「風光る」二次小説です。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。
二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。
1905(明治38)年、二百三高地。
不気味なほどに静まり返った雪原の中で、兵士達は息を潜めて敵の様子を探っていた。
皆揃いの白い襷を軍服の上に掛けており、銃剣を握り締めている手は震えていた。
「突撃~!」
喇叭の音が鳴り響き、塹壕の中から兵士達が一斉に飛び出して敵陣へと次々と突っ込んでいった。
怒号と悲鳴、砲声と銃声が鳴り響く戦場を、一人の青年は物憂げな表情を浮かべながら眺めていた。
彼の名は、富永誠―元新選組隊士であった母・神谷清三郎こと富永セイと、新選組副長・土方歳三との間に生まれた一粒種である。
幼い頃から医術で人を病と怪我を救ってきた母の背中を見ながら育った誠は、自ずと医学の道へと進んでいった。
元服を迎える年となった誠は、珍しくセイから自室へ呼び出された。
「母上、お話しとは何ですか?」
「いいですか誠、良くお聞きなさい。昔、あなたは自分の父親が誰なのかを聞いた事がありましたね?」
「はい・・それがどうかしたのですか?」
誠が生まれた時、既に父は亡く、母は父の事について何も教えてくれなかった。
幾度も聞いても、“あなたが大きくなったら教えてあげますよ”の一点張りで、誠はそれ以上母に父親の事を尋ねるのを止めた。
「いいですか、落ち着いて良くお聞きなさい。あなたの父親は、新選組副長・土方歳三です。」
「土方歳三・・新選組・・」
幼い頃、母と街を歩いていた時、母の事を別の名で呼んでいた男性が、自分を見て驚いていた事を誠は思い出した。
“沖田さんにそっくりじゃないか。”
その“オキタ”さんという人が、自分の父親なのかと誠は思い込んでいたが、真実は違った。
「じゃぁ、あの人が言っていた“オキタ”さんという人は・・」
「わたしが生涯、ただ一人愛した男(ひと)ですよ。」
母―セイはそう言うと、一枚の古びた写真を誠に見せた。
そこには、自分と瓜二つの顔をした武士と、若き頃の母の姿が写っていた。
「この方が、沖田先生・・沖田総司様ですよ。」
「この人が、オキタさん・・」
誠はそっと、オキタさんの顔を撫でた。
「誠、あなたの名前は新選組の“誠”から取ったのですよ。沖田先生や土方さんのような武士になりますようにと願って、わたしがつけたのです。」
「母上・・」
「誠、これからどんな事が起きても、決して負けてはなりません。己に正直に生きなさい、そして正しい道を歩きなさい。」
「はい、母上。」
ほどなくして、誠は仙台の医学校へ進学する為、長年暮らしていた東京の実家を離れる事となった。
「では母上、行って参ります。」
「気を付けて行ってらっしゃい。誠、これを。」
別れ際、セイは誠にある物を渡した。
それは、“誠”と刺繍された古びた肩章だった。
「これは?」
「わたしが、昔新選組で戦っていた時につけていたものです。お守り代わりに持っていなさい。」
「はい・・」
「ご武運を、お祈りしていますよ。」
セイは、華がほころぶかのような笑顔を浮かべながら誠を見送った。
仙台の医学校での多忙な日々は、瞬く間に過ぎて行った。
「なぁ誠、それは何だ?」
「あぁ、これか?父上の形見だ。それがどうかしたのか?」
あと一日で卒業を迎えようとした日の夜、誠は寮で同室だった友人・高岡にセイから渡された肩章の事を尋ねられ、そう答えると彼は少し首を傾げた後こう言った。
「そういえば、お前が持っている物と同じ物を持っていた奴が居たな。確か、父親が元新選組隊士だったとか・・」
「へぇ~」
誠はそう言うと、大して気にも留めずにそのまま眠った。
無事医学校を卒業した誠は東京へと戻り、母の診療所を手伝うようになった。
「若先生は腕がいいねぇ。富永先生も良い跡取りに恵まれたわねぇ。」
「あら、そうですか?」
「それに、良い男じゃないの。あれだったら、すぐに縁談が来ると思うわぁ。」
「まぁ・・」
「前田さん、止してくださいよ。わたしはまだ、結婚なんて考えていませんから。今は、医術の道を究めたいんです。」
「あらぁ、そうなの、残念ねぇ。」
誠はふと母の姿を見ると、彼女は何故か涙を流していた。
「母上?」
「目にゴミが入ったのよ。気にしないで。」
「そうですか・・」
暫く穏やかな日々を誠達は送っていたが、その平穏は戦の影に脅かされる事になった。
「なぁ、これからロシアと戦争になるんだとよ。」
「本当かよ!?」
「これからどうなるんだか・・」
誠は次々と医学校の同級生達が徴兵されていく姿を幾度も見送り、彼らの無事を祈った。
だが、彼らは皆物言わぬ白木の箱となって戻って来た。
(わたしも、いつかあんな風になるのだろうか・・)
「誠、大丈夫よ。あなたの事は皆さんが守ってくださいますからね。」
「母上・・」
「わたしは、あなたの帰りを待っていますよ。」
セイはそう言うと、そっと誠の手を優しく握った。
彼の元に徴兵令状が届いたのは、桜が散りだした頃だった。
「では母上、行って参ります。」
「武運を、お祈りしておりますよ。」
セイと別れた誠は、東京を離れ、召集された兵士達と共に中国大陸の土を踏んだ。
「突撃~!」
「突撃~!」
喇叭の音ともに、白い揃いの襷を掛けた兵士達が銃剣を手に次々と敵陣に向かって突っ込んでいった。
耳を聾する程の轟音と怒号、悲鳴の嵐の中を、兵士達は只管進んでいったが、その大半は冷たい土の上に骸と化して倒れた。
「白襷隊は全滅だってよ・・」
「俺達もどうなるんだか・・」
「お前ら、死ぬつもりでここに来たんだろう?だったら、死ぬ覚悟を持ちやがれ!」
兵舎の中で誠達がそんな事を話していると、一人の兵士がそう言って誠達を睨んだ。
「誰だって死にたくはない。ただそれだけさ。」
「ふん、勝手にほざいてろ。」
そう言って誠に背を向けた兵士―高田の肩には、自分と同じ「誠」と刺繍された古びた肩章がつけられていた。
誠達は、戦場に立つことになった。
冷気が混じった霧の中で、彼らはじっと塹壕の中で息を潜めていた。
(母上・・)
誠は目を閉じて、自分の帰りを待っている母の事を想った。
「まさかこの期に及んで、逃げ出そうと思ってんじゃねぇんだろうな?」
「そんな事ないよ。」
「そうか・・」
「突撃~!」
進撃の合図を告げる喇叭の音が鳴り響き、塹壕の中から誠達は戦場へと飛び出した。
次々と仲間が倒れていく中、誠と高田は敵を薙ぎ払い、漸く敵陣の中へと突っ込んだ。
「死ねぇ!」
「おい、危ない!」
遠くから誰かの声が聞こえて来たかと思った直後、誠は爆風に吹き飛ばされた。
意識が徐々に闇の中へと引き摺り込まれていく中、誠を誰かが呼ぶ声が聞こえた。
(誰・・わたしを呼ぶのは?)
―まだあなたは、ここへ来ちゃ駄目ですよ。
誠がゆっくりと目を開けると、そこには自分と瓜二つの顔をした青年が立っていた。
(あなたが、オキタさん?)
―土方さんが話していた通りだ、わたしとそっくりですね。
青年はそう言うと、誠に優しく微笑んだ。
―さぁ、行きなさい。あなたにはまだ、生きて貰わないと神谷さんに叱られちゃいますからね。
青年に導かれるようにして、誠はそのまま光の中へと進んでいった。
「気が付いたね。」
「あの、ここは?」
「日本に向かう船の中だよ。あの戦場で生き残ったのは、君と高田君だけだよ。」
「そうですか・・」
戦場から故郷へ帰って来た誠は、母・セイが亡くなるまで彼女の診療所の手伝いをした。
「誠、強く生きなさい・・あなたは、武士の子だから。」
「はい、母上。」
臨終の際、セイは誰かに向かって微笑んだ後、静かに息を引き取った。
誰かが母を迎えに来たのだろうか。
それは、オキタさんだったのか、自分の父親だったのか・・知っているのは、彼岸に居る彼女だけが知っている―誠は、そんな事を思いながら母の遺灰を彼女の遺言に従って海に撒いた。
母の遺灰は風に乗って、キラキラとした海面の中へと消えていった。
―神谷さん、これからはずっと一緒ですよ。
―はい、沖田先生。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。
二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。
1905(明治38)年、二百三高地。
不気味なほどに静まり返った雪原の中で、兵士達は息を潜めて敵の様子を探っていた。
皆揃いの白い襷を軍服の上に掛けており、銃剣を握り締めている手は震えていた。
「突撃~!」
喇叭の音が鳴り響き、塹壕の中から兵士達が一斉に飛び出して敵陣へと次々と突っ込んでいった。
怒号と悲鳴、砲声と銃声が鳴り響く戦場を、一人の青年は物憂げな表情を浮かべながら眺めていた。
彼の名は、富永誠―元新選組隊士であった母・神谷清三郎こと富永セイと、新選組副長・土方歳三との間に生まれた一粒種である。
幼い頃から医術で人を病と怪我を救ってきた母の背中を見ながら育った誠は、自ずと医学の道へと進んでいった。
元服を迎える年となった誠は、珍しくセイから自室へ呼び出された。
「母上、お話しとは何ですか?」
「いいですか誠、良くお聞きなさい。昔、あなたは自分の父親が誰なのかを聞いた事がありましたね?」
「はい・・それがどうかしたのですか?」
誠が生まれた時、既に父は亡く、母は父の事について何も教えてくれなかった。
幾度も聞いても、“あなたが大きくなったら教えてあげますよ”の一点張りで、誠はそれ以上母に父親の事を尋ねるのを止めた。
「いいですか、落ち着いて良くお聞きなさい。あなたの父親は、新選組副長・土方歳三です。」
「土方歳三・・新選組・・」
幼い頃、母と街を歩いていた時、母の事を別の名で呼んでいた男性が、自分を見て驚いていた事を誠は思い出した。
“沖田さんにそっくりじゃないか。”
その“オキタ”さんという人が、自分の父親なのかと誠は思い込んでいたが、真実は違った。
「じゃぁ、あの人が言っていた“オキタ”さんという人は・・」
「わたしが生涯、ただ一人愛した男(ひと)ですよ。」
母―セイはそう言うと、一枚の古びた写真を誠に見せた。
そこには、自分と瓜二つの顔をした武士と、若き頃の母の姿が写っていた。
「この方が、沖田先生・・沖田総司様ですよ。」
「この人が、オキタさん・・」
誠はそっと、オキタさんの顔を撫でた。
「誠、あなたの名前は新選組の“誠”から取ったのですよ。沖田先生や土方さんのような武士になりますようにと願って、わたしがつけたのです。」
「母上・・」
「誠、これからどんな事が起きても、決して負けてはなりません。己に正直に生きなさい、そして正しい道を歩きなさい。」
「はい、母上。」
ほどなくして、誠は仙台の医学校へ進学する為、長年暮らしていた東京の実家を離れる事となった。
「では母上、行って参ります。」
「気を付けて行ってらっしゃい。誠、これを。」
別れ際、セイは誠にある物を渡した。
それは、“誠”と刺繍された古びた肩章だった。
「これは?」
「わたしが、昔新選組で戦っていた時につけていたものです。お守り代わりに持っていなさい。」
「はい・・」
「ご武運を、お祈りしていますよ。」
セイは、華がほころぶかのような笑顔を浮かべながら誠を見送った。
仙台の医学校での多忙な日々は、瞬く間に過ぎて行った。
「なぁ誠、それは何だ?」
「あぁ、これか?父上の形見だ。それがどうかしたのか?」
あと一日で卒業を迎えようとした日の夜、誠は寮で同室だった友人・高岡にセイから渡された肩章の事を尋ねられ、そう答えると彼は少し首を傾げた後こう言った。
「そういえば、お前が持っている物と同じ物を持っていた奴が居たな。確か、父親が元新選組隊士だったとか・・」
「へぇ~」
誠はそう言うと、大して気にも留めずにそのまま眠った。
無事医学校を卒業した誠は東京へと戻り、母の診療所を手伝うようになった。
「若先生は腕がいいねぇ。富永先生も良い跡取りに恵まれたわねぇ。」
「あら、そうですか?」
「それに、良い男じゃないの。あれだったら、すぐに縁談が来ると思うわぁ。」
「まぁ・・」
「前田さん、止してくださいよ。わたしはまだ、結婚なんて考えていませんから。今は、医術の道を究めたいんです。」
「あらぁ、そうなの、残念ねぇ。」
誠はふと母の姿を見ると、彼女は何故か涙を流していた。
「母上?」
「目にゴミが入ったのよ。気にしないで。」
「そうですか・・」
暫く穏やかな日々を誠達は送っていたが、その平穏は戦の影に脅かされる事になった。
「なぁ、これからロシアと戦争になるんだとよ。」
「本当かよ!?」
「これからどうなるんだか・・」
誠は次々と医学校の同級生達が徴兵されていく姿を幾度も見送り、彼らの無事を祈った。
だが、彼らは皆物言わぬ白木の箱となって戻って来た。
(わたしも、いつかあんな風になるのだろうか・・)
「誠、大丈夫よ。あなたの事は皆さんが守ってくださいますからね。」
「母上・・」
「わたしは、あなたの帰りを待っていますよ。」
セイはそう言うと、そっと誠の手を優しく握った。
彼の元に徴兵令状が届いたのは、桜が散りだした頃だった。
「では母上、行って参ります。」
「武運を、お祈りしておりますよ。」
セイと別れた誠は、東京を離れ、召集された兵士達と共に中国大陸の土を踏んだ。
「突撃~!」
「突撃~!」
喇叭の音ともに、白い揃いの襷を掛けた兵士達が銃剣を手に次々と敵陣に向かって突っ込んでいった。
耳を聾する程の轟音と怒号、悲鳴の嵐の中を、兵士達は只管進んでいったが、その大半は冷たい土の上に骸と化して倒れた。
「白襷隊は全滅だってよ・・」
「俺達もどうなるんだか・・」
「お前ら、死ぬつもりでここに来たんだろう?だったら、死ぬ覚悟を持ちやがれ!」
兵舎の中で誠達がそんな事を話していると、一人の兵士がそう言って誠達を睨んだ。
「誰だって死にたくはない。ただそれだけさ。」
「ふん、勝手にほざいてろ。」
そう言って誠に背を向けた兵士―高田の肩には、自分と同じ「誠」と刺繍された古びた肩章がつけられていた。
誠達は、戦場に立つことになった。
冷気が混じった霧の中で、彼らはじっと塹壕の中で息を潜めていた。
(母上・・)
誠は目を閉じて、自分の帰りを待っている母の事を想った。
「まさかこの期に及んで、逃げ出そうと思ってんじゃねぇんだろうな?」
「そんな事ないよ。」
「そうか・・」
「突撃~!」
進撃の合図を告げる喇叭の音が鳴り響き、塹壕の中から誠達は戦場へと飛び出した。
次々と仲間が倒れていく中、誠と高田は敵を薙ぎ払い、漸く敵陣の中へと突っ込んだ。
「死ねぇ!」
「おい、危ない!」
遠くから誰かの声が聞こえて来たかと思った直後、誠は爆風に吹き飛ばされた。
意識が徐々に闇の中へと引き摺り込まれていく中、誠を誰かが呼ぶ声が聞こえた。
(誰・・わたしを呼ぶのは?)
―まだあなたは、ここへ来ちゃ駄目ですよ。
誠がゆっくりと目を開けると、そこには自分と瓜二つの顔をした青年が立っていた。
(あなたが、オキタさん?)
―土方さんが話していた通りだ、わたしとそっくりですね。
青年はそう言うと、誠に優しく微笑んだ。
―さぁ、行きなさい。あなたにはまだ、生きて貰わないと神谷さんに叱られちゃいますからね。
青年に導かれるようにして、誠はそのまま光の中へと進んでいった。
「気が付いたね。」
「あの、ここは?」
「日本に向かう船の中だよ。あの戦場で生き残ったのは、君と高田君だけだよ。」
「そうですか・・」
戦場から故郷へ帰って来た誠は、母・セイが亡くなるまで彼女の診療所の手伝いをした。
「誠、強く生きなさい・・あなたは、武士の子だから。」
「はい、母上。」
臨終の際、セイは誰かに向かって微笑んだ後、静かに息を引き取った。
誰かが母を迎えに来たのだろうか。
それは、オキタさんだったのか、自分の父親だったのか・・知っているのは、彼岸に居る彼女だけが知っている―誠は、そんな事を思いながら母の遺灰を彼女の遺言に従って海に撒いた。
母の遺灰は風に乗って、キラキラとした海面の中へと消えていった。
―神谷さん、これからはずっと一緒ですよ。
―はい、沖田先生。