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好きな漫画やBL小説の二次小説を書いています。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。

淡雪の如く 第一章

2024年07月28日 | 薄桜鬼 和風腐向け転生昼ドラファンタジーパラレル二次創作小説「淡雪の如く」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。


しんしんと雪が降り積もる中、一人の青年が黙々と山中を歩いていた。

彼の名は近藤勇、薄桜大学山岳部に所属する学生である。
彼は来月開催予定の山岳合宿の下見の為、一人でこの幼少の頃から慣れ親しんだ山へ来ていた。
だが、好天だった午前中から一転し、午後から山の天気が急に荒れて来た。
吹雪の中、勇はなるべく体力を温存しようと、パーカーのポケットに入れてあるチョコレートバーを取り出して食べた。
風雪を避ける為、勇は近くにあった洞穴の中でザックの中に入れていたスマートフォンを見ると、“圏外”になっていた。

(参ったな・・)

ザックの中には三日分の食糧しか入っていない。
外部への連絡手段もなく、まさに八方塞がりだ。

(これから、どうしようか・・)

せめて、この吹雪が止んでくれれば良いのに――勇はそう思いながら、ザックの中から寝袋を取り出し、それに包まって眠った。

ボウっと、青い炎が洞穴の中を照らした。

「人の子か・・若くて美味そうじゃ。」
ギギギ・・と不気味な音と共に、勇の姿を舌なめずりをしながら見つめている女、もとい妖怪が居た。
女怪の名は、“蛇妃”――若い男の血肉を好み喰らう。
「いい匂いじゃ・・」
蛇妃は長い舌で、勇の顔をベロリと舐めた。
「さぁて、どこから喰ってやろうか?」
「そいつから手を離せ。」
「何じゃ、貴様!」
「大人しく死ね、蛇!」
蛇妃は、突然青い炎に包まれながら絶命した。
「歳三様、この者まだ息がありますぞ!」
「そうか。」
すぅっと滑るように勇の前に現れたのは、紫の着物を着た一人の、“女”だった。
「俺の家へ運べ。」
「はい・・」
歳三の式神・善一が勇のパーカーを咥えて彼の身体を引き摺ると、軽い音がして彼が首に提げていたネックレスが落ちた。
「歳三様、美しい装身具です!これを街へ行って売れば・・」
「止せ。」
「ですが・・」
「人間の物を盗んで売る程、俺達は落ちぶれちゃいねぇ。行くぞ。」
「は、はい!」
歳三は音が落としたネックレスの蓋を開けると、そこには精緻な絵画のように描かれた、一組の男女の絵が入っていた。
男の隣に居る女は、自分と瓜二つの顔をしていた。
「う・・」
「おい、あそこだ!」
「ちっ、見つかっちまったか。」
“女”―歳三はそう言って舌打ちすると、自分を殺そうとしている兵達に向かって吹雪を放った。
「うわぁ~!」
「畜生、目が~!」

吹雪が止んだ後、白く染まった冬山に、数体の兵達の氷像が出来上がっていた。

「何、あやつを取り逃がしたとな!?」
「はい・・」
「この痴れ者が!」

苛立った男はそう叫ぶと、持っていた扇子を鎧姿の男に向かって投げつけた。

「全く、女一人も捕らえられぬとは、情けない!」
「申し訳ございませぬ。」

パチパチと、何処かで火が爆ぜるような音がして、勇が目を覚ますと、彼は布団の中に居た。

「気が付いたか?」
「あなたは・・」
「お前ぇは、あの洞穴の中で蛇妃に喰われそうになった所を俺が助けたんだ、覚えてねぇか?」
「いや、覚えていなんだ・・すまない。」
「それは当然だ、あんたあの時、死にかけていたんだからな。」
「そ、そうか・・」
「まぁ、ここには俺と、善一しか居ねぇ。」
「善一?」
「俺の式神だ。元は、妖狐の子だったんだが、親を殺されて俺が引き取ったんだ。」
「そ、そうなのか・・」
「まぁ、俺もあいつも似たような境遇だから、ちょっとな・・」
「助けてくれてありがとう。俺は、近藤勇だ。」
「土方歳三だ。」
「トシさ~ん!」
戸を激しく叩く音がして、歳三は軽く舌打ちして。
「暫く奥の部屋に居ろ。俺が良いと言うまでそこから出て来るな、いいな?」
「わかった・・」
「トシさん、居るのかい!?」
「あぁ、そんなに怒鳴らなくても聞こえてらぁ。」
歳三は眉間に皺を寄せながら戸を開けると、そこには少し癖のある薄茶の髪をした青年が立っていた。
「トシさん、どうして出て来てくれないの?」
「お前ぇに会いたくねぇからに決まっているからだろ。」
「酷い~!」
そう言って子供のように拗ねて頬を膨らませている青年の名は、伊庭八郎。
人間――高貴な身分の子でありながら、歳三にしつこく求婚してくる。
「じゃぁね、トシさん!」
「もうここには来るなよ。」
八郎が去った後、歳三は溜息を吐きながら奥の部屋の襖を静かに開けた。
するとそこには、大きな身体をまるで猫のように丸めて眠っている勇の姿があった。
「ったく、風邪ひくぞ。」
歳三はそう言いながら、そっと自分が着ていた綿入れの羽織を勇にかけた。
「歳三様、大変です!」
「土方さん、居るか!?」
「どうした喜一、左之!?」
「人間達が、里を襲ってる!」
「何だと!?」
「さぁ、俺が案内する!」
「わかった!」

烏天狗の左之助と共に、歳三は久方振りに自分の里―“雪村の里”へと向かった。

歳三が生まれた時、里の者は皆恐怖に震えた。

――何と不吉な・・
――凶兆じゃ、この里に黒髪の子が生まれるなど・・

村の長老達は、雪女の里に生まれた黒髪紫眼の子供の扱いをどうしようかと考えあぐねていた。
その時、里の長・雪村綱道の鶴の一声で、歳三の運命は決まった。
「この子が十になったら、村はずれの家へ住まわせるが良い。それまで、我が家で面倒を見よう。」
こうして、歳三は十の誕生日を迎えるまで雪村家で育てられる事になった。
雪村家には、千鶴と薫という双子の兄妹が居り、兄の薫は歳三を嫌って避けていたが、妹の千鶴の方は歳三を実の兄のように慕い、懐いていた。
歳三も、千鶴の事を実の妹のように可愛がっていた。
だが、千鶴と過ごした穏やかな時間は瞬く間に過ぎ、歳三が里を離れる日が来た。
「兄様、わたしも行きます!」
「なりません、千鶴。」
「母上、どうして兄上と共に暮らせないのですか!?」
「それが、あの子の定めなのです。」
歳三は、それから一度も里には戻っていなかた。
「土方さん、あそこだ!」
「あぁ・・」
左之助は上空から歳三の故郷を見下ろすと、そこには紅蓮の炎に包まれていた。
「これは・・」
「千鶴、何処だ!?」
歳三が左之助と共に炎に包まれている里の中に入ると、そこには女子供容赦なく殺された“同胞”達の遺体が転がっていた。
「何と惨い・・」
「居たぞ、あそこだ!」
「殺せ!」
「・・こいつらを殺したのは、てめぇらか?」
「それがどうした?こやつらは妖、我らに淘汰されるべき存在なのだ!」
「・・せねぇ。」
「あ、何だと?」
「てめぇらを絶対、許しはしねぇ!」

歳三がそう叫んだ瞬間、人間達に突風が襲い掛かった。

「な、なんだあれは?」

彼らが上空を見上げると、そこには白い狩衣姿の歳三が浮かんでいた。
彼は腰に帯びていた刀の鯉口を切り、人間達に向かってそれをひと振りした。
すると、無数の氷の毒針が、彼らの全身を貫いた。

「ぎゃぁぁ~!」
「怯むな、矢を放て!」
歳三は氷の膜で己を包むと、人間達の攻撃から己の身を守った。
「な、なんだあれは!?」
兵士の一人がそう言って上空を指すと、そこには大きな白虎の姿があった。
「殺れ。」
歳三の声に応えるかのように白虎はひと声吼えると、氷の嵐を巻き起こした。
「うわぁ~!」
人間達はその嵐をまともに喰らい、皆雪像と化した。
「おいおい、いくら何でもあれはやり過ぎじゃねぇのか?」
「こいつらにした事と比べればマシだろうが。」
歳三はそう言うと、跡形もなく破壊された里を後にした。
「土方さん・・」
「あいつは、死んじゃいねぇ。きっと、何処かで生きてる・・」
「あぁ、俺もそう信じているよ。」
左之助と共に帰宅した歳三が家の戸を開けると、台所には美味そうな匂いが漂っていた。
「これは・・」
「おう、お帰り。」
「あれ、土方さん、そいつ誰だ?」
「はじめまして、近藤勇と申します。」
「お前、何をしている?」
「夜食を作っている。ここに置いてある食材で作ってみたんだが、口に合うかどうか・・」
そう言いながら食卓の上に広げられた料理は、美味しそうだった。
「頂くぜ・・うぉ、すげぇ美味い!」
左之助がそっと一口勇が作ったフライドポテトをつまむと、彼は余りの美味さに感動してしまった。
「そ、そうですか?」
「何だこの、面妖な物は?」
「確かに、今まで一度も見た事がねぇものばかりだな?」
「ハンバーガーと、フライドポテトです。」
「俺ぁ、こんな物は好きじゃねぇ。」
「まぁまぁ土方さん、一口位食べてもいいんじゃねぇのか?」
「そうだな・・」
左之助に勧められ、歳三は生まれて初めて“ハンバーガー”を食べた。
「悪くはねぇな。」
「だろう?」
「だが、俺は和食が好きだ。」
「そうか。じゃぁ、これから頑張る!」
「あぁ、そうしろ・・」
さり気なく嫌味を言ったつもりだったのだが、それを全く気にしていない勇を見た歳三は少し落ち込んだ。
それを見た左之助は少し笑った。
「・・風呂に入って来る。」
歳三がそう言って浴室へと消えた後、左之助は勇の隣にどかりと腰を下ろした。
「なぁ、土方さんとは何処で会ったんだ?」
「登山中に遭難して、気づいたらここに居たんです。」
「そうか。しかし珍しいな、人間嫌いな土方さんがあんたを助けるなんて。」
「え、そうなんですか?」
「あの人、雪女一族の中で唯一、半妖として生まれたんだよ。人間の父親の血を濃く受け継いで生まれたから、同胞達や人間達から色々と迫害されてな。その所為で人間嫌いになっちまったんだ。だから、こんな山奥の家にひっそりと暮らしているんだ。」
「そうか。でも、寂しくはないのか?」
「う~ん、それはどうかな。あの人、余り感情を表に出さねぇから。」
「あの、原田さんは土方さんが好きな食べ物をご存知ですか?」
「あの人は、自分でも言っていたけれど、和食が好きかな。特に、沢庵が一番好きなんだ。」
「そうなんですか・・」
「あんたが家事出来るなんて驚いたぜ。」
「今は性別関係なく、家事が出来る人がやればいいんです。」
「へぇ、そうか。」
「あの、土方さん中々お風呂から戻って来ませんね。」
「あぁ、放っておけばいいさ。あの人、少し“力”を使い過ぎちまったからな。暫く風呂から出てこねぇよ。」
「そうなんですか・・」
「まぁ、今日はもう日が暮れたから、今夜は山から下りない方がいいぜ。」
「わかりました。」
「山には、得体の知れない奴らが潜んでいるからな。」
「えぇ。」
山岳部の先輩達から色々と山にまつわる怖い話を聞いた事があったので、勇はさほど驚かなかった。
左之助と勇が母屋で寝床の準備をしていると、浴室から歳三が戻って来た。
その顔は、病的なほど蒼褪めていた。
「土方さん、どうしたんだ?」
「あぁ、ちょっとな・・」
歳三はそう言うと、布団の上に倒れこんだ。
「病院へ連れて行かないと!」
「いや、今から山から下りたら、土方さんの命を狙う奴らが襲って来るし、それに“びょういん”なんてものはねぇよ。」
「そんな・・」
「左之、あれをくれ。」
「はいよ。」

そう言った左之助が懐から取り出した物は、紅い丸薬だった。

「それは?」
「気休めだが、土方さんの“力”を抑える役目があってな。」
「そうなのか・・」
「これを飲んだら、少しはマシになると思うぜ、土方さん。」
「あぁ・・」
紅い丸薬を飲んだ歳三は、そのまま布団に横たわった。
「じゃぁ、俺は一体何をすれば?」
「何もしなくていい・・」
「あ、はい・・」
こうして、静かに夜は更けていった。
「何だと、またあやつを取り逃がしたとな!」
「殿、あやつは半妖、我らがどう策を練ろうとも、容易く捕える事など出来ませぬ。」
そう言って夫をなだめたのは、彼の正室である月の方だった。
「そなた、何か策があるのか?」
「えぇ、あやつをここまで誘き出すのです。」
「どのように?」
「それは、秘密です。」
月の方はそう言うと、口端を上げて笑った。
「お方様。」
「あの者達の様子は?」
「それが・・」
月の方が寝殿から少し離れた西の対屋へと向かうと、女中達が何処か慌てた様子で彼女の元へと駆け寄って来た。
「ここから出して!」
「お願い、誰か助けて!」
西の対屋に結界を張られ閉じ込められた雪女達が口々にそう叫ぶと、そこへ月の方がやって来た。
「黙れ。」
月の方が持っていた扇子を一振りすると、雪女達の顔は苦痛に歪んだ。
「まだまだそなたらには躾が足りないようだな?」
「嫌ぁ、母様!」
「この娘を廓へ連れて行け。母親の方は薹(とう)が立っておるが、娘の方はまだまだ仕込み甲斐があろう。」
「はい。」
「娘はまだ十にもなりませぬ!どうか、廓へはわたくしを・・」
「妾に逆らうな。」
月の方はそう言って雪女の母親の方を睨みつけると、母親は胸を押さえて蹲った。
「母様~!」
「哀れな者共よ。」
月の方は雪女達から背を向け、西の対屋から出た。
「お方様、あの娘は何も手をつけておりませぬ。」
「強情じゃな。どれ、妾がその者を躾けてやろうぞ。」
月の方は、口元に嗜虐的な笑みを浮かべた。
小鳥のさえずりで、勇は目を覚ました。
隣で眠っている歳三を起こさぬよう、彼は厨へと向かい、朝食を作り始めた。
「うん・・」
「土方さん、もう大丈夫そうだな?」
「あぁ。あいつは?」
「近藤さんなら、さっき厨へ・・」
「おはよう、二人とも!」
歳三と左之助の前に、朝食を載せた膳を運んで来た勇が現れた。
「お前ぇ、まだここに居たのか?」
「あぁ。今朝は和食に挑戦してみました!」
「ほぉ・・」
膳には、一汁三菜の和定食が載せられていた。
「あ、お気に召さなかったら、下げますね。」
「べ、別に食べないとは言ってねぇ。」
歳三は顔を赤く染めながら、焼いたししゃもに箸を伸ばした。
「お茶、淹れて来ますね!」
「素直じゃねぇなぁ、土方さん。」
「う、うるせぇっ!」
(ったく、雪女の癖に天邪鬼なんだから・・)
厨で茶を淹れながら、勇はダウンジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。
それは、“圏外”のままとなっていた。
(ここは、一体何処なんだ?)
スマートフォンも繋がらない、それ以前に電気が通じない。
外部との連絡手段が絶たれた今、勇はどうやって元の世界で自分が無事である事を友人や家族に伝える術がわからず、途方に暮れていた。
「おい、今いいか?」
「はい。」
「町に買い出しに行くんだが、あんたその格好だと目立つから、この着物に着替えてくれって、土方さんが・・」
「土方さんが?」
「あぁ。あんたの為に土方さんが昨夜仕立てたんだと。」
「そうですか・・」
左之助から受け取った着物に勇が奥の部屋で着替えて出て来ると、丁度歳三も自室から出て来た。
彼は、いつも着ている白の小袖ではなく、藤色の訪問着姿に、金の帯を締めており、いつも下ろしている黒髪は丸髷に結われていた。

「あの、その格好は?」
「今日、人に会う事になっているからな。少しは着飾らないとな。」
「は、はぁ・・」
「それじゃぁ、行こうか。」

歳三と共に、勇は初めて山から下りて“町”へと向かった。

―あれは・・
―山に棲む妖・・

歳三と“町”を歩いていると、四方八方から人々の冷たい視線が突き刺さった。

(何だ?)

「あの、何処まで・・」
「あと少しで着く。」

歳三が足を止めたのは、立派な武家屋敷の前だった。

「おや、あなた様は・・」
「奥方様にお目通り願いたい。」
「は、はぃぃ!」

庭を掃いていた男は、歳三の姿を見るなり手に持っていた箒を放り出し、屋敷の中へと消えていった。

「やはり京の着物はいいのう。打掛は西陣のものに限る。」
「奥方様、奥方様~!」
「何じゃ、騒がしい。」
「あの方が・・歳三様がこちらに・・」
「何、それはまことか!?」
「はい・・歳三様は、人間の男を連れておりまする!」
「そうか。そなた達は下がれ。」
「ははっ!」

(半妖め、妾に会いに山から下りて来たか。丁度良い、忌々しいあの雪女達共々葬ってくれようぞ!)

「あの、ここは一体・・」
「ここは、俺の実家だ・・父方のな。」
「どうして・・」
「ここへお前ぇと連れて来たかって?それはだな・・」
「久しいな、歳三。人を嫌うそなたが、自ら山を下り妾に会いに来るなど珍しい。」

バサリと、豪快な鳥が羽ばたくような音がして、歳三と勇の前に、一人の美しい女人が現れた。

艶やかな黒髪を垂らし髪にし、緋色の地に牡丹の柄の打掛を纏ったその女人は、苛烈さを閉じ込めたかのような緋色の瞳で歳三を睨みつけた。

「お久しぶりでございます・・伯母上。」
「そなたからそう呼ばれるのも悪くはない。して、ここには何用で参った?」
「里の者達を・・あなた様が捕えし我が同胞達を、解放して下さいますよう・・」
「ならぬ、あれは人に仇なす者ぞ。」

女人―月の方はそう言うと、歳三を睨みつけた。

「その者は?」
「この者は、わたくしの・・背の君様にございます。」
「それはまことか?そなた、名を何と申す?」
「近藤・・勇と申します。」
「妾に二人共ついて参れ。」
「奥方様、良いのですか?あの者を入れては・・」
「爺、客人を存分にもてなせと皆に伝えよ。」
「ははっ!」

庭に居た男はそう言った後、慌しく何処かへと去っていった。

「大変だぁ~、大変だぁ~!」
「何だい、うるさいねぇ。」
「一体何を騒いでいるんだい?」
「歳三様が、背の君様を連れて来られた!」
「まぁっ!」
「それは本当なのか?」
「あぁ、しかとこの目で見たとも。人間の若い男だった。」
「まぁ、それはそれは・・」
「お前達、何を油を売っているのだい!客人の膳を運びな!」
「は~い!」

歳三は月の方の侍女達に連れられ、湯殿へと向かった。

「何で湯殿なんかに・・」
「さぁ歳三様、ゆっくりと旅の疲れを取りなされ。」
「垢も取りませんと。」
「やめろ、やめろ!」

湯殿で歳三は侍女達にもみくちゃにされた挙句、折角丸髷に結っていた髪を解かれ、花嫁の髪型である文金高島田に結われてしまった。

「まぁ、お似合いですこと。」
「簪はどう致しましょう?」
「鼈甲のものに致しましょう!」
「なぁ、俺ぁそろそろ部屋で休みたいんだが・・」
「いけませんわ、初夜までまだ時間がございます。」
「は?」

いまいち状況がわからず、歳三は侍女達によって衣裳部屋で白無垢に着替えさせられた。

「“馬子にも衣装”とはよう言うたものよな?」
「伯母上・・」
「よもやそなたの花嫁姿が見られるとは嬉しいぞ。どれ、妾が“高砂や”を謡うてやろうぞ。」

こうして、急遽歳三と勇の祝言が挙げられる事になった。

「ほんに美しい・・」
「めでたいのう・・」

月の方は歳三が支度している間に親戚縁者を集めたらしく、大広間には既に酒を酌み交わしている者達が居た。

「全く、何でこんな事に・・」
「まぁ、良いではありませんか?」

勇はそう言うと、頬を赤らめながら花嫁姿の歳三を見た。

「歳三様、お召し替えの時間です。」
「あぁ、わかった。」

歳三がお色直しの為に席を外した途端、女性達が一斉に勇の方へと集まって来た。

「あなたが、歳三様の背の君様?」
「良い男ねぇ!」
「歳三様とはどのようにお知り合いに?」
「あのぅ、えぇと・・」

女性達から解放されたのも束の間、今度は男性達から酒をしこたま飲まされてしまい、酔い潰れてしまった。

「立てよ、こら!」
「ったく、あれ位で酔っぱらうとは、情けねぇなぁ!」
「人間の男はこれだからよぉ~!」
「てめぇらぁ~!」
「ひぃっ!」
「鬼っ娘だ、逃げろ!」

樽の中に顔を突っ込んでゲェゲェえずいている勇を男性達が囃し立てていると、そこへ鬼のような形相で彼らの元へ歳三がやって来た。

「客人をこんなにするまで飲ませやがって・・」
「俺ぁ悪くねぇ、こいつが先に・・」
「何言うだ、お前ぇが・・」
「こいつに酒飲ませてみっぺって言いだしたのは、お前ぇでねぇか!」
「てめぇら、黙りやがれ!今から全員、俺の部屋へ来い!」
「ひ、ひぃぃ!」
「あんた達、自業自得だよ!」
「助けてくれよ~!」
「やだよ~、そんな事したらあたしらの首が飛んぢまうもの!」
「後生だ、助けてくれたら、おめぇが欲しがっていた黄楊の櫛さやるから・・」
「何していやがる、さっさと来ねぇか!」
「ひぃぃ~!」
「あ~あ、やっちまったなぁ。」
「うんだ、トシ様の“仕置き”はおっかねぇんだもの。」

女中達がそんな事を言いながら洗い物をしていると、歳三の部屋から男達の悲鳴が聞こえた。

「ん・・」
「あれぇ、気づきなすったのねぇ。」

勇が目を開けると、そこには一人の婀娜な女が彼の前に座っていた。

白粉を塗りたくったような、病的なほどに蒼褪めた彼女の生気を失いつつある目元には、深い皺が刻み込まれていた。

「ねぇあんた、あんなじゃじゃ馬なんかと所帯を持つのをやめて、あたしと一緒にならないかい?」
「い、いえ、俺は・・」
「うふふ、可愛いねぇ。」

女はそう言った後、蛇のように長い舌で勇の頬を舐めた。

「さぁ、あたしのものにおなりよ。そうしたら・・」
「失せろ!」
「ぎゃぁ~!」

女が突然両手で顔を覆って叫んだので、勇が振り向くと、そこには塩が入った壺を抱えた歳三が部屋の入り口に立っていた。

「またてめぇか、蛇妃!」
「おのれぇ・・」
「歳三、どうした!?」
「蛇がこの部屋に紛れ込んだ!」
「御免!」

小気味の良い音がして襖が開いた後、月の方が呪を唱えると、蛇妃は悲鳴を上げながら霧散した。

「殺ったか?」
「あぁ。あいつは恐らく、あの洞穴の中に居たのと同じやつだ。」
「そうか。それよりも、とんだ新婚初夜となってしまったなぁ。」
「あぁ・・」
「今夜は遅い故、ゆっくりと休むといい。」
「わかった。」

月の方はちらりと勇の方を見て笑うと、部屋から出て行った。

「あ、あの・・」
「何だ?」
「初夜という事は・・つまり、あなたと、“そういう事”をするんですよね?」
「あ、あぁ・・おい、一応あいつらの手前、俺達が“夫婦”だと、色々面倒な事がなくていいだろう?」
「ま、まぁ、そうだが・・」
「明日は早いから、もう寝るぞ!」
「はい・・お休みなさい。」

 その日の深夜、月の方はある場所へと向かっていた。

「元気そうじゃ。」
「兄様は・・歳三兄様は無事なのですか!?」
「安心しろ、あの者は人間の男を連れて妾に挨拶をしに来た。」
「いつになったら、わたしをここから出してくれるのですか!?」
「そなたらは人に仇なす妖、生かしてはおけぬ。」
「そんな・・」
「その涙じゃ、妾が見たかったものは。」

月の方は、千鶴の頬に伝う涙を見て嬉しそうに笑った。

その涙は、美しい金剛石と化した。
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満天 第1話

2024年07月08日 | 黒執事 腐向け転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説「満天」
「黒執事」の二次小説です。

作者・出版社様とは一切関係ありません。


シエルが両性具有です、苦手な方はご注意ください。

「坊ちゃん、準備は出来ていますか?」
「あぁ。」
「眼帯はつけたままにしておくのですか?」
「外してくれ。」
「わかりました。」
そう言ってシエル=ファントムハイヴの前に跪くのは、彼のコーチ兼振付師の、セバスチャン=ミカエリスだった。
「さぁ、参りましょう。」
「あぁ。」
選手控室を出たシエルとセバスチャンが会場へと向かうと、そこは熱気と歓声に包まれていた。
「坊ちゃん、今までやって来た事を思い出して。」
「わかっている、そんな事・・」
シエルはそう言って強がったものの、緊張して身体の震えが止まらなかった。
「坊ちゃん、こちらを向いて。」
「え・・」
シエルがセバスチャンの方を振り向くと、セバスチャンはシエルの唇を塞いだ。
二人のキスがモニターの画面に映し出され、会場に居た観客達は歓声を上げた。
「なっ、なっ・・」
「わたしを全力で誘惑なさい。」
シエルはセバスチャンを睨むと、彼のネクタイを掴んで彼の唇を塞いだ。
「言われなくても、やってやる!」
やがて、シエルはスケートリンクの中央へと滑っていった。
『さぁ始まりました、世界選手権ジュニア大会。最後に登場したのは、イングランド、シエル=ファントムハイヴ選手。兄のジェイド=ファントムハイヴ選手とはメダル争奪戦を繰り広げていますが、今回の大会はどうなるのでしょうか?』
『そうですね。シエル選手の今季のテーマは、“家族を殺され、復讐の為に悪魔と契約した少年”だそうです。』
シエルは深呼吸した後、静かに舞い始めた。
『最初のコンビネーションジャンプは、トリプルアクセルとダブルアクセル、どうか・・成功しました!』
『ステップが美しいですね。フラメンコの激しいリズムに乗っていますね。』
『この一年、シエル選手はスランプに陥っていましたが、セバスチャン=ミカエリスコーチの指導の下、成長しましたね。』
『さて、後半のシークエンスステップに入りましたが、美しく完成度が高いですね。』
演技を終え、リンクサイドへと戻ったシエルは、笑顔のセバスチャンに出迎えられた。
「完璧でしたよ、坊ちゃん。」
キス&クライへとシエルをエスコートするセバスチャンの姿をモニターの画面越しに見たシエルの双子の兄・ジェイドは、思わず持っていたスチール缶を握り潰してしまった。
(渡さない・・僕はお前を諦めないし、離さない。)
表彰式を終え、ジェイドはシエルを抱き締めた。
「おめでとうシエル、お前ならやれると思っていたよ!」
「兄さん・・」
ジェイドは、シエルの肩越しにセバスチャンを睨んだ後、シエルに微笑んだ。
(おやおや、独占欲丸出しだな・・)
同じ顔をしていても、その性格は違う。
セバスチャンはそう思いながら、シエルと出会った頃の事を思い出していた。
一年前、カリスマコーチ兼振付師として多忙な日々を送っていたセバスチャンの元に、一組の親子が訪ねて来た。
彼はヴィンセント=ファントムハイヴと名乗り、双子の息子達のコーチになって欲しいという。
「二人共、ご挨拶なさい。」
「初めまして、ジェイド=ファントムファイヴです。」
そう言ってセバスチャンに先に挨拶したのは、蒼い瞳で彼を値踏みするかのように見つめて来た兄のジェイドだった。
「シエル、お前も挨拶なさい。」
「はい・・」
父親の背中に隠れていた弟のシエルは、恐る恐る紫と蒼の瞳でセバスチャンを見つめた。
その双つの瞳に見つめられ、セバスチャンは雷に全身を撃たれたかのような衝撃を受けた。
「初めまして、シエル=ファントムハイヴと申します。」
「初めまして、今日からあなた達のコーチをさせて頂く事になりました、セバスチャン=ミカエリスと申します。」
こうして、セバスチャンはジェイドとシエルのコーチとなった。
同じ顔をしていても、兄の方は頑健で陽気な性格であるのに対し、弟の方は病弱で内気な性格だった。
しかしその事で二人の両親は彼らに優劣をつけたりしなかったし、兄弟仲も良かった。
スランプに陥ったシエルは、セバスチャンがコーチになった事で眠っていた才能が目覚め始め、ジェイドと共に注目されるようになった。
「君のお陰で、シエルは随分変わったよ。何かあの子に魔法でも掛けたのかい?」
「魔法?いいえ、とんでもない。坊ちゃんの負けず嫌いの性格を、わたしが引き出しただけです。」
「そうか。これからも、二人の事を宜しく頼むよ。」
「はい。」
シエルの身体に異変が起きたのは、世界選手権ジュニア大会で優勝した日の夜の事だった。
急に下腹の鈍痛に襲われたシエルがトイレに行こうとするとした時、何かがドロリと落ちて来る感覚に襲われた。
ふと足元へ目をやると、白い足が血で濡れていた。
「坊ちゃん?」
突然の出来事にシエルがパニックに陥っていると、そこへセバスチャンがやって来た。
彼はチラリとシエルのズボンに赤黒い染みが広がっている事に気づくと、シエルの下半身を自分のジャケットで覆い隠した後、シエルを横抱きにしてパーティー会場から出て行った。
「何をする、離せ!」
「暴れないで下さい、坊ちゃん。それとも、“お嬢様”とお呼びした方がよろしいのでしょうか?」
「お前、いつから僕の身体の事を・・」
「旦那様から、あなた様の“複雑な”身体の事を聞きました。さぁ、お部屋に着きましたよ。」
セバスチャンはそう言いながら、シエルを抱いたままカードキーを解除し、ホテルのスイートルームの中に入った。
「さぁ、服を脱いで下さい。」
「なっ・・」
「汚れた服のままで一晩過ごすのは嫌でしょう?ご自分でお脱ぎにならないのなら、わたしが脱がしましょうか?」
「いい、自分でやる!」
シエルは汚れた服を脱ぐと、温かい湯が入った猫足のバスタブの中に入った。
「失礼致します、着替えを持って参りました。」
「そこへ置いておいてくれ。それと、僕がいいと言うまで浴室に入って来るな!」
「はいはい、わかりましたよ。」
セバスチャンは苦笑しながら浴室のドアを閉めると、汚れたシエルの服を洗い始めた。
シエルがベッドの上で目を覚ますと、隣で自分の手を握っていた筈のセバスチャンの姿がなかった。

「・・いい加減にしてください!」
スイートルームの扉の向こうで、セバスチャンの苛立ったような声が聞こえて来た。
彼は、いつも冷静に声を荒げたり、怒鳴ったりした事は無かった。
シエルが扉の前で耳をそば立てていると、セバスチャンが部屋の中に入って来た。
「もう、大丈夫なのですか?」
「あぁ。風呂に入ったら少しは良くなった。それよりもセバスチャン、さっきは誰と話していた?」
「妻ですよ。いつ帰って来るのかとしつこく催促されて・・」
「お前、結婚していたのか?」
「えぇ。政略結婚ですけどね。」
「そうか。」
セバスチャンの妻は、ミカエリス家と彼女の実家の利害関係が一致した為セバスチャンと結婚したのだった。
貴族階級に属する者同士の結婚は、親族同士の繋がりがあったり、互いの家の利害関係が一致したりするという理由で成立する事が少なくはない。
現に、シエルの兄・ジェイドと、彼の婚約者であるエリザベス・ミッドフォード侯爵令嬢も、シエルとジェイドの父・ヴィンセントと、エリザベスの母・フランシスとは実の兄妹同士という繋がりがある。
「お前のような男と結婚した女の顔を一度見てみたいものだ。」
「まぁ、それは嬉しいお言葉ですね。坊ちゃんの体調が回復したあかつきには、改めてファントムハイヴ伯爵邸で祝賀パーティーでも開きましょう。その時に、妻を連れて行きますよ。」
「好きにしろ。」
シエルはそう言ってセバスチャンを睨んだ後、シーツを頭から被って眠った。
―坊ちゃん、起きて下さい。
シエルが目を覚ますと、そこには黒い燕尾服姿のセバスチャンが立っていた。
(これは、夢だ。)
前世でセバスチャンと過ごした頃の夢を見たシエルは、枕元に置いていたスマートフォンのアラームで目を覚ました。
「おはようございます、坊ちゃん。今朝は随分と早起きでいらっしゃいますね。」
「あぁ。誰かが設定したスマホのアラームの所為で、夢から覚めた。」
「そうでしたか。」
翌朝、ホテル内のレストランで朝食を取りながら、シエルとセバスチャンがそんな事を話していると、そこへジェイドとエリザベスがやって来た。
「シエル、もう体調は大丈夫なの?」
「うん、痛み止めの薬を飲んだから。」
「そう。それにしても、昨夜ホテルの前で女の人がウロウロしていたわ。誰かを捜していたみたい。」
「エリザベス様、その女性はどんな容姿なのですか?」
「金髪碧眼で、怖い顔をしてずっとフロントの方を睨んでいたわ。」
「そうですか。」
「セバスチャン、どうした?」
「いえ、何でもありません。」
まさか、妻・アメリアがわざわざ自分の顔を見に来る為に、英国から遠く離れたブルガリアまで来るとは思えない。
ホテルを出て、空港へと向かったセバスチャン達は、空港の入口付近で待ち伏せしていたマスコミに取り囲まれた。
「ミカエリスコーチ、アメリアさんとは離婚秒読みというのは事実なのでしょうか!?」
「アメリアさんに暴力を振るったというのは、事実ですか!?」
「行きますよ、坊ちゃん。」
そう言ってシエルをエスコートするセバスチャンの表情は硬かった。
帰りの飛行機の中で、シエルは一言もセバスチャンと話さなかった。
一体、どうなっているのだろう。
エリザベスが言っていた“金髪碧眼の女の人”と、セバスチャンとはどんな関係にあるのだろうか。
「シエル、何を考えているの?」
「兄さま・・」
「あいつの事は、放っておけばいい。それよりもシエル、昨夜あいつと何があった?」
「何もなかったよ。」
「そう・・」
シエルはジェイドの執拗な視線から逃れようと、俯いた。
だがジェイドは、そんなシエルの心情を見透かしているのか、下からシエルを覗き込んだ。
「シエル、お前には僕しか居ない。だって僕達は、生まれてからずっと一緒だったんだもの。これからも、僕達はずっと一緒だよ。」
(ねぇシエル、お前をあの“悪魔”に渡したくない。“あの時”、僕はお前の手を離してしまったけれど、今度はお前の手を決して離さない。)
シエル達が乗った飛行機は、無事ロンドン・ヒースロー空港に到着した。
「ジェイド、シエル、またね!」
「リジー、また会おう!」
空港でエリザベス達と別れたシエル達は、ロンドン市内にあるファントムハイヴ伯爵家のタウンハウスへと向かった。
「お帰りなさいませ、ジェイド坊ちゃま、シエル坊ちゃま。長旅、お疲れ様でございました。」
「タナカ、お迎えご苦労。」
ジェイドとシエルは両親と食事をした後、ジェイドは図書室へと向かった。
一方シエルは、母・レイチェルに初潮を迎えた事を告げた。
「そう。もう体調は大丈夫なの?」
「はい。セバスチャン・・コーチが、色々と気遣ってくれたので・・」
「ヴィンセントとも話したけれど、セバスチャンをあなた達のコーチにして良かったわ。ジェイドは、セバスチャンを警戒しているけれど、あなたとは相性が良いわね。」
「そうですか?」
「まぁ、セバスチャンはあなたの事を一目見て気に入っていたわ。」
確かに、セバスチャンは三年前に初めて会った時から、シエルを気に入っていた。
セバスチャンのスパルタ指導は賛否両論あるものの、その実力で有名となっていった。
そのスパルタ教育に鍛えられたシエルの成績が上がったのは、紛れもない事実だった。
それよりも、シエルは何故かセバスチャンの事が気になっていた。
何故か、セバスチャンとは初めてあった気がしないのだ。
時折、セバスチャンが、“昔から、変わっていませんね。”と言った時の表情が、他の“誰か”と重ねてしまうのだ。
「シエル?」
「何でもありません、お母様。」
「ねぇ、もしかしてあなた、セバスチャンの事が好きなの?」
「えっ!」
「嫌だ、そんなに驚かなくていいじゃない。だってあなた、セバスチャンと一緒に居る時、楽しそうな顔をしているじゃない。」
「そ、そうかなぁ・・」
「話は変わるけれど。今日はニナのお店に行って、あなたの新しい服や下着を選ばないとね。」
「そんな事をしなくても・・」
「何を言うの、スポーツブラだけなんて駄目よ!そうだわ、リジーも呼びましょう!」
「お母様・・」
レイチェルにシエルは半ば強引にロンドン市内にあるファントム家配属の仕立て屋、ニナ・ホプキンズが経営する“ホプキンズ・テーラー”へと連れて行かれた。
そこには、エリザベスと彼女の侍女であるポーラ、そしてシエル達の伯母であるアンジェリーナ・ダレス、“マダム・レッド”の姿があった。
「シエル、可愛い~!今度はこのワンピースを試着してみて!」
「やっぱりシエルにはピンクが似合うわねぇ。ブルネットの髪に映えるわ。」
店に入った時シエルは嫌な予感がしたが、案の定それは的中し、エリザベス達の着せ替え人形となってしまった。
「はぁ、疲れた。」
「そんなに不貞腐れた顔をしないで。それにしても、久し振りの女子会、楽しかったわねぇ。」
両手に沢山の紙袋を抱えたシエルが疲労困憊しているのに対して、レイチェルは満面の笑みを浮かべていた。
「お帰りなさいませ、シエル坊ちゃま、奥様。」
「ただいま、タナカ。ジェイドは?」
「ジェイド坊ちゃまなら、図書室で何やら調べ物をなさっておいでのようです。」
「そう。」
「お帰りなさい、お母様、シエル。」
そう言って図書室から出て来て二人の元へとやって来たジェイドは、何処か浮かない顔をしていた。
「ジェイド、どうしたの?何かあったの?」
「さっき、SNSでこんなタグを見つけたんだ。」
ジェイドは持っていたスマートフォンの画面を二人に見せると、そこに表示されていたのは、“#シエル、真実を話して”というSNSのタグだった。
「何で、僕の名前が・・」
「恐らく、この動画の所為だと思うよ。」
ジェイドがスマートフォンの画面をタップすると、一本の動画が再生された。
そこに映っているのは、エリザベスが見た金髪碧眼の女性―セバスチャンの妻・アメリアだった。
彼女は泣きながら、セバスチャンからDVを受けていた事を話した後、シエルがセバスチャンから体罰を受けていると話、動画の最後にこんな言葉を視聴者達に語りかけた。
『お願い皆さん、どうかこのタグを拡散して下さい。#シエル、真実を話して。』

その動画は、シエルにとってまさしく青天の霹靂そのものだった。

(これで、何もかも上手くいくわ・・)

例の動画と共に、“#シエル、真実を話して”というタグは瞬く間に世界中に拡散され、ロンドンのファントムハイヴ伯爵家のタウンハウスの前には連日マスコミが詰めかけ、シエル達は息を潜めて暮らしていた。
「シエル、あの動画で彼女が言っている事は本当なのか?」
「あの動画は事実無根で、僕は一度もセバスチャンから体罰を受けた事はありません。」
「そうか。ならば逃げも隠れもせず、堂々としていなさい。」
ヴィンセントに背中を押され、シエルは自身のSNSのアカウントで今回の騒動について説明した。
“例の動画ですが、僕はコーチから今まで一度も体罰を受けた事がありません。”
シエルはSNSアカウントの「投稿」ページをクリックした後、溜息を吐いた。
「シエル、入るよ?」
「どうぞ。」
シエルがスマートフォンを机の上に放り投げると、ジェイドが執務室に入って来た。
「ねぇシエル、僕だけに真実を話して。」
「兄さま、僕は本当に・・」
「シエル、お前はあいつの事をどう思っているの?」
「それは・・」
シエルが言葉に詰まった時、彼の部屋のドアを何者かがノックした。
「シエル坊ちゃま、お客様がいらっしゃっています。」
「どんな方だ?」
「アメリア様とおっしゃられる方です。どうしても、シエル坊ちゃまとお会いしたいと・・」
「わかった。」
シエルが客間に入ると、アメリアはスマートフォンで客間に飾ってある絵を撮影していた。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません。」
「あら、あなたが・・」
ピンヒールを履いている所為なのか、アメリアはシエルと並んで立つと高身長に見えた。
「今日こちらに伺ったのは、あなたに正式な謝罪をしようと思って・・」
「僕とセバスチャンの名誉を傷つけておいて、今更謝罪とはお話になりませんね。お帰り下さい。」
「お願い、わたしの話を聞いて・・」
「タナカ、お客様がお帰りだ。」
「お見送りは結構よ!」
アメリアはシエルに背を向けると、客間のドアを乱暴に閉めて出て行った。
「ミス・アメリア、今度こちらにいらっしゃる時は事前にご連絡下さい、それがマナーというものですよ。」
ジェイドがそう言ってアメリアを睨むと、彼女は無言でファントムハイヴ邸から去っていった。
「シエル、大丈夫?あの女から何か言われた?」
「ううん。」
「ねぇシエル、あいつとは暫く会わない方がいい。」
「どうして?」
「あいつと居ると、お前が不幸になるだけだ。」
「ごめんなさい、兄さまの頼みでも、それは聞けない。」
シエルはそう言うと、自室に戻り、溜息を吐いた。
「シエル坊ちゃま、お気をつけていってらっしゃいませ。」
「タナカ、帰りは地下鉄かバスで帰るから、迎えに来なくていい。」
「かしこまりました。」
タナカにスケートリンクまで送って貰い、シエルがスケートリンク内にある更衣室に入ると、そこには上半身裸のセバスチャンが居た。
「おや、ノックせずに部屋に入るとは、マナー違反ですよ。」
「うるさい、早く着替えろ!」
シエルはそう叫んだ後、セバスチャンに背を向けた。
「もう、着替えは終わりましたよ。」
「そうか。」
シエルがそう言って私服から練習着へと着替えようとした時、セバスチャンはじっとシエルの下着を見ていた。
「何だ?」
「いえ・・随分、可愛らしい下着を身に着けていらっしゃるのですね。」
「見るな!」
「それでは、わたしはこれで失礼致します。その下着、とてもお似合いですよ。」
「早く出て行け!」
シエルは素早く練習着に着替えると、スケートリンクへと向かった。
「ジャンプの精度が上がりましたね。トリプルアクセルは完璧です。今日から、トリプルトゥーループの練習を致しましょう。」
「トリプルトゥーループはもう出来ている・・」
「いいえ、出来ていませんよ。4回転サルコウを跳ぶのは、トリプルトゥーループを完璧に出来てからです。」
「わかった。」
シエルはその日、夕方までセバスチャンにみっちり扱かれた。
「坊ちゃん、今日はわたしが送りましょう。」
「いや、いい。今お前と一緒に居たら色々変な噂が立つからな。」
「そうですか。ではお気をつけてお帰り下さいませ。」
「ふん!」
スケートリンクから出たシエルが地下鉄に乗ると、何処からか強い視線を感じて振り向いたが、そこには誰も居なかった。
(気の所為か・・)
シエルがそう思いながら地下鉄に揺られていると、何処からか話し声が聞こえて来た。
「あの子、確か・・」
「でも、あのブルネットの髪・・」
シエルが、話し声が聞こえている方を見ると、友人と思しき女性二人組がスマートフォンを片手に自分の方をチラチラと見ながら話をしていた。
シエルは地下鉄が目的地の駅に着くと、そのまま地下鉄から降りてタウンハウスへと向かっていったが、何者かが自分の後を尾行している事に気づいた。
(一体、誰が・・)
シエルは後少しでファントムハイヴ伯爵家のタウンハウスへと着こうとした時、突然何者かに突き飛ばされ、車道へと飛び出してしまった。
「危ないだろう、馬鹿野郎!」
トラックに轢かれそうになったシエルだったが、寸での所で歩道に戻って無事だった。
「シエル、大丈夫!?」
「うん・・」
シエルは背後を振り返ったが、そこには誰も居なかった。
その日から、シエルは何者かに尾行されている気配を感じた。
「誰かに尾行されている?」
「気の所為だと思うんですけれど・・」
「スケートリンクへの送迎は、暫くタナカに任せよう。タナカ、済まないが頼めるか?」
「かしこまりました。」
「タナカ、今日から宜しく頼む。」
スケートリンクの送迎をタナカにして貰うようになってから、シエルはあの殺気に満ちた気配を全く感じなくなった。
「どうしたのですか?今日は、ずっと上の空ですね。」
「実は・・」
シエルはセバスチャンに、何者かに帰宅途中、背中を押され、トラックに轢かれそうになった事を話した。
「そうですか。」
「ここへの送迎はタナカに頼んである。」
「最近、物騒な事件が頻発していますからね。用心に越した事はないでしょう。」
セバスチャンはそう言いながらも、タブレットの画面をスクロールしていた。
「何を見ている?」
「トリプルトゥーループの精度が上がっていますが、後少しですね。それよりも、坊っちゃん・・」
「何だ?」
「ブラジャー、少し見えていますよ。」
「お前、そう言う事は早く言え!」
「申し訳ありません。あの坊ちゃまが、スポーツブラ以外のものをつけるなんて、驚いてしまって・・」
そんな話をしている二人の姿を、リンクサイドからアメリアが恨めしそうな顔で見ていた。
「パーティー?」
「はい。如何なさいますか、坊っちゃん?」
「是非、出席させて頂くと、先方に返事を。」
「かしこまりました。」
その日の夜、シエルは両親とジェイドと共にピカデリーサーカスにある芸術ホールで開かれている慈善パーティーに出席した。
そこでシエルは、仲睦まじい様子のセバスチャンとアメリアを見てしまった。
(どうして・・)
「シエル、どうしたの?」
「何でもないよ、兄さま。」
「そう。」
シエルはモヤモヤした思いを抱えたまま、パーティーを楽しんだ。
「そろそろ帰りましょう。」
「はい、お母様。」
ジェイドとシエルがホールから外へと出ようとした時、外は土砂降りの雨が降っていた。
「さぁ、ジェイド坊ちゃん、シエル坊っちゃん、どうぞ。」
タナカが傘をさしてリムジンから降りて来た時、シエルはセバスチャンと目が合った。
何か言おうとシエルが口を開いた時、ジェイドにシエルは車の中へと引き摺り込まれた。
「残念だったわね、あの子と話せなくて。」
「アメリア、あなたは一体何をしたいのですか?」
「離婚はしないわよ。あの子とあなたを、幸せになんかさせないわ。」
そう言ったアメリアの目は、狂気で血走っていた。
「アメリア、わたしは・・」
「わたし、知っているのよ、あの子の秘密を。それを世間にバラされたくなかったら、わたしに従いなさい。」
ずっと、人気者になりたかった。
良い意味でも、悪い意味でも。
アメリアは、成績優秀な姉と、スポーツ万能な兄の“おまけ”として生きて来た。
両親は二人だけを可愛がり、アメリアはいつも愛に飢えていた。
だから、セバスチャンと結婚した時、今まで憧れていた人気者になった時は嬉しかった。
今まで自分に見向きもしなかった人達が、有名人の“妻”というだけでもてはやしてくれる。
人間は欲深い。
ひとつの望みを叶えても、もっと有名になりたいと願う。
セバスチャンと結婚したが、彼は偶に家に帰って来る回数は月一回が良い位で、“愛のある結婚生活”とは程遠かった。
だがそれでも、セバスチャンと別れたくなかったのは、彼を愛しているからではなく、“有名人の妻”という地位を捨てたくなかったからだった。
しかし、アメリアの人気に陰りが出て来た。
その原因は一年前、セバスチャンが名門伯爵家の双子達のコーチ兼振付師となったからだった。
美貌、知性、家柄―それらを生まれながらにして手にしているブルネットの髪をした双子達に、アメリアは嫉妬した。
あの子達には負けたくない―そんな思いで彼女は、あの動画をSNSに上げたのだ。
これでみんな、わたしを見てくれる―アメリアの貧しい承認欲求は、シエルと会って、シエルに対する怒りへと変わった。
そして気づいてしまった、セバスチャンとシエルが、只のコーチと教え子ではないという事に。
そして、その関係を探るのは、シエルの身体の秘密が鍵となる。
アメリアは私立探偵を雇い、シエルの秘密を探った。
シエルの身体の秘密を握ったアメリアは、それを盾にセバスチャンを脅した。
セバスチャンは、シエルを守る為離婚したくないというアメリアの要求を呑んだ。
その所為なのか、セバスチャンが最近やつれているようにシエルには見えた。
「セバスチャン・・」
「すいません、考え事をしていました。」
「そうか。」
練習を終えたシエルが更衣室で着替えていると、ロッカーの中に置いてあったスマートフォンが鳴った。
「どうしたの、兄さん?」
『シエル、タナカさんが入院する事になったよ。』
「え?」
ジェイドによれば、タナカは持病の腰痛が悪化し、暫く入院する事になったという。
「わかった。」
シエルがスマートフォンをリュックのサイドポケットにしまっていると、更衣室にセバスチャンが入って来た。
「シエル・・」
「セバスチャン、どうした?」
セバスチャンはシエルを抱き締め、その唇を奪った。
「ん・・」
「シエル、愛しています。」
セバスチャンはそう言ってシエルの服を脱がそうとしたが、その前にシエルがセバスチャンの向う脛を蹴った。
「目を覚ませ!」
「申し訳ございません。」
「一体どういう事なんだ?」
「一時の気の迷いでした。」
シエルをファントムハイヴ家へと送り届ける車の中で、セバスチャンはそう言ってシエルに謝った。
「数日前、お前の妻が我が家に来た。あの動画について謝罪したいとの事だったが、あれは嘘だな。」
「彼女は、坊っちゃんの身体の秘密を知っています。もし離婚するつもりなら、坊っちゃんの身体の秘密を世間にバラすと・・」
「一体何故、彼女はお前と別れようとしないんだ?」
「彼女にとって、わたしは、“トロフィー・ハズバンド”―即ち、彼女が有名人であり続ける為のアイコン的存在なのですよ。」
「馬鹿らしい、お前は誰かの所有物ではない。僕はあんな女には屈しない。」
「・・それでこそ、わたしの坊っちゃんです。」
車を人気のない所に停めたセバスチャンは、そう言うとシエルの唇を塞いだ。
「おい、何をする?」
「更衣室での続きをするつもりです。嫌ですか?」
「嫌じゃ・・ない。」
シエルは、そう言った後頬を染めて俯いた。
「辛くないですか?」
「あぁ・・」
その日、シエルは初めてセバスチャンに抱かれた。
初めての時は痛いと噂には聞いていたが、そんなに痛くはなかった。
「さてと、今度こそ家まで送りますよ。それまで寝ていてください。」
「あぁ、わかった。」
セバスチャンに抱かれたが、彼との関係は終わらなかった。
むしろ、セバスチャンはシエルに対して厳しく接した。
「4回転サルコウ、完璧に跳ぶのはまだまだですね。」
「そうか?」
「それにしても坊っちゃん、昨夜はよく眠れましたか?目の下の隈が酷いですよ。」
「昨夜、ちょっと考え事があって一睡も出来なかったんだ。」
「そうですか。では少し、休憩しましょう。」
「わかった・・」
シエルはセバスチャンの膝の上に頭を預けると、そのまま眠った。
「お前、何をしているの?今すぐ僕のシエルから離れて。」
「そんなに大きな声を出さないで下さい、坊っちゃんが起きてしまいます。」
セバスチャンはそう言うと、自分を睨みつけているジェイドを見た。
「お前にシエルは渡さない。お前の所為で、シエルがあんな“最期”を迎えたのを、忘れたのか?」
「あぁ、そうでしたね・・」
セバスチャンはそう言うと、シエルの髪を梳いた。
「お前は、弟の魂を喰ったんだろう?それなのに何故、生まれ変わっても弟に執着する?」
「愛しているから、ですよ。」
「そう・・」
セバスチャンとジェイドとの間に、険悪な空気が流れたが、ジェイドは何も言わずにスケートリンクから出て行った。
「セバスチャン・・」
「お目覚めですか、坊っちゃん?」
帰りましょうか、とセバスチャンがシエルに尋ねると、シエルは静かに頷いた。
「では坊っちゃん、また明日。」
「あぁ。」
タウンハウスの前で軽くハグする二人の姿を、ジェイドは自室の窓から恨めしそうに見ていた。
「ただいま。」
「お帰り、シエル。」
シエルがタウンハウスの玄関ホールに入ると、ジェイドが仁王立ちしてシエルの帰りを待っていた。
「最近、あいつと仲が良いんだね?」
「うん、まぁ・・」
「ねぇシエル、あいつの事が好きなの?」
「兄さん?」
「僕よりもあいつの事が好きなの?」
「どうして、そんな事を聞くの?」
「お前を、誰にも渡したくないからだよ。」
ジェイドは、シエルを自室へと連れて行くと、シエルをベッドの上に押し倒した。
「嫌だっ、やめて!」
ジェイドは無理矢理シエルを抱いた。
「これで、お前は僕のものだ。」
セバスチャンに抱かれてから三ヶ月が経ち、シエルは謎の眠気と倦怠感に悩まされていた。
そして、臭いに敏感になり、今まで平気だった薔薇の匂いやガトーショコラなどのスイーツの匂いが苦手になり、その匂いを嗅いだ途端、激しい吐き気に襲われ、酷い時には立っていられない程の酷い眩暈に襲われてしまう事があった。
大会が近いから、ストレスの所為で自律神経が乱れているのだろうと思ったシエルは大学病院を受診したのだが、何故か消化器内科ではなく産婦人科を受診するように受付の事務員から言われ、シエルが産婦人科に向かうと、そこはピンクの花柄の壁紙に囲まれた、ファンシーな雰囲気が漂う空間だった。
「ヒッ、ヒッ、ヒッ、漸く会えたねぇ、伯爵。」
「お前は、アンダーテイカー!」
「さてと、診察するからそこの診察台に乗ってくれるかなぁ?」
「わ、わかった・・」
シエルが恐る恐る内診台に乗ると、アンダーテイカーはシエルの問診票を見ながら器用にシエルを診察した。
「伯爵、妊娠しているね。酷い眠気と倦怠感、吐き気や眩暈、貧血・・どれも妊娠初期の症状だね。悪阻が酷くなるようなら、入院して貰うよ。あと、スケートは当分禁止ね。あぁそうだ、君の執事君にここに来て貰っているからね。」
「そんな・・」
「隠せる事じゃないし、今後の事は良く話した方がいい。」
シエルが診察室から出ると、待合室には不安そうにこちらを見つめるセバスチャンの姿があった。
「坊ちゃん・・」
「今は、何も言うな。」
セバスチャンとシエルがファントムハイヴ伯爵家のタウンハウスへと向かうと、そこには怒り狂ったジェイドと、驚愕と怒りを綯い交ぜになった表情を浮かべるヴィンセントとレイチェルの姿があった。
「シエル、セバスチャン、わたしの部屋に来なさい。」
「はい・・」

ジェイドの殺意に満ちた視線を感じながら、セバスチャンはシエルと共にヴィンセントの書斎に入った。

「お父様・・」
「シエル、お前はどうしたい?」
「僕は、産みたいです。」
「そうか。ならアンジェリーナと、“彼”に頼りなさい。」
「あの、怒らないのですか?」
「怒るも何も、命を授かった事はめでたい事じゃないか。ただ、問題なのは、“あの”奥さんが君との離婚に応じてくれるのかどうかだね。」
ヴィンセントはそう言うと、シエルにハーブティーを勧めた。
紅茶の茶葉の匂いも苦手となったシエルだが、何故かそのハーブティーだけは飲めた。
「レイチェルがお前達を妊娠中に、良く飲んでいたんだ。ハーブティー専門店でわざわざ取り寄せただけあるな、ペパーミントの良い匂いがするなぁ。」
「あの、ヴィンセント様・・」
「そんなに堅苦しい呼び方は止めてくれないか?“お義父さん”と呼んでくれ。」
「は、はぁ・・」
「それにしても、若気の至りって凄いね。まさか、こんなに早く孫の顔が見られるなんて、思いもしなかったよ。」
ヴィンセントは笑いながらも、遠回しにセバスチャンに嫌味を言っていた。
「坊ちゃん、わたしはどうやら、お義父様に嫌われてしまったかもしれません。」
「お父様は、僕の事が大好きだから・・でも、問題はお父様よりもお兄様の方だ。」
シエルがそう言った時、ジェイドが自室から出て来た。
「シエル、驚いたよ。まさか僕が伯父さんになるなんて。」
「兄さん、怒っていないの?」
「怒っていないよ。でも、お前の事を認めた訳じゃないからね、セバスチャン。」
「末永く宜しくお願い致しますね、“お兄様”。」
「僕の弟はシエルだけだ。」
ジェイドとセバスチャンとの間に、静かな火花が散った。
「坊ちゃん、アフタヌーンティーの時間ですよ。」
「要らない。」
シエルは妊娠してから、一日中トイレに籠って吐いてばかりいた。
「少しはお食べになりませんと、お身体が・・」
「うるさい、僕に構うな!」
シエルは苛立ちの余り、セバスチャンに向かって枕を投げつけた。
「ではわたしは、これで失礼致します。」
「早く出て行け!」
セバスチャンがファントムハイヴ邸を出て自宅に戻ると、アメリアが自室から出て来た。
「あなた、お帰りなさい。」
彼女が珍しく上機嫌な様子なので、セバスチャンは嫌な予感がした。
それは、的中した。
「久し振りね、セバスチャン。」
「母上、お久し振りです。」
「今日は大事な話があって来たのよ。」
「大事な話?」
「えぇ。」
セバスチャンの母・エリーは、一枚の書類をセバスチャンに見せた。
「あなた、アメリアと離婚するそうね?その理由は、ファントムハイヴ家の子と関係があるの?」
「母上、わたしはアメリアと離婚します。」
「どうして?わたしはあなたを・・」
「愛している、とでも言いたいのですか?」
セバスチャンが冷やかな瞳でアメリアを睨むと、アメリアは俯いた。
「母上、わたしとシエルは・・」
「あなたがそう言うのなら、仕方無いわね。」
「お義母様!?」
「ありがとうございます。」
「わたしは認めないわ!」
アメリアはそう叫ぶと、セバスチャンを睨みつけた。
「あの子がどうなってもいいの!?」
「坊ちゃんから、あなたへの伝言です。“身の程を弁えろ”とね。」
アメリアは無言で自室に入って荷物を纏めると、ミカエリス邸から出て行った。
数日後、セバスチャンとアメリアの離婚が成立した。
「伯爵、かなり痩せたね。酷い顔をしているよ。」
「うるさい、黙れ。」
アンダーテイカーはシエルを診察した後、お腹の赤ん坊が双子である事をシエルに告げた。
「暫く入院して貰うよ。」
「わかった。」
「産むのも育てるのも、大変だからね。」
「スケートは、出来るのか?」
「周りの協力が不可欠だね。まぁ、今度は赤ちゃん達の事だけを考えて。」
「わかった・・」
半年後、シエルは帝王切開で双子を出産した。
「可愛い~!」
「寝ている時だけは可愛いぞ。」
見舞いに来たエリザベスにそう言いながら、シエルはベビーベッドの中で眠っている双子を見た。
男女の双子―セバスチャンに似た女児と、自分に似た男児は、産声を上げた瞬間から、良く泣いた。
手術後の痛みに耐えながら、シエルは双子に授乳したり、おむつ替えをしていたりしたが、一日が終わる頃にはクタクタになっていた。
こんな調子でスケートに復帰出来るのだろうか―そんな事を思いながら、シエルは双子の育児に奮闘していた。
そんな中、シエルはある悩みを抱えていた。
それは、ブラジャーがすぐにきつくなってしまう事だった。
初潮を迎えた頃は平らだった胸が、出産後急に大きくなった。
(どうしようか・・)
「坊ちゃん、入りますよ?」
「入れ。」
「失礼致します。」
セバスチャンがシエルの病室に入ると、シエルは何やらスケッチブックの上にデザイン画らしきものを描いていた。
「それは、何ですか?見たところ、下着のようですが・・」
「これは、授乳ブラだ。胸が急に大きくなって、今までつけていた物が合わなくなった。ニナに頼んで作って貰うのもいいが・・」
「やはり、そういった物は自分で拘って作りたいと・・」
セバスチャンがそんな事を言いながらシエルに微笑んでいると、双子が急に泣き出した。
「育児にスケートに仕事・・色々やる事が沢山あるな。」
「ええ。」
セバスチャンはそう言ってシエルに男児―アトラスをあやしながら、妻と子供達は自分の命を代えても守ろうと思った。
「ノエル、アトラス、三歳の誕生日おめでとう!」
「おめでとう!」
シエルとセバスチャンの間に生まれた双子、ノエルとアトラスの誕生パーティーはファントムハイヴ家で盛大に行われた。
「ヒッ、ヒッ、可愛い子ちゃん達、小生にとびっきりのハグをおくれよ~」
アンダーテイカーがそう言って両手を広げると、ノエルとアトラスは躊躇いなく彼の胸の中に飛び込んだ。
「今日は来てくれてありがとう、アンダーテイカー。」
「元気そうで良かったよ、伯爵。」
アンダーテイカーは、ミッドナイトブルーのドレスを着たシエルを見てそう言うと笑った。
「それにしても凄いねぇ。この三年の間にファントムハイヴ社の新事業を立ち上げて大きく展開させるだけではなく、スケートに復帰するなんてさぁ。やっぱり、執事君のお陰かなぁ。」
アンダーテイカーはそう言うと、客達と談笑しているセバスチャンを見た。
「今も昔も、彼の君への献身ぶりは変わらないねぇ。そういや、双子の片割れはどうしたんだい?」
「兄さんなら、リジーと・・」
「テイカー、久し振りだな。」
「そんな怖い顔をしないでおくれよ。」
「少しお前と話したい事がある、いいか?」
「小生は構わないさ。」
「兄さ・・」
「シエル、そのドレス良く似合っているわ。」
「そうか?」
「昔のシエルも可愛かったけれど、今のシエルの方がもっと可愛い~!」
エリザベスはそう叫ぶと、シエルに抱き着いた。
「おやおや、相変わらず仲のいい事で。」
二人の元に、いつの間にかセバスチャンが来ていた。
「セバスチャン、シエルのドレスはあなたが選んだの?」
「えぇ。」
「双子ちゃん達の服も?」
「あの子達の服は、シエルが選んでいるんですよ。」
「二人共幸せそうで良かったわ。」
三人で談笑している姿を、遠くからある男が見ていた。
「ケルヴィン男爵、こちらにいらしていたのですか?」
「ファントムハイヴ伯爵、本日はお招き頂きありがとうございます。」
(あぁ、何て美しい人達なんだ。)
ヴィンセント達が纏う、“美”に、いつしかケルヴィン男爵は魅せられてしまった。
(決して掴む事が出来ない美しい蒼い月・・お願いだよ、僕もその仲間に入れておくれ。)
双子達を乳母に預け、スケートリンクへと向かったシエルは、背後に強烈な視線を感じて振り向いたが、そこには誰も居なかった。
(気の所為か・・)
シエルが再び歩き出すのを、茂みの中からケルヴィン男爵が見ていた。
「何を見ていらっしゃるのですか?」
「ひぃっ!」
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蒼い蝶 第1話

2024年07月08日 | 黒執事 腐向け和風転生ファンタジーパラレル二次創作小説「蒼い蝶」
「黒執事」二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。


シエルが両性具有です、苦手な方はご注意ください。

二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。

蝉の鳴 き声が、暑さを加速させる。

不破シエルは、酷暑の中自転車で学校へと向かっていた。
明日から夏休みだが、この酷暑の中を自転車で自宅から学校へと往復するのは辛い。
「あ~、疲れた。」
シエルはそう呟きながら、自転車を自転車置き場に停めると、一羽のカラスが彼に近寄って来た。
「何だ、お前は?あっちへ行け!」
シエルが手でカラスを追い払うと、カラスは悲しそうな声で鳴いた。
(全く、今日はついていない!)
夏休みに大量の宿題が出されるわ、自転車のタイヤが坂道でパンクするわで、シエルにとっては災難な一日だった。
シエルは苛立ち紛れに祠を軽く蹴飛ばし、その場から立ち去ろうとした。
だがその時、一人の男が、シエルの進路を塞いだ。
彼は漆黒の羽根を広げ、じっと暗赤色の瞳でシエルを見つめた。
「あなたが、わたしを呼んだのですか?」
「お前、誰だ?」
「わたしは、この祠に祀ってあった神ですよ。あなた、微力ながら霊力がありますね。」
「まぁな・・」
シエルは、日本人の母と英国人の父との間に産まれた。
父は早くに亡くなってしまったと母から聞かされていたが、その母も交通事故で亡くなってしまった。
母の死後、シエルは母方の親戚に引き取られ、宮司を務めている伯父の神社の手伝いをしている。
その時、伯父からシエルは母の血筋―巫女の霊力をひいていると言われた事があった。
その所為か、シエルは幽霊や妖怪など、“人ならざるもの”が視えてしまうのだ。
まぁ、それで一度も困った事はないし、幽霊よりも生きている人間の方が怖いので、シエルはその力がある事を気にしていなかった。
だが、今自分の前に居る男の存在は邪魔で仕方ないので、シエルは男に声を掛けた。
「おい、邪魔だからそこを退け。」
「おやおや、生意気なガキですねぇ。目上の人間に対して口の利き方がなっていませんね。」
「いいから、退け!」
イライラしたシエルは男を押し退けようとしたが、彼はビクともしなかった。
「“お願いします”は?」
「お願いします・・」
男はそう言って笑うと、シエルに道を譲った。
(変な奴に絡まれたな。)
シエルがそう思いながら帰宅すると、伯父達の姿は家の中になかった。
『ハワイに行って来ます、留守番よろしく!』
リビングのダイニングテーブルの上に置かれたメモを見たシエルは、溜息を吐いた。
伯父一家が五泊六日のハワイ旅行に行った事を、シエルはすっかり忘れてしまっていた。
冷蔵庫の中には簡単に調理できる食材があるので食べる物には困らないのだが、問題は一週間後に開かれる夏祭りの準備をどうするかだった。
都会と比べて、娯楽が少ない田舎にとって夏祭りは、一大イベントなので、準備にも気合が入る。
シエルはこれまで夏祭りの準備に余り関わらなかったが、これからは町民の一員として無視出来ないので、今から夏祭りの準備を考えると憂鬱で仕方なかった。
エアコンが効いた室内で夏休みの宿題を片づけていたシエルは、誰かがこの家に近づいて来る気配を感じた。
「誰だ、そこに居るのは?」
「漸く見つけたぞ。」
シエルは、家に侵入して来た鬼に押し倒されていた。
「“鬼姫”、積年の恨み、ここで晴らしてくれようぞ!」
「汚い手で、わたしの姫様に触らないで下さい。」
頭上からバリトンの美しい声が響いた後、シエルに覆い被さっていた鬼の首が鮮血を噴き出しながら中庭へと転がっていった。
「お前は、あの時の・・」
「漸く見つけましたよ、姫様。」
そう言ってシエルを抱き締めたのは、漆黒の羽根を広げた男だった。
「さぁ、わたしの名を呼んで。」
―セバスチャン
「セバスチャン・・」
「良く出来ました。姫様には、ご褒美をあげましょうね。」
男―セバスチャンは、そう言うとシエルの唇を塞いだ。
「んっ・・」
ファーストキスを奪われたシエルだったが、セバスチャンのキスは甘くて美味しかった。
「もう、止めておきましょうか?」
「・・続けろ。」
セバスチャンとキスをしている内に、シエルは身体の奥が甘く疼くのを感じた。
「もっと欲しいのですか?」
セバスチャンの問いに、シエルは静かに頷いた。
「欲張りな方ですね。」
シエルの脳裏に、何処か懐かしい光景が浮かんだ。
―セバスチャン、ごめんね。
シエルは、何処か悲しそうな顔を浮かべているセバスチャンの頬を撫でた。
―また、会える事があったら・・
「ん・・」
シエルが目を覚ますと、隣には裸のセバスチャンが眠っていた。
朝の静寂は、シエルの悲鳴で破られた。
「な、何で・・どうして、僕が・・」
「あなたが望まれたからですよ。」
セバスチャンはそう言いながら、シエルの髪を撫でた。
「お身体は、辛くないですか?」
「あぁ、それよりもお前、どうして僕の家に居る?」
「それは、わたしがあなたの背の君だからですよ。」
「蝉?」
「蝉ではありません、わたしはあなたの夫です。」
「ふざけるな~!」
シエルの怒声は、隣町の集落まで響いた。
「ヒッ、ヒッ、ヒッ、良い目覚まし時計代わりになったねぇ。」
長い銀髪と九本の尻尾をなびかせながら、一匹の妖狐がそう言ってシエルが居る集落の方を見た。
「可愛い仔猫ちゃんと会うのが楽しみだねぇ。まぁ、恋敵が居るようだけど、小生は負ける気はしないけれど。」
(一体何なんだ、あいつは!いきなり現れて、勝手な事を言って・・)
シエルはシャワーを浴びながら、自分の首筋から胸元にかけて散らばったキスマークに気づいて頬を赤らめた。
「おはようございます。本日の紅茶はアールグレイ、ティーカップはウェッジウッド、朝食はハムエッグのコブサラダ添えでございます。」
リビングに入ったシエルを、セバスチャンは笑顔で迎えた。
「お前、僕はまだこの家にお前を置くと決めた訳じゃないぞ。」
「つれない事を言うのですね。昨夜はあんなに愛し合ったというのに。」
「やめろ!」
シエルはセバスチャンが作った朝食を食べ終えると、駅前にあるスーパーへと向かった。
「姫様、こちらを。」
「その呼び方を止めろ、気色悪い!」
「それは申し訳ございません。」

そう言いながらシエルの頭上に日傘をさすセバスチャンの姿を、シエルのクラスメイト達が見ていた。

「姫様・・」
「だから、その気色悪い呼び方は止めろ!僕には、シエルという名がある!」
「では、シエル様とお呼びした方が良いのですか?」
「好きにしろ!」
そう言って耳まで赤く染めるシエルの姿は、“昔”から変わっていなかった。
(ここが、すぅぱぁですか。わたしが知らぬ間に世の中は便利になったものですね。)
「早く来い!」
「はいはい、わかりましたよ。」
シエルがスーパーで買い物を終え、店の外へと出た時、突然雷鳴が轟き、雨が降り始めた。
「ついてないな。」
「雨は、止みますよ。」
そう言ったセバスチャンの横顔は、何処か悲しそうだった。
「セバスチャン・・」
「あ、シエルじゃん!」
「買い物?てか隣の人、誰?」
セバスチャンと雨が止むのを待っていたシエルは、クラスメイト達から話し掛けられ、顔を強張らせた。
「初めまして。わたしはシエル様の遠縁の従兄で、セバスチャン=ミカエリスと申します。」
そう言ってシエルのクラスメイト達に笑みを浮かべたセバスチャンだったが、目は全く笑っていなかった。
「あ、どうも・・」
「シエル、またな!」
クラスメイト達が去った後、セバスチャンはそっとシエルの手を握った。
「大丈夫ですか?」
「あぁ・・」
シエルの手を握った時、セバスチャンの脳裏に、学校で孤立しているシエルの姿が浮かんだ。
―気味が悪い子ね。
―本当。
母親の葬儀で、一人親族席に座り、親族達の陰口に耐えるシエル。
―どうするのよ、あの子?
―仕方無いだろ、他に引き取り手がないんだから。成人するまでの辛抱だ。
引き取られた伯父一家に煙たがられるシエル。
(あなたは、今まで辛い思いをしてきたのですね。)
震えるシエルの小さな肩を抱き締めたい衝動に駆られたが、セバスチャンはそれをぐっと堪えた。
「どうした?」
「いいえ、何でもありません。」
雨は、夜になっても止まなかった。
「セバスチャン、どうした?お前、さっきからおかしいぞ?」
「いいえ。ただ、昔の事を思い出してしまって・・」
「昔の事?」
「えぇ。シエル様は、戊辰戦争をご存知ですか?」
「まぁ、少しだけなら・・」
この町は、戊辰戦争時に旧幕府側として参戦し、家臣達やその家族は、藩主と共に運命を共にしたという。
白虎隊や娘子隊の悲劇などは、百五十年以上もの歳月が経った今でも語り継がれている。
「わたしは昔、ある藩の藩士だったのです。昔の貴女・・呼び方が紛らわしいので、ここでは、妻としますね。妻は、わたしとは幼馴染でした。あの戦の時、妻は家族と共に自害しましたが、急所を外して苦しんでいました。その時、わたしが妻の介錯をしました。」
介錯、という言葉を聞いたシエルは、生まれつき首に残っている火傷のような痣を無意識に触っていた。
「わたしもその場で自害しようと思いましたが、官軍の捕虜になってしまって・・その後の事は、憶えていません。」
「そうか。漸くこの痣の謎がわかった。セバスチャン、お前は僕の事を、“昔”の僕と重ねて見ているのか?」
「未練がましいでしょう?でも、あなたと再び会えて嬉しいと思っているんですよ。」
「そうか・・」
シエルがセバスチャンの言葉を聞いて照れ臭そうに笑った時、突然締め切っていた縁側の雨戸が勢いよく開かれた。
「漸く会えたね、仔猫ちゃん。」
そう言った銀髪の妖狐は、黄緑色の瞳でシエルを見つめた。
「何だ、貴様は!?」
「誰かと思ったら、あの時の侍かい。今世でもこの子を娶るつもりなのかい?」
「シエル様、お下がりください!」
「ヒッ、ヒッ、そんなに警戒する事ないだろう?小生はただ、仔猫ちゃんの顔を見に来ただけさぁ。」
妖狐は黒く細長い爪を伸ばすと、その先でシエルの頬を撫でた。
「あぁ、やっぱり君の霊気は冷たくて気持ち良いねぇ~」
「いい加減、わたしの姫様から離れて下さいませんか?」
「嫉妬する男は見苦しいよぉ~」
二人の男達に挟まれ、シエルは堪らず二人に向かって怒鳴った。
「うるさ~い!」
伯父一家がハワイ旅行から帰って来たのは、夏祭りまであと一週間を切った頃だった。
「お邪魔しま~す!」
「あら、いらっしゃい。シエル、お友達が来たわよ~!」
「はい・・」
シエルが玄関先へとそこにはスーパーで自分に声を掛けて来たクラスメイト達の姿があった。
「僕に何の用だ?」
「これからみんなで肝試しに行くから、一緒にどうかなって思って。」
「肝試し?」
「ほら、近くの林の奥に、廃神社があるだろ?あそこ、出るんだってさ。」
シエルはクラスメイト達からの誘いを断ろうとしたが、無理矢理彼らに廃神社まで連れて行かれた。
「うわぁ、不気味な所だなぁ。」
「本当に出たりして。」
クラスメイト達がそんな事を言いながらはしゃいでいると、社の奥から不気味な笑い声が聞こえて来た。
「今のは・・」
「やっぱり出た~!」
「おい、待て!」
笑い声を聞いたクラスメイト達は、蜘蛛の子を散らすかのように廃神社から逃げていった。
「笑い声ひとつで怯えるなんて、今時の子供は軟弱ですね。」
「セバスチャン、どうして・・」
「ここに居るのかって?あなたの事が心配で、こっそりと後をつけて来たのですよ。」
セバスチャンはそう言うと、シエルを横抱きにして廃神社の奥へと向かった。
「ここでいいでしょう。」
「何をする気だ?」
セバスチャンがシエルを連れて行ったのは、廃業したと思しきモーテルだった。
そこは、モーテルといっても建物はなく、代わりにトレーラーハウスが点在している所だった。
セバスチャンはトレーラーハウスの中に入ると、ベッドの上にシエルを寝かせた。
「何をって、ナニをですよ。」
セバスチャンは慣れた手つきでシエルの服を脱がせると、その小ぶりな乳房と乳首にしゃぶりついた。
「あっ、いやぁっ・・」
「そんな事を言っている割に、ここは濡れているようですが?」
セバスチャンがそう言いながらシエルの膣を弄っていると、そこから甘い雫が滴り落ちた。
「セバスチャン・・」
「力を抜いて下さい。」
「あぁ~!」
セバスチャンのモノが、シエルの子宮を深く穿った。
「そんなにわたしを締め付けて、感じているのですか?」
「言うなぁっ!」
「動きますよ。」
「ひぃっ!」
セバスチャンはシエルの両足を己の両肩に掛けると、腰の動きを速めた。
「いじめてしまいましたね。」
セバスチャンに激しく責められ、気絶してしまったシエルの身体を清めながら、セバスチャンは溜息を吐いた。
「ハァ~イ、ちょっとお邪魔するよぉ。」
「またあなたですか。」
セバスチャンが少し苛立ったような顔を妖狐に向けると、彼はセバスチャンの羽織の下に隠されているシエルの下半身を見ようとしたが、セバスチャンに阻まれた。
「独占欲丸出しなのは、昔から変わってないねぇ。」
「一体、何の用なのですか?」
「いえね、最近仔猫ちゃんを狙っている輩がこの辺をうろついているみたいだから、君に伝えておこうと思ってねぇ。」
「それはわざわざどうも。」
「まぁ、あいつは人だねぇ。でも、危険な臭いと気配がするんだよねぇ。」
夏祭りの前夜祭当日の朝、シエルの元に町の呉服屋がやって来た。
「ご注文の品を持って参りました。」
「おい、こんなに注文しなくてもいいだろう?」
「何をおっしゃるのです、シエル様は祭りの間だけでも着飾って頂かなければ、この町の沽券に関わります。」
「そうよシエル、あなたも年頃の娘なんだから、お洒落しないと。」
「あぁ、わかった・・」
今まで、シエルは己の“呪われた”身体の所為で着飾る事をしなかった。
「さぁ、わたしが化粧をしますから、目を閉じて。」
「わかった・・」
セバスチャンに化粧をされ、かつらをつけた自分の顔を鏡で見たシエルは、驚きの余り絶句した。

(これが、僕・・?)

「あ、出て来たぞ!」
「可愛らしい巫女さんだねぇ。」
「本当に。」

神社の境内に現れた巫女装束姿のシエルを、一人の男が鼻息を荒くしながら望遠レンズをつけたカメラで連写していた。

(嗚呼、何て可愛いんだ!)
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狼の花嫁 第1話

2024年07月03日 | FLESH&BLOOD 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説「狼の花嫁」
「FLESH&BLOOD」の二次小説です。

作者様・出版社様は一切関係ありません。

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。


遠くでフクロウの鳴き声が聞こえる中、一人の少女は只管暗い森の中を走っていた。

(早く、ここから逃げないと・・)

着ているドレスが泥だらけになっても、少女はその足を止める事はしなかった。
何故なら―

(何、今の・・何か、向こうの茂みで・・)

少女が茂みの方へと持っていたランタンを向けた時、その奥から“何か”が飛び出して来た。
鋭く光る“何か”の眼を見たのが、少女が見た最期の光景だった。
「また、やられちまったんだとよ・・」
「可哀想に・・」
「これで、何人目だろうねぇ・・」
森の中から少女の遺体が見つかったのは、彼女が失踪して五日後の事だった。
そのニュースを聞いた村人達は、決まって皆口を揃えてこう言った。
“狼が、娘を攫って殺した”と。
森の奥から、狼の鳴き声が聞こえて来た。
(狼か・・)
東郷海斗は包丁で野菜の皮を器用に剥きながら、狼が居るであろう森の方へと目を向けた。
「カイト、朝飯の下拵えは済んだのかい!?」
「はい、もう終わりました!」
「そう。じゃぁ、公演の時間までゆっくり休んでおきな。」
「はい。」
海斗は厨房―といっても、天幕を張っただけの簡素な所から出て、真紅の天幕の中へと入っていった。
そこは、海斗だけの空間だった。
彼がこのサーカス団で暮らし始めたのは、一年程前の事だった。
「え、クビ!?」
「済まないねぇ、工場の経営が苦しくて・・」
孤児院から出て、二年位勤めていた紡績工場が不況の煽りを受け、人員削減の所為で海斗は解雇された。
海斗が僅かな所持金と私物が詰まったトランクを持って向かった先は、サーカスだった。
そこで夢のような体験をした海斗は、“団員募集”のチラシを見つけ、面接を受けた。
「下働きでも何でもします!ここで働かせて下さい!」
こうして、海斗はサーカス団「ペガサス座」の団員となった。
最初は下働きだったが、海斗は踊りの才能を見込まれ、一軍メンバーとして活躍する事になった。
「寒っ・・」
海斗はトランクの中から、ギンガムチェックのショールを取り出すと、それを肩に掛けた。
春先とはいえ、この地方は朝晩の冷え込みが厳しい。
海斗はソファに横になると、そのまま眠った。
「ねぇ、何だいあの立派な馬車は?」
「さぁねぇ・・」
公演まで一時間を切った頃、「ペガサス座」の天幕の前に、一台の四頭立ての馬車が停まり、中から軍服姿の青年が出て来た。
「皇太子様、よろしいのですか?このような場に・・」
「市井の人々の暮らしを垣間見るのも、王族としての務めだろう?」

そう言った英国皇太子・ジェフリー=ロックフォードは、口端を上げて笑った。
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蒼い鳥 第1話

2024年07月03日 | FLESH&BLOOD ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説「蒼い鳥」
「FLESH&BLOOD」二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

1873年、ロンドン。

「産まれたぞ!」
「男か、女か?」
「その子は化物よ、早く捨てて来て!」
ヒステリックな女の声が、彼女の寝室から聞こえて来たので、廊下に居た使用人達は驚き、互いの顔を見合わせた。
やがて寝室から、赤子の乳母が赤子を抱いて出て来た。
「リリー、その子をどうするんだい?」
「わたしが、育てるわ。」
10月の寒空の下、リリーは長年勤めていた屋敷を解雇された。
だが、彼女は己の腕に抱いている赤子を育てる事だけを考えた。
ロンドンを離れ、彼女が向かったのは、プリマスだった。
そこには、リリーの育ての親であるイーディスが、食堂兼宿屋を営んでいた。
「お帰りなさい、リリー。」
「ただいま、イーディス。」
「その子は?」
「今日から、わたしの子になったの。」
「そう。」
イーディスは深く詮索せずに、リリーと赤子を受け入れた。
今まで育児の経験がなかったリリーは赤子の世話に悪戦苦闘していたが、イーディスの助けて貰いながら赤子を育てた。
それから17年後、プリマスにある食堂兼宿屋『白鹿亭』は、今日も繁盛していた。
店の名物は、海斗とリリーが作る香草パンだった。
「カイト、小麦粉を買って来て!」
「わかった!」
「気を付けてね!」
『白鹿亭』から出た海斗が買い物籠を持って『グレイス食料品店』に入ると、そこには英国海軍の軍服を着た青年が店員と揉めていた。
「卵はこれだけなのか!?」
「申し訳ありません。」
「もういい!」
海斗は今にも泣きそうになっている店員の元へと向かった。
「大丈夫?」
「ええ。」
「あんなクソ野郎なんて、地獄に落ちればいいんだ。」
「カイト、小麦粉どうぞ。」
「ありがとう。」
『グレイス料理店』から出た海斗は、店の入口で一人の青年とぶつかった。
「済まない、怪我は無いか?」
「はい・・」
ぶつかった拍子にバランスを崩した海斗を助けてくれたのは、英国海軍の軍服を着た、金髪碧眼の美青年だった。
(同じ軍人でも、あんなに違うのかねぇ・・)
海斗が食堂で忙しく働きながらそんな事を思っていると、先程『グレイス食料品店』で店員と揉めていた男が、急に海斗の腕を掴んだ。
「おいお前、酌をしろ!」
「お客さん、そういうサービスを受けたいのなら、よこへ行きな!」
「何だと!」
海斗と男が揉めていると、そこへあの青年がやって来た。
「このお嬢さんの言う通りだ、ジョー。」
「畜生、覚えてろよ!」
男はそう叫ぶと、『白鹿亭』から出て行った。
「カイト、大丈夫!?」
「うん・・ごめんね、リリー。」
「あなたが謝る事は無いわ。あんなクソ野郎は出禁にしてやるわ。」
リリーはそう言うと、海斗の肩を励ますかのように叩いた。
「助けてくれて、ありがとう。」
「いや、俺はこんな可愛い子ちゃんと一度、話がしたかったのさ。」
「え・・」
「女将、暫くこの子をかりてもいいか?」
「構いませんわ。」
リリーはそう言うと、海斗とジェフリーを夜の街へと送り出した。
「あの・・さっきは、どういう意味であんな事を?」
「言ったのかって?あれは本心からだよ。自己紹介が遅れたな、俺はジェフリー=ロックフォード。」
「俺はカイト。」
「なぁカイト、その髪は地毛なのか?」
「うん。やっぱりこの髪、変かな?」
「いや、とても綺麗だ。」
ジェフリーと海斗は、“ホーの丘”まで歩いた。
「また、会える?」
「会えるさ、お前が望めば。」
「うん。」
ジェフリーと『白鹿亭』の前で別れた海斗は店の二階にある自室に入ると、結っていた髪を解き、ウェストを締め付けているコルセットの紐を緩めた。
「ふぅ・・」
「カイト、今入っても大丈夫?」
「うん。」
リリーが海斗の部屋に入ると、彼女は寝間着姿でベッドに横になっていた。
(あの人に、また会いたいな。)
翌日の昼、ランチタイムで賑わう『白鹿亭』の前に、立派な四頭立ての馬車が停まった。
「立派な馬車だねぇ。」
「本当に。」
「一体どなたの馬車なんだろうね?」
客達がそんな事を言っていると、馬車から一人の青年が降りて来た。
長身を仕立ての良いフロックコートに包んだ男は、厨房から出て来た海斗の前に突然跪いた。
「お迎えに上がりました、お嬢様。」
「え?」
「大奥様が、あなたをお呼びです。わたくしと共に、ロンドンへ・・」
男がそう言って海斗を見ると、彼女は気絶し床に倒れていた。
「あなた、誰?カイトに何をしたの?」
「失礼、わたしはビセンテ=デ=サンティリャーナと申します。エルフィリン子爵家より、カイト様をお迎えに上がりました。」
「エルフィリン子爵家ですって?」

そこは、リリーが17年前に海斗と共に追い出された、元職場だった。
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