「FLESH&BLOOD」の二次小説です。
作者様・出版社様は一切関係ありません。
海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。
二次創作・BLが嫌いな方はご注意ください。
「これで良し、と。」
東郷海斗はそう呟きながら帯を締めると、鏡の前で一周した。
「カイトちゃん、会いたかったよ~!」
「わたしもです~!」
(気色悪い!)
心の内で相手に悪態をつき、海斗は勤務中笑顔を絶やさずにいた。
「あ~、疲れた。」
「カイト、今夜はありがとう。」
クラブ『白鹿亭』のママ、リリーはそう言うと海斗にカモミールティーを差し出した。
「ありがとう、リリー。」
「今夜は忙しかったわね。」
「週末だからね。あ~、明日早番だから嫌だなぁ。」
海斗は溜息を吐いた後、カモミールティーを一口飲んだ。
「週末は大変よね。」
「さっさと帰ってシャワーでも浴びて寝る事にするよ。」
「そうした方がいいわよ。」
「お休み、リリー。」
「お休み。」
タクシーに乗って『白鹿亭』を後にした海斗は、帰宅した後玄関で靴を脱ぎ、リビングに入るとすぐに夕食の弁当を電子レンジで温めた。
この弁当は、海斗が社員割で職場のデパートで買ったものだった。
(この和風おろしハンバーグ弁当、前から食べたかったんだよな。)
海斗は、昼はデパートの食品売り場、夜はクラブで働いている。
デパート勤務といえば、昔はホワイトな職場とか言われていたらしいが、一日八時間も立ちっぱなしでトイレや食事休憩もままならない程の忙しさで、仕事が終われば寄り道もせずに帰宅し、ベッドの中で泥のように眠る毎日を海斗は一年半も送っていた。
大学卒業後、多額の奨学金返済の為、海斗は休む暇なく働いていた。
いつまでこの生活が終わるのか―海斗はそう思いながら弁当を食べ終えると、汚れたプラスティックの食器とマグカップを台所の流しで洗った後、シャワーを浴びてそのままベッドに倒れ込んだ。
翌朝、海斗は眠い目を擦りながら朝食のトーストを食べ、バスに揺られながら職場へ向かった。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
社員通用口で同僚達と挨拶を交わしながら、海斗は更衣室に入り私服から制服に着替えた。
黒のワンピースに、レースのエプロン―ヴィクトリア朝時代のメイドの服装が、海斗が働く惣菜店“エリアス”の制服だった。
こんな動きにくい格好で八時間もサンドイッチやドリア、サラダなどをショーケースに並べたり量り売りしたりするのだから、堪ったものではない。
その上黒のストッキングの上に編み上げブーツという水虫まっしぐらな靴を履いているから、海斗はいつ自分が水虫になるのではないかと怯えていた。
水虫よりも、海斗の悩みの種は融通の利かない上司だった。
この一週間、海斗は朝九時から夜七時まで、休み無しに働いていた。
原因は、深刻な人手不足である。上司のパワー=ハラスメントや過重労働の所為で、ここ一年半の間、数人もパートや社員が辞めていった。
「あ~、疲れた。」
漸く海斗が昼食を取れたのは、昼のピーク時を過ぎた十四時半頃だった。
「お疲れ様、今日は忙しかったね。」
「うん。これからクリスマスシーズンに入るから、ますます忙しくなるなぁ。」
「そうねぇ。そういえば聞いた?ここ、来年売却されるって。」
「売却・・」
「ほら、うちの社長があんな不祥事を起こしたから・・」
同僚が言う、“あんな不祥事”とは、海斗の職場である丸吉百貨店の社長である丸吉太一が、交際していた女性を殺害し逮捕された事により、丸吉一族は明治の創業以来持っていた経営権を手放し、それは外国企業に売却された。
「ここが売られたら、どうなるのかしら?」
「さぁ・・」
「何処も不景気だし、この年で再就職先を探すのは辛いわ。」
「言えてる。きついけれど、お給料良いもんね、ここ。」
「あ、もうこんな時間だわ。じゃぁね!」
「またね。」
昼食を終えた海斗が地下一階へと戻ると、“エリアス”の前に何やら人だかりが出来ていた。
「どうされたのですか?」
「また福山さんが爆発したのよ。」
そう言った同僚達の視線の先には、上司に厳しく叱責されているアルバイトの女子社員だった。
「一体彼女は何をしたんですか?」
「発注を間違えたみたい。」
アルバイトに、しかも入社して一ヶ月も過ぎない社員をさせるなんておかしい。
それは本来、上司の仕事だ。
「部長、その辺にしておいてあげたらどうですか?」
「何だと!?」
「この子はまだここに入ったばかりなんですよ。発注ミスは部長の責任でしょう!」
海斗がそう叫んだのと同時に、彼女の頬に強い衝撃が走り、彼女はその場に蹲った。
「大丈夫?」
「大丈夫です。」
上司から初めて殴られたが、海斗の中では痛みよりも怒りの方が強かった。
「これから病院へ行って来ます。」
「そんな事・・」
「それと、警察に被害届を出します。」
「待て、そんな事が許されると思うのか!?」
「言っておきますけれど、あなたがこれまでわたし達にして来たパワー=ハラスメントの証拠は持っていますから、言い逃れ出来ませんよ。」
自分の前で酸欠した金魚のように口をパクパクさせながら顔を赤くしたり蒼褪めたりしている上司に背を向けた海斗は、そのまま職場を後にした。
数日後、海斗が休み明けに出勤すると、上司の姿が職場になかった。
「あの人、左遷されたって。」
「そうですか。」
「今日から、新しい人が来るって。変な人じゃなきゃいいけど。」
「そうですね。」
そんな事を海斗が同僚達と話していると、コツコツという上質な靴音がフロア内に鳴り響き、彼女達の前に一人の男が現れた。
ダークグレーのスーツに深緑のネクタイを締めた長身の白人男性が、エメラルドのような美しい翠の瞳で海斗を見つめた。
『あ、あのぅ・・まだ準備中なのですが・・』
『これは失礼。今日からここで働く事になった、ビセンテ=デ=メンドーサだ。よろしく頼む。』
『カイト=トーゴ―です。』
これが、海斗とビセンテの、運命の出会いだった。
「東郷さん、会長がお呼びよ!」
「え?」
(会長が何で俺を?)
海斗はそう思いながら社員用のエレベーターで最上階まで向かい、会長室のドアをノックした。
『どうぞ。』
『失礼します。』
会長室には、今朝地下の惣菜売場で会った白人男性の姿があった。
『あの、どうしてここに俺を呼んだのですか?』
『まだ話していなかったな、わたしはこの百貨店の経営に新しく携わる事になった、ビセンテ=デ=サンティリャーナだ。』
『え、それじゃぁ、あなたが・・』
突然新しい会長に呼び出された事に気づいた海斗は、顔を蒼褪めてビセンテを見ると、彼は優しく海斗に微笑んでくれた。
『そんなに怯えなくていい。今日、君をここへ呼んだのは、君をわたしの専属秘書にしたいと思ってね。』
『あの、俺今まで秘書をした経験がありません。』
『構わない。わたしは、君のような人材が欲しかったんだ。』
『俺みたいな人材?』
『いつも物怖じせず、自分が正しい事を言う。わたしは君のそんな態度に好感を持ったんだ。』
『はぁ・・』
『カイト、わたしには君が必要だ。』
いつの間にか、ビセンテは海斗の隣に立っていた。
『わたしの秘書になってくれ、カイト。』
『すいません、少し考えさせて下さい。』
海斗はそう言うと、逃げるように会長室から出て行った。
(俺が専属秘書なんて、無理に決まってる!)
海斗は惣菜売場に戻ると、夕方まで仕事に追われ、ビセンテの事などすっかり忘れてしまった。
だが、海斗は知らなかった。
スペイン男の愛が、情熱的である事に。
「専属秘書?」
「今日、新しいボスに呼び出されて、そう言われたんだ。」
「それで、どうするの?」
「断るよ。秘書をした経験がないのに、上手くやれるかどうかわからないもの。」
夜の職場で、海斗はそう言いながらしきりに足を掻いていた。
「どうしたの?」
「最近暑くて、昼の職場で編み上げブーツを履いているから、水虫になっているのかも・・」
「一度、病院に行ってみたら?そういうのは、放っておいたら酷くなるわよ。」
「わかりました。」
「いらっしゃい~!」
「いらっしゃいませ!」
昼の職場の癖で、つい海斗は大声で挨拶してしまう。
「ママ、今日は一見さんを連れて来たよ。」
「まぁ、そうなの?」
常連客の後に店に入って来たビセンテに気づいた海斗は、リリーにトイレに行って来ると言い、その場から離れた。
トイレに入り、個室に入って内側から鍵を掛けた後、便座の上に腰を下ろした海斗は、ストッキングを脱いだ。
案の定、足裏の皮膚がボロボロになっていた。
明日にでも皮膚科に行くか―そう思いながら海斗が女子トイレから出ると、廊下には何故かビセンテの姿があった。
『ここで、働いているのだな。』
『ええ、それが何か?』
『わたしは、君に恋をしてしまった。』
『まぁ、ご冗談を。』
海斗がそう言ってビセンテの脇を通り抜けようとすると、彼が突然彼女の腕を掴んだ。
『やめて、離して下さい!』
『済まない。』
ビセンテは我に返り、ぱっと海斗の手を離した。
(何なの、あの人!?)
帰りのタクシーの中でビセンテに掴まれた方の腕を擦りながら、海斗は溜息を吐いた。
自宅マンションのエントランスの前でタクシーから降りた海斗は、そこで一番会いたくない人物と遭遇してしまった。
「海斗、久しぶりだなぁ。」
口端を上げて自分を見つめるその男を、海斗は知っていた。
彼は、勇人。
海斗の心をズタズタにし、傷つけた張本人だった。
「今更俺に何の用?」
「そんなに警戒するなよ、俺はただ・・」
「海斗?」
海斗と勇人の間に割って入ったのは、幼馴染で親友の森崎和哉だった。
「てめぇ、誰だ!」
「これ以上彼女に付きまとうと警察を呼びますよ。」
「チッ!」
勇人は舌打ちすると、その場から去っていった。
「和哉、助けてくれてありがとう。」
「海斗、君の家で少し話さない・・」
「うん・・」
海斗は何故和哉がここを知っているのかが不思議でならなかったが、それよりも一刻も早くマンションの中に入りたかった。
「それで、話したい事ってなに?」
「海斗、ホステスのバイトはいつまで続けるつもりなの?」
「どうしてそんな事を聞くの?」
「君の事が、心配だからだよ。」
「和哉・・」
海斗が振り向くと、和哉は彼女の唇を奪った。
「やめて!」
「ごめん、どうかしていた・・」
そう言って癖の無い黒髪を搔き乱した和哉の左手薬指には、真新しい結婚指輪が光っていた。
彼は半年前に結婚したのだが、その妻とは余り上手くいってないらしい。
「俺は、クラブのバイトを辞めるつもりはないよ。辞めたら、奨学金返せないし・・」
「そう。最近、どうしてあの時、君とはぐれてしまったんだろうって・・」
「やめて!」
「僕は、君と結婚していたら・・」
「やめて、もうその話はしないで!」
海斗の脳裏に、あの夏の忌まわしい記憶が甦った。
その日は、高校の林間学校の最終日だった。
海斗は肝試しの最中に和哉とはぐれ、待ち伏せしていた勇人達に廃屋へと連れ込まれた。
おぞましい行為は未遂のまま終わったが、海斗は半年間休学した。
周囲の視線と心無い言葉に耐えられず、彼女は地元を離れ、東京の大学へと進学した。
あの事件がなければ、和哉は海斗と結婚していた筈だった。
だが、結局和哉は別の女性と結婚した。
「お願い和哉、もう奥さんの所へ帰って。」
「嫌だ。」
和哉はそう言うと、海斗を背後から抱き締めた。
流されるままに、海斗は和哉と関係を持った。
「ごめん、こんなつもりじゃ・・」
「謝らないで。」
海斗は、そう言うとベッドの中で寝返りを打った。
翌朝、彼女が目を覚ますと、隣に和哉の姿はなかった。
(今日は昼の仕事が休みで良かった。)
シャワーを浴びて海斗がコーヒーを飲んでいると、テーブルの上に置いてあったスマートフォンが着信を告げた。
(知らない番号、誰だろう?)
少し迷った末に海斗がスマートフォンの画面をタップすると、そこから美しいビセンテの声が聞こえて来た。
『ハロー、カイト?』
『どうして、俺の番号を知っているの?』
『履歴書で君のスマートフォンの番号を見た。カイト、今何処に居るんだ?』
『家ですけど・・』
『わかった。』
数分後、ビセンテは海斗のマンションの部屋の前に来た。
『あの、何か用ですか?』
『今日はそちらの都合を聞かずに押しかけて来てしまって済まない。実は、君を連れて行きたいところがあるんだ。』
そう言ってビセンテが海斗を連れて行ったのは、銀座にある高級ブランドのブティックだった。
ビセンテは海斗に似合うドレスやワンピースを次々と彼女に試着させ、それらに似合うバッグや靴をまとめて買った。
『こんなに高価な物、頂けません。』
『わたしの気持ちだ、受け取ってくれ。』
『はい・・』
ブティックでの買い物の後は、高級フランス料理店での優雅なランチだった。
『テーブルマナーは、何処で習ったんだ?』
『イングランドに住んでいる頃からです。父の仕事の都合で、15まで向こうに住んでいました。』
『そうか、だから英語が話せるのか。他には何ヶ国語話せる?』
『フランス語とスペイン語、今は中国語を勉強しているので、五ヶ国語ですね。』
『ビジネスの外国語は何処まで理解出来る?』
『英語とフランス語の方は大丈夫ですが、スペイン語はあやしいです。どうして急にそんな事を聞くんですか?』
『実は今夜、取引先でパーティーがあってね。わたしはフランス語が話せないから、通訳として君を連れて行きたいと思ってね。』
『わかりました。』
その日の夜、海斗はビセンテに連れられ、フランス大使館のパーティーに出席した。
『あの・・俺、わたし、変じゃないですか?』
『いいや。そのドレス、良く似合っているぞ。』
海斗は、ビセンテが選んだエメラルドグリーンのマーメイドドレスを着ていた。
ドレスは胸と背中が大胆に開いたデザインで、それが海斗のスタイルの良さを引き立てていた。
『ビセンテ、君がこんな美人な恋人を連れて来るなんて、隅に置けないね。』
そうスペイン語で話し掛け、ビセンテの肩を叩いて来たのは、金髪碧眼の美男子だった。
『アロンソ殿、こちらは・・』
『野暮な事を言うな、ビセンテ!』
その時、一人の女性が彼らの前に現れた。
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