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八幡生まれの詩人・児童文学作家 


 先日、
八幡図書館での「帆柱新四国写真展」に行った時、
この近くに、八幡生まれの詩人・児童文学作家の詩碑がある。
と、聞いていたので、探したら見つかりました。

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  ふ き の と う
          みずかみかずよ
    ゆ き が
    そ こ だ け
    と け て る の 
 
       あ っ た か い
       い き が
       か か る の ね

    う れ し い
    こ え が
    ひ び く の ね




 裏側の詩碑銘です。(書き写しました。)

       詩 碑 銘
みずかみかずよ(1935~88)は八幡東区尾倉で生まれ、
皿倉山を見つめながら詩や童話を書き続けた。
詩は小学校教科書に掲載され全国の児童に朗唱された。
1981年北九州市民文化賞、96年『みずかみかずよ全詩集いのち』で
丸山豊記念現代詩賞を受賞した。自然を愛し、こどもたちと
ともに詩を楽しんだ故郷の詩人みずかみかずよの業績を
讚え、詩の発展を願う市民の寄金によって詩碑を建設した。
碑面の書は山本飛雲氏が揮毫された。
        1973年3月



 詩碑の「ふきのとう」は、86~91年度、
東京書籍の「新編新しい国語二下」に掲載されました。
その他「あかいカーテン」「金のストロー」「馬でかければ」
等など、多数の詩が教科書に採用されています。

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詩碑があった場所は、図書館の前の公園(小伊藤山公園)で、
北側入り口のすぐ側でした。

この地一帯は昔、丘陵地で小伊藤山と呼ばれ、
その麓まで家屋が立ち並んでいました。

太平洋戦争当時、
北から南からまた西から、防空壕が築造された。
昭和20年8月8日午前10時、米空軍による焼夷弾攻撃で、 
付近一帯は焼け野原となり、この防空壕に避難した人々は、 
火焔に包まれ全員窒息死した。その数300名といわれています。

戦災復興区画事業により、この地を公園とし、
戦災死者を追悼するため、昭和27年慰霊塔を建立しました。
公園内にある慰霊塔の碑文より抜粋



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みずかみかずよ氏の本は、
図書館に行き探したら、結構ありました。
「子どもにもらった詩のこころ」は、詩とエッセイ集で、
詩の一編ごとに、その解説(説明)があり、
自分の生い立ちから、結婚・子供のこと等が書かれています。

その中で、教科書に載った詩の反響? 
現場の教師から、その詩で学習不振児がヤル気を起こした。
そんな知らせも受けたとか。
詩は人の心を動かす? 素晴らしいと思いました。

これは余談です。
作家の佐木隆三氏は、高校で彼女の後輩です。
校内の弁論大会では張り合ったとか?
(郷土の先輩、学校の先輩、ちょっと自慢していいかな?)




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