クマ駆除に「お前が死ね!」と抗議 愛護団体に現役ハンターが本音「究極的には分かり合えない」
12/3/2024
「ヒグマ相手の場合、通常麻酔薬は劇薬指定の薬剤と麻薬指定の薬剤の2種類を混ぜる必要があり、基本的には獣医師や薬剤師、研究者でないと入手できません。麻酔銃の有効射程は30メートル。時速40キロ以上で走るクマにすれば、2~3秒で到達する距離です。また、必要量の麻酔薬を撃ち込んでも最低10分は動き続け、捕獲時に興奮していればそれだけ時間は伸びる。さらに山へ逃がすとなると、寝ているクマに目隠しをして手足を縛り、おりなどの運搬容器の中に運ぶわけですが、その作業を行う作業員のリスクが非常に大きい。また、奥山放獣といっても、何百キロも森だけが広がっているような場所ならともかく、北海道ですらどこでも、20~30キロも移動すれば民家に出れてしまうのが現実です。
秋田市内のスーパーで従業員を襲ったクマが3日間にわたって立てこもり
全国各地でクマによる被害が相次いでいる。先月30日、秋田市内のスーパーで体長約1メートルのクマが従業員の男性を襲ってけがを負わせる事故が発生。クマはその後3日間にわたってスーパーの店内に立てこもり、今月2日になって箱わなで捕獲、駆除された。地方では住民の高齢化や過疎化によりクマの生息域拡大が懸念されているが、クマの駆除と保護とはどう折り合いをつけていくべきなのか。公益財団法人「知床財団」の職員として長年知床でヒグマの捕獲や防除対策などに従事、現在は独立し鳥獣対策コンサルタントとしてクマ問題の解決に尽力しているハンターで獣医師の石名坂豪氏に、クマと人の共存の在り方を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
知床財団は、北海道の斜里町の出資により1988年に設立(2006年に羅臼町も共同設立者として参画)。世界遺産知床の自然を守り、よりよい形で次世代に引き継いでいくためのさまざまな活動をしており、その一方で認定鳥獣捕獲等事業者として、国内で唯一銃によるヒグマ駆除を認められてきた事業者でもある(24年9月末時点)。石名坂氏は、そんな知床財団の職員として、道内でも特にヒグマ被害の多い知床地域で長年捕殺を含む総合的なヒグマ対策活動に従事。獣医師の資格も持ち、ハンター歴は26年、ヒグマの捕獲実績は30頭を超えるというベテランだ。昨年、独立して「野生動物被害対策クリニック北海道」を設立。現在は鳥獣対策コンサルタントとしてクマスプレー使用法の講習や市街地でのヒグマ対策などの研修講師を行う傍ら、北海道庁のヒグマ専門人材バンク登録者やNPO法人「エンヴィジョン環境保全事務所」の臨時スタッフとして、道内各地のヒグマやエゾシカの問題にも関わっている。
住宅地周辺だけでも羅臼町で年間100回、斜里町で年間800回もの出没がある一方、世界遺産・知床の貴重な観光資源でもあるヒグマ。知床の自然を守る財団の職員として、石名坂氏もこれまでに電気柵による防除やゴム弾などによる追い払い、麻酔銃を使っての捕獲後の移動放獣など、さまざまな非致死的手段も試みてきた。しかし、結局のところ問題行動が進んだ個体は、駆除をしなければ解決に至ることはないという。
「散々追い払いも試しましたが、結局獲らなきゃ終わらないんです。100回以上同じ個体を追い払ったこともありますが、DNAで個体識別して経過を追うと、大半の問題個体が結局2~3年後には駆除されています。人間のことも識別していて、住民や観光客のことは意にも介さず、追い払いを行う人間が来たときだけ逃げたりする。しまいにはゴム弾の有効射程距離も覚えてしまって、『どうせまたいつものちょっと痛いやつだろ? この距離なら撃たないだろ?』という様子でいるので、『悪いけど、今回は違うんだよ』と思いながらライフル銃で実弾を撃つんです」
関連するビデオ: 北海道猟友会 ヒグマ駆除の拒否を検討 ハンター「誰も銃を発砲できない」 (テレ朝news)
北海道猟友会 ヒグマ駆除の拒否を検討 ハンター「誰も銃を発砲できない」
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現在、北海道内で完全な野生のヒグマやシカなどに対し麻酔銃を撃った経験のある獣医師は、石名坂氏を含めてわずか3人。麻酔で眠らせて山奥に逃がす奥山放獣などの措置はできないのだろうか。
「ヒグマ相手の場合、通常麻酔薬は劇薬指定の薬剤と麻薬指定の薬剤の2種類を混ぜる必要があり、基本的には獣医師や薬剤師、研究者でないと入手できません。麻酔銃の有効射程は30メートル。時速40キロ以上で走るクマにすれば、2~3秒で到達する距離です。また、必要量の麻酔薬を撃ち込んでも最低10分は動き続け、捕獲時に興奮していればそれだけ時間は伸びる。さらに山へ逃がすとなると、寝ているクマに目隠しをして手足を縛り、おりなどの運搬容器の中に運ぶわけですが、その作業を行う作業員のリスクが非常に大きい。また、奥山放獣といっても、何百キロも森だけが広がっているような場所ならともかく、北海道ですらどこでも、20~30キロも移動すれば民家に出れてしまうのが現実です。
麻酔銃を使うべき場面とは、猟銃が使えない住宅街のど真ん中などで、クマを寝かしたり動きを鈍らせてから安全に駆除するようなときであって、最終的には殺すべきだと私は考えています。これが絶滅危機に瀕している動物園から逃げたトラであればまた事情は違いますが、残念ながら種の保存という観点では、クマの命はトラより軽い。クマが増え続けているような現状で、それだけの人身死傷リスクをかけてまで1頭のクマを助けたいかというと、少なくとも私はやりたくありません。助けたいという方が、自ら率先してやる分には否定はしませんが……」
何もしなければおよそ8年で倍増…「10年後には手がつけられなくなる」
昨年の被害状況を受け、今年4月に鳥獣保護管理法が改正。絶滅の恐れのある四国の個体群を除き、新たにクマ類(ヒグマ及びツキノワグマ)が指定管理鳥獣に追加された。指定管理鳥獣とは、集中的かつ広域的に管理を図る必要があるとして、国や都道府県による事業の対象となる動物のこと。今後は調査や捕獲などに国から交付金が支給され、問題個体だけでなく、個体数調整のための広域的な駆除も可能になる。増え続けるクマ被害に対抗するためには、妥当な措置ではないかと石名坂氏はいう。
「クマの自然増加率は10%程度とされており、1.1の8乗で2.14、何もしなければおよそ8年で倍増する計算です。シカの増加率はさらに倍の20%、およそ4年で2倍に増える。東京都だってもう危ない。うかうかしていると、10年後には手がつけられなくなります。一時はクマを絶滅寸前まで追い込んだと言われる春グマ猟は、極めて効率のいい猟法。やりすぎは禁物ですが、当時の猟を知る高齢ハンターが生きているうちに、ノウハウの継承だけでもしておかないと手遅れになる可能性があります」
近年では、動物愛護団体による駆除への抗議活動も度々問題となっている。2010年に斜里町中心街に出たヒグマの駆除では、丸3日間、町役場への抗議の電話が鳴りやまなかったという。
「『お前が死ね!』とまで言われた職員もいたそうです。また、一般猟友会員でなく知床財団職員がヒグマを駆除した場合、『結局は食べたいから殺すのか』と批判が寄せられる可能性があるため、大型のオスの成獣350キロの肉をすべて廃棄したこともあります。命を無駄にしないことは大切なはずで、自分でもこの対応はどうかしていると思う。愛護の方たちの行動原理は理屈じゃなく感情。気持ちは分かりますが、究極的には分かり合えない」
自然界には、生態系のバランスを保つ仕組みが最初から備わっているとみる考え方もあり、適正な個体数を維持するために人間が介入すべきという考えには賛否両論があるのも事実だ。答えのない問いについて、どのように考えていくべきなのか。
「人間が自然に関わるべきでないというのは、それ自体が傲慢(ごうまん)な考えではないでしょうか。高度経済成長で一気に環境破壊が進んだことで、人間の影響力の大きさから自然に手を加えてはいけないという考え方が広まりましたが、化石燃料を使い始める前から燃料として大量の木を切り、野生動物を狩って食糧にしていた。さかのぼれば石器時代から、生態系のバランスは人間による一定の圧力があるなかで保たれていたはずです。過度な獲り過ぎは禁物ですが、人間も自然の一部として、自分たちの生活を守るために他の野生動物を狩ることは、生き物としてのあるべき姿だとはいえないでしょうか」
クマは犬なみに知能が高いといわれ、愛嬌のある仕草から童話の題材にも選ばれるなど、人にとっても身近な存在だ。一方で鋭い牙と爪を持ち、人を簡単にあやめてしまう猛獣でもある。2つの側面を持つ隣人とどう付き合っていくのか。感情論ではなく、冷静な議論が求められている。佐藤佑輔
全国各地でクマによる被害が相次いでいる。先月30日、秋田市内のスーパーで体長約1メートルのクマが従業員の男性を襲ってけがを負わせる事故が発生。クマはその後3日間にわたってスーパーの店内に立てこもり、今月2日になって箱わなで捕獲、駆除された。地方では住民の高齢化や過疎化によりクマの生息域拡大が懸念されているが、クマの駆除と保護とはどう折り合いをつけていくべきなのか。公益財団法人「知床財団」の職員として長年知床でヒグマの捕獲や防除対策などに従事、現在は独立し鳥獣対策コンサルタントとしてクマ問題の解決に尽力しているハンターで獣医師の石名坂豪氏に、クマと人の共存の在り方を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
知床財団は、北海道の斜里町の出資により1988年に設立(2006年に羅臼町も共同設立者として参画)。世界遺産知床の自然を守り、よりよい形で次世代に引き継いでいくためのさまざまな活動をしており、その一方で認定鳥獣捕獲等事業者として、国内で唯一銃によるヒグマ駆除を認められてきた事業者でもある(24年9月末時点)。石名坂氏は、そんな知床財団の職員として、道内でも特にヒグマ被害の多い知床地域で長年捕殺を含む総合的なヒグマ対策活動に従事。獣医師の資格も持ち、ハンター歴は26年、ヒグマの捕獲実績は30頭を超えるというベテランだ。昨年、独立して「野生動物被害対策クリニック北海道」を設立。現在は鳥獣対策コンサルタントとしてクマスプレー使用法の講習や市街地でのヒグマ対策などの研修講師を行う傍ら、北海道庁のヒグマ専門人材バンク登録者やNPO法人「エンヴィジョン環境保全事務所」の臨時スタッフとして、道内各地のヒグマやエゾシカの問題にも関わっている。
住宅地周辺だけでも羅臼町で年間100回、斜里町で年間800回もの出没がある一方、世界遺産・知床の貴重な観光資源でもあるヒグマ。知床の自然を守る財団の職員として、石名坂氏もこれまでに電気柵による防除やゴム弾などによる追い払い、麻酔銃を使っての捕獲後の移動放獣など、さまざまな非致死的手段も試みてきた。しかし、結局のところ問題行動が進んだ個体は、駆除をしなければ解決に至ることはないという。
「散々追い払いも試しましたが、結局獲らなきゃ終わらないんです。100回以上同じ個体を追い払ったこともありますが、DNAで個体識別して経過を追うと、大半の問題個体が結局2~3年後には駆除されています。人間のことも識別していて、住民や観光客のことは意にも介さず、追い払いを行う人間が来たときだけ逃げたりする。しまいにはゴム弾の有効射程距離も覚えてしまって、『どうせまたいつものちょっと痛いやつだろ? この距離なら撃たないだろ?』という様子でいるので、『悪いけど、今回は違うんだよ』と思いながらライフル銃で実弾を撃つんです」
関連するビデオ: 北海道猟友会 ヒグマ駆除の拒否を検討 ハンター「誰も銃を発砲できない」 (テレ朝news)
北海道猟友会 ヒグマ駆除の拒否を検討 ハンター「誰も銃を発砲できない」
0
現在、北海道内で完全な野生のヒグマやシカなどに対し麻酔銃を撃った経験のある獣医師は、石名坂氏を含めてわずか3人。麻酔で眠らせて山奥に逃がす奥山放獣などの措置はできないのだろうか。
「ヒグマ相手の場合、通常麻酔薬は劇薬指定の薬剤と麻薬指定の薬剤の2種類を混ぜる必要があり、基本的には獣医師や薬剤師、研究者でないと入手できません。麻酔銃の有効射程は30メートル。時速40キロ以上で走るクマにすれば、2~3秒で到達する距離です。また、必要量の麻酔薬を撃ち込んでも最低10分は動き続け、捕獲時に興奮していればそれだけ時間は伸びる。さらに山へ逃がすとなると、寝ているクマに目隠しをして手足を縛り、おりなどの運搬容器の中に運ぶわけですが、その作業を行う作業員のリスクが非常に大きい。また、奥山放獣といっても、何百キロも森だけが広がっているような場所ならともかく、北海道ですらどこでも、20~30キロも移動すれば民家に出れてしまうのが現実です。
麻酔銃を使うべき場面とは、猟銃が使えない住宅街のど真ん中などで、クマを寝かしたり動きを鈍らせてから安全に駆除するようなときであって、最終的には殺すべきだと私は考えています。これが絶滅危機に瀕している動物園から逃げたトラであればまた事情は違いますが、残念ながら種の保存という観点では、クマの命はトラより軽い。クマが増え続けているような現状で、それだけの人身死傷リスクをかけてまで1頭のクマを助けたいかというと、少なくとも私はやりたくありません。助けたいという方が、自ら率先してやる分には否定はしませんが……」
何もしなければおよそ8年で倍増…「10年後には手がつけられなくなる」
昨年の被害状況を受け、今年4月に鳥獣保護管理法が改正。絶滅の恐れのある四国の個体群を除き、新たにクマ類(ヒグマ及びツキノワグマ)が指定管理鳥獣に追加された。指定管理鳥獣とは、集中的かつ広域的に管理を図る必要があるとして、国や都道府県による事業の対象となる動物のこと。今後は調査や捕獲などに国から交付金が支給され、問題個体だけでなく、個体数調整のための広域的な駆除も可能になる。増え続けるクマ被害に対抗するためには、妥当な措置ではないかと石名坂氏はいう。
「クマの自然増加率は10%程度とされており、1.1の8乗で2.14、何もしなければおよそ8年で倍増する計算です。シカの増加率はさらに倍の20%、およそ4年で2倍に増える。東京都だってもう危ない。うかうかしていると、10年後には手がつけられなくなります。一時はクマを絶滅寸前まで追い込んだと言われる春グマ猟は、極めて効率のいい猟法。やりすぎは禁物ですが、当時の猟を知る高齢ハンターが生きているうちに、ノウハウの継承だけでもしておかないと手遅れになる可能性があります」
近年では、動物愛護団体による駆除への抗議活動も度々問題となっている。2010年に斜里町中心街に出たヒグマの駆除では、丸3日間、町役場への抗議の電話が鳴りやまなかったという。
「『お前が死ね!』とまで言われた職員もいたそうです。また、一般猟友会員でなく知床財団職員がヒグマを駆除した場合、『結局は食べたいから殺すのか』と批判が寄せられる可能性があるため、大型のオスの成獣350キロの肉をすべて廃棄したこともあります。命を無駄にしないことは大切なはずで、自分でもこの対応はどうかしていると思う。愛護の方たちの行動原理は理屈じゃなく感情。気持ちは分かりますが、究極的には分かり合えない」
自然界には、生態系のバランスを保つ仕組みが最初から備わっているとみる考え方もあり、適正な個体数を維持するために人間が介入すべきという考えには賛否両論があるのも事実だ。答えのない問いについて、どのように考えていくべきなのか。
「人間が自然に関わるべきでないというのは、それ自体が傲慢(ごうまん)な考えではないでしょうか。高度経済成長で一気に環境破壊が進んだことで、人間の影響力の大きさから自然に手を加えてはいけないという考え方が広まりましたが、化石燃料を使い始める前から燃料として大量の木を切り、野生動物を狩って食糧にしていた。さかのぼれば石器時代から、生態系のバランスは人間による一定の圧力があるなかで保たれていたはずです。過度な獲り過ぎは禁物ですが、人間も自然の一部として、自分たちの生活を守るために他の野生動物を狩ることは、生き物としてのあるべき姿だとはいえないでしょうか」
クマは犬なみに知能が高いといわれ、愛嬌のある仕草から童話の題材にも選ばれるなど、人にとっても身近な存在だ。一方で鋭い牙と爪を持ち、人を簡単にあやめてしまう猛獣でもある。2つの側面を持つ隣人とどう付き合っていくのか。感情論ではなく、冷静な議論が求められている。佐藤佑輔