今日、13時半頃、家の上空で20羽ほどの鳥の群れを見た。
鳥の群れ自体はそう珍しいものでもないが、家の近くの上空を私が見ていただけでも10回ほど右へ旋回、、左へ旋回していたので、
興味深くながめていた。
鳥の種類は何かよくわからなかったが、鳩より少し大きいくらいの鳥で、曇り空に映えていた。
それがどうしたって?
私が興味深く見ていたのは、たぶん鳥の群れにはリーダーがいて、その鳥に従って飛んでいるのだろうから、どの鳥がリーダーか探そうというものである。
ところが、どっこい。
右へ、左へ何回も飛ぶのだが、しかも、全体がジェット機のアクロバット飛行のように、うまく隊列を組んで飛ぶのだが、
何回飛んでも、どの鳥がリーダーかを見つけることができなかった。
というか、その都度、先頭になる鳥が変わっている感じなのだ。
何回か飛んだ時、1つだった集団が2つに分かれたこともあったが、また、1つに戻ったが、どうも、リーダーが号令している風ではない。
そして、さっき、「鳥の群れ」「リーダー」でネット検索したところ、
京都学園大学の心理学科の教授で有馬淑子先生のブログにはっきり書いてあるではないか!
「目的地に向かって飛ぶ渡り鳥。水面に美しく舞い降りる鳥の群れ。こんな映像を見ていると、群れとして目的を持ち、先導役となるリーダーに従って動いているように見えます。しかし、鳥の群れにリーダーはいません。」(以上、ブログより引用)
つまり、鳥にリーダーがいて、群れを引っ張っていると考えるのは間違いだと。
やはり、わたしの見た目に間違いはなかったということである。
どうも、人間、そう信じ込んでいることがあるが、よく観察するとそうでないことが見えてくる。
これが科学だとよく理解できた。
それなら、あの鳥の群れのビデオを撮っておくのだったなあ。残念。
それにしても、よくリーダーなしにああもうまく飛べるものだな。すごい。
そして、「烏合の衆」という言葉はそういうことだったのかと納得した次第である。
次の宿題は、では、号令がなくて、どうして、ああうまく、右へ左へ方向を変えることが出来るのか?ということ。
阿吽の呼吸?
そりょないでしょう。
鳥の群れ自体はそう珍しいものでもないが、家の近くの上空を私が見ていただけでも10回ほど右へ旋回、、左へ旋回していたので、
興味深くながめていた。
鳥の種類は何かよくわからなかったが、鳩より少し大きいくらいの鳥で、曇り空に映えていた。
それがどうしたって?
私が興味深く見ていたのは、たぶん鳥の群れにはリーダーがいて、その鳥に従って飛んでいるのだろうから、どの鳥がリーダーか探そうというものである。
ところが、どっこい。
右へ、左へ何回も飛ぶのだが、しかも、全体がジェット機のアクロバット飛行のように、うまく隊列を組んで飛ぶのだが、
何回飛んでも、どの鳥がリーダーかを見つけることができなかった。
というか、その都度、先頭になる鳥が変わっている感じなのだ。
何回か飛んだ時、1つだった集団が2つに分かれたこともあったが、また、1つに戻ったが、どうも、リーダーが号令している風ではない。
そして、さっき、「鳥の群れ」「リーダー」でネット検索したところ、
京都学園大学の心理学科の教授で有馬淑子先生のブログにはっきり書いてあるではないか!
「目的地に向かって飛ぶ渡り鳥。水面に美しく舞い降りる鳥の群れ。こんな映像を見ていると、群れとして目的を持ち、先導役となるリーダーに従って動いているように見えます。しかし、鳥の群れにリーダーはいません。」(以上、ブログより引用)
つまり、鳥にリーダーがいて、群れを引っ張っていると考えるのは間違いだと。
やはり、わたしの見た目に間違いはなかったということである。
どうも、人間、そう信じ込んでいることがあるが、よく観察するとそうでないことが見えてくる。
これが科学だとよく理解できた。
それなら、あの鳥の群れのビデオを撮っておくのだったなあ。残念。
それにしても、よくリーダーなしにああもうまく飛べるものだな。すごい。
そして、「烏合の衆」という言葉はそういうことだったのかと納得した次第である。
次の宿題は、では、号令がなくて、どうして、ああうまく、右へ左へ方向を変えることが出来るのか?ということ。
阿吽の呼吸?
そりょないでしょう。