「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。
「勝っちゃんは休んでいてくれ。」
「わかった。」
歳三は勇にそう言うと、奥の休憩室から出た。
「どうした、坊主?」
「あの、お弁当まだありますか?」
そう言って五百円玉を握り締めた小学校高学年位の少年は、季節は真冬だというのに、半袖だった。
「坊主、少し待ってな。」
歳三はそう言うと、厨房へ向かい、唐揚げ弁当を作り始めた。
「はいよ。お代は要らねぇ。」
「ありがとうございます!」
「学校は、どうしたんだ?」
「行ってません・・四月から。父さんは僕が小さい時に死んで、母さんはいつも夜遅くまで働いています。新しいお父さんは、一日中お酒ばかり飲んで寝てる・・」
少年はそう言うと、唇を噛み締めながら俯いた。
彼がその“新しい父親”から虐待を受けているのは明らかだった。
「坊主、何か困った事あったら、ここに電話しな。」
そう言って歳三が少年に弁当と共に渡したのは、自分のスマートフォンの番号が書かれたメモだった。
「ありがとうございます・・」
弁当を持って自分に向かって一礼した少年は、何処か悲しそうな眼をしていた。
「シ、トシ!」
「あ、済まねぇ、少しボーっとしちまって・・」
「大丈夫か?顔色が悪いぞ?」
「ちょっと・・奥で休んでくる・・」
「そうした方が良い。」
ランチのピークが過ぎ、ディナーの下ごしらえを勇に任せた歳三は、奥の休憩室で仮眠を取った。
「大丈夫か、トシ?」
「あぁ・・」
「少し熱があるな。」
勇はそう言うと、そっと歳三の額に掌を当てた。
「今日は俺一人で大丈夫だから、病院へ行った方がいいぞ?」
「あぁ、そうする・・」
歳三は店を早退して、病院へと向かった。
「風邪ですね。まだ寒さが厳しいし、余り無理しないで下さいね?」
「はい・・」
一週間分の薬を貰い、歳三は帰路に着く途中、公園であの少年を見かけた。
もうすぐ日が暮れようとしているというのに、少年はじっとブランコの上に座ったままだった。
一瞬歳三が声を掛けようとした時、少年の元に中年の男がやって来た。
男は、一言二言何か少年に言うと、拳で彼の頬を殴った。
少年は、男から殴られても顔色ひとつ変えず、とぼとぼとした様子で男の後ろについていった。
家で夕飯の支度をしていても、歳三はあの少年の事が気になってしまい、カレーを焦がしてしまった。
「済まねぇ・・」
「焦げたカレーも美味いぞ!」
「そ、そうか・・」
「今日は早く寝た方がいい。」
「わかった・・」
寝室のベッドで横になっていると、半分開いたドアの隙間から、レティシアが入って来た。
「何だ、俺を心配してくれているのか?」
歳三はそう言ってレティシアの頭を撫でると、彼女はゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らした。
「お休み。」
温かい布団の中で眠りながら、歳三はあの少年の事を想った。
彼はちゃんと、食べているのだろうか。
夜中の二時頃、遠くから消防車のサイレンが聞こえた。
「トシ、お前も起きたのか。」
「何があったんだ?」
「数軒先で火事があったそうだ。」
「そうか。」
火事の様子が気になった二人は、マンションから出て火元の家の方へと向かった。
「危ないから下がって!」
「ねぇ、あそこ沖田さんの所じゃない?」
「本当だわ、あそこ・・」
「またあいつ酒飲んで暴れたのよ、きっと。」
「男にだらしない母親を持った子供が可哀想ねぇ。」
近所の住民達がそんな事を話していると、燃え盛る家の中から遺体が入った袋を消防隊員が運び出していた。
「たっちゃん、たっちゃん!」
「危ないから、下がって!」
「いや~、たっちゃん!」
いつの間にか住宅街の前に停められていたタクシーの中から飛び出してきた水商売風の女が、金切り声を上げて髪を振り乱していた。
「家が火事だっていうのに、こんな時間まで・・」
「どうせまた、“お仕事”なんでしょう?」
「子供をほったらかしにして・・」
「総司君は?まさか・・」
「おい、あれ総司君じゃないか!」
消防隊員の一人に抱きかかえられながら、火傷を負ったあの少年が家の中から出て来た。
「・・何だ、生きてたの。あんたが死ねば良かったのに。」
母親が、押し殺したかのような声でそう呟いたのを、歳三は聞き逃さなかった。
母親ならば、子供が無事である事を手放しで喜ぶべきではないのか。
だが、世にはこの女のような、母性の欠片すらない者が居るのだ。
たとえば、子供にまるでペットの犬猫につけるかのような変な名前をつけたり、子供を己のアクセサリーのように着飾らせたりする、一部の親。
「トシ、帰ろう・・」
「あぁ・・」
歳三は、救急車に乗せられてゆく少年を見送ると、勇と共にその場を後にした。
「あの子、どうなるんだ?」
「母親があんな様子だと、施設行きだろうな。」
「そうか。」
「お前が気に病む事はない。それよりも、風邪を早く治さないと。」
「あぁ、そうだな・・」
キッチンカーが二人の元にやって来たのは、あの火事から数日後の事だった。
「どうだ、いいだろう?」
「あぁ・・」
歳三は、浅葱色にドクロのデザインがあしらわれたキッチンカーを見て、若干笑みを引き攣らせた。
「なぁ勝っちゃん、何でドクロにしたんだ?」
「いやぁ、格好良いだろ?」
「そうだな・・」
「キッチンカーも来た所だし、これから巡る所を決めないとな!」
そういえば、勇はドクロが大好きなのだという事を、歳三は今思い出した。
「熱、少し下がってきたな。」
「あぁ。」
「余り無理しないでくれよ。」
風邪を治した歳三は、その週の水曜日、勇と共に新しいキッチンカーで新宿へと向かった。
公園に着くと、他のボランティア団体がホームレスへの無料炊き出しをしていたが、歳三達のキッチンカーの前には温かい食べ物を求める人々が長蛇の列を作った。
「あと一時間でなくなるな。」
「あぁ。」
三百個用意していた無料弁当は、正午前には残り十個のみとなっていた。
「無料弁当いかがですか~?」
「とても美味しいですよ~!」
公園で炊き出しをしている歳三の姿を、千景は車の中から眺めていた。
「出せ。」
「かしこまりました。」
キッチンカーを勇が自宅マンションへ向けて運転していると、背後から一台の車がついて来ている事に気づいた。
「どうした?」
「あの車、さっきからこの車について来ているんだが・・」
「あやしいな。」
二人の車が交差点で信号待ちをしていると、彼らの車を尾行している赤いスポーツカーは、信号を無視して何処かへと消えていった。
「何だったんだ、あれ?」
「さぁ・・」
毎週水曜日、その赤いスポーツカーは二人のキッチンカーを交差点まで尾行し、去っていった。
「ったく、気味が悪いったらありゃしねぇ。」
「一度、警察に相談してみるか。」
勇は赤いスポーツカーに尾行されている事を警察に相談したが、まともに取り合ってくれなかった。
「事件が起きねぇと駄目か。」
「まぁ、今のところ危害が加えられていないし・・」
「そうだな。」
キッチンカーで炊き出しを勇達がいつものように公園でしていると、そこへ一人の少年がやって来た。
「唐揚げ弁当ひとつ、お願いします。」
「あいよ!」
歳三がそう言って少年の方を見ると、彼の左手には痛々しい火傷の痕があった。
(もしかして、この子は・・)
「ありがとうございました。」
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