文理融合「データサイエンス学部」が急増、入試動向と課題
11/7(月) 6:00配信2022
一橋大学にとって、理系の要素が強い学部と研究科ができるのは初めてのことだ(写真:PIXTA)
全国の大学でここ数年新設が相次いでいるのが、データサイエンス系の学部や学科だ。令和5(2023)年4月には国公立の一橋大学と名古屋市立大学のほか、私立大学を含めると約10の大学で新設される。
【関連画像】日本で最初にデータサイエンス学部を設置したのは国立大学の滋賀大学だった(写真:PIXTA) データサイエンス系は「文理融合」の学問。
大学によって配点や受験科目は異なるものの、入試は文系と理系の受験生がどちらでも受けられるケースが多い。一方で、他の学部に比べて募集人員が少ないなど、現状では「狭き門」ととらえている受験生も多いのではないだろうか。 新設の学部と学科を中心に、データサイエンス系の入試動向について取材した。
●一橋大学で72年ぶりの新設学部
難関国立大学の一橋大学が、令和5年4月に開設するのがソーシャル・データサイエンス学部。昭和26(1951)年に商学部、経済学部、法学部、社会学部の4学部体制になって以来、72年ぶりに新設される学部として注目されている。併せて、大学院である研究科も新設される。「社会科学の総合大学」を掲げてきた一橋大学にとって、理系の要素が強い学部と研究科ができるのは初めてのことだ。
一橋大学ではソーシャル・データサイエンス学部と研究科に迎えたい学生像を、「一橋大学HQウェブマガジン」で次のように明らかにしている。
「まず問われるのは、基礎力としての数学の素養です。データサイエンスには統計や計算が不可欠であり、数学を避けて通ることはできません。得意ではなくても、アレルギーがない、嫌いではないことは最低条件でしょう」(一橋大学HQウェブマガジン「求める学生像と、入試の特徴」10月3日掲載)
この考えは入試に反映されている。ソーシャル・データサイエンス学部の一般選抜は、前期日程と後期日程で実施される。
前期日程の募集人数は30人。配点は大学入学共通テストが240点で、第2次試験は760点。第2次試験では数学が330点と最も配点が高く、英語が230点、国語が100点、それに配点100点の総合問題がある。総合問題は「社会において数理的なものの考え方を応用する力、情報技術の活用について自ら試行する姿勢を確認するための科目」と説明され、ホームページでサンプル問題が公開されている。
一方、後期日程の募集人数は25人。大学入学共通テストが200点なのに対し、第2次試験が800点で、第2次試験は数学が500点、英語が300点となっている。数学は配点が高いだけではなく、理系を選択した受験生が学ぶ「数学III」の範囲からも選択科目として出題される。つまり、理系の受験生が受けやすいということだ。
一橋大学では経済学部の後期日程でも「数III」の問題を選択できる入試方式をとっている。入試課は「いわゆる文系、理系と区別した募集はしていません。数IIIを入れることで、文系、理系関係なく、科目選択がしやすくなっていると考えています」と話している。
大学入試などについて独自の調査・分析を行っている「大学通信」情報調査・編集部の井沢秀部長は、一橋大学
「前期日程は総合問題があるために、理系を選択している受験生は対策が難しく、受けづらいかもしれません。一方で、後期日程には理系の受験生が多く出願するのではないでしょうか。
国立の難関大学は後期日程を実施している大学が少ないことに加えて、前期日程で東京工業大学などを受験した理系の学生の受け皿になる可能性があります。いずれにしても募集人員も少ないので、入試の難易度が高くなるのは間違いないでしょう」
多様なデータサイエンス系の学部・学科
一橋大学以外にも、令和5年4月には多くの大学でデータサイエンス系の学部・学科が新設される。データサイエンス学部の名前では、名古屋市立大学、京都女子大学、大阪成蹊大学で新設されるほか、亜細亜大学では経営学部データサイエンス学科、東北学院大では情報学部データサイエンス学科が新設される。
大学がすでに持っている専門性を生かして、データサイエンス系の新学部を設置する大学もある。順天堂大学が新設するのは健康データサイエンス学部。医学部をはじめとする医療系の学部やスポーツ健康科学部を擁する順天堂大学では、医療やスポーツの現場に蓄積された膨大なデータを活用して、健康とデータサイエンスを掛け合わせた教育を目指すとしている。
やはり医学部や薬学部など医療系の学部を多く抱える北里大学が新設するのは、未来工学部データサイエンス学科。未来工学というユニークな名称については『「未来」を脅かす課題を見極めて、先回りして人や社会のために動き出す学問』と説明。「環境問題、生物多様性の問題、食料問題、医療問題、感染症のリスクなど複雑で広範な社会課題を解決できる人を育てる」ことを目指している。
順天堂大学と北里大学の両学部は、名称からは理系の学部のように受け取れるが、一般選抜の受験科目を見るとそうはなっていない。個別試験に数学はあるものの、その範囲は「数学Ⅰ」「数学Ⅱ」「数学A」「数学B」であり、いわゆる文系の受験生でも受験が可能だ。
順天堂大学の一般選抜A日程では、数学、英語に加え、国語と理科3科目の中から1科目を選択する。北里大学は、数学と英語、それに調査書で合格者を判定する。このように文系、理系どちらの受験生でも受けやすくしているのが、データサイエンス系学部の特徴といえる。
●データサイエンスを学べる大学は急増
日本で最初にデータサイエンス学部を設置したのは国立大学の滋賀大学だった。それが平成29(2017)年で、翌年に横浜市立大学、翌々年に武蔵野大学が設置するなど、年々増えている。
さらに、データサイエンスを学べるのは、データサイエンス学部に限らない。「情報」関係の名称を持つ学部や、工学系の学部を中心に、全国の大学でデータサイエンスを学べる学科は急増中だ。
大学でデータサイエンスへの注目が高まった要因には、日本でデジタル人材が不足している現状や、それに対する国の方針がある。内閣府の総合イノベーション戦略推進会議が令和元(2019)年6月に決定した「AI戦略2019」では、数理・データサイエンス・AI(人工知能)に関する知識や技能をデジタル社会の基礎知識、いわゆる読み・書き・そろばん的な素養として位置付けている。その上で、人材の育成が緊急的課題として、教育改革の必要性を訴えた。
2025年の目標として、「データサイエンス・AIを理解し、各専門分野で応用できる人材を育成(約25万人/年)」「データサイエンス・AIを駆使してイノベーションを創出し、世界で活躍できるレベルの人材の発掘・育成(約2000人/年、そのうちトップクラス約100人/年)」といった数字も掲げている。
具体的な取り組みとして導入されているのが、高校では「情報Ⅰ」の必修化であり、大学では文理を問わず初級レベルの数理・データサイエンス・AIを習得できるカリキュラムの創設だ。さらに高いレベルで学ぶ場として、データサインエス系の学部や学科があるといえる。
国公立のデータサイエンス系は「狭き門」
受験生もデータサイエンス系に対する関心は高い。ただ、現状では、国立大学の一般選抜での募集人員は少なく、狭き門だ。前述した一橋大学は前期日程と後期日程を合わせてもわずか55人。滋賀大学は70人となっている。公立大学では、横浜市立大学が前期・後期合わせて45人、名古屋市立大学は50人とやはり少ない。
国公立・私立にかかわらず、データサイエンス系の学部や学科が新設されると、最初の年は志願倍率が高くなる傾向がある。一方で、数年で倍率が落ち着いていく傾向も見られる。滋賀大学は一般選抜合計で最初の年が2.5倍だったのに対し、令和3(2021)年は2.3倍、4年は2.1倍となだらかに低くなっている。
また、武蔵野大学は、新設した平成31(2019)年には全学部統一選抜で6.6倍、一般選抜A日程で11.1倍、B日程で13.4倍、C日程で13.2倍だった。翌年、翌々年も高い倍率だったが、令和4(2022)年は全学部統一選抜で7.2倍、A日程(文系)で7.1倍、A日程(理系)で8.4倍、B日程で4.1倍、C日程で4.9倍と比較的高い水準ではあるものの、下がっている。
この傾向は、データサイエンス系の募集人員が全体としてまだ少ないことに加えて、高い倍率が続いたことに対して受験生が警戒したことの表れかもしれない。また、学部や学科まで作らなくてもデータサイエンスを学べる体制を整えている大学は多い。最初の年に関しては読めない部分があるが、その後は倍率が落ち着いていく流れは今後も変わらないのではないだろうか。
●課題は教員の確保か
データサイエンス系の学部や学科を設置している大学は、企業で実績があるデータサイエンティストを教授に招くなどして教育体制を整えている。学生数は少ないものの、教員数は多い体制を組んでスタートしている大学もある。
ただ、日本全体で見れば、データサイエンスを教えることができる専門性の高い人材は多いとはいえない。学部や学科を新設するには、人材確保が課題となっている。
文部科学省は10月から大学設置基準を改正して、専任教員の規定を廃止した。これまで専任教員は原則として1大学限定としていたが、教育カリキュラムの編成など学部運営を担う教員を「基幹教員」と新たに位置付け、他大学との兼任を認めた。
また、年間8単位以上の授業を担当すれば、非常勤でも基幹教員として雇用できるルールもできている。この改正の狙いは、民間人材や専門性の高い基幹教員が、複数の大学で教育できることで、データサイエンスなど先進分野の学部や学科の新設をしやすくすることだろう。しかし、非常勤教員の増員や、複数大学での兼務が、専門人材不足の根本的な解決につながるのかは疑問だ。
https://business.nikkei.com/atcl/plus/00050/103100002/p3.jpg 学部や学科を新設するには、人材確保が課題となっている(イメージ写真:PIXTA)
データサイエンス系の進路を希望する受験生にとっては、どんなことが学べて、どのような教員の授業を受けられるのかが、志望大学を決める上で重要な要素になる。今後大学がどれだけ専門性の高い研究者を育成できるのかも、「狭き門」を広くするためには重要といえそうだ。
田中 圭太郎