BELOVED

好きな漫画やBL小説の二次小説を書いています。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。

天津風

2024年05月15日 | FLESH&BLOOD 千と千尋の神隠しパラレル二次創作小説「天津風」
「FLESH&BLOOD」の二次小説です。

作者様・出版社様は一切関係ありません。

何で、こんな事になったんだろう。
東郷海斗は、車の後部座席で退屈そうに次々と流れていく風景を見ながら、何度目かの溜息を吐いた。
「海斗、溜息を吐いたら幸せが逃げるわよ。」
「わかっているよ・・」
「ねぇママ、ロンドンに帰りたいよ。」
「しょうがないでしょう、パパのお仕事の都合で、こっちの支社に転勤になったんだから。」
海斗の父親・東郷洋介に三舛商事ロンドン支社勤務から、日本のある地方支社への転勤が決まったのは、コロナ禍で業績が悪化した所為だった。
それまで英国で育ち、その首都ロンドンで長年暮らして来た洋明にとって、海と山しかないド田舎に住むなんて、まるでサハラ砂漠のど真ん中で置き去りにされるに等しいものだった。
文句を言いながらロンドンのヒースロー空港で購入したスナック菓子に片手を突っ込み、絶え間なく口を動かしながらその中身を食べる次男を車の助手席から窘めていた友恵も、彼と同じ気持ちらしい。
(今更日本で暮らせって言われてもな・・まるで浦島太郎になった気分だよ。)
小学校入学前からイングランドで暮らして来た海斗にとって、祖国である日本は「異国」そのものだった。
せめて東京か大阪などの大都市に住むのだったらいいのだが、名前も知らない地方の町に住むなんて、最初から詰んでいるとしか思えない。
「海斗、これから通う高校は電車で片道二時間くらいかかるけれど、大丈夫?」
「まぁ、なんとかね・・」
それまで全寮制の寄宿学校に籍を置いてた海斗だったが、これからは電車で片道二時間もかかる距離にある公立高校へ通う事になっている。
自分だけでもイングランドで暮らせないかと海斗は一度、洋介に交渉したが、彼は海斗の言葉に首を横に振り、こう言っただけだった。
「これはもう決まった事なんだ。それにお前はまだ未成年だ。」
早く大人になりたい―親の庇護下・管理下で己の全てを決められる人生から、海斗は早く抜け出したくて堪らなかった。
そんな彼の思いが天に通じたのかどうかわからないが、東郷一家は引っ越し先の家―高台で町を一望できる家がある高級住宅地へと入る道を洋介が間違え、見知らぬ廃神社らしき前へと来てしまった。
「ねぇママ、あれ何?」
「祠、神様のお家よ。それにしても、不気味な所ねぇ。」
「お腹空いたよ、ママぁ。」
「そうだな、早く何処か店で食べよう。」
洋介がそう言って車のエンジンを掛けようとしたが、車はうんともすんとも言わなかった。
どうやらエンストしたらしい。
洋介はすぐさま持っていたスマートフォンで自動車修理サービスの番号へと掛けようとしたが、その画面に表示されているのは「圏外」という絶望の代名詞そのものだった。
「ねぇママ、あそこにトンネルがあるよ。」
「あらぁ、そうね。」
「ここでじっとしても仕方が無いから、行ってみるか。」
海斗達は車から降りて、廃神社の祠の向こう―朱色のトンネルの中へと入った。
トンネルを抜けると、爽やかな風が吹いていて、サワサワと時折夏草が揺れていた。
「気持ち良いわね。」
彼らが草原を抜けると、そこにはカラフルな建物が建ち並んだ小さな町があった。
「ここは恐らく、バブル期に作られたテーマパークか何かの廃墟だろう。おい洋明、何処へ行くんだ!?」
「パパ、ママ、ここに食べ物があるよ!」
洋明が爛々と目を輝かせながら向かった先には、彼が好きそうなハンバーガーやピザ、フライドポテトが軒先に並んでいる一軒のレストランがあった。
「美味しい、生き返るわねぇ!」
普段ジャンクフードを嫌い、食べる事はおろか、テレビで大手ファストフードチェーン店のCMを観るのも嫌がっていた友恵は空腹には勝てなかったのが、恥も外聞もなくピザに勢いよくかぶりついた。
「勝手に食べていいの?」
「いいのよ、カード持っているんだから。海斗も食べなさいよ。」
「いや、俺はいい。」
これまで隣でスナック菓子を豚のように貪り食っている弟の姿を見て来た海斗は食欲が全く湧かず、レストランに三人を残して周囲を散策する事にした。
まるで時代劇のセットのような朱色の橋を渡った先には、昔時代劇で観た吉原遊郭の街並みが一体化したような建物があった。
(何だ、ここ?)
そう思いながら海斗が暖簾の中を覗き込もうとした時、彼は突然何者かによって腕を強く掴まれた。
痛さに顔を顰めながら海斗が背後を振り向くと、そこには水干姿の一人の少年が立っていた。
艶やかな漆黒の髪をポニーテールにした彼は、美しい翠の瞳をカッと見開いた後、海斗にむかってこう叫んだ。
「ここへ来てはいけない!」
「え?」
「まだ間に合う、日没までにここへ来る前の場所まで戻れ!」

(何だ、あいつ!)

初対面だというのに少年は居丈高な口調でそう叫んで海斗の背を乱暴に押した。
海斗がむかむかしながら両親と弟が居る店へと戻ると、そこに彼らの姿はなく、居たのは彼らの服を着た醜い豚だった。
「お父さん、お母さん、洋明、早くここから逃げないと!」
海斗が家族と思しき豚の背中を揺すると、彼らは海斗に向かってぶぅと鳴き、鼻先でフライドポテトの残りを突いていた。
すると、ハエたたきのようなものが店の奥から出て来ると、豚達を何者かが打ち据えた。
海斗が目を凝らして奥の方を見ると、そこには黒い影のようなものがあった。
海斗は悲鳴を上げて、店から飛び出していった。
すると、店の周辺から黒い影が次々と出て来た。

“おいで”
“おいでよ~”

夢中になって海斗が草原へと向かったが、そこには来た時にはなかった川があった。
そして、向こうから船が徐々にこちらへとやって来るのが見えた。
船から降りて来たのは、様々な姿形をした者達が出て来た。

(これは夢だ・・)

目を閉じてそう自分に言い聞かせた海斗だったが、彼は間もなく己の身体に起きている異変に気づいた。
「透けている!?」
自分の全身が、まるで幽霊のように透けてしまっている。
パニックになった海斗が叫んでいると、誰かが彼の肩を優しく叩いた。
「大丈夫、これをお飲み。」
海斗が振り向くと、そこには先程変な建物の前で自分に怒鳴って来た謎の少年が立っていた。
彼は、丸い飴のような物を海斗に差し出した。
「毒は入っていないよ、お飲み。」
飴のような物を少年から受け取り、飲み込んだ海斗は、自分の身体が透けていない事に気づいた。
「あ・・」
「身を屈めて!」
少年はそう言うと、海斗の身体に覆い被さった。
海斗が上空を見ると、そこには顔がついた烏のようなものが飛んでいた。
「あれは?」
「ラウルの手先だ。君を捜しているんだ。」
少年はおもむろに海斗の手を掴むと、風のように何処かへと駆けていった。
辿り着いたのは、あの変な建物の前だった。
橋の両端には、白拍子のような恰好をした女達が、船から降りて来た者達を笑顔で出迎えていた。
「この橋を渡り終えるまで、息をしてはいけないよ。息をしたら、彼らに人間だと気づかれてしまう。」
海斗は少年の言う通りにしようとしたが、橋をもうすぐ渡り終えようとした時、二人の前に一匹の蛙が飛んで来た。
「翠様、何処に行っておった~!」
蛙が甲高い声で喋り出したので、海斗は思わず噴き出してしまった。
「人間だ!」
「人間がいるぞ!」
周囲が騒ぐ声を聞いた少年は舌打ちすると、海斗を喧騒の中から連れ出した。
「ねぇ、これから俺はどうすればいいの?」
「この階段の一番下に、ボイラー室がある。そこにルーファスが居るから、彼にラウルの元へ連れて行ってくれと頼むんだ。いいかい、ラウルの元へ行ったら、ここで働かせてくれとだけしか言ってはいけないよ、いいね?」
海斗が頷くと、少年は彼に優しく微笑んだ。
「良い子だ。」
「あの、あなたの名前は?」
「わたしの名は翠(あきら)だ。カイト、健闘を祈っているよ。」
(何であいつ、俺の名前を知ってるの?)
海斗は少年と別れ、ボイラー室へと向かった。
「てめぇら、サボってんじゃねぇぞ、今日は忙しいんだ、さっさと働け!」
ボイラー室の扉を開けて海斗が中へと入ると、そこには大男が濁声で石炭を運ぶ小さい黒い者達に向かって怒鳴っていた。
「あのう・・」
「あぁ、何だ坊主?人手なら足りてるぜ、他を当たんな!」
「ラウルの元へは、どうすれば行けますか?」
「タダで教えてやれる程、俺達は暇じゃねぇんだ!」
「じゃぁ、どうすれば・・」
「そこの石炭をボイラーに放り込め、話しはそれからだ!」
ルーファスの濁声に怯えた海斗は、足元に転がっていた石炭をボイラーの中に放り投げた。
すると、彼の足元に蠢いていた黒い塊が、自分達が運んでいた石炭を海斗の足元に次々と持って来た。
「こらあ、サボるんじゃねえ!お前も、人の仕事を取るんじゃねぇ!」
ルーファスからそう責められ、海斗が涙ぐんでいると、ボイラー室の壁が突然開いて一人の青年がやって来た。
「ルーファス、どうした?」
「おかしらぁ、聞いてくだせぇ、このガキが・・」
「あぁ、こいつは上でさっき騒いでいた子か、人間の子が来たって。」
青年は美しく澄んだ蒼い瞳で海斗を見ると、悪戯っぽい笑みを口元に浮かべた。
「ルーファス、こいつは俺に任せて、仕事に戻れ。」
「いいんですかい?」
「いいも何も、俺は丁度こいつを捜していたんだ。お前、名前は?俺はジェフ。」
「俺は海斗。」
「じゃぁカイト、俺について来い。ラウルの元へ案内してやる。」
謎の青年に連れられ、海斗はラウルの元へと向かった。
「ラウルって、何者なの?」
「この湯屋を取り仕切っている奴だ。会えばわかるさ。」
ラウルの部屋へと向かうエレベーターの前で青年と別れ、海斗はラウルの部屋の前に立った。
ドアノッカーをよく見ると、それは蛇の形をしていた。
ノッカーでドアを叩くと、ドアは静かに開いた。
「さぁ、おいで。」
奥から声が聞こえたかと思うと、海斗は急に何者かに引き寄せられるかのように闇の中へと吸い込まれていった。
「うわあ!」
「うるさいね、大きな声を出すんじゃないよ。」
パチパチと薪が燃える暖炉の前へと放り出された海斗は、机の前に座っている一人の女と目が合った。
女は華奢な身体を漆黒のドレスに身を包み、淡褐色の瞳で海斗を見ると、細い指先を彼の唇へと向けた。
すると、海斗は急に喋れなくなった。
「まったく、お前の家族はとんでもないことをしてくれたねぇ。お客様にお出しする料理を豚のように貪り食って!まぁ、今から太らせておいた方がいいね。」
女は冷たく海斗を見下ろすと、彼の口に掛けていた魔法を解いた。
「さぁ、教えておくれ。お前をここまで連れて来たのは誰だ?」
「ここで働かせて下さい!」
「お黙り!」
「ここで働きたいんです!」
「黙れ!」
女―ラウルの結っていた淡褐色の髪がバラバラと解けたかと思うと、それはまるで蛇のように海斗の身体に巻き付いた。
「お前は、家族よりも頭が良いと思っていたけれど・・わたしが思っていたよりもずぅっと頭が悪いようだねぇ?まぁいい、お前には一生きつくて辛い仕事をさせてやろうかねぇ?」
海斗が泣きそうになっていた時、部屋の向こうから大きな音が聞こえて来た。
その直後、2メートル程ある大男が部屋に現れた。
「へ、変態だ~!」
海斗は、大男が“坊”とだけ書かれた赤い布一枚しか着ていない事に気づき、思わずそう叫んでしまった。
「うるさい、騒ぐんじゃないよ。ヤン、一体どうしたんだい?」
「寒い・・」
「後で部屋に暖房を入れてあげるから、出ておゆき。あ~あ、調子が狂って困るよ。」
ラウルは机の引き出しから一枚の契約書を取り出すと、それを海斗の前に放った。
「そこに名前をお書き。」
海斗が慌てて自分の名を書くと、ラウルはその契約書を自分の手元へと引き寄せた。
「ふぅん、海斗というのかい?贅沢な名だねぇ・・今日からお前の名は海だ!わかったら返事をおし、海!」
「はい・・」
ラウルは既に海斗に興味をなくしたようで、机の傍にあった呼び鈴を鳴らした。
すると、あの少年が部屋に入って来た。
「お呼びでしょうか?」
「その子を連れてお行き。」
エレベーターの中で、海斗は少年を見た。
やっぱり、彼はあの時自分を助けてくれた少年だ、間違いない。
「翠・・」
「気安くわたしの名を呼ぶな。これからはわたしの事は、“翠様”と呼べ。」
「嫌だよ、人間なんて。」
「臭いったらありゃしない。」
「ここの物を七日食べたら、臭いは消えるだろう。」
翠はそう言うと、ジェフに海斗を託すと、何処かへ行ってしまった。
「大丈夫か?顔真っ青だぜ?」
「お腹、空いた・・」
様々な事が一気に起こり過ぎてパニックを起こしていた海斗だったが、自分の身の安全が保障された今、急に腹が減って来た。
それもそうだ、最後に食事を取ったのは、英国から日本へ帰る飛行機の中で食べた機内食だけだったからだ。
「来な。」
ジェフは長い金髪を靡かせると、従業員部屋へと海斗を連れて行った。
「ぴったりだな。さてと、制服は見つかったし、後は食い物か・・」
彼は溜息を吐くと、着ていた服の懐から何かを取り出した。
それは、海斗が好きなクッキーだった。
「これは、さっきお客様のお座敷から少しくすねてきたんだ。」
「ありがとうございます。」
「明日朝早いからさっさと寝た方がいいぜ。」
そう言われても、海斗は目が冴えて暫く眠れなかったが、次第に眠りの底へと落ちていった。
「カイト。」
そっと、誰かが自分の肩を優しく揺さぶる感覚がして、海斗は薄目を開けて周囲を見渡すと、自分の前には翠が居た。
「おいで。」
彼に連れて行かれたのは、湯屋の近くにある豚小屋だった。
「お父さん、お母さん、洋明!」
豚小屋の隅で固まって眠っている豚となってしまった家族に声を掛けた海斗だったが、彼らは海斗の声に何の反応もしなかった。
「食べられちゃうの?」
「大丈夫だ、わたしがそんな事をさせない。」
翠はそう言うと、竹の紙で包んだサンドイッチを海斗に手渡した。
「お食べ、お前の為に、わたしが心を込めて作ったんだ。」
「頂きます・・」
海斗はサンドイッチを一口齧ると、堪えていた涙が一気に溢れ出した。
「今まで良く我慢したね。」
海斗は時を忘れて、翠に背中を擦られながらも大きな声で泣いた。
「また、会える?」
「お前が、そう望むのなら。」
湯屋での仕事は、海斗にとってはかなりきついものだった。
「まぁ、最初はこんなもんさ。慣れりゃ楽になるさ。」
「うん・・」
海斗がふと外の廊下を歩いていると、空に一頭の龍が美しく舞っている姿を見た。
「あれは・・」
その龍の姿を見た時、海斗の脳裏にある映像が浮かんでは消えていった。
「おい、どうした?」
「ううん、何でもない。」
昼を迎える前に、空は急に曇り始め、激しい雨が降り出した。
「あっちゃぁ、これじゃぁ客は来ねぇな。」
「商売上がったりだねぇ。」
そんな事を女達が話していると、入口の方から凄まじい悪臭が漂って来た。
「何、この臭い!」
「ひぃ、オクサレ様だぁ!」
「一体何を騒いでいるんだい?」
ラウルがそう言って従業員達をねめつけると、彼らは一斉にラウルの方へと振り向いた。
「・・海とジェフを呼んでおいで。」
「いらっしゃいませぇ・・」
海斗は全身から凄まじい悪臭を漂わせる“オクサレ様”を湯舟に案内した。
「さてと、これからどうするつもりかねぇ?」
ラウルがそう言って他の従業員達と海斗の様子を見ていると、彼は一番高価な薬湯の札を引っ張った。
「あいつ、一番高い湯を・・」
「お黙り。」
“オクサレ様”は、薬湯に頭から浸かった。
その拍子に、湯舟からコンビニのレジ袋やペットボトルなどのゴミが溢れ出て来た。
「一体どういう事だ、これは・・」
「海、このロープを使いな!」
「え?」
「この方は、“オクサレ様”ではないぞ!」
ラウルから渡されたロープを使った海斗は、それを“オクサレ様”の身体に刺さった棘のようなものに巻き付けた。
「お前達、何をしている、さっさと引っ張れ!」

従業員達が海斗達と共にロープを引っ張ると、自転車が次から次へと出て来た。

湯舟の中から、翁面のような顔がぼうっと浮かび上がって来た。

『良きかな。』

本来の姿を取り戻した川の神は、大量の砂金を空から降らしながら去って行った。

「海、良くやったね。あの方は名のある川の神だ。お前達にも褒美をやろうね。」

その日は、ラウルの大盤振る舞いで海斗達は大いに飲み食いをして楽しんだ。

(翠、何処に行っちゃったのかなぁ?)

海斗は暮れなずむ空を見つめて翠の事を想いながら、川の神から貰った団子を一口齧った。

苦い味が広がり、海斗は慌てて吐き出した。

海斗が湯屋に来てから、一月が過ぎた。
その間、彼は一度も翠の姿を見ていなかった。

「どうした、カイ?」
「翠、どうしちゃったのかな?」
「あいつは、ラウルに頼まれて出掛けているとか聞いたぜ。」
「ふぅん・・」
仕事が終わり、海斗が廊下から空を眺めていると、何か白い物がこちらへ向かっている事に気づいた。
(あれは・・)
海斗が目を凝らしてその白い物をよく見ると、それは間違いなくあの白い龍だった。
そしてその龍に、何かがまとわりついていた。
(鳥じゃない・・)
やがて龍はこちらへとやって来た。
その全身は傷だらけで、鳥のように見えたものは、白い人型の紙だった。
「翠・・」
海斗の声に反応して、龍は苦しそうに息を吐いた、
その口から、鮮血が滴った。
「大丈夫、怪我しているの?ねぇ・・」
龍はピンと耳を立てた後、ラウルの部屋へと向かっていった。
(どうしよう・・)
海斗は外の排水管を辿り、ラウルの部屋らしき所へと入った。
すると、そこは子供のおもちゃ等が雑然と並んでいる子供部屋だった。
「まったく、とんだ事をしてくれたよ。お前達、そいつを捨てておいで。」
ラウルの声が聞こえて来る事に気づいた海斗は、慌ててクッションの中へと潜った。
「こんな所に居たのかい、ヤン。」
「俺はいつになったらまともな服を着られるようになるんだ?」
「後少しだよ、我慢おし。」
ラウルはそう言ってヤンに口づけると、子供部屋から出て行った。
(行ったか・・)
「おい坊主、俺とお遊びしろ。」
「いやいやいや、そんな格好で言われても・・」
「俺は好きでこんな恰好をしているんじゃない。ラウルが嫌がらせで着せているだけだ。」
ヤンはそう言うと、尻を掻いた。
「翠!」
暖炉の前に、血塗れの龍は倒れていた。
「俺だよ、海斗だよ、わかる?」
そう必死に龍に呼び掛ける海斗の背後に、金色の蛇が忍び寄った。
蛇はとぐろを巻いたかと思うと、その鋭い牙を剥いて海斗に襲い掛かって来た。
「来るな、来るな~!」
龍は微かに呻き、静かに暖炉の中へと落ちていった。
「翠、駄目・・」
海斗は、龍と共に奈落の底へと落ちていった。
その頃、湯屋には黒い異形の化け物が現れ、大量の砂金を従業員達にばら撒いていた。
「いらっしゃいませ、お客様。」
「海だ、海を呼べ!」
コメント

美しい城に棲むのは・・ Ⅰ

2024年05月15日 | 薄桜鬼 美女と野獣風ファンタジーパラレル二次創作小説「美しい城に棲むのは・・」
「薄桜鬼」の二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。

―いいかい、“あのお城”には決して行ってはいけないよ。
―どうして?
―あそこには、恐ろしい化物が棲んでいるんだよ。化物に見つかったら、取って食われてしまうよ、だから・・

また、懐かしい夢を見た。

この村に古くから伝わる、“あの城”に纏わる伝説。

“森の奥にある美しい城に棲むのは、恐ろしい化物だ。”

(あの伝説は、本当なのかしら?)

「千鶴、いつまで寝てるんだい、さっさと起きな!」
階下から奥様の怒声が聞こえて来て、雪村千鶴はモゾモゾとシーツの中から出て、溜息を吐きながら“制服”に着替えた。

「今日はお寝坊さんだね?」
「すいません。」
「さっさと厨房の手伝いをしな。」
「はい。」
千鶴がこのホテルでメイドとして働き始めてから、もう半年となる。
彼女が生まれ故郷であるこの村にやって来たのは、父・綱道の看病と介護の為だった。
幼い頃に母を病で亡くした千鶴にとって、綱道は唯一人の肉親だった。
「千鶴・・お前に伝えたい事がある・・」
「なに、父様?」
「お前は・・わたしの子ではない。お前は15年前、さる高貴な御方からお預かりした・・」
「じゃぁ、わたしには本当の父様と母様が居るの?」
「あぁ・・そうだ。千鶴、これを・・」
死に間際、綱道は千鶴にある物を渡した。
それは、美しいピンク・サファイアのネックレスだった。
「このネックレスが、お前を必ず本当の両親の元へと導いてくれる・・」
「父様、嫌よ目を開けて、父様ぁ~!」
 父亡き後、一人になった千鶴は、このホテルで住み込みのメイドとして働き始めた。
 メイドの仕事はきついし、オーナー夫婦は厳しいが、他に行く所がないので、耐えるしかなかった。
「今夜は大きなパーティーがあるんだってさ!」
「へぇ。でもあたしらには、一生縁のない世界さ。」
「まぁ、暫くはあのケチ夫婦の機嫌が良くなりゃいいさ。」
「給料も弾んで貰えるし・・」
「さてと、今日もしっかりと働こうかね。」
同僚達の話を聞きながら、千鶴は黙々と働いていた。
休憩時間、千鶴が同僚達と軽い昼食を取っていると、そこへ支配人のマリウスがやって来た。
「チヅル、君宛の手紙が届いていたよ。」
「ありがとうございます。」
マリウスから手紙を受け取った千鶴は、差出人の名前が書いていない事に気づいた。
「恋文かい?」
「さぁ・・」
千鶴がそう言いながら便箋の封を開けると、その中からダイヤモンドを鏤めた美しい鍵が出て来た。

“これが、あなたが求める真実への鍵です。”

(何なのかしら、この鍵?)

「千鶴、ちょっと林檎を買って来て。」
「はい。」
ホテルの裏口から出た千鶴を、建物の陰からフードを被った男が見ていた。
「毎度あり~!」
雪が舞い散る中、千鶴は林檎が詰まった紙袋を手に、青果店からホテルへと戻っていく途中、誰かが自分の名を呼んでいる事に気づいた。

(気の所為かしら?)

「・・見つけたぞ。」

男はそう呟くと、雪の中へと消えた。
パーティーは、盛況だった。
新聞でよく見かける著名人や都会の貴族達が集まり、招待客たちの合間を縫うようにして彼らに給仕をしていた。

「きゃぁっ!」

千鶴が忙しく招待客達にワインを注いでいると、彼女はバランスを崩し、招待客のスーツにワインを掛けてしまった。

「も、申し訳ありません!」
「・・ここは、わたしに任せておきなさい。」

そう言った男は、丸眼鏡越しに千鶴に向かって微笑んだ。

「山南様、どうかなさいましたか?」
「いいえ、少しはしゃいでしまって、ワインをこぼしてしまいました。」
「まぁ、それは大変ですね!さぁ、こちらへどうぞ。」
「すいません。」

(あの人、助けてくれたのかしら?)

「はぁ~、疲れた!」
「明日も早いから、さっさと寝るか!」
「お休み~!」

千鶴は疲れた身体を引き摺りながら、使用人部屋へと向かった。
すると、彼女のベッドの上には、美しい薔薇の花が一輪、置かれていた。

―午前0時、森の奥の城でお待ちしております。 T―

「本当に、よろしかったのですか?」
「何の話だ?」
「どうやら、もうすぐあなたにかけられた“呪い”が解ける日が来たようですね。」
「・・うるさい。」
「もう夕食の用意は整いました。」
「わかった。」

美しい顔をした主の後ろに付き従いながら、あの丸眼鏡の男―山南敬助は溜息を吐いた。
この城で彼が暮らし始めてから、200年以上の歳月が経っていた。

「トシさん、遅かったね。」
「あぁ・・」

この城の主・土方歳三はそう言うとワインを飲みながら、“あの日”の事を思い出していた。

“あの日”―歳三は30歳の誕生日を貴族達に盛大に祝って貰っていた。

しかし、彼は何とか自分に取り入ろうとする貴族達の下心に気づいていたので、大道芸人達や道化師の芸を見てもつまらなそうな顔をしていた。
「殿下、どうなさったのです?」
「少し疲れた。」
「まぁ、それはいけませんわ。少しお部屋でお休みになった方がよろしいのでは?」
「あぁ、そうする・・」
歳三は乳母にそう言われて、少し自室で休む事にした。
暫く経った頃、歳三が大広間に戻ると、そこには誰も―道化師達や自分に媚を売る貴族達、そして国王夫妻を含め一人残らず突然まるで魔法にかかったかのように姿を消していた。
「これは、一体・・」
「お前が望んでいた事を、わたしがしてやっただけだ。」
カツン、という靴音が大理石の床に高らかに響いた後、一人の老婆が歳三の前に現れた。
「何だ、貴様!?」
「お前は一人になりたいのだろう?お前はいつもつまらなさそうな顔をしている。」
「それは・・」
「一夜の宿をわたしにお貸し頂けないでしょうか?」
「てめぇ、ふざけるな!」
「お前は美しいが、傲慢だね。」
老婆はそう言うと、己の頭上で杖を一振りさせた。
すると、皺がれた彼女の顔は、絶世の美女のそれへと変身した。
「ほぉ、悪くねぇ・・」
「卑しくて傲慢なお前を改心させる為には、お前をこの城に閉じ込めておいてやろう。」
「何だと、てめぇ・・」
「せいぜい、一人になって己の傲慢さを思い知るがいい!」
魔女はそう叫ぶと、煙のように掻き消えた。
「畜生!」
雪と氷に閉ざされた美しい城に、歳三は独り取り残された。
最初は独り気楽でいいと呑気に構えていたが、やがて独りで居る事に歳三は耐えられなくなった。
そんな中、城に二人の男がやって来た。
二人は山南敬助、井上源三郎とそれぞれ名乗った。
「二人共、どうしてここへ?」
「噂を聞いてやって来ました。」
「噂?」
「“この城には恐ろしい化物が居る”というものです。」
山南の言葉を聞いて、歳三はそれを鼻で笑った。
「それで?お前達、噂を確めに来ただけではねぇだろう?」
「えぇ。実は私たちは、ヴァチカンから派遣された神父なのです。」
「神父様がこの俺に何の用だ?告解なんてする気はねぇぜ。」
「エクソシストー悪魔祓いをご存知ですか?」
「俺には聖水も銀の銃弾も効かねぇぜ。」
「それは試してみなければわからないでしょう?」
山南はそう言って笑うと、いきなり発砲した。
「馬鹿野郎、急に攻撃してくる奴が居るかぁ!」
「ここに居ますよ。」
「ふん、面白ぇ。相手になってやらぁっ!」
山南の銃撃をかわした歳三は、そう叫んで嗤うと腰に帯びている愛刀の鯉口を切った。
「わたしの銃に剣で勝てると思いますか!?」
「やってみなきゃ、わかんねぇだろうが!」
「いいでしょう・・その勝負、受けて立ちましょう!」
山南はそう言って笑うと、歳三を見た。
歳三は自分の近くに立っていた大理石の像が、粉々に砕け散ったのを見た。
 歳三は巧みに山南の銃弾をかわしながら、反撃する機会を狙っていた。
「おや、どうしました?もう終わりですか?」
「ぬかせ!」
歳三はそう叫ぶと、山南に刃を向けた。
山南は拳銃の引き金を引いたが、弾切れだった。
「もしかして、逃げ回っていたのは弾切れになるのを待って・・」
「俺が、闇雲に逃げ回っていたと思うか?」
「そうですか。ならば、もうこれ以上あなたと戦う必要はありませんね。」
山南はそう言って拳銃を下ろし、歳三の前に恭しい仕草で跪いた。
「どうか、わたしをあなた様の下僕にして下さいませ。」
「騙すのなら、わざとらしい事をするな。」
歳三がそう言って冷たい視線を山南の方へと投げると、彼は歳三の手の甲に接吻した。
「お一人だと、城の管理が大変でしょう。それに、家事も。」
「坊さんが家事なんかするのか?」
「わたし達は神に仕え、己の身を清めるのが務めです。源さんは、料理ができますから、暫くあなたはひもじい思いをしなくて済みますよ。」
「これから、よろしくお願いいたします。」
「あぁ、頼む。」
こうして、神父二人と永遠の命の呪いを掛けられた王子との、奇妙な同居生活が始まったのである。
午前0時、千鶴は降りしきる雪の中、静かに街を歩いていた。
首には、あのダイヤモンドの鍵を提げて。
ベッドの上に置かれた一輪の薔薇と手紙の意味を知りたくて、彼女はあの城へと向かっていた。
城へと近づくにつれ、彼女の脳裏にある光景が甦った。
それはまだ千鶴が幼い頃、両親に連れられて初めてこの村へとやって来た夏の日の事だった。
その日、千鶴は村の子供達と共に、あの城へと肝試しに行ったのだった。

“幽霊なんて居るの?”
“まさかぁ。”

そんな事を話しながら、彼女達は城の柵を乗り越え、荒れた庭園へと入ったのだった。

(あぁ、ここだわ。)

千鶴は、固く閉ざされた城門の鍵穴にあの鍵を挿し込むと、門は音もなく開いた。

「すいませ~ん、誰か居ませんか?」

あの時、美しい緑の芝生に覆われていた芝生は、雪で白く染まっていた。

―君、誰?

美しい薔薇に囲まれ、一人の少女がそう言いながら千鶴を紫の瞳で見た。

―あなたは、一体・・

千鶴が“あの日”の事を思い出していると、前方から足音が聞こえて来た。

(誰か来る・・)

千鶴は、そっと近くの茂みに身を隠した。
すると、二人分の足音が聞こえて来たかと思うと、庭に二人の男達がやって来た。
一人は肩先まで切り揃えられた黒髪に、薄茶の瞳をした男。
そしてもう一人は、艶やかな黒髪に、美しい紫の瞳をした男。

(あの人、まさか・・)

「そこに、誰か居るのか?」


「あ・・」
「てめぇ、何者だ?」
黒髪の男はそう言うと、恐怖に震える千鶴を睨みつけた。
「ご主人様、そのようなお顔をご婦人の前でなさってはいけませんよ。」
「あぁ!?」
「あ、あなたは・・」
「また会えましたね、お嬢さん。」
山南はそう言うと、千鶴に優しく微笑んだ。
「さぁ、こんな所で立ち話をするのも何ですから、中でお茶でも如何ですか?」
「は、はい・・」
「山南さん!」
「彼の事はお気になさらず、どうぞ。」
千鶴は少し気後れしながらも、山南と共に城の中へと入った。
“待って、お兄様!”
“あらあら、そんなに走ったら転んでしまうわよ。”
“本当に、・・・様は殿下がお好きなんですね。”
“えぇ、本当に。”
千鶴が城の中に入ると、彼女の前に自分と良く似た少女を遠くから眺めている女性と、彼女の侍女と思しき若い女性の幻を見た。
「どうか、されましたか?」
「いいえ。」
「さぁ、どうぞ。」
「あの、さっきの方は・・」
「ご主人様なら、先程拗ねてお部屋に引き籠もってしまいました。」
「え・・」
「いつもの事です。」
山南はニコニコとそう言って笑いながら、千鶴の前に淹れ立ての紅茶と、焼き立てのレイヤー・ケーキを置いた。
「うわぁ、美味しそう!」
「久しぶりに作ったので、味は保証できませんが。」
「頂きます。」
山南が切り分けてくれたレイヤー・ケーキを千鶴が一口食べると、口の中に程良い甘さが広がった。
「如何です?」
「甘くて、美味しいです!」
「まぁ、それは良かった。」
「トシさん、いい加減機嫌を直してくれよ。」
「うるせぇ。」
山南と千鶴が楽しそうにお茶を飲んでいる頃、歳三は自室に引き籠もっていた。
幼少の頃から、何か気に喰わない事があると拗ねて自室から暫く出ないという癖がついてしまった。
(困ったねぇ・・)
あの魔女から呪いを掛けられる前、歳三は曲がりなりにも一国の王子として多くの者に傅かれ、わがまま放題に育って来たので、傲慢な性格は中々直らないだろうと、井上は溜息を吐きながら主の部屋の前から去った。
「あの、このお城にいらっしゃるのは・・」
「わたしとあの方、そしてわたしの同僚の源さんの三人しか住んでいませんよ。」
「それはどうして・・」
「今からおよそ約200年前・・この城には、国王一家・・国王と王妃、そして見目麗しい王子、そして沢山の使用人が住んでいました。王子は賢く美しかったのですが、その美しさ故に傲慢でわがままな性格でした。それを見かねた魔女が、王子にある呪いを掛けたのです。」
「その、呪いは・・」
「独りになりたいちいう王子の願いを叶える為、魔女はこの広い城内に居た全ての人間を魔法で消してしまったのです。」
山南の話は、この地で古くから伝わるあの言い伝えの内容と同じものだった。
「あなたも、この城に纏わる伝説を聞いたことがあるでしょう?」
「はい。この城には恐ろしい化け物が棲んでいると・・でも、棲んでいるのは、あなた方だったのですね。」
「えぇ。それにしても、自分であなたをここへ招いておいて、いつまで経っても部屋から出て来ないつもりですかねぇ?」
「え?」
「今あなたが首に提げているダイヤモンドの鍵は、ご主人様があなたに贈った物なんですよ。」
「どうして・・」
「さぁね・・さてと、今夜は遅いのでこちらに泊まっていきなさい。」
「あの、いいんですか?」
「構いませんよ。」
とても楽しいお茶会の後、千鶴は山南に案内されある部屋へと入った。
そこは、ピンクを基調とした落ち着いた雰囲気がする部屋だった。
「ここは、どなたのお部屋なのですか?」
「国王陛下のお部屋ですよ。陛下はピンクが一番好きな色だったそうですよ。」
「そうなのですか。」
「ちなみに、ご主人様が一番好きな色は赤です。」
では、おやすみなさい、と山南は千鶴にそう言うと部屋の扉を閉めた。
「失礼いたします。」
「おい、勝手に入って来るな!」
「“お薬”の時間ですよ。」
「そこに置いておけ。」
(まだ、拗ねていらっしゃるようですね。)
山南が溜息を吐きながら寝台の近くのテーブルの上に薬と水が入ったゴブレットを載せた盆を置いて部屋から出て行こうとした時、天蓋の向こう側から呻き声が聞こえた。
「ご主人様?」
「薬・・薬を・・」
「さぁ、飲んで下さい!」
山南は慌てて天蓋を開けると、苦しそうに胸を掻き毟る歳三に薬を飲ませた。
「済まねぇな、山南さん・・」
「いいんですよ。ゆっくり休んで下さい。」
「あぁ・・」
「では、失礼致します。」
山南が歳三の寝室から出ると、源さんがやって来た。
「また、“あれ”か?」
「はい。」
魔女から呪いを掛けられてから、歳三はよく体調を崩すようになった。
200年間、自分達は体調を崩す事はなかったのだが、歳三はここ最近心臓の具合が悪いようで、今日みたいに気圧の変化が激しい日は、体調に波があった。
そればかりではなく、精神の浮き沈みが激しく、体調の悪さと精神の落ち込みが重なると、歳三は一日中寝室に引き籠もってしまう事が良くあった。
「こればかりは、どうもね。」
「そうですね。それよりも、ご主人様に呪いを掛けた魔女の消息は、まだわからないのですか?」
「あぁ。呪いを解くヒントが、何か見つかればいいんだが・・」
「わたし達も、休みましょう。」
「そうだね。」

山南と源さんが窓の外を見ると、白い霧がこの城を包もうとしていた。

「はぁ、はぁっ・・」

白い霧に包まれた森の中を、一人の男が息を切らしながら走っていた。

遠くから、狼のような唸り声が聞こえて来た。

(まだ、死にたくない!)

男が森の中を走っていると、そこへ何処からともなく数頭の猟犬が彼の前に現れた。

男の悲鳴が、森にこだました。

―ねぇ、森で人が殺されたってさ!
―何でも、遺体の損傷が激しくて、身元が判らないんだってさ・・
―それよりもあの子、何処に行っちまったんだろうねぇ?

村人達は、森の奥で殺された男の事と、四日前に姿を消した千鶴の事を色々と噂をしていた。
そんな事も知らず、千鶴は城で源さんと家事に勤しんでいた。
「いやぁ、助かるよ。今まで山南さんと二人だけで城の掃除をしたりしていたからね。」
「そうなのですか・・あの人、土方さんは今どちらに?」
「トシさんは、少し身体の具合が悪いみたいでね・・」
「えっ、それは・・」
「大丈夫だよ。“いつもの事”だから。」
「“いつもの事”?」
「昨夜山南さんから聞いたと思うけれど、トシさんは魔女に“孤独の呪い”をかけられてから、体調を崩すようになってね。」
「その呪いを解く方法はあるのですか?」
「今の所、ないね。わたしと山南さんが必死に呪いを解くヒントを探しているんだが・・」
源さんはそう言うと、溜息を吐いた。
「それにしても君、村には戻らなくてもいいのかい?」
「あの、帰り道がわからないんです・・」
「そうなのか。この山道には狼が多いから、気を付けないとね。」
「暫く、こちらに置いて頂けないでしょうか?ご迷惑はお掛けしませんから・・」
「勿論だよ。トシさんにはわたしから言っておくよ。」
「ありがとうございます!」
こうして、千鶴は暫く城に滞在する事になった。
「何だって、あの娘をここに住まわせるだって!?」
「まぁまぁトシさん、彼女が居てくれた方が何かと助かるし、“あいつら”に見つかるよりは良いだろう?」
「勝手にしろ!」
歳三はそう言うと、頭からシーツを被って不貞寝してしまった。
「雪村千鶴と申します。改めてよろしくお願い致します!」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。」
山南と源さんは二人共千鶴を歓迎してその日の夜にご馳走を作ってくれたが、その席には歳三の姿はなかった。
「トシさんの事はわたし達に任せて、君は早く休みなさい。」
「はい、わかりました・・」
モヤモヤとした気持ちを抱えながら、千鶴は部屋に戻って休んだ。
「ご主人様、“お薬”の時間ですよ。」
「わかった・・」
歳三は少し気怠そうな様子でベッドから起き上がった。
「今日は辛そうですね。」
「あぁ・・」
そう言った歳三の顔は、病的な程蒼褪めていた。
心臓の具合は一進一退の状態だが、歳三が抱えているものはもっと深刻な“別のもの”だった。
それは―
「山南さん・・」
「わかりました。」
山南はそう言うと、己の首筋を歳三の前に晒した。
「済まねぇ・・」
「いえ、いいんですよ。」
歳三は、山南の白い首筋に歯を立てた。
心臓の病の他に、歳三は吸血衝動を抱えていた。
「森の奥で、一人の男が殺されていましたよ。」
「そいつは・・」
「彼は、“あの者達”の仲間ではありません。」
「そうか・・」
「あなたに呪いを掛けた魔女が、もう見つかりそうですよ。」
「それは本当か?」
「えぇ。」
「そうか・・」
歳三はそう言うと、ベッドに横たわった。
「最近、ますます体調が悪くなっているようですが・・」
「そうか。どうもこの季節になると、体調が優れなくてな・・」
「原因は、わかっているのですか?」
「まぁな・・」
歳三は、首に提げているロケットの蓋を開け、今は亡き両親の肖像画を眺めた。
「これは、お前達には言っていなかったんだが・・」
歳三は、山南に自分が抱えている秘密を話した。
自分は、この王国を治めていた吸血鬼の王族であり、“運命の伴侶”を見つけなければその命が消えてしまうことを。
「そうでしたか・・あなた様と初めて会った時、そんな気がしましたよ。」
「気づいていたのか・・」
「わたしはこれでも、神父ですよ?」
「あぁ、そうだったな。」
「ご主人様、もしかしたら彼女があなたの“運命の伴侶”になるかもしれませんよ?」
「はぁ、何言っていやがる!?」
「おや、図星ですか?」
「うるせぇ!」
そう言った歳三の顔は、耳まで赤く染まっていた。
「うわぁ、今日のパイも美味しそうですね!」
「あぁ、実はこのアップルパイはご主人様が作られたのですよ。」
「え、あの人が?」
「意外だと、思ったでしょう?あの人、結構家事が得意なんですよ。」
「そうなのですか?」
「ほら、あそこの壁に掛けられてある刺繍布、あれはご主人様が作られたそうですよ。」
「凄~い!わたしも仕事でよく縫い物をしますが、こんなに大きい物は作った事がないです!」
「ふふ、そうでしょう?わたし達も針仕事をしたりしますが、こんなに見事な物は作った事がありませんねぇ。」
「なんだか、あの人は怖そうだと思ったのですが、違うんですよね・・」
「人は、第一印象が大事ですからねぇ。ご主人様は、黙っていれば綺麗なのですが口が悪くてね・・」
「へっくしょい!」
「トシさん、風邪かい?」
「いや、大方山南さんが色々とあいつに変な事吹き込んでいるんだろ・・」
「あの子、きっと今頃トシさんが作ったパイを喜んで食べていると思うよ。」
「ほっとけ!」
(本当に、素直じゃないんだから・・)
「お茶のおわかり、どうだい?」
城がある山村から、遠く離れたヴァチカンにある“部屋”には、四人の男達が向かい合う形で座っていた。
「それで?」
「あの“化物”は、まだ生きているそうだ。」
「あぁ。“彼”なら、城がある村に潜伏して貰っている。」
「相手は200年も生きている奴だ、くれぐれも油断するなと“彼”に伝えておけ。」
「承知。」
千鶴が働いていたホテルに、“彼”は、宿泊客として潜伏していた。
―あの子、一体何処に消えたのかしら?
―あぁ、千鶴ちゃん?
―もしかして、城の“化物”に喰われたんじゃ・・

新聞を読む振りをしながら、“彼”はホテルのカフェに居た。

「すいません、その“お話”、ちょっと聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

そう言った“彼”は、新聞の上から翡翠の瞳を覗かせた。

“彼”の名は、伊庭八郎―ヴァチカンの神父だった。
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愛の宝石☨1☨

2024年05月07日 | FLESH&BLOOD 人魚ハーレクインパラレル二次創作小説「愛の宝石」


表紙素材は、てんぱる様からお借りしました。

「FLESH&BLOOD」の二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

海斗が両性具有です、苦手な方はご注意ください。

その日は、嵐だった。

「クソ!」

こんな日に船を出すんじゃなかった―ジェフリー=ロックフォードはそう思いながらも今にも沈みそうになる舟を漕いでいた。
きっかけは、ジェフリーと彼の継父が口論した事だった。
ジェフリーの継父、ジェイクが、この海底にレアメタルが眠るという噂話を信じ、自分が所有する土地の権利書を開発業者に渡そうとした事をジェフリーが知り、“私利私欲で自然を破壊するなんておかしい”と罵られ、ジェフリーにこう言い放った事だった。
「出て行け、お前なんて俺の息子じゃない!」
「出て行くさ、もうこんな家には居られるか!」
嵐の中を小舟で漕いでいくなんて、我ながら無謀だと思った。
だが、その時ジェフリーは頭に血が上っていた。
急いで岸に戻ろうとしたが、後少しという所で、転覆してしまった。
このまま死んで堪るか―ジェフリーは、荒れ狂う波の中を必死に泳いだ。
しかし、彼は岸に辿り着く前に力尽きてしまった。
(畜生、このまま死ぬのか・・)
そう思いながらジェフリーが目を閉じると、誰かが自分を抱く感触がした。
「ん・・」
ジェフリーが目を開けると、そこは岸だった。
誰かが、自分を岸まで運んで来てくれたのだった。
ジェフリーは、岸まで自分を運んで来てくれた者に礼を言おうとしたが、誰も居なかった。
ただ、薄れゆく意識の端で、ジェフリーは海の中で光る“何か”を見つめた。
(はぁ、良かった・・見つからなかった。)
ジェフリーを助けた人魚―海斗は、そう思いながら海の底へと―自分の棲家へと戻っていった。
「海斗、何処へ行っていたの?」
「ちょっと、人助け・・」
「もしかして、また人間を助けたの?」
親友・和哉に追及され、海斗は思わず目を伏せた。
海斗達人魚は、人間に関わってはいけないという掟がある。
しかし海斗は、海に溺れた人間を助けたりして、人魚の長から度々注意されたが、その行動を改めようとしなかった。
「人助けして何が悪いんだよ!それに、人間に姿を見られていないし・・」
「油断しちゃだめだよ、海斗。」
「わかったよ・・」
(あ~、最悪!)
海斗は溜息を吐きながら、“お気に入りの場所”へと向かった。
そこは、王国から少し離れた洞窟の中だった。
中には、この近辺で沈没した船に積まれていた宝物があった。
金のカップ、エメラルドのネックレス、サファイアのブローチ―海斗は毎日それらの財宝を眺めては、人間の生活に想いを馳せていた。
(そういえば、助けた人の瞳も、こんな色をしていたな・・)
海斗はそう思いながら、美しいサファイアの指輪を見た。
(そろそろ戻らないと・・)
海斗は洞窟を出て王国へと戻ろうとした時、途中で不気味な洞窟を見つけた。
好奇心旺盛な海斗がその中を覗いてみると、中は漆黒の闇に包まれていた。
「おい、そこで何をしている?」
背後から急に声を掛けられ、海斗が振り向くと、そこには長身の逞しい人魚の姿があった。
「あの・・」
「ここには近づくな。魂を奪われるぞ。」
「はい・・」
長身の人魚―ヤンは、海斗が洞窟の中から出ていき、王国へと戻っていく姿を見送ると、洞窟の中へと入った。
ヤンが奥へと進むと、一匹の人魚が金色の瞳で彼を見つめた。
「遅かったね、ヤン。」
「さっき、この中に入ろうとしていた若い人魚を止めた。」
「赤毛の子かい?彼を、こちら側に引き込もうと思っていたのに・・」
金色の瞳の人魚―ラウルは、そう言うと笑った。
彼は、王国を追放された人魚だった。
その理由は、彼が黒魔術を使ったからだった。
ラウルは王国から追放され、この洞窟に住むようになった。
そして彼は、“商売”を始めた。
その“商売”は、ラウルの魔力を頼りに来た人魚の望みを叶える、というものだった。
「あの・・」
「おやおや、貴族のお嬢様がわたしに会いに来てくれるなんて、何かお困りのようだね?」
「憎い相手を、呪い殺して欲しいの。」
そう言った黒髪の人魚は、昏い瞳でラウルを見た。
「そう。ではここに、お前の憎い相手の名をお書き。」
「でもインクがありません。」
「インクなら、お前の中に流れる血で充分さ。」
「はい・・」
黒髪の人魚は、ラウルに言われるがままに、自分の血をインク代わりにして、“死の契約書”にサインした。
「これで、お前をいじめている相手は三日後に死ぬよ。」
「ありがとう!」
三日後、黒髪の人魚をいじめていたブロンドの人魚は、悲惨な事故に遭って死んだ。
「あなたのお蔭よ、ありがとう!」
「礼など要らないよ。もうその呪いの“代価”は頂いているからね。」
「え?」
黒髪の人魚は、突然血を吐いた。
「どうして・・」
「呪いの代価は、“命”。それがこの世の掟だよ。」
「またやったのか、懲りないな、あんた。」
「わたしを訪ねて来る者は、心に闇を持つ者さ。」
「お前のような、か?」
「さぁね。わたしは人を愛する事などとうの昔に忘れてしまったよ。」
ラウルはそう言うと、笑った。
「そいつは、人魚だったのか?」
「いや、人間さ。馬鹿な事をしたものだよ、人間に恋をするなんて。」
人間と人魚は、互いに相容れない存在だった。
人間は金の為に海を荒らす。
そして不老不死の妙薬である人魚の肉欲しさに、その命を奪うのだ。
だが、ラウルは愚かに敵である人間に恋をした。
漁師の網に引っかかった彼を救ってくれた人間は、ラウルに優しくしてくれた。
互いに惹かれ合い、口づけを交わしたが、それ以上の関係には進まなかった。
ただ、一緒に居られるだけで良かった。
しかし、二人の恋は、人間の死で終わりを告げた。
それ以来、ラウルは誰も愛さなくなった。
その代わりに、黒魔術に傾倒していったラウルは、国王が溺愛していた王子に呪いをかけ殺した。
その王子が、ラウルの恋人を殺した人魚だった。
復讐を果たしたラウルは、王国から追放された。
だが、彼の魔力は王国内で噂となり、時折洞窟を訪れる貴族達のお蔭で、ラウルの生活は潤っていた。
そんな中、ヤンが追い払ったあの人魚―海斗が、再び洞窟を訪れた。
「おや珍しい、君のような子がこんな所に来るなんて珍しいねぇ。」
「あんたに、頼みたい事があるんだ。」
「もしかして、人間になりたいから、力を貸してくれとか?いいけれど、その“代価”はちゃんと頂くよ。」
ラウルはそう言うと、海斗に短剣を渡した。
「さぁ、お前の血のインクでこの契約書にサインを。」
「わかった・・」
海斗は震える手で契約書にサインした。
「この薬を飲んだら、人間になれるよ。」
「ありがとう。」
(これで、ジェフリーに会える!)
「おい、あの坊やにあの薬を渡したのか?」
「だとしたら、何?わたしにはもうあの薬は必要ないから、あの坊やにあげただけさ。」
(馬鹿な子、人間に恋をしても、結ばれないというのに!)
海斗はラウルから渡された薬を飲むと、全身に焼けつくような痛みが走った。
彼は慌てて岸まで泳ぐと、そこで意識を失った。
ジェフリーは、日課のウォーキングを海岸沿いでしていると、岸辺に一人の少年が倒れている事に気づいた。

彼の髪は、鮮やかな赤毛だった。

「おい、しっかりしろ!」
「ん・・」

少年は低く呻くと、黒真珠の瞳でジェフリーを見た。

「ジェフリー、やっと会えた・・」

ジェフリーの蒼い瞳に見つめられた海斗は、再び気を失った。

「畜生、困ったな・・」
「ジェフリー、こんな所で何をしているんだ?」
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大型連休、終わりましたね。

2024年05月06日 | 日記
わたしはスーパーで働いているので、大型連休は仕事です。
まぁ、土日祝休みよりも、平日休みの方が空いているし、公共交通機関は平常ダイヤだから移動しやすいのでいいです。
殆んど自転車で近場を移動するだけですが(笑)
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浅葱色の若人達 1

2024年05月05日 | 薄桜鬼 現代転生警察学校パラレル二次創作小説「浅葱色の若人達」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。

「僕の将来の夢は、お医者さんになる事です!」
「わたしの夢は、弁護士になる事です!」

小学校の授業参観日でよくある、子供達が“将来の夢”についての作文をクラスで発表する光景。
それは、穏やかなものだった。
ある児童の番になるまでは。

「は~い、次は土方君の番ね!」
「僕は将来、警察官になって、悪人を一人残らずぶっ殺したいです!」

紫の瞳をキラキラと輝かせながらそんな物騒な内容の作文を発表したのは、警察一家の末っ子として生まれた土方歳三少年だった。

「もぅ、兄さんがトシに変な事を吹き込んだから、あんな作文をトシが書いちゃったじゃないの!」
「いいじゃねぇか、男は少しヤンチャな所があるのが愛嬌ってもんだ。」
「トシ、あんた何であんなの書いたのよ?」
「“好きな事書いてもいい”って、先生に言われたから・・」
「ははっ、だったら先生もお前ぇを責められねぇな!」
「笑い事じゃないわよ、もうっ!」

こうして土方家の夜は、楽しく更けていった。

「なぁ彦兄、俺警察官になれるかな?」
「あぁ、トシなら、絶対になれるさ。」
「本当!?」
「おうよ、何だってお前ぇは、あの父ちゃんの息子なんだから。」

そう言った彦次郎は、仏間に飾られているある人物の遺影を見つめた。

(なぁ隼人、てめぇの息子も、同じ道を歩みてぇだと。やっぱり、血は争わねぇな・・)

「彦兄?」
「さ、寝ようか。明日は朝から俺が剣道の稽古つけてやっからよ!」
「うん、お休み!」
「あぁ、お休み。」

あれから二十年余りの月日が経ち、歳三はあの作文に記した将来の夢の通り、警察官となった。

「お疲れ様で~す。」
「お疲れ~」
「おぅ土方さん、お疲れ!」

そう歳三に声を掛けたのは、警視庁組織犯罪課の、永倉新八だった。

「新八、また飲みに行くのか?」
「へへ、情報収集ってやつよ。土方さんも一緒に行くか?」
「いや、俺はいい。さっき大がかりな帳場が閉まったばかりでな。さっさと帰って風呂入って寝たいんだよ。」
「色気がねぇなぁ。土方さんが来たら夜のお姉ちゃんたちが俺に優しくなるんだぜ。」
「とか言っててめぇ、俺に酒代奢らせるつもりだろ?」
「チェ、バレたか。」
「お~い新八っつぁん、早く行こうぜ!」
「じゃぁな!」

(ったく、あいつらまた二日酔いする程飲むつもりだな・・)

歳三はそんな事を思いながら、自宅アパートのエントランスへと辿り着いた。

郵便ポストをチェックすると、差出人の氏名がない不審な郵便物が入っていた。
部屋に入った後、歳三は慎重に自分の指紋を残さないよう、ゴム手袋をつけてその郵便物の封を切った。
中には、血で汚れた腕時計と、一枚のメモが入っていた。
“このアドレスにアクセスしろ。”
メモに書かれたアドレスへとパソコンでアクセスすると、そこには、“殺人ミュージアム”という不気味なサイトだった。
“お前に贈った腕時計の持ち主は、今夜十二時に殺される。それまでに持ち主を特定して救出せよ。”

(ふざけやがって・・)

十二時まで、あと二時間しかない。
その時、歳三の携帯がけたたましく鳴った。

「もしもし?」
『トシ、俺だ・・』
「勝っちゃん、何でこんな時間に・・」

(まさか、この腕時計の持ち主は・・)

『済まない、悪い奴に捕まっちまった・・』

そう自分に詫びる親友の声の背後から、何かの機械音が聞こえた。

(ここから一番近い工場は・・ここだ!)

すぐさま歳三は勇の監禁場所を割り出し、彼の自宅近くにある廃工場へと向かった。

「勝っちゃん、何処だ、勝っちゃん!」

懐中電灯を照らしながら歳三が勇の姿を探していると、奥から血の臭いが漂ってきた。

「勝っちゃん・・」

奥の柱に、勇は血塗れのまま縛り付けられていた。

「待ってろ、今助け・・」
「ごめんな、トシ・・」

それが、親友が発した最期の言葉だった。
漆黒の闇に、歳三の慟哭がこだました。
勇の遺体を抱いた歳三は、近所の住民から通報を受けて駆け付けた警官が彼を勇の遺体から引き剥がそうとするまで、“彼”の元から離れようとしなかった。

「嫌だ、勝っちゃん、嫌だ~!」
「落ち着いて下さい、落ち着いて!」

目の前で親友が遺体袋に入れられ、救急車で搬送されてゆく姿を見た歳三は酷く取り乱し、彼が乗せられた救急車の後を追った。

「嫌だ、勝っちゃん、俺を置いて逝くな!」

降りしきる雨の中、血塗れのコートを着て夜の街を走っている歳三の姿を、道を歩く人々は怪訝そうな表情を浮かべていた。

―何あれ?
―ドラマの撮影?
―にしては血のりがリアル過ぎじゃない?

彼らは時折そんな事を言いながら、家路を急いでいた。
歳三はわき目も振らず夢中に走っていたので、突然車が猛スピードで突っ込んで来て、避けられなかった。

(勝っちゃん・・)

薄れゆく意識の中で、歳三は勇を呼び続けた。

「土方君、土方君!」

うるせぇ。

「土方君ったら、起きてよ!」

うるせぇ、俺は眠てぇんだ、寝かせろ。

「土方君~!」
「あ~うるせぇ!」

苛々しながら歳三が目を開けると、そこは病院のベッドの上だった。
起き上がろうとした彼だったが、足がギブスで固定されている事に気づいた。

「三日間、君は意識を失っていたんだよ。左足は複雑骨折、肋骨を三本骨折しているから、暫く入院が必要だね。」
「入院だと?悪ぃがおあれはそんな事をしている暇はねぇ!」
「土方君、いい加減にしたまえ!今回の事件で君が一番辛いのはわかるが、もう近藤さんは居ないんだ!」
「勝っちゃん・・」

歳三の頬から、一筋の涙がつぅっと静かに伝い落ちた。
何とか病院を大鳥が説得し、歳三は特別に病院から数日外泊許可を貰い、勇の告別式に参列した。

「トシさん、よく来てくれたね・・」
「ふでさん・・」
「勇はあんたが来るのを待っていたんだよ。さぁ、早くあの子に焼香しておやりよ。」
「はい・・」
「トシさん、疲れたろう。はい、お茶をどうぞ。」
「源さん、ありがとう。」

勇の告別式が終わり、歳三が火葬場のロビーの窓から裏庭の桜を見ていると、そこへ監察医の井上源三郎がやって来た。

「勝っちゃんの死因は?」
「トシさんの見立て通り、失血性ショック死だったよ。」
「そうか・・俺が駆け付けた時、勝っちゃんにはまだ意識があった。俺がもう少し勝っちゃんを助けてやれば、こんな事には・・」
「余り自分を責めては駄目だよ。それよりも、早く身体を治す事だけを考えて。」
「あぁ・・」
源さんからそう励まされ、慰められても、歳三の陰鬱な気分は晴れなかった。
「犯人の目星はついたのか?」
「いいや。だが、勇さんの爪の中から、犯人のものと思しき皮膚片が検出されたよ。それで、前科者のリストからDNAデータを検索したが、ヒットしなかった。」
「そうか。」
「現場周辺の防犯カメラの映像には、一人の少年と勇さんが話している姿が映っていたよ。」
源さんはそう言うと、タブレットに保存していある映像を歳三に見せた。
そこには、中学生と思しき少年が勇と何かを話した後、廃工場へと向かっていく姿が映っていた。
「こいつの身元をすぐに洗わねぇとな。」

そう言った歳三の瞳には、光が戻っていた。

少年の身元は、すぐに割れた。

彼の名は、桂小五郎。

父親を警察官僚に持つ、エリート進学校に通う優等生である。

彼は、あっさりと勇殺害を自供した。

「残念だね、刑事さん。僕はまだ少年法の庇護下にある。あなた達が僕をどんなに追い詰めようとも、僕はすぐに野に放たれる―“元少年A”としてね。」
「このガキ、ふざけやがって!」
「また会える日を、楽しみにしているよ。」

少年―桂小五郎は、そう言った後、歳三に薄ら笑いを浮かべていた。

「畜生、あのガキ、今度会ったらただじゃおかねぇ!」
「トシさん、今の法律では我々は彼に対してはどうする事も出来ないよ。」

歳三は親友を亡くした後、その悲しみを埋めるかのように仕事に精を出した。

そんな、暮れが押し迫ろうとしている師走のある日の事。

「待て!」

歳三は相棒の原田左之助と共に、スーパーでスナック菓子を窃盗した中学生を追っていた。

「待ちやがれ~!」

鬼のような形相を浮かべながら追ってくる歳三を見た中学生はパニックになり踏切の遮断機が下りている事を確認せずに線路の中に入ってしまった。
原田が緊急停止ボタンを押したが、間に合わなかった。

電車にはねられた中学生の少年は、即死だった。
“人殺し”
“早く辞めさせろ”

案の定、ネット上には歳三へのバッシングで溢れていた。

「何という事をしてくれたんだ!」
「・・申し訳ありません。」
「君は暫く自宅待機するように。」
「はい。」

歳三が溜息を吐きながら自分の私物を整理していると、そこへ原田がやって来た。

「大丈夫だ、あんたはすぐに戻れるさ。」
「あぁ。」
「人の噂は何とやら、だぜ。あんたが悪くないと、きっと周囲もわかってくれるさ。」
「そうしろ。あんたは毎日働き過ぎなんだから、ゆっくり休めよ。」
「わかった。」

私物を段ボール箱に詰め、歳三が職場から帰宅すると、そこへアパートの管理人が彼の元へと駆け寄って来た。

「土方さん、これさっき女の人があなたに渡してくれって・・」
「ありがとうございます。」

管理人から歳三が受け取ったものは、A4 の折り畳まれた一枚のコピー用紙だった。

“息子を返せ”

歳三がその紙を開くと、そこから赤インクのボールペンと思しきものでその言葉だけが書かれていた。

それを見た瞬間、歳三はこれを書いたのが誰なのかわかった。

あの中学生の母親だ。

やりきれない気持ちでエレベーターに乗って四階の部屋の前に着いた歳三は、家の鍵を取り出そうとした時、ドアノブに誰かの姿が映っている事に気づいた。

「息子を返せ、人殺し~!」

とっさの事で、反応するのが遅れた。

気が付くと、自分の腹に深々と果物ナイフが刺さっている事に気づいた。
何処からか女の甲高い悲鳴が聞こえた。
目が覚めると、そこは病院のベッドの上だった。

「土方君、気が付いたんだね。」
「大鳥さん・・」
「まだ動かない方がいい。君の右脇腹の傷はあと数センチずれていたら危なかったんだから。」
「そうか・・」
「いきなりですまないんだけれど、君の処分が決まったよ。」
「は?」
「君には捜査一課から外れて貰う。」
「それは、上層部の決定なのか?」
「うん、大方そうなるね。」
「じゃぁ、俺は・・」
「君は来月、警察学校の教官に・・」
「悪いが、ガキのお守りなんざごめんだぜ。」
「勿論、タダにとは言わないよ。」

大鳥はそう言うと、口端を歪めて笑った。
そんな時は、彼が何か良からぬ事を考えている時だと、歳三は長年の付き合いでわかった。

「土方君。」
「駄目だ。」
「まだ何も言っていないよ?」
「そう言っても却下だ、あんたの申し出は!」
「え~」

拗ねたようにそう言って唇を尖らせている男が、自分より年上だとは思えない歳三であった。

「ねぇ、だってさぁ、僕色々と君の黒歴史を消してあげたそうじゃない?」
「まぁ、そうだが・・」
「だから~、そろそろ僕の“お願い”、聞いてくれてもいいよねぇ~?」
「う・・」

さり気なく自分に圧を掛けて来る上司に、歳三は黙り込む事しか出来なかった。

「土方君なら~、僕の“お願い”・・」
「わかった、わかったから!」
「じゃぁ、早く退院してね!」
「あぁ・・」

二ヶ月後、歳三は退院した。

「土方君、こっちこっち~!」

そう言って嬉しそうに病院のロビーで手を振っていた大鳥は、何処か嬉しそうだった。

「さ、乗って!」
「あぁ・・」
「楽しみだなぁ~、スイーツビュッフェ!」

大鳥が運転する車で歳三が彼と共に向かったのは、高級ホテルのスイーツビュッフェだった。
そこには、当然といえば当然だが、大半が女性客で、男二人連れの彼らはかなり目立った。

「あ、インスタに上げようっと。」
「あんた、インスタやってるのかよ?」
「インスタやるのは性別関係ないよ~」

そう言いながら鞄の中から自撮り棒を取り出した大鳥は、スイーツを手に“盛れている写真”を撮っていた。

「ほ~ら、土方君も食べて!」
「俺は、いい・・」

(沢庵が食いてぇ・・)

大鳥にマドレーヌを口に突っ込まれている歳三の目は、まるで死んだ魚のような目をしていた。

「俺、トイレ・・」
「行ってらっしゃ~い!」

(ったく、こんな調子じゃ腹壊しそうだから、適当な理由をつけて帰るとするか。)

歳三がそんな事を思いながら男子トイレで手を洗っていると、廊下の方から何やら男女が言い争うような声が聞こえた。

「なぁ、いいだろう?俺らと一緒に遊ぼうぜ!」
「やめて下さい、離して!」
「そんなに嫌がるなよぉ。」

廊下に出ると、見るからにチンピラ風の二人組の男に一人が絡まれていた。
振袖姿の少女の様子から見て、彼女は誰かの結婚式に招かれてやって来たが、トイレの帰りに迷っている最中にあの男達に目をつけられた―大方そう言ったところだろうか。

「てめぇら、その汚ねぇ手をそいつから離しやがれ!」
「何だこの野郎、てめぇには関係ねぇだろ!」
「そうだ、引っ込んでいろ!」
「そういう訳にはいかねぇな。」

歳三は少女に“行け”と視線を送ると、彼女は歳三に一礼し、足早にそこから去っていった。

「てめぇ・・」
「お前らの相手は、この俺だ!二人纏めてかかって来やがれ!」

歳三はそう言うと、拳の骨を鳴らした。

「千鶴ちゃん、やっと来たわね!」
「ごめん、お千ちゃん、遅れて!」
「先生がいらっしゃる前に来てくれて良かったわ。」
「さっきトイレに行っていたら、その帰りに変な人に絡まれて、男の人に助けて貰ったの。」
「そうなの。じゃ、行きましょうか?」
「うん。」

振袖姿の少女―雪村千鶴は、親友の鈴鹿千と共に、会場へと入った。
そこには、「T高校同窓会」という表示があった。

「千鶴が警察学校に行くなんて意外~、てっきり腰掛けで就職するのかと思った~」
「本当~、千鶴は婦警になるよりも、花嫁修業して良い旦那さんつかまえる方が合うって~」
「はは、そうかな・・」

いつも自分を「格下」に見ていた派手グループの女子二人組から自分の将来の夢と進路を話し、それを馬鹿にされてもいつものように笑っていた。

「え、雪村っち、警察官になんの?」
「マジ、わ~、カッケェじゃん!あっしもさぁ、看護学校受かったから、絶対カッケェ看護師目指して頑張るし!」
「そうなんだ、お互い頑張ろうね。」
「え~、かずちゃん看護学校合格したんだ!」
「すご~い!」

普段話した事がないギャルカースト上位女子に千鶴が話しかけられているのが気に入らないのか、例の二人組がやって来た。

「つーか、さっきまで人の夢ディスッてた癖に急に態度変えるとかウザ!マジで消えてくんない?」
「良く言った~、かずちゃん!」

同窓会の後、あの二人組は何処へ消えていた。

大鳥からのスイーツ攻撃に耐えられず、適当な嘘を吐いてその場から何とか逃げ出し帰宅した歳三だったが、大鳥のラインが数秒おきに来た。

“ねぇ今どこ?”
“ねぇ?”
“一人にしないでよ”

内容はまるで、彼氏と一秒足りとも離れたくない彼女のようであった。

(気色悪い・・)

返信するのが面倒になった歳三は、スマホの電源を切ってそのまま寝た。

「おはよう、土方さん。」
「おはよう、左之。大鳥さんは?」
「あ~、あの人ならスイーツ食べ過ぎて下痢になったから休むってさ。」
「そうか・・」

翌朝、歳三が職場で原田とそんな話をしていると、そこへ何処か慌てた様子の青年が、歳三の元へと駆け寄って来た。

「トシさん、結婚するって本当?」
「は?何言ってんだ?俺ぁ結婚なんてしねぇぞ。」
「そうだよね、トシさんは僕と結婚するもんね!」
「いや、お前ぇとは結婚しねぇよ。」
「ひど~い!」
「八郎、そんな話どこから聞いた?」
「う~ん、そうだなぁ・・この前、おじさん達とゴルフ行った後、鉄板焼のお店に行って・・あ、今度トシさんも一緒に行こう!六本木にあるお店で・・」
「そのくだりは要らねぇから、俺の結婚話は何処から来たんだ?」
「実おじさんかなぁ・・あ、トシさんも知っているよね?実おじさん、彦次郎おじさんの三味線友達!実おじさんが、僕の従妹とトシさんを一回見合いさせたらどうかって話が出て・・」
「それで、今朝出勤した時やたら視線を感じたのか・・」
「あ、見合いの日は今週の日曜日だから!正午に椿山荘のカフェで!」
「おい待て、おあれはまだ行くとは言ってねぇぞ?」
「はいこれ従妹の釣書と写真。どう、美人でしょう?」
「俺は行くとは言ってねぇぞ。」
「そんな事言わないで、一度だけでも会ってみなよ。」
「人の話を聞け~!」

歳三の怒声が、警視庁にこだました。

「ったく、八郎の奴勝手な事を言いやがって・・」

昼休み、歳三が行きつけの定食屋でそう言いながら沢庵をかじっていると、そこへ白スーツ姿の金髪男がやって来た。

「久しいな、土方歳三。何だ、その顔は?」

「風間、てめぇここには何しに来やがった?」
「貴様、俺に何の断りもなしに捜査一課から外れるそうだな?」
金髪の男―風間千景は、そう言いながら歳三の隣に座った。
「日替わり定食、ひとつ。」
「あいよ!」
「珍しいな、お前ぇがこんな所に来るなんて。」
「庶民の味を、一度味わいたかったのだ。」
「そうかよ。それだけじゃないだろう、この店に来たのは。」
「お前の親友を殺した少年・・確か桂小五郎といったか。あいつは警察庁長官の親族だそうだ。」
「それは知ってる。」
「あの少年は、かなりの切れ者だ。またお前と対峙する日が来るかもしれん。その時、お前はどうする?」
「さぁな。」
「お前は良からぬ事を考えている時、眉間に皺を寄せる癖があるな。いいか土方、お前は警察官だ。その事を忘れるな。」
「わかってるさ、そんなこたぁ。」
「日替わり定食、お待ち!」
「美味そうだな、頂くとしよう。」
風間はそう言うと、海老フライに舌鼓を打った。
「支払いはカードで。」
「すいません、うちはこのカードは使えないんですよ。」
「何だと!?」
「風間、こんな所に居たのですか、探しましたよ。」
そう言いながら店に入って来たのは、風間の秘書兼保護者である天霧九寿だった。
「天霧・・」
「すいません、これで足りますか?」
「はい。」
「現金を必ず財布の中に入れておきなさいと、言ったでしょう。」
「すまん・・」
「さぁ、帰りますよ。」
「わかった。」
「お騒がせして、申し訳ありません。」
天霧はそう言って店の者に一礼すると、不貞腐れた顔をしている風間を連れて店から出て行った。
「トシさ~ん!」
「八郎・・」
「ねぇ、例の話、考えてくれた?」
「べ、別に・・」
「あのさぁ、今夜空いてる?」
「空いているが、それがどうかしたのか?」
「一緒に飲もうよ!」
「断る。どうせお前ぇ何かよからぬ事を考えて・・」
「え、断るの?じゃぁ、今度の人事について、パパと・・」
「だぁ~、行くよ、行けばいいんだろ!」
すぐに自分の階級が上である事をチラつかせるのは、八郎の悪い癖だった。
「今晩は~!」
「きゃぁっ、イケメン!」
八郎に半ば無理矢理連れて行かれた居酒屋には、有名私立女子大生のグループが座っていた。
(一緒に飲みに行こうってやけにしつこく誘って来るから変だと思ったら、合コンかよ!しかも一番面倒臭ぇやつ・・)
「あのう、皆さんお仕事なにされていらっしゃるんですか?」
「公務員だよ~」
「え~、そうなんですかぁ!てっきり一流企業のサラリーマンかと思っちゃった!」
「ね~!」
「あはは、そう思う?」
八郎はこういう場所に慣れているのか、女の子達が振って来る話を難なくあしらっていた。
「ねぇ、土方さんは今、お付き合いされている方とか、いらっしゃいます?」
「いいえ。」
「じゃぁ、好きな女性のタイプとかは?」
「おしとやかな、自己主張しない女が好きだな。そうだ、もし結婚するとしたら家事育児は全て嫁に任せて、実家に同居して貰う。」
「えぇ・・それはちょっと・・」
「ねぇ・・」
「ありえないっていうか・・」
案の定、歳三の言葉に女性陣はドン引きしていた。
その後、場は白けてしまい、女性陣は先に自分達の飲み代だけ払って出て行ってしまった。
「トシさんの馬鹿!」
「それはこっちの台詞だよ!もう俺は帰るぞ!」
「嫌だぁ~、これから二次会でカラオケするんだ!トシさんとピンクレディー全曲メドレー歌うんだ!」
「誰が歌うか!」
「伊庭さん、早く帰りましょう!」
「ビェェ~!」
居酒屋の前で散々ごねている八郎を何とかタクシーの後部座席に押し込め、歳三達はそのまま解散した。
翌朝、歳三は警察学校へと向かった。
「君が、土方君だね?色々と噂は聞いているよ。」
そう言って校内を案内してくれたのは、校長の久田だった。
「君の叔父様とは、良い飲み友達だから、色々と甥っ子である君の話は良くわたしの耳に入ってくるよ。」
「は、はぁ・・」
「君が大学時代まで剣道と柔道、合気道の名手として有名だった事も、射撃が下手でそれがコンプレックスだった事も知っているよ。」
「あの・・」
「まぁ、君が今回の事に不満を持っている事はわかる。しかし、君のような優秀な警察官から、色々と学べる生徒達がわたしには羨ましいよ。」
「そうですか・・」
「また、“同僚”としてお会いしましょう、楽しみにしていますよ。」
「はい・・」

(何だか、食えない人だな・・)

久田から校門の前で見送られるまで、歳三は完全に彼のペースに呑まれていた。

(俺、これからあそこでやっていけるのか?)

そんな不安を抱えながら、歳三は帰路に着いた。
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