■おそろし/宮部みゆき 2020.10.19
何の所以の、どんな意図を秘めた百物語聞き集めであるのか----
それを知ることができるのは、語るべき話を胸に三島屋を訪れる客ばかりである。
この変調百物語の聞き手は、主人の姪である。
先日読んだのは、 三島屋変調百物語六乃続 でした。
六があれば一があるはず。
これは初めから目を通しておきたい。
そこで、今日は三島屋変調百物語事始。
『おそろし』 は五話。いずれも切ない話です。
「どんななよなよのお嬢様が来るのかと思ってたのに、おちかさんは働き者だね」
何かと口うるさいおしまも、文句のつけようがなかったのか、すぐとおちかに親しんで、そんな台詞を吐いた。それほどに、おちかはそつのない娘なのである。
知らない人びとに交わるのは辛い。いや、知る知らないにかかわらず、おちかには「人」というものがすべて恐ろしく思えてならなかったのだ。
「おまえもいつか、そうできると良いね」
「叔父さん・・・・・・」
「おまえにも、誰かにすっかり心の内を吐き出して、晴れ晴れと解き放たれるときが来るといい。きっとそのときが来るはずだが、いつ来るかはわからない。そしてその役割は、ただ事情を知っているというだけの、私やお民では果たすことができないだろう。おまえが誰かを選び、その誰かが、おまえの心の底に凝った悲しみをほぐしてくれる」
穏やかだが自信に満ちた伊兵衛の口調に、おちかの心は従いそうになる。従ってしまいたい気持ちは山々だから。でも、一方で、そんな虫のいい望みを抱くことでまた罪を重ねてしまうような気がして、おちかはぐっと目を閉じた。
「いえね、その昔流行った趣向なんでございましょう? 百人がひとところに集まって、一人ひとつずつ不思議な話をして、ひとつ終えたら百本の蝋燭をひとつ消して、全部語り終えるとお化けが出るというじゃありませんか。お嬢さんもご存じでしょう」
こちらの顔を覗き込むように、女は身を乗り出した。
「はい、話に聞いたことはございます」
「だもんでね、こちら三島屋さんのご主人は、百人いっぺんに集めるなんて悠長なことはやってられないけど、一度に一人ならいいだろうってね、不思議なお話の聞き集めをなさろうって思い立ったんだって聞きました。それで、聞き役は三島屋のお嬢さんだって、ね」
今度こそ辰二郎は釣り上げられてしまった。ただ「いい話」だと思っているうちはまだ余裕がある。「飛びついて握りしめないと、たちまち他所へ逃げてしまういい話」となると、余裕も思案も吹き飛んでしまう。
「確かにあれはお化け屋敷でございます。でも、おそろしいことなんかないんです。ただ、浮き世から離れたものを呼ぶときには、お化けと呼ぶしかないというだけ・・・・・・」
冗談にしていいことと悪いことがある。本気にしていいことと悪いことがある。それを見極められないと、大人にはなれない。
『 おそろし/宮部みゆき/角川文庫 』
何の所以の、どんな意図を秘めた百物語聞き集めであるのか----
それを知ることができるのは、語るべき話を胸に三島屋を訪れる客ばかりである。
この変調百物語の聞き手は、主人の姪である。
先日読んだのは、 三島屋変調百物語六乃続 でした。
六があれば一があるはず。
これは初めから目を通しておきたい。
そこで、今日は三島屋変調百物語事始。
『おそろし』 は五話。いずれも切ない話です。
「どんななよなよのお嬢様が来るのかと思ってたのに、おちかさんは働き者だね」
何かと口うるさいおしまも、文句のつけようがなかったのか、すぐとおちかに親しんで、そんな台詞を吐いた。それほどに、おちかはそつのない娘なのである。
知らない人びとに交わるのは辛い。いや、知る知らないにかかわらず、おちかには「人」というものがすべて恐ろしく思えてならなかったのだ。
「おまえもいつか、そうできると良いね」
「叔父さん・・・・・・」
「おまえにも、誰かにすっかり心の内を吐き出して、晴れ晴れと解き放たれるときが来るといい。きっとそのときが来るはずだが、いつ来るかはわからない。そしてその役割は、ただ事情を知っているというだけの、私やお民では果たすことができないだろう。おまえが誰かを選び、その誰かが、おまえの心の底に凝った悲しみをほぐしてくれる」
穏やかだが自信に満ちた伊兵衛の口調に、おちかの心は従いそうになる。従ってしまいたい気持ちは山々だから。でも、一方で、そんな虫のいい望みを抱くことでまた罪を重ねてしまうような気がして、おちかはぐっと目を閉じた。
「いえね、その昔流行った趣向なんでございましょう? 百人がひとところに集まって、一人ひとつずつ不思議な話をして、ひとつ終えたら百本の蝋燭をひとつ消して、全部語り終えるとお化けが出るというじゃありませんか。お嬢さんもご存じでしょう」
こちらの顔を覗き込むように、女は身を乗り出した。
「はい、話に聞いたことはございます」
「だもんでね、こちら三島屋さんのご主人は、百人いっぺんに集めるなんて悠長なことはやってられないけど、一度に一人ならいいだろうってね、不思議なお話の聞き集めをなさろうって思い立ったんだって聞きました。それで、聞き役は三島屋のお嬢さんだって、ね」
今度こそ辰二郎は釣り上げられてしまった。ただ「いい話」だと思っているうちはまだ余裕がある。「飛びついて握りしめないと、たちまち他所へ逃げてしまういい話」となると、余裕も思案も吹き飛んでしまう。
「確かにあれはお化け屋敷でございます。でも、おそろしいことなんかないんです。ただ、浮き世から離れたものを呼ぶときには、お化けと呼ぶしかないというだけ・・・・・・」
冗談にしていいことと悪いことがある。本気にしていいことと悪いことがある。それを見極められないと、大人にはなれない。
『 おそろし/宮部みゆき/角川文庫 』
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