■頬に悲しみを刻め 2023.7.31
S・A・コスビーの『黒き荒野の果て』は、面白かったので、『頬に哀しみを刻め』も期待を持って読みました。
今回も期待を裏切ることなく、すごくおもしろかったです。
葬儀には、美しすぎる日だった。
「息子たち……に……会える……と……思うか?」バディ・リーは訊いた。声を聞くのにアイクは耳もすまさなければならなかった。血が出るほど強く下唇を噛んだ。
「そう祈ってる」アイクは言った。
「おれも」バディ・リーが言った。
「まったく、まいったね。癪に障るろくでなしだったけど、いなくなったら寂しくてしかたない」マーゴは言った。アイクはひとつ大きく息を吸い、少し考えて、口を開いた。
「ああ、おれもだ」
朝早く警官が家の玄関口にやってきて、心の痛みとみじめさ以外のものをもたらしたことがあっただろうか。アイクは思い出そうとしたが、どれほどがんばっても何も頭に浮かばなかった。
「最後のときが最後のときだとわかる人間は誰もいない。かならず手遅れになる。おまえだけじゃないさ。だからときに生きるのがつらくなる」バディ・リーは言った。
「誰かに情けをかけると、かならず足蹴にされる。」
アイクは、檻のなかであれ外であれ、それまでの人生から学んでいた----復讐は結果をともなう。
「必要なときに持っていないより、持ってて必要ないほうがいい」バディ・リーは言った。
「起きたことは起きたことだ。おれたちはそのなかにいる。一度人に言われたことだが、過去は変えられなくても、次に起きることは自分で決められる。きみがいまいるのはそこだ」アイクは言い、トラックから出た。
「怪我がなかったとは言わないが、ふたりともここにいる。だろ? 昔いっしょにやってたやつらは大勢死んだ。おれは別に信心深くはないが、まえあんたが言ったみたいに、人にはみな何か取り柄がある。地上にいる理由みたいなものが。だからおれたちは、まだここにいるんじゃないか。これを終わらせるために」バディー・リーはヘッドレストに頭を当てたまま言った。
「ここにときどき来る友だちがいるんです。弁護士で、だいたいあなたと同じくらいの歳で、ゲイの。黒人でめちゃくちゃかっこいい。その彼が一度言ったこと、わかります?
黒人のなかには、レイシストよりゲイを嫌ってる人がいるって。田舎の小さな町でゲイの黒人として育つことは、ライオンとワニに左右から狙われてるようなものだって。一方には偏見まみれの白人労働者がいて、もう一方にはホモ嫌いの黒人がいる。ゲイの黒人として育ちながらコケにされない唯一の道は、美容師か合唱隊の指揮者になることだけど、彼はそのどっちにもなれなかったから町を出たと言ってた。そう聞いたときには信じられなかった。そんなにひどくはないだろうと。でも、毎日あなたみたいな人が、彼のことぱが正しかったことを証明してる」テックスは言った。
「ほう、ゲイより黒人でいるほうが楽だと思うのか? 教えてやろう。おまえさんがどこへ行ったって、自分でゲイだと言わなきゃ誰にもわからない。だが、おれはどこへ行っても黒人だ。それは隠せない」アイクは言った。テックスはタオルを取り出して両手で絞った。
2023年7月15日朝日新聞読書欄で宇田川拓也氏が「ひもとく/最新ミステリの収穫」で『 頬に哀しみを刻め 』を紹介されていました。
苛烈なクライマックスとエモーショナルなラストに胸熱くなる。
年間ベスト級の傑作だ。
『 頬に哀しみを刻め/S・A・コスビー/加賀山卓朗訳/ハーパーBOOKS 』
S・A・コスビーの『黒き荒野の果て』は、面白かったので、『頬に哀しみを刻め』も期待を持って読みました。
今回も期待を裏切ることなく、すごくおもしろかったです。
葬儀には、美しすぎる日だった。
「息子たち……に……会える……と……思うか?」バディ・リーは訊いた。声を聞くのにアイクは耳もすまさなければならなかった。血が出るほど強く下唇を噛んだ。
「そう祈ってる」アイクは言った。
「おれも」バディ・リーが言った。
「まったく、まいったね。癪に障るろくでなしだったけど、いなくなったら寂しくてしかたない」マーゴは言った。アイクはひとつ大きく息を吸い、少し考えて、口を開いた。
「ああ、おれもだ」
朝早く警官が家の玄関口にやってきて、心の痛みとみじめさ以外のものをもたらしたことがあっただろうか。アイクは思い出そうとしたが、どれほどがんばっても何も頭に浮かばなかった。
「最後のときが最後のときだとわかる人間は誰もいない。かならず手遅れになる。おまえだけじゃないさ。だからときに生きるのがつらくなる」バディ・リーは言った。
「誰かに情けをかけると、かならず足蹴にされる。」
アイクは、檻のなかであれ外であれ、それまでの人生から学んでいた----復讐は結果をともなう。
「必要なときに持っていないより、持ってて必要ないほうがいい」バディ・リーは言った。
「起きたことは起きたことだ。おれたちはそのなかにいる。一度人に言われたことだが、過去は変えられなくても、次に起きることは自分で決められる。きみがいまいるのはそこだ」アイクは言い、トラックから出た。
「怪我がなかったとは言わないが、ふたりともここにいる。だろ? 昔いっしょにやってたやつらは大勢死んだ。おれは別に信心深くはないが、まえあんたが言ったみたいに、人にはみな何か取り柄がある。地上にいる理由みたいなものが。だからおれたちは、まだここにいるんじゃないか。これを終わらせるために」バディー・リーはヘッドレストに頭を当てたまま言った。
「ここにときどき来る友だちがいるんです。弁護士で、だいたいあなたと同じくらいの歳で、ゲイの。黒人でめちゃくちゃかっこいい。その彼が一度言ったこと、わかります?
黒人のなかには、レイシストよりゲイを嫌ってる人がいるって。田舎の小さな町でゲイの黒人として育つことは、ライオンとワニに左右から狙われてるようなものだって。一方には偏見まみれの白人労働者がいて、もう一方にはホモ嫌いの黒人がいる。ゲイの黒人として育ちながらコケにされない唯一の道は、美容師か合唱隊の指揮者になることだけど、彼はそのどっちにもなれなかったから町を出たと言ってた。そう聞いたときには信じられなかった。そんなにひどくはないだろうと。でも、毎日あなたみたいな人が、彼のことぱが正しかったことを証明してる」テックスは言った。
「ほう、ゲイより黒人でいるほうが楽だと思うのか? 教えてやろう。おまえさんがどこへ行ったって、自分でゲイだと言わなきゃ誰にもわからない。だが、おれはどこへ行っても黒人だ。それは隠せない」アイクは言った。テックスはタオルを取り出して両手で絞った。
2023年7月15日朝日新聞読書欄で宇田川拓也氏が「ひもとく/最新ミステリの収穫」で『 頬に哀しみを刻め 』を紹介されていました。
苛烈なクライマックスとエモーショナルなラストに胸熱くなる。
年間ベスト級の傑作だ。
『 頬に哀しみを刻め/S・A・コスビー/加賀山卓朗訳/ハーパーBOOKS 』
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