ロシアによるウクライナ侵攻で、果たしてマリウポリは制圧されたのか、制圧されていないのか──。激しい情報戦が展開される中、心配しておられる方もいるかもしれない。 【写真7枚】アゾフ大隊は公式サイトなどを使い、自分たちの存在を世界にアピールしている ***
YAHOO! ニュースのトピックスに転載された各社の報道から、経緯を確認してみよう。
◆ロシア、マリウポリ制圧と宣言 プーチン氏は製鉄所の包囲指示(毎日新聞・4月21日)
◆【速報】マリウポリ制圧、ウクライナ側は否定「プーチン氏は勝利を宣言したいだけ」(FNNプライムオンライン・4月22日)
◆マリウポリ制圧「証拠ない」 バイデン氏、軍事支援を追加(同・4月23日)
これまでの事例から、ロシア発のニュースには“大本営発表”が多いことは分かっている。とはいえ、両国が自分たちに有利な情報を発信しているのも事実だ。どちらを信じていいのか、なかなか判断は難しい。担当記者が言う。
「注目を集めているのが、マリウポリ東部の海沿いにあるアゾフスタリ製鉄所です。東京ドーム235個分の敷地の地下には、“要塞”と形容されるシェルターが建設されています。完全制圧と言いながら、ここに少なくとも2000人のウクライナ兵が立てこももっていることは、プーチン大統領も認めています。今回のロシアメディアによる報道をチェックすると、違和感を覚える箇所があるのです」
命を保証する!?
まず毎日新聞の記事を見てみよう。同紙の記事は、ロシアの国営タス(イタルタス)通信の報道を引用したものだ。 タス通信によると、セルゲイ・ショイグ国防相(66)がウラジーミル・プーチン大統領(69)と面会。マリウポリの制圧を報告したという。 《マリウポリ市内の状況がすでに「平穏」であると報告。市内には8100人以上のウクライナ側の部隊がいたが、すでに4000人以上を殺害し、1478人が投降、残る2000人以上が製鉄所に立てこもっているとした。ただ、製鉄所の周囲を「しっかりと封鎖している」と述べ、攻略まで「3、4日くらい必要」との認識を示した》
これまでのプーチン大統領なら、「更に攻撃を続けろ」と命令するはずだ。ところが、実際はそうではなかった。
《プーチン氏は露軍や親露派武装勢力による製鉄所内への突入は「無意味だ」として、「(製鉄所の)地下回廊に入り込む必要はない」と命じた。代わりに製鉄所の封鎖を続け、立てこもる戦闘員に改めて投降を呼びかけるよう指示し、「ロシア側は国際法を守り、(投降する戦闘員の)命を保証する」と述べた》
製鉄所を攻撃しない理由
テレ朝newsが21日に配信した、「マリウポリ制圧か 民間人の避難どうなる 現地『ロシア化』顕著に」と「『マリウポリ制圧に成功』製鉄所の攻撃中止も指示…プーチン氏の思惑は? 専門家に聞く」の記事からも、プーチン大統領の発言を引用しよう。
《「計画されている工業施設への襲撃は目的にかなっていないと考える。中止を命じる」》 《「カタコンベのような所に入って地下に潜る必要はない。1匹のハエすら出られないように封鎖しなさい」》 《「これ以上の攻撃は得策ではない。中止を命じる。ロシア兵士や将校の命と健康を守らなければいけない。マリウポリの作戦は成功した。おめでとう」》
プーチン大統領は「製鉄所は放っておけ」と命令したということなのだろうか。
だが、アゾフスタリ製鉄所の地下が堅牢な要塞だと考えると、プーチン大統領の発言を額面通りに受け止めるわけにはいかない。軍事ジャーナリストが言う。
「第二次大戦後の冷戦下、東側諸国の一員としてとしてソ連と共に西側諸国と対峙していたウクライナは、核戦争などの非常事態に備え国内にシェルターを建設しました。アゾフスタリ製鉄所の地下空間は、その代表例です」
堅牢な地下要塞
だが冷戦終結後、製鉄所の巨大な地下空間は“歴史の遺物”として、半ば忘れ去られていた。
地下空間の価値が見直されたのは、2014年のクリミア危機だった。 「ロシアが大軍を率い、ウクライナの領土だったクリミア半島を実効支配しました。危機感を覚えたウクライナ政府は、アゾフスタリ製鉄所の地下空間に着目したのです。シェルターを再び使えるよう整備し、更に増築したのです」(同・軍事ジャーナリスト)
どれだけ施設が充実しているのか――。読売新聞オンラインは4月19日、「マリウポリの製鉄所の下、ソ連時代に建設の『地下要塞』…診療所や武器庫にカフェも」の記事を配信した。
《マリウポリのアンドリューシチェンコ市長顧問は18日、SNSに製鉄所の地下の施設の見取り図を投稿した。見取り図には検査・診療所や園芸場、カフェ、居住空間などが描かれていた》
精鋭部隊と言われる「アゾフ大隊」を中心とするウクライナ兵だけでなく、避難できなかったウクライナ国民が製鉄所に逃げ込む映像をご覧になった方は多いだろう。
プーチン大統領の“負け惜しみ”
地下に居住空間があるだけでも驚きだが、更に病院や検査施設、カフェにバー、園芸場さえも存在するという。我々の想像を遥かに超える設備のようだ。軍事ジャーナリストが言う。
「製鉄所の中に立てこもっている関係者が、メディアの取材に応じていました。印象に残ったのは、『地下シェルターを守るコンクリートの厚さは最大で7メートル』と説明していたことです。ロシア軍がアゾフスタリ製鉄所に対し、地中貫通爆弾(バンカーバスター)を使用したという報道もありました。
この爆弾はコンクリートが相手だと、せいぜい7メートルしか潜り込めないのです」 7メートルのコンクリートがあれば、地中貫通爆弾に対して全く被害が出ない、というわけではない。それなりのダメージは受けるだろう。
「とはいえ、それだけ厚いコンクリートがあるということは、敵の攻撃を想定し、できる限りの防御を計画していたことが分かります。アゾフスタリ製鉄所の地下空間には、かなりの人手、時間、そして予算が投下され、シェルターの防御能力を向上させてきたことが分かります」
これほど堅牢なシェルターとなると、冒頭で紹介したプーチン大統領の発言も、別の読み方が可能になってくる。はっきり言えば、製鉄所内部の兵士を掃討できないが故の“負け惜しみ”という解釈だ。
髭面の意味
「これまでウクライナ軍がロシア軍を撃退してきた事例を考えると、製鉄所の地下空間に至る通路には、様々な“罠”を仕掛けている可能性があります。またウクライナ軍の狙撃兵は、ロシア軍の兵士だけでなく大物尉官も仕留めてきました。待ち伏せ攻撃にも、ロシア軍は甚大な被害を被りました。前線のロシア軍兵士も、その怖さは骨身に染みています。上官が『製鉄所の地下を攻撃せよ』と命じても、怖がって拒否しているのではないでしょうか」(同・軍事ジャーナリスト)
本来であれば、地下に潜むウクライナ兵を攻撃するには、化学兵器が最も有効だという。 「例えばサリンであれば、空気より比重が重いので、どんどん地下に進んでいきます。ひょっとすると、地上に出る隠しトンネルが建設されているかもしれません。しかし、2000人の兵隊が一斉に避難するだけのキャパシティはないでしょう。更に地下空間には、多数の民間人も避難しています」(同・軍事ジャーナリスト)
各国メディアの取材に応じたアゾフ大隊の関係者が、髭面だったことは興味深いという。 「ロシア軍の攻撃に耐えながら地下で生活しているのですから、髭を剃る暇も余裕もないのでしょう。ただ、化学兵器が散布された場合は、髭を剃らなければなりません。髭を伸ばしていると、防毒マスクに隙間ができてしまうからです」(同・軍事ジャーナリスト)
製鉄所の包囲は不可能
今のところ、アゾフ大隊の関係者は髭を剃っていない。ということは、ロシア軍が化学兵器を使う可能性が低いと判断していることが浮かび上がる。
「地下に潜むウクライナ兵は、インターネット回線を通じ、全世界に向けて現状を発信することができます。もしロシア軍が化学兵器を使えば、リアルタイムで惨状が実況されるかもしれません。各国の世論は硬化する可能性が高く、さすがのロシアもそこまでの強攻策はとれないのでしょう」(同・軍事ジャーナリスト)
そもそも製鉄所を《1匹のハエすら出られないように封鎖》することなどできるはずがない。何しろ《東京ドーム235個分の敷地》なのだ。
「製鉄所は大量の水を必要とします。工業用水とはいえ、実は飲用できるというケースは珍しくありません。“兵糧攻め”が成功するかは未知数です。しかも広大な敷地を厳重に警備するのは不可能ですから、こっそり地上に出たウクライナ兵が何らかの方法で物資を調達するということは、決して無理な話ではないでしょう」(同・軍事ジャーナリスト)
犬死にと神格化の差
たとえロシア軍がマリウポリを制圧したとしても、それだけで“勝利”を意味しない。
「戦術的には勝利しても、戦略的に敗北する、ということは珍しくはありません。具体例としては、アメリカ軍が侵攻したアフガニスタンやイラクが挙げられます。両国とも戦術的には勝利し、領土内の駐留に成功しました。しかし、その後はテロやゲリラ戦で苦しめられることになります。結局、アメリカ軍は駐留費用が巨額に達し、撤退を余儀なくされました」(同・軍事ジャーナリスト)
ロシア軍の兵士にとって、今回の“特別軍事作戦”で戦死すれば、犬死という思いは強いだろう。
だが、ウクライナ軍は違う。戦死した兵士は、祖国を守ろうとした英雄になる。
「特にアゾフ大隊の場合、死んだ隊員は神格化されることが保証されたようなものです。最後まで士気は極めて旺盛でしょう。マウリポリは自国の領土ですから、何年経っても奪還に意欲を燃やすでしょう。
一方、ロシア軍にとってマリウポリは外国であり、制圧を維持するためにはコストを必要とします。士気の維持も難しいものがあるのは言うまでもありません」(同・軍事ジャーナリスト)
ロシア軍の不利は変わらず
ベトナム戦争やアフガニスタン・イラク戦争は泥沼化し、アメリカ国内では厭戦気分が高まった。ウクライナ侵攻でも同じ展開になれば、ロシアがどれだけ世論統制していたとしても、完全に押さえつけることは不可能だろう。
「戦争が長引けば長引くほど、ロシア軍には不利であり、ウクライナ軍には有利になります。今後もロシア軍がウクライナ軍に手を焼くという構図は、簡単には変わらないと思います」(同・軍事ジャーナリスト) デイリー新潮編集部