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海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。
遂に、この日が来た。
東郷海斗は受験票を握り締めながら、その時を待った。
「それでは、発表致します!」
濃紺の制服に身を包んだアカデミー=スクールの在校生が、正門の前に入学試験の合格者の番号が書かれた紙を掲示板に貼り付けた。
海斗の番号は、254番。
(えぇっと、254・・あった!)
アカデミー=スクールは、英国王立演劇学校と並ぶ、演劇学校だ。
英国王立演劇学校と違うところは、アカデミー=スクールは英国で唯一の男子校だった。
毎年10月から11月末に掛けて行われる入学試験の受験者数は、定員数40名に対して約2000人。
世界各国から演劇のプロフェッショナルを目指す者達が、このアカデミー=スクールがあるプリマスへとやって来る。
「合格者の方は、こちらへ。」
肩を落として正門から去っていく受験者たちに背を向け、海斗達合格者は正門の中にある校舎へと向かった。
「合格者の皆さん、この度は合格おめでとうございます。」
アカデミー=スクール演劇科4年クリストファー=マーロウ(キット)は、そう言うと海斗達に微笑んだ。
「君達はこの4年間、プロの演劇人としての道を歩む事になる。今は色々と不安な事があると思うが、俺達が全力でサポートするから、安心してくれ!」
こうして、海斗達は夢への第一歩を踏み出そうとしていた。
「気を付けてね、海斗。」
「行って来ます。」
大きな夢と不安を抱いて、海斗はプリマスへと旅立った。
入学式を終え、海斗は学生寮の部屋へと入った。
そこは二人部屋で、それぞれのベッドと机、クローゼットがあり、入って右側には浴室があった。
(今日からここで暮らすのかぁ・・)
海斗がスーツケースから荷物を取り出していると、誰かが部屋のドアをノックした。
「はい?」
「ほぉ、お前が今日から俺の相棒か。可愛い顔をしているな。」
部屋に入って来たのは、金髪碧眼の美男子だった。
(誰?)
「俺はジェフリー=ロックフォード。これからよろしくな、赤毛の天使さん。」
「カイト=トーゴ―です、これからよろしくお願い致します。」
「ははっ、そう硬くなるなよ。」
ジェフリーはそう言って笑うと、海斗の肩を叩いた。
(なんなの、この人・・)
初対面だというのに、やけに馴れ馴れしいジェフリーに海斗は少しひいていたが、段々慣れて来た。
「うわぁ・・」
アカデミー=スクールの食堂は天井が吹き抜けで、窓には美しいステンドグラスが嵌められていた。
「ここの一番のお薦めは、ビーフシチューパイだ。」
「そう。」
海斗がジェフリーと共に食堂に入ると、突然周囲の生徒達がざわめいた。
(え?)
「ジェフリー、その子がお前の赤毛の天使か?」
「あぁ。」
「あの、俺・・」
「気にしなさんな。カイト、これからよろしくな。」
「はい・・」
アカデミー=スクールの授業は、ダンスや演技などの専門的な授業の他に、外国語やテーブルマナーなどの授業があった。
「バレエの授業は、初めてか?」
「はい・・」
「大丈夫だ、緊張しなくていい。」
バレエ=レッスン室に、一人の青年が入って来た。
「今日から俺が君達にバレエを教えるナイジェル=グラハムだ。」
灰青色の瞳が、射るように海斗を見つめた。
(え、何?)
「駄目だ、もっと足を伸ばして!」
「姿勢が悪い!」
バレエ=レッスンが始まるや否や、ナイジェルの怒声がレッスン室に響いた。
(きつい・・)
海斗は90分のレッスンが終わった後、へとへとになりながら寮の部屋に入るなり、ベッドに倒れ込んだ。
(本当にここでやっていけるのかな?)
バレエ=レッスンだけではなく、演劇関係の授業はきつく、その上先生達は毎回大量の宿題を出してくるので、海斗は毎日数時間くらいしか睡眠が取れなかった。
その所為か、海斗は中々身体の疲れが取れなくなってしまった。
「まだ寝ないのか?」
「このレポート、今日中に仕上げないと・・」
「カイト、一度鏡で自分の顔を見てみろ、酷い顔をしているぞ。」
ジェフリーからそう言われ、手鏡で自分の顔を見てみると、両目の下には隈が出来ていた。
「頑張るのはいい、だが根詰めたら駄目だ。」
「わかった・・」
少し寝た後、海斗は何とかレポートの締め切りに間に合った。
「ねぇジェフリー、グラハム先生の事は知っているの?」
「ナイジェルの事か?あいつとは、ガキの頃から知っている。」
「え、そうなの?」
海斗の驚いた顔を見て、ナイジェルが彼に何も話していない事をジェフリーは知った。
(昔から秘密主義だとは思っていたが、これ程までとは。)
海斗には話していないが、ナイジェルと自分には前世の記憶がある。
子供の頃からの付き合いというのは嘘ではないが、詳しい事はそんなに話さなくてもいいだろう。
「家が隣同士だったから、よく遊んでいたな。」
「へぇ・・バレエはいつから?」
「姉と一緒に、3歳の頃から家の近くにある公民館でやっているバレエ教室に通っていた。ここに入ったのは、俺はバレエダンサーよりも役者になりたかったからだ。」
「へぇ、そうなの。俺、昔からミュージカルを観るのが好きで・・まぁ、半分はババァ・・母さんの趣味に付き合わされたのがきっかけなんだけど。」
「そうなのか。」
「この学校の授業はきついが、努力は決して無駄にはならない。」
「わかった。」
それから、海斗はジェフリーと共にレッスンと勉学に励んだ。
そんなある日、学校に一人の女が訪ねて来た。
「ジェフリー、会いたかった!」
女はそう叫ぶと、ジェフリーに抱きついた。
彼女の名はイヴリン、ジェフリーの婚約者だった。
「急に俺に何の用だ、ジェフリー?」
「冷たいわね、ジェフリー。ロンドンからわざわざ来たっていうのに・・」
「帰れ、お前と話す事は何もない。」
「それが、父親の言う事なの!?」
「父親だと?」
「ええ、そうよ。わたし、あなたの子を妊娠したの。」
イヴリンはそう言うと、まだ目立たない下腹を撫でた。
「嘘吐くな。」
「あなたのご両親にはもう、報告しておいたわ。」
「イヴリン・・」
(厄介な事になったな・・)
「エマ、エマ!」
「奥様、どうかなさいましたか?」
「今すぐ支度をして頂戴、プリマスへ行くわ。」
ジェフリーの母・エセルは、ヘリコプターでプリマスへと向かった。
「どうした、溜息なんか吐いて?」
「キット・・」
「さては、恋の悩みか?このキット様に話してみな。」
「実は・・」
海斗がキットにジェフリーの婚約者の事を話すと、彼は少し呻いた後、こう言った。
「イヴリンは、厄介な女だからなぁ・・」
「彼女の事、知っているの?」
「あぁ。」
二人がそんな事を話していると、そこへ一人のブロンド美女がやって来た。
「あなたが、カイト?」
「はい、そうですが・・あなたは?」
「わたしはイヴリン、次期ロックフォード公爵夫人よ。」
ブロンド美女は、そう言うと海斗を冷たい蒼い瞳で見た。
「レディ・イヴリン、わざわざロンドンからお越し頂き、ありがとうございます。」
キットが慇懃無礼な口調でイヴリンにそう挨拶すると、彼女は不快そうに眉間に皺を寄せると、そのまま去っていった。
「放っておけ。」
「うん・・」
キットからそう言われ、海斗は余りイヴリンと関わらないようにしていたが、向こうはそうではないらしく、彼女は事あるごとに海斗に突っかかって来た。
「彼女、いつまで居るつもりなんだろう?」
「さぁな。」
イヴリンの地味な嫌がらせに海斗が少し参っていた頃、プリマスにロックフォード公爵夫人がやって来たというニュースが飛び交った。
「イヴリン以上に厄介な人が来たかぁ・・」
「ねぇキット、ジェフリーは貴族なの?」
「あぁ。しかも、あいつの母親がやり手の資産家なんだ。この学校に多額の寄付をしている。だが、彼女は・・」
キットが次の言葉を継ごうとした時、食堂にエセル=ロックフォードが入って来た。
エセルは、蒼い瞳で海斗を睨んだ。
(俺、何かした?)
「あなたが、この学校に入学したアジア人?」
「はい・・」
「アカデミー=スクールも地に堕ちたものね、アジア人の入学を許すなんて!」
「今の発言を取り消せ!」
「ジェフリー、役者なんて目指すのを辞めて、家に戻って来なさい!」
「お断りだね!」
「イヴリンはあなたの子を妊娠しているのよ!」
「ふん、そんなの嘘に決まっている!」
ジェフリーとエセルが食堂でやり合っていると、次第に二人の周りに人が集まって来た。
「カイト、こっちだ。」
「うん・・」
キットは、周りに気づかれないように、海斗を図書室へと避難させた。
「ここは静かだから、ゆっくり話せるな。」
「うん。」
「ジェフリーとあの人は、水と油でね。あの人はやり手の資産家で、頭の中は商売と家名を守る事しかない。それにあの人はレイシストでね。」
「レイシストなら、この国に来てから会ったよ。あんな風にあからさまに言われた事も、数え切れない程沢山ある。もう、慣れたけれど。」
「差別に慣れたら駄目だ。」
「そんな事を言っても、どうすればいいの?」
「耐えるよりも立ち向かえ、怒りを表現への糧にしろ。」
「わかった。」
二人が図書室から食堂に戻ると、そこにエセルとイヴリンの姿はなかった。
「二人は?」
「ロンドンに帰ったよ。少し頭を冷やせって、怒鳴られたよ。」
ジェフリーは溜息を吐くと、海斗を見た。
「あの女に言われた事を忘れろ。芸術の前に、人種や性別は関係ない。」
「うん。」
「さてと、ここで遅めのランチを頂くとするか。」
ジェフリーはそう言って海斗に微笑んだ。
ロンドンに戻ったイヴリンは、エセルと共にある人物と会っていた。
「遅くなって、申し訳ありません。」
「いいえ、わたし達は来たばかりですから。」
「そうですか。」
そう言って二人の前に座ったのは、ビセンテ=デ―サンティリャーナ、ロックフォード家の顧問弁護士だった。
「実は、この子とジェフリーの仲を引き裂いて欲しいの。」
エセルはそう言うと、ビセンテに海斗の顔写真を手渡した。
「この子は・・」
「知り合いでしたの?それなら話が早いですわ。」
エセルはそう言うと、ビセンテの耳元で何かを囁いた。
「わかりました、全力を尽くしましょう。」
「ありがとう、あなたに頼んでおいて良かったわ。」
「あ~、疲れた。」
海斗はバレエのレッスンを終えて、何度目かの溜息を吐いた後、そう言って持っていたタオルで額の汗を拭った。
「お疲れさん。」
「ジェフリー・・」
「余り根詰めると体力が無くなるぞ?」
「うん・・」
「それにしても、もうすぐハロウィンか。」
「この学校で、ハロウィンの時期に何かイベントでもあるの?」
「あぁ。ハロウィンの時期になると、仮装舞踏会が開かれる。それと、マーロウ脚本の劇かな。」
「劇かぁ、楽しみだな。」
海斗がそんな事を言いながらジェフリーと食堂に入ると、ナイジェルは何処か慌てたような表情を浮かべながら、彼らの元へと駆け寄って来た。
「二人共、今すぐレッスン室に来い!」
「わかった。」
(一体、何があったんだろう?)
「二人共、良く来たな!」
「キット、何かあったのか?」
「いや何、二人に劇の衣装合わせをして貰いたくてな。」
「衣装合わせ?」
「あぁ。」
キットから台本を渡された二人は、それに目を通した。
劇の内容は、中世ヨーロッパを舞台にした、ロマンスだった。
「このドレス、誰が作ったの?」
「俺だ。昔から裁縫が得意だったから、劇の衣装を作るのが楽しくなっちまったのさ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「それにしても、あの二人があっさり引き下がったのが気になるな。」
「何か嫌な予感がする。」
「さぁて、そんな暗い気分は、ハロウィン気分で盛り上げよう!」
「うん。」
ハロウィンシーズンに入ったアカデミー=スクールでは、ハロウィンにちなんだ屋台などが並び、連日沢山の人で賑わっていた。
「何だか、夢の中に居るみたい。」
「そうだな。」
海斗とジェフリーが屋台で売られていたパンプキンパイを食べていると、そこへキットがやって来た。
「よぉお二人さん、楽しんでいるようだな?」
「まぁな。」
「さてと、俺はこれから台本の直しをしに部屋へ戻るよ。」
「余り無理するなよ。」
「わかったよ。」
ハロウィン=フェスティバル二日目の朝、キットが舞台衣装を保管してある空き教室へと向かうと、衣装が何者かによって無惨に引き裂かれていた。
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