■その罪は描けない 241202
S・J・ローザンの『その罪は描けない』を読みました。
このミステリが、他のミステリと少し違うところは、依頼人のサムが、私立探偵ビルに「証明してくれよ、おれが犯人だと」依頼することです。
いくら酒に泥酔いしていたとはいえ、全く記憶にないとは、にわかに信じがたい。
終盤に色々あるのですが、犯人を特定するは、ぼくにはかなり難しかった。
これらしいとは、思ったのですが、動機が全く分からない部分があったからです。
「どんな絵なのか、説明できる?」リディアは歩きながら言った。
「うーん、正しくできるかわからないが、やってみよう。第一印象は、とても美しい。陸や海の風景、杭垣のある庭に囲まれた小さなコテッジ。凍った池に夕陽が照り映える、冬の黄昏。街角のアートフェアで見る類の絵だ。きれいな色、巧みな構図、軽妙で洒脱。自分には縁のなかった人生への郷愁を掻き立てる。ぼくの言いたいことがわかるか?」
「ええ、わかる気がする」
「そこで、湧き上がった温かな感情をもう少し長く味わおうと、近くに寄る。そしてよく見たとたん、静謐な光景ときれいな色が、身の毛のよだつ生々しい暴力を描いた微小な絵で構成されていることを知る。血や爆弾、鎖でつながれ、殴打され、虐殺される人々。苦痛、憤怒、恐怖、絶望が画面を埋め尽くしている。この微小な絵は新聞写真の黒い点々と同じで、絵から遠ざかると見えなくなる。でも、あの美しい絵を構成していることに変わりはない。ぼくがサムの個展に行ったとき、誰もが絵に顔を近づけては飛びのいていた。でも、見てしまったら、見なかったことにはできない。不意に一発殴られたとき----」わたしは言葉を探した。「大嘘がばれたとき、とんでもない偽善者だと人前で暴露されたとき、そんなときに抱く感情を持つ。ものすごく気まずくて不愉快になる」
「気まずくて不愉快? 最悪だわ」
「だが、そのパワーを認めないわけにいかない」
「アートってそういうもの? 人を不愉快にするパワーであっても、重要なの?」
「いい質問だ。どうなんだろうな。でも、アート界はサムの作品のパワーを愛している」
「自分を不愉快にするものを愛するなんて、その人たちは頭がおかしいのよ」
リディアが話しているうちに、ピーターの表情が少しずつ変化した。いまや我を忘れて陶然とリディアを見つめる顔は、車に乗って橋を渡っていたときのサムとそっくりだった。
「そして、被害者のイヤリングの片方を持ち去った」リディアは続けた。「あの感覚を覚えていたかったから。刺しているあいだの感覚、終わったときの慄き、やり終えた満足感。どれも忘れたくなかった。二度と繰り返さないと決めていたから、覚えていたかった。でも、サムが刑務所を出た次の日の夜、あなたは外出した。顧客と一緒だったと主張したけれど、違うわ。
ティファニー・トレイナーを口説いて連れ出したのよ。サムの個展がオープンした翌日の夜は、アニカ・ハウスマン。この二つの出来事は、どちらもサムに大きなストレスを与えた。その結果、サムは意識を失うまで深酒をした。でも、あなたにも大きなストレスを与えた。あなたはサムとは違う方法で対処した。あなたはどの夜も被害嗇のイヤリングを持ち去った。そして、二日前の夜はホイットニーでキンバリー・バイクからも。でも、それは反対側の耳だった。どうして?」
「誤解だ」ピーターは冷静に言った。「そんなことはしていない」
『 その罪は描けない/S・J・ローザン/直良和美訳/創元推理文庫 』
S・J・ローザンの『その罪は描けない』を読みました。
このミステリが、他のミステリと少し違うところは、依頼人のサムが、私立探偵ビルに「証明してくれよ、おれが犯人だと」依頼することです。
いくら酒に泥酔いしていたとはいえ、全く記憶にないとは、にわかに信じがたい。
終盤に色々あるのですが、犯人を特定するは、ぼくにはかなり難しかった。
これらしいとは、思ったのですが、動機が全く分からない部分があったからです。
「どんな絵なのか、説明できる?」リディアは歩きながら言った。
「うーん、正しくできるかわからないが、やってみよう。第一印象は、とても美しい。陸や海の風景、杭垣のある庭に囲まれた小さなコテッジ。凍った池に夕陽が照り映える、冬の黄昏。街角のアートフェアで見る類の絵だ。きれいな色、巧みな構図、軽妙で洒脱。自分には縁のなかった人生への郷愁を掻き立てる。ぼくの言いたいことがわかるか?」
「ええ、わかる気がする」
「そこで、湧き上がった温かな感情をもう少し長く味わおうと、近くに寄る。そしてよく見たとたん、静謐な光景ときれいな色が、身の毛のよだつ生々しい暴力を描いた微小な絵で構成されていることを知る。血や爆弾、鎖でつながれ、殴打され、虐殺される人々。苦痛、憤怒、恐怖、絶望が画面を埋め尽くしている。この微小な絵は新聞写真の黒い点々と同じで、絵から遠ざかると見えなくなる。でも、あの美しい絵を構成していることに変わりはない。ぼくがサムの個展に行ったとき、誰もが絵に顔を近づけては飛びのいていた。でも、見てしまったら、見なかったことにはできない。不意に一発殴られたとき----」わたしは言葉を探した。「大嘘がばれたとき、とんでもない偽善者だと人前で暴露されたとき、そんなときに抱く感情を持つ。ものすごく気まずくて不愉快になる」
「気まずくて不愉快? 最悪だわ」
「だが、そのパワーを認めないわけにいかない」
「アートってそういうもの? 人を不愉快にするパワーであっても、重要なの?」
「いい質問だ。どうなんだろうな。でも、アート界はサムの作品のパワーを愛している」
「自分を不愉快にするものを愛するなんて、その人たちは頭がおかしいのよ」
リディアが話しているうちに、ピーターの表情が少しずつ変化した。いまや我を忘れて陶然とリディアを見つめる顔は、車に乗って橋を渡っていたときのサムとそっくりだった。
「そして、被害者のイヤリングの片方を持ち去った」リディアは続けた。「あの感覚を覚えていたかったから。刺しているあいだの感覚、終わったときの慄き、やり終えた満足感。どれも忘れたくなかった。二度と繰り返さないと決めていたから、覚えていたかった。でも、サムが刑務所を出た次の日の夜、あなたは外出した。顧客と一緒だったと主張したけれど、違うわ。
ティファニー・トレイナーを口説いて連れ出したのよ。サムの個展がオープンした翌日の夜は、アニカ・ハウスマン。この二つの出来事は、どちらもサムに大きなストレスを与えた。その結果、サムは意識を失うまで深酒をした。でも、あなたにも大きなストレスを与えた。あなたはサムとは違う方法で対処した。あなたはどの夜も被害嗇のイヤリングを持ち去った。そして、二日前の夜はホイットニーでキンバリー・バイクからも。でも、それは反対側の耳だった。どうして?」
「誤解だ」ピーターは冷静に言った。「そんなことはしていない」
『 その罪は描けない/S・J・ローザン/直良和美訳/創元推理文庫 』
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