』 会場
植木町のスイカは、作付面積・生産量とも全国一とか。
会場ではスイカの直売が、(今の時期は)勿論ハウス栽培です。
そして、試食会も。 (けっこう頂きました。)
西瓜の写真がない? (はい、夢中になって撮り忘れました。)
西南の役戦没者慰霊之碑
(塔は高すぎて、横は長すぎて、全体が入らないです。)
西南戦争(明治10年、1877年)で戦死した
官軍6923名、薩軍7186名、殉難者29名の名が刻まれています。
美少年像
“ 右手(めて)に血刀 左手(ゆんで)に手綱
馬上ゆたかな美少年 ”
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田原坂公園から程近い「七本(ななもと)」と言う所に、
薩軍・官軍の墓地がありました。
(それぞれ約1Km位、離れています。)
上の写真が薩軍、下は官軍です。
薩軍は、周りが見渡される日当たりのいい場所でした。
官軍は、チョット寂しい?森の中って感じかな。
両軍墓地とも綺麗に清掃されており、管理は良いようでした。
(注、薩・官軍の墓地は、ここだけではありません。数箇所あります。)
西南の役の最大の古戦場であるこの付近は、
3月4日から17昼夜に及ぶ激戦地で、
当時は昼尚暗き森林の中の主要道路で、
大砲や弾薬を運ぶにはほかに道はなく、
麓から頂上に達する落差60mの切通した
田原坂(一の坂、二の坂、三の坂)には、
官軍、薩軍双方がとりでを築き、
一進一退の大攻防戦が展開された。
結果は薩軍が敗退したが、この間7日間は、
みぞれまじりの雨また雨の連続であったと伝えられる。
(環境庁・熊本県の案内板より)
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八幡から田原坂は遠く、着いたのがスタート時刻ギリギリ。
田原坂は舗装されて、そんなに急な坂じゃなかったが、
昔と今じゃ、比較にならないだろうな。
この日は、初めて小5と小3の孫を連れ歩きました。
田原坂公園の「すいか祭り」では大はしゃぎ!!
お蔭で、「田原坂資料館」には入れず、
歴史の勉強は出来ませんでした。
結局、田原坂公園を出たのが、1時半過ぎ。
前も後も、歩く人はおらず、ビリって言うこと?
ゴールに着いたのが、タイムオーバーの3時半。
日頃歩きなれてないので、10キロはチョットきつかったかな。
(実は途中で、休憩していた2、3人のグループを抜いたから、
ビリじゃなかったです。)
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