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50年前、ハンバーグはご馳走だった。受け継がれる味と思い

2024年09月30日 12時06分22秒 | 食のこと

街角にひっそりと佇む昔ながらの洋食店。



どんな街にも当たり前のようにある光景が、今。少しずつ姿を消しつつある。そんな町洋食の語り尽くせない本当のスゴさに迫る――。 

親しみやすく品格も感じられる洋食店の歴史

カウンターだけの店内。着席すると紙ナプキンが敷かれ、ナイフとフォークが置かれる



 今なおハンバーグ530円の価格を守る、高円寺の「ニューバーグ」を前回に続き紹介する。ここの50年を超える歴史は少し複雑だ。

  創業当時は別の人が経営していた。庶民にとってまだ高嶺の花だった「ナイフとフォークで食べる洋食」を大衆食堂並みの安い価格で提供したニューバーグ。店は評判を呼び、最盛期は7店舗もあったそうだ。

  ところが、ファミリーレストランなどの台頭で「気軽な洋食」はここだけではなくなった。一軒、また一軒と支店が閉店するなか、高円寺店を買い取ったのが平井誠さん。現在、店を切り盛りする平井誠一さん・仁さん兄弟のお父上だ。ニューバーグは平井家には思い入れのある店だった。

 「ハンバーグなんてご馳走、当時は滅多に食べられなかったよね。それを使い慣れないナイフとフォークで気取って食べるのが嬉しくて抜群においしくてさ」(仁さん)  
   

先代がニューバーグを買い取ったワケ

一時は惣菜の注文をこなしきれないほどだった工場を、仕込みをする工場へと転換(写真左側)。

このシステムを説明するために見せてくれた紙

 ただ先代がニューバーグを買い取った理由は、客として通った店に対する思い入れだけではない。  

当時、平井家は今のお店がある場所の近くに小さな惣菜工場を構えて、ポテトサラダやマカロニサラダなどを市場に卸していた。しかし、大手メーカーが全国に販路を広げるなか、売り上げを減らす。そこでハンバーグなどの仕込みを行えば薄利多売の店も効率的に運営できるというのが、経営判断だった。

前身の惣菜工場のルーツが残るポテトサラダもついたミニサラダ(100円)。ポテトサラダ自体も200円でメニューに掲載されている



 そして現在、その工場で仕込みを一手に引き受ける実質上の「シェフ」である誠一さん。誠一さんは、製粉会社勤務を経て、’90年に惣菜工場から洋食屋のキッチンに生まれ変わったそこの仕事を父親から引き継いだ。その1年前には弟の仁さんもお店の現場に入っており、以来二人三脚でお店を運営していく。 


 製粉会社は食品関連だが、料理人としての修業を経たわけでもない誠一さんは「思い返すと運も良かった」と言う。



50年以上受け継がれる「メキシカンソース」



私がたどり着いた現時点で最高のアレンジメニュー(790円)、ハンバーグダブル・ソースの半分をメキシカンに変更・コロッケトッピング。ソース追加は30円か60円で対応可。スパゲッティも50円で追加ができる

 ニューバーグの看板であるハンバーグ、そしてデミグラスソースとメキシカンソース、この3つのレシピは前の経営者の時代からそのまま受け継がれた。50年以上も前のレシピが、さらに父から息子へ忠実に伝承されたという。 

 その一つ“メキシカンソース”。実は、私はこのソースを避けてきた。勝手に“ケチャップ味”だと思い込んでいたからだ。ケチャップは洋食屋の陰の主役の一つだが、私はこれが前面に主張しすぎた人懐こすぎる味わいをあまり好まない。  

しかし、メキシカンソースは思い込みを完全に裏切るものだった。トマトピューレがベースの甘さのないキリッとした味わいを、タバスコの辛味と酸味が引き締める。そして、それを支える香味野菜の静かに複雑な味わい。

  ケチャップ味とは別物だし、最近主流のイタリア料理的なトマトソースとも異なる、クラシックフレンチからのいにしえの西洋料理という流れを汲む品格のあるソースだった。

 「好きな人はメキシカンソースを倍にして、ついでにスパゲッティも増量するんだよ」(仁さん)  
   

愛される料理とは“ディテールの積み重ね”

  そんな極めて現代的な“カスタマイズ”の自由度の高さもこの店の魅力だ。  私がたどり着いた現時点で最高のアレンジは「ハンバーグダブル・ソースの半分をメキシカンに変更・コロッケトッピング」である。

  レストランらしい俵形の端正な見た目、中身はあえて肉が入らない野菜のみのコロッケ。「誰も気づかないかもしれないけど、少し干し海老が入ってるんだよ」と誠一さんが教えてくれた。確かに気づかないかもしれない。文字通り「隠し味」だ。でも愛される料理とはそういうディテールの積み重ねである。 

「今どきこんな地味なコロッケ、誰も作らないよね」と誠一さんは笑うが、今となってはそういうものこそが何より貴重なのだ。そして、コロッケやサラダのドレッシングなど脇を固める料理は、知り合いだった一流ホテルの洋食コックさんのアドバイスを受けながら、なんと誠一さんの母親が作り上げたという。 「とにかく料理上手な人だったからね」と語る誠一さん。

確かにコロッケもドレッシングも、派手なところは何もないが逸品である。ドレッシングはすりおろした玉ねぎがベースの正統派の洋食店の味わいに、主張しすぎない醬油の隠し味が潜んだ品格がある。コックさんのプロの技術とお客さんの好みを推し量ったマダムの感覚がうまくバランスしたということだろうか。



カレーも隠れた名物料理

私もヤミツキになった黒カレー(600円)。なぜか店内メニューにはないが、入り口横には大きく紹介した紙が貼られている

 さらにカレー(600円)も隠れた名物料理だ。誕生当時の従業員がニューバーグのハンバーグをこよなく愛しており「僕はこのハンバーグでどうしてもハンバーグカレーを食べたい」と主張したのがきっかけだとか。  

その熱い想いを受けて最終的にカレーを完成させたのは、誠一さんの奥さまだという。「妻も料理がうまくてね」とさらっと言う誠一さんだが、そのカレーはアマチュアが一朝一夕にこしらえるようなものではない。 

 玉ねぎと挽き肉を炒めたところに、セロリ、リンゴ、人参などをミキサーでペーストにしたものとカレー粉のほか複数のスパイスをミックスして煮込まれるこのカレー。いわゆる「黒カレー」と呼ばれるタイプの東京の町洋食を象徴するような一品だが、他のどの黒カレーにも似ていない。ヤミツキになるお客さんが続出するのも納得だ。他の料理と同様、親しみやすさのなかに品格のようなものが感じられる。  
   

「嬉しそうに食べてくれるお客さんを見ると手は抜けない」
 「いろんな人がいいタイミングで関わってくれて今の味ができたんだよね。運がいいよね」と語る誠一さん。時間帯によっては仁さんに代わってお店に立つこともある。 「自分が作ったものを嬉しそうに食べてくれるお客さんを見ると手は抜けないし、もっとおいしくするにはって、自然と考えちゃうよね。じゃないと毎日面倒くさい仕込みなんてやってらんないしさ」  製造部門の分離という今日的システムを早くに確立したニューバーグ。しかし、個人店の本質とは結局のところ、こんな部分にあるのだろう。食べ手一人ひとりの表情がそのお店を形づくるのだ。




ニューバーグ
03-3339-0919
11:00~22:00


東京都杉並区高円寺北3-1-14
JR中央線高円寺駅から徒歩2分





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