おじさんのスポーツおたく奮戦記? 第2章:issanの諸国漫遊記!?

岡山のスポーツチーム、出身選手、岡山に関係する人々などを勝手に応援するissanの日本国内漫遊記 !?

赤穂~坂越~龍野 播磨の国西部放浪記・・・その2 「坂越湾界隈探訪」

2025年01月22日 20時09分13秒 | 旅行

「経県値」というアプリをご存知でしょうか? アプリとしてはかなり以前からあったものですので目新しさはありませんが、自らがこれまでに立ち寄ったことのある都道府県をランク別に分けて総合したものが、自分の「生涯経県値」として集計されます。私の生涯経県値は「174点」になりました。2点以下は白いまま残った青森・沖縄両県(0点)のみということです。

未踏県が青森県と沖縄県の2つになったことは以前にも書きましたが、その他の都道府県も点数として分類して集計すると、意外なところが宿泊したことのない県に分類されて、改めて驚くこともあります。故郷の岡山県を除くと、居住したことがあるのは大阪府だけです。高松市に勤務地があった時期もありますが、マリンライナー他で1日往復5時間をかけて通勤していたので居住していたことはありません。今なら通勤はできないと思いますが、当時は今より少しだけ若かったということでしょう。そして、案外近隣の鳥取県や島根県には宿泊したことがないことにも気付かされました。地図の中の黄色のエリアは日帰り若しくは0泊2日の弾丸ツアーのいずれかということでご理解ください。
尚、地図はスクショなのでそれをクリックしてもリンクしていません。このアプリは「経県値」で検索していただくとダウンロードすることができます。

さて、赤穂市街の「たいの鯛」で少し遅めの昼食をいただいて、向かった先は赤穂市坂越です。

坂越という地名をご存知の方は多くはないと思います。JR赤穂線では播州赤穂駅から一駅相生寄りにある駅になります。「播州赤穂-坂越-西相生-相生」の配置になります。坂越の読み方は「さごし」ではなく『さこし』が正しいようです。「さごし」は「鰆」の子供ですからね(笑)

南部に広がる坂越湾は大きくはないですが、全域が瀬戸内海国立公園の特別保護地区に指定されており、「生島樹林」として国の天然記念物にも指定されている「生島」と鍋島があり、坂越湾の養殖カキは播州赤穂産「坂越のかき」としてブランド化されています。

坂越湾の遠景(Wikipediaより)

では、実際の坂越湾の景観です。

 

予想以上に素晴らしい景色でした。護岸も整備されていて、10数年前に訪れた福山市の鞆の浦と比較してもすっきりとしたたたずまいです。

  

鳥居が見えますが、写真にも写っている「ひょっこりひょうたん島」(失礼!)ならぬ「生島」なのですが、島が特別天然記念物というだけでなく、歴史上にも重大な足跡を残した「秦河勝」の終焉の地と伝わっている由緒正しき場所であります。

秦河勝は飛鳥時代の族長的人物として聖徳太子の同志として活躍した人物です。京都最古の寺とされる広隆寺を建立、聖徳太子より賜った弥勒菩薩半跏思惟像(国宝)を安置したとされています。広隆寺近隣には大酒神社があるのですが、神仏分離政策に伴って広隆寺境内から分散し遷座したものとされ、坂越に立っている大避神社も大避(大酒)と云われる由縁の一つです。

河勝は太子死後の皇極3年(644年)、海路をたどって坂越に移り、千種川流域の開拓を進めたのち、大化3年(647年)に80余歳で死去、そして地元の民がその霊を祀ったのが大避神社の創建という言い伝えです。神社正面の生島には秦河勝の墓があり神域となっているため、現在でも人の立ち入りを禁じております。

神社には、河勝公が自ら彫ったか、聖徳太子から賜ったものとされ、雅楽で使用された1300年前の蘭陵王の面が宝物として伝えられているそうです。彼は猿楽の始祖とされており(『風姿花伝』第四)、観阿弥、世阿弥親子や、楽家である東儀家などが末裔を称し、金春禅竹の金春流も河勝を初世として伝えているのです(『明宿集』)。(Wikipediaより抜粋・引用)


 

写真にある旧「坂越裏会所」は、北前船の寄港地の一つだった坂越の歴史資料館として現在も公開されています。

行政や商業などの事務をとるための村会所として天保2~3年(1831-1832)に建築され、会所であるとともに赤穂藩の藩主専用の休憩所としても使われていました。2階にある部屋「観海楼」からは、坂越湾が一望できた当時の様子がうかがえます。(参考:https://www.city.ako.lg.jp/kensetsu/kankou/shisetsu/kanko/sakoshiura.html)

時代的には19世紀であり、忠臣蔵の時期よりはかなり後の建造物であります。

無料で拝観できますが、午後4時までとなりますのでご注意ください。中の様子は以下のような感じです。

 

 

 

 

  

拝観料を取らない市営の施設で、運営には結構苦労されている様子ですが頑張ってください。

 

  

坂越の街並みをしばし散策します。古い建物が多く、造り酒屋の蔵にも風情があります。六角さんに訪問していただきたい場所の一つです(笑) しかし、「飲み鉄本線日本旅」に関連するのは難しいかな? 

こういう街並みは後世に残してほしいと思います。管理が大変になるでしょうから、自治体の支援も不可欠ですね。

では、坂越湾周辺の放浪記を終わりたいと思います。

次回は、坂越から海沿いに相生を越えて龍野市を訪れた様子を手短に書きたいと思います。

よろしくお願い申し上げます。


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