「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。
「どうした、トシ?浮かない顔して?」
「いや、何でもない。」
「公園で見かけたあの子の事が気になっているんだろう?」
「どうして、そんな・・」
「何年、お前と暮らしていると思っているんだ?」
「敵わねぇな、あんたには。」
「あの子は、児童養護施設に引き取られたそうだ。」
「そうか。そこではちゃんと、飯食えているのかな?」
「そうだと思いたいな。」
勇はそう言って溜息を吐きながら、無料弁当の仕込みを終えた。
「コラ、教室から出て行かない!」
「先生、また沖田君が・・」
二人が営む食堂の近くにある小学校で、一人の少年は今日もまた癇癪を起こして学校から飛び出していった。
「沖田君、待ちなさい!」
結局少年―総司は、施設のスタッフに引き取られていった。
「全くもぅ、こんなに散らかして!少しは片付けようとか思わないの!?」
「ごめんなさい・・」
「さっさと片付けなさい!」
総司は俯きながら、散らかった物を机の上から片付け始めた。
「あの子は一体、どういうつもりなのかしら?」
「本当よね。やっぱり、あんな親に育てられたんじゃぁねぇ・・」
「あのままじゃ、誰も・・」
物心ついた頃から、父は居なかった。
母親は水商売をしていて、総司はいつも放っておかれた。
総司は、ADHD(注意欠陥・多動性障害)と、LD(学習障害)のひとつである、読字障害(ディスレクシア)を抱えていたが、彼も母親もわからなかった。
“あんたの所為で、あたしの人生滅茶苦茶よ!”
母の交際相手は、母と共に総司を殴った。
彼が死んで施設に入った総司だったが、そこは安息の地ではなかった。
“何で片付けないの!?”
“好き嫌いせずにちゃんと食べなさい!”
“もう、何でみんなと同じように出来ないの!”
小学校に転校した途端、総司は周囲に溶け込めず、いつも癇癪ばかり起こしていた。
“沖田君の字、変なの!”
“もう、ちゃんとみんなと同じように書きなさい!”
(どうして、僕だけ怒られるの?)
総司は、まるで出口の見えないトンネルの中を歩いているかのようだった。
「あ、沖田君また残している!」
「もぅ、駄目でしょう!」
食事の時間は、総司にとって最も苦痛な時間だった。
彼は感覚過敏で、聴覚と味覚が人一倍敏感だった。
だから、施設で出される食事は口に合わず、いつも残していた。
総司が食べられる物といえば、カップラーメンやレトルト、冷凍食品、スナック菓子などだった。
勉強が出来ない分、運動は得意だった。
スポーツ、特に週に一度市民会館で行われている剣道教室で汗を流していると、嫌な事を全て忘れてしまうのだった。
「一度精神科に診せた方がいいわね。」
「何を言っているの、沖田君はああいう“性格”なの!うちがちゃんとあの子を“躾け”れば、“治る”ものなの!」
「でも・・」
「いちいちあの子に構っている暇なんかないのよ!」
院長からそう言われ、スタッフの一人は黙るしかなかった。
そんな中、事件は起きた。
いつものように総司が食事を残していると、それを目ざとく見つけた院長が、彼を黒板の前に立たせた。
「ちゃんと反省するまで、ここに立っていなさい!」
「ギャ~!」
酷い癇癪を起こした総司は、そのまま食堂を飛び出し、自分の私物が入ったリュックサックを掴むと施設から出て行った。
行く当てもなく、総司は夜の街を彷徨った。
その日、東京を含む関東地方は大雪に見舞われていた。
雪が舞い散る中、総司は寒さに震えながら、ズボンのポケットから一枚の名刺を取り出した。
そこには、誠食堂の住所が書かれていた。
住所を頼りに総司が道を歩いていると、彼はゴミ捨て場に捨てられたハムスターケージを見た。
その中には、怯えた顔で自分を見つめているゴールデンハムスターが床材の中から現れた。
放っておけず、総司はハムスターケージを抱えて歩き出した。
「やっと終わったな、勝っちゃん。」
「あぁ。」
「俺、暖簾を外してくる。」
「わかった。」
暖簾を店の中へとしまおうとした時、歳三は店の前に何故かハムスターケージを抱えている少年が立っている事に気づいた。
「おい、大丈夫か?」
「助けて・・」
「トシ、どうした?」
「勝っちゃん、そいつを病院へ連れて行け!俺はハムスターを夜間の動物病院へ連れて行く!」
「あぁ、わかった・・」
少年を勇に任せ、歳三はハムスターを夜間診察してくれる動物病院へと向かった。
そこは良くレティシアを診てくれる所で、ハムスターなどの小動物を診てくれる所だった。
「この子は?」
「ゴミ捨て場に捨てられていたんです!」
「そうですか・・」
ハムスターは寒空の下長時間放置されていたが、内臓には異常なかった。
「最近多いんですよね、コロナ禍で在宅勤務が増えたから動物を飼って捨てる人が。犬猫もそうだけれども、ハムスターは生体の値段が安いから、子供の遊び相手にとかいう安易な理由で飼って捨てる人も多いし、学校で飼って面倒見れなくなって捨てる人が、ここ数ヶ月増えているんですよ。」
「ハムスターは夜行性だし、ストレスに弱いから学校では向いていないのに。」
「そうですよ。それに、動物をぬいぐるみとか何かと勘違いしている人が多いですよね。動物を飼うのをいっそ免許制にして、虐待したりしたら剥奪するというシステムにした方がいいと、僕は常々思っているんですよ。」
「本当にそうですね。」
「お宅は猫ちゃん飼われていますから、お部屋はちゃんと分けておかないといけませんね。」
「えぇ。」
歳三がキッチンカーでハムスターを連れて帰宅すると、先に帰宅していた勇が、リビングの隣にある部屋で、ペットショップで購入したハムスターの飼育用品を棚に整理していた。
「お帰り、トシ。」
「ただいま。勝っちゃん、あの子は?」
「あの子は、脱水症状を起こして入院中だ。養護施設の方が来て下さって、あの子が抱える実情をこのノートに書いて下さったんだ。」
「そうか・・」
それは、B5サイズの方眼ノートだった。
そこには、“総司君の取り扱い説明書”というタイトルがつけられていた。
中を開くと、そこには総司少年のこだわりや、得意な事や苦手な事が十ページにわたって詳細に綴られていた。
“大きな音(クラクションや学校のチャイム音、水洗トイレの音、赤ちゃんの泣き声)などが苦手です。”
“酸味が強い物(ネギ、キムチなど)、カレーライスが苦手です。”
”二つの事が同時に出来ません。“
“部屋の片づけが苦手です。”
“常に落ち着きがなく、自分の思い通りにならないとすぐに癇癪を起こします。”
それらを見た後、歳三は彼が発達障害なのではないかと疑った。
「トシ、どうした?」
「なぁ勝っちゃん、あの子うちで引き取れねぇか?」
「難しいな・・俺達は法的には、“結婚”していないからなぁ。」
「そうだな・・」
日本には、近年同性パートナーの結婚を認めようとしている動きが高まってきているが、“少子化に拍車がかかる”という反対意見もあり、未だ法改正には至っていない。
「まぁ、あの子が俺達の所に来たのは何かの縁だ。」
「あぁ・・」
数日後、歳三と勇は総司を精神科へと連れて行き、そこで知能検査を受けた。
「先生、あの子は・・」
「そうですね、こちらのノートを拝見する限り、総司君にはADHDの特性がありますね。母親の育児放棄と身体的・精神的虐待を受けて来たのは、その特性が原因だったのでしょうね。育児は定型発達の子でも大変なのに、発達障害を持つ子の育児は更に大変です。総司君はまだいい方で、中には成人して三十代や四十代となってから発達障害と判る方が多いんです。」
「そうなのですか・・」
その日の夜、勇と歳三は今後の事を話し合った。
「店をやりながら育児をするのは大変だぞ。」
「そうだが・・」
「一度、あの子が居た施設に行ってみよう。」
「あぁ。」
二人が店の定休日に総司が居た児童養護施設へ向かうと、六十代と思しき女性が二人を出迎えた。
「沖田君は、決して発達障害なんかじゃありません!あの子の“性格”は、こちらが厳しく躾ければ治りますから!」
院長の言葉を聞いた二人は、驚きの余り絶句した。
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