日本の大学・学部の中で最も受験偏差値が高いのが、東京大学医学部医学科に進学する「東京大学理科Ⅲ類」だ。受験競争で上位100番目以内に入る英才ばかりが集まるエリート集団で、卒業生は日本の医学界の頂点に君臨してきた。
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だが、医学部教授になれる卒業者が減っており、研究でも京都大学や大阪大学に後れを取っていると指摘されている。その背景には、「英才たちをスポイルしてしまう、旧態依然とした東大医学部の実態がある」と、東大医学部OBで受験のカリスマとしても知られる精神科医・和田秀樹氏は指摘する。
東大医学部にどんな問題があるのか、『 東大医学部 』(ブックマン社)の共著者、ジャーナリストの鳥集徹氏と語り合った。(全3回の1回目/ #2 、 #3 に続く)
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なぜ医師になると勉強しなくなるのか?
鳥集 ある有名なクリニックの院長に取材した時のことです。その院長が「今の医者は勉強しない」と嘆くんです。和田先生もこの本のあとがきでお書きのように、高齢社会の現状を踏まえれば、学会のガイドライン通りの厳し過ぎる血糖値、血圧、コレステロール値の基準値には多くの人が疑問を持つはずです。ところが、勉強しないから医師がガイドライン通りの診療しかしないと言う。
ただ、常々不思議に思っていて、今の医師の多くは中高一貫校の出身で、その中でも上位の成績だった人が医学部に合格したはずです。つまり、決して勉強が苦手ではないはずなのに、なぜ医師になったとたん勉強しなくなるんでしょうか。その理由を聞いたら、その医師の元にたまたま勉強に来ていた若い医師が口を挟んでくれて、「私らは受験で勝つことを目標に勉強してきたから、医学部に合格したらもう勉強をする必要はないんです」って。そのような現実はあると思いますか?
和田 可能性はあります。たまに「鉄緑会」出身の人と仕事したり話したりすると、言っちゃ悪いけど、勉強はできても考え方が硬い。鉄緑会は超詰め込みの塾だから、勉強がおもしろくなくなってしまう。でも、先生の言うことを信じて猛勉強してきた人たちだから、医者になってからも「総コレステロール値が高めの人のほうが低い人より長生きしている」という、ガイドラインにないような事実が受け入れられないんです。
それを考えても、ある程度、大学に入ってから頭をほぐしてあげないと。昔は、それなりに頭の柔らかい学生が東大医学部に入ってきたんですが、今は東大理Ⅲに入る人の約6割が「鉄緑会」出身ですからね。
現場はガイドライン通りにはいかない
鳥集 「鉄緑会」というのは、東大医学部の同窓会である「鉄門倶楽部」と東大法学部の自治組織「緑会」を合わせてつけた名前で、開成、筑駒(筑波大学附属駒場高校)、桜蔭、灘など超進学校の生徒たちしか入れないエリート塾です。
とにかく宿題が多いことで有名なのですが、上から言われて大量の課題をこなすことが得意な人たちが入ってくると、医学部でも上から言われたことをそのまま受け入れる。そうすると、和田さんが批判しているような、問題のあるガイドラインを拡大再生産していくだけになるということですね。 和田 そうです。上司に言われたことは疑わないし、肩書にも弱い。
「ガイドラインに書いていることはおかしいんじゃないか」って指摘する医師がいても、医学部教授の肩書がない人の本は読まない。でも現実は、患者さんはみんな違っていて、ガイドライン通りにはいきません。
私の専門である精神科の診療もそうですし、がん治療でもガイドラインでは手術や抗がん剤をすることになっていても、年齢や体力、その人の生活環境や価値観などによっては、やらないほうがいいこともあります。リアルな現場の判断が正しいのか、それとも偉い先生の言うことのほうが正しいのかといったら、私は現場の判断のほうが正しいと思います。 鳥集 やはり、受験勉強がダメな医師を生んでいるのでしょうか。
受験勉強の“意外な効用”
和田 いや、それは違うんです。医者の世界で受験勉強の効用が一つあるとしたら、そのおかげで日本は医療ミスが少なくなっている。実際には、表沙汰になっている以上の医療ミスはあるはずですが、表向きは海外に比べてきわめて少ない。それは日本人のまじめな性格のおかげだとよく言われるんですが、それだけでなく、受験勉強でミスをよくする人は偏差値が上がらないので、医学部には入れないこともあると思うんです。
近年、文科省はAO制度の導入など内申点を重視しろという方針を打ち出していますが、それだとブルペンではいい球を投げるけど、本番では打たれるような学生が来てしまう。内申点が高い人は実力があるというんだけど、私はまったく反対で、そんなことをしたら、本番で細心の注意を払わない人ばかりが入ってきてしまう。
鳥集 受験勉強で高得点を獲れる人が医師になるというのは、ある意味、合理的であるというわけですね。 和田 そう思います。ただし、受験勉強でミスが少ない生徒がノーベル賞級の研究ができるかというと、それはまた別の話です。
私は教える人さえ優秀なら、東大医学部の学生は伸びると思うんです。ところが今、なぜ『 東大医学部 』という本を出したくなったかと言うと、教授たちの考え方があまりにも古いから。
たとえば、これだけ高齢者が増えているのに、東大医学部は、いまだに「臓器別診療」の発想から抜け切れてない。自分の権威だけ、自分の城だけ守っていればいいという人が東大医学部の教授になって、「これからもっと高齢者が増えるんだから、よその科の勉強もしないとね」とか、「高齢者は心が体に与える影響も大きいから、精神科と連携しないとね」という教授がほとんどいないんです。
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